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知床の子ぐま * * * 「何とかしてあの子ぐまを助けなくっちゃ・・・」 みどりはそのことばかり考えながら、砂利道を歩いていた。この道はーーーそうだ、カムイワッカの湯の滝に続く道のはずだ。 みどりは、今年の夏休み、家族で北海道の知床を旅行した。ウトロからカムイワッカ湯の滝への道は、途中で舗装が切れてずっと砂利道が続く。ガタガタ揺れるバスの中で、みどりは気分が悪くなったことを覚えている。 何でこの道を歩いているんだろうと、ちょっと不思議な気もしたが、みどりはホテルのおねえさんから聞いた子ぐまのことをずっと考えていた。おねえさんは、自然保護の仕事をしているおじさんから聞いたという、親からはぐれてしまった子ぐまの話をしてくれた。その子ぐまは、冬を越すことができずに死んでしまうだろうと、おじさんが言ったというのだ。 「みーちゃーん、まってー!」 その時、後ろから妹のあずさの大きな声が聞こえた。 「みーちゃーん、あっちゃんも行くよー!」 あずさは、息を切らせながらかけてきた。 「えっ あっちゃんも? だいじょうぶ?」 「うん、ちゃんと歩いていくよ。疲れたなんて言わないから」 いつも、顔をあわせればけんかばかりしている二人だが、みどりにはこの時のあずさがとてもたのもしく見えた。 * * * 北海道の知床の旅行では、みどりが初めて体験したことがたくさんあった。 ウトロに着いた日に、観光船に乗って知床半島を海から見た。海面からまっすぐに立ち上がっているがけ。見上げていると、岩におしつぶされそうで怖い。かもめたちが船を追いかけて飛んでくる。船は、オホーツク海の荒波にあらわれて、木の葉のように揺れた。 夜のバス探検は、何より印象的だった。夕食後、ホテル前のバス停から観光バスに乗った。説明をしてくれるおじさんが、バスの中から大型の懐中電灯を原生林の中に当てる。すると、闇の中に親子のエゾシカの姿が浮かび上がった。またしばらく行くと、キタキツネのかわいらしい姿も見られた。みどりは思わず、「キタキツネだ!」と大きな声を上げた。 それからバスは知床五湖の近くに止まり、星空の観察をした。辺りは原生林で、人工的な光はまったくない。そこには、いつかプラネタリウムで見たのと同じような星空があった。天の川が、本当に光の帯のように見える。夏の大三角形もはっきりと見えた。みどりは、男の子たちがサッカーのベガ対アルタイルの試合のことを熱心に話していたことを思いだした。生まれて初めて見た、本当の星空だった。 翌日は観光バスに乗って、知床峠、カムイワッカ湯の滝、知床五湖をまわった。カムイワッカ湯の滝に続く砂利道では、みどりは気分が悪くなってもどしそうになってしまった。そのことをお父さんに言うと、お父さんは、 「気のせいだよ、何でもないさ。」 と言っていた。本当に気分が悪いのに、お父さんはいつも気のせいですましてしまうんだからと、みどりは少し不満だった。 バスをおりて外の空気にふれると、少し気分は良くなった。この滝の水は、本当になまぬるい。もとは硫黄山という山から湧き出ている温泉で、流れてくる途中で、沢の水が流れ込みだんだんぬるくなっていく。滝壷のようになったところで温度が適当なところは、まさに天然の露天風呂だ。みどりたちと同じバスに乗った人たちも、上流を目指して川の中を歩いて行った。みどりたちは上の方までは行かれなかったけれど、川の中に座り込んで遊んだり、十円玉の色が変わるのを試してみたりした。 滝で遊んで帰る時、トイレの近くにキタキツネがでてきた。人を警戒するようすも見られない。妹のあずさは、すぐ近くにいるキタキツネを、とてもうれしそうに見ていた。 お母さんが、 「人がたくさん来るから、えさを求めてでてくるのね」 と、お父さんに言った。 「そうだね。」とお父さんは答えたが、お父さんもお母さんもちょっと残念そうな、」寂しそうな目をしていた。 * * * みどりたちが泊まったホテルは、大きなホテルだった。 そのホテルのおねえさんは、とても親切で、みどりとあずさに知床のことについていろいろ話してくれた。 「知床って、本当に熊がいるの?」 と、あずさがきいた。 おねえさんは、少しほほえみながら話してくれた。 「本当にいるそうよ、私は実際には見たことがないんだけれど。・・・私の親戚で、自然保護の仕事をしているおじさんがいてね。その人が話してくれたんだけど、ある時望遠鏡で海岸の方を見ていたら、子ぐまがいっぴきだけ歩いているのを見つけたんだって。そのくらいの子ぐまは、たいていおかあさんぐまと一緒にいるんだけど、子ぐまだけだったそうよ。きっとどこかでお母さんぐまとはぐれてしまったんだろうって言ってたわ。子ぐまはね、おかあさんぐまと一緒にいて、えさのとり方を教えてもらったり、一緒に冬眠したりするの。ちょっとかわいそうだけど、その子ぐまは、えさもとれずに冬眠もできないで死んでしまうだろうなって、おじさんは言ってたわ。」 * * * みどりとあずさは、一生懸命歩いた。 この道をもう少しまっすぐ行って左側におりて行けば、海岸にでられるはずだ。その海岸に行けば、親とはぐれてしまったあの子ぐまにあえるような気がした。 急な坂道をおりていく時、あずさが石につまずいてころんだ。 「あっちゃん、だいじょうぶ?」 みどりがあずさのひざを見ると、ひざは赤くすりむけていた。 「いたいでしょう」 みどりが言うと、あずさは目に涙をためながらも、 「うん、ちょっといたいけど、だいじょうぶ。がんばるよ」 と言った。 やっとのことで海岸についた。大きな岩がゴロゴロしている岩場だ。あたりを見回したが、子ぐまの姿は見えない。 「あっちゃん、いっしょに大きな声で子ぐまさんを呼んでみよう。」 「うん」 二人は大きな声で叫んだ。 「くまさーん、子ぐまさーん!」 声の大きさでは、妹のあずさも負けてはいない。今度は、あずさが言った。 「もう一回ね、みーちゃん。せーの!」 「くまさーん、子ぐまさーん!」 その時、海の方からごーという大きな音が聞こえてきて、一そうの船が海岸に近づいてきた。そして、あっという間に一人の漁師さんが船からおりて来て、みどりとあずさの前にやってきた。顔も手も日焼けして真っ黒だ。からだはとても大きくてちょっと怖い感じだけれど、細い目がやさしくほほえんでいる。 「きみたち、こんな所でどうしたんだい?」 漁師のおじさんがきいた。 「親とはぐれちゃった子ぐまがいて・・・このままだとえさもとれないで冬になって死んじゃうって・・・だから何とかしてその子ぐまを助けようと思って・・・」 「そうか、そんな子ぐまがいるのか・・・よし、おじさんはこのあたりに船でよく来るから探しておいてあげよう。」 「ほんと? おじさん、ありがとう」 「うん、きっとみつかるさ。それにな、この知床には神様がいて、ここで暮らす動物たちをしっかり守って下さっているんだ。その子ぐまも元気でいるさ。きっと・・・」 漁師のおじさんは自分でそう言いながらも、ちょっと考え込んでしまった。 頭の上におおいかぶさるように連なる知床連山。もうすぐこの山々も真っ白に雪化粧するだろう。知床の冬は長く、きびしい。動物たちもこのきびしい自然の中で必死に生きているのだ。生きるも死ぬも、まさに運命と言うしかないのかもしれない。それにしてもーーー 漁師のおじさんは、気を取り直したように、みどりとあずさの方を向いて言った。 「そうだ、さっきとってきたさけをあげよう。大きいぞ。」 おじさんはそう言うと、いつの間に持ってきたのか、大きなさけをみどりとあずさに手渡した。それは、二人でやっとかかえられるほどの、本当に大きなさけだった。 |