「エコツアーでマレーシア再発見」
2001年10月16日号掲載
 


第28回 「マタン マングローブと日本の意外な関係」

 
 マングローブとは?

 皆さんマングローブという言葉は何度も聞いたことがあると思いますが、具体的にどんなものなのか、ご存じでしょうか? マングローブの定義は研究者によっても違うのですが、きわめて大雑把に言ってしまえば、熱帯から亜熱帯の沿岸地域の海水と淡水が混じった汽水域に育つ植物をマングローブ植物といい、そのような植物から構成される森林をマングローブ林と呼びます。種類としてはヒルギ科のものが代表的ですが、それ以外にも多くの分類群にまたがっています。汽水域に生息すること以外に、独特の形をした根を持つとか、まだ枝についている間に発芽する胎生種子を持つなど、マングローブ植物にはいくつかの特徴があることが知られています。全てがその典型的な特徴を持つとは限らないのでどこで線を引くかが難しいのですが、世界にはマングローブ植物と呼ぶべきものが150〜200種程度あるようです。

 マングローブ林は海と陸との接点にあることから、独特の機能と生態系を持つことでも知られています。つまり、通常の森林としての機能に加えて、魚介類や水棲哺乳類に住み処や繁殖場所を提供し、陸と海の両方の生態系にとって重要な地域となっているのです。河川から常に栄養分が供給されるため、生物生産性が非常に高いのも特徴です。高潮や強風などから海岸地帯を守る上でも役立っていますし、人間にとっては木材生産の場としても重要です。
 

 マングローブの現状

 このように非常に高い価値があるマングローブ林は、以前はマレーシアほぼ全国の海岸や河岸に発達していました。しかし、この価値がきちんと理解される前に、工業用地、油ヤシ畑や水田、エビ養殖、あるいは住宅地やリゾート地などへと次々に転換され、面積は急減しました。1980年にマレーシア半島部だけで111,081haあったマングローブ林は、わずか10年後には92,440haへと約17%も減少したのです。この変化により、物質循環や食物連鎖など、汽水域の生態系は大きく乱されてしまいました。
 

 マタン保護区

 マレー半島北西部のペラ州の沿岸に、マタン・マングローブ保護林と呼ばれるマングローブ林があります。海岸沿いに南北50kmを超えるベルト状の地域で、幅はもっとも広いところでは13km、総面積は40,151haもあります。これはマレー半島に残るマングローブ林のうち40%近い面積で、もちろんマレーシアで最大です。保護されるようになったのは1902年のことで、1906年には現在の地域がすべて保護区の指定を受けました。 

 全体の面積の約70%は炭焼きの原料を採取するための生産林として使われ、残りは研究教育林、天然林、先史遺跡、野鳥保護区などになっています。この野鳥保護区は、絶滅寸前のシロトキコウ(Milky Stork)が渡ってくるマレーシア最後の湿地として知られています。それ以外にも、ビロードカワウソ、ベンガルヤマネコ、イノシシ、オナガザル、シルバーリーフモンキーなど多くの動物が生息し、貴重な汽水域の生態系と言えます。
 

 
 持続可能な森林経営

 ここはまた、ペラ州の森林局により1950年以降、世界的にも珍しい持続的なマングローブ林の経営が行われていることでも有名です。

 森林を伐採した後に植林などで森を再生し、何十年か後にまた元と同じような森林に戻ったところで再度伐採する。このサイクルを繰り返すことができれば、その森林を永久に利用することができるはずです。これを「持続可能な(sustainable)森林経営」と呼び、いま世界中の林業関係者はこのような林業を目指して努力しています。しかしその実現は、非常に難しいのが現実です。

   ところがこのマタンでは、伐採と植林のサイクルをうまく管理して、持続的な林業を実現しているのです。マタンの天然林には25種類ほどのマングローブがあるそうですが、生産林に植えているのは炭焼きに向くフタバナヒルギ(Rhizophora apiculata)とオオバヒルギ(R. mucronata)の2種類です。いずれもヒルギ科ヤエヤマヒルギ属に属する典型的なマングローブ植物で、東南アジアのマングローブを代表する種と言えます。ここではまず最初の伐採の後、苗を植え、30年かけてマングローブを直径26cm程度までに育てます。時間をかければもっと大きく成長するのですが、木炭を作るのにはこの大きさがちょうど良いのだそうです。そして30年後に再度全ての木を伐採し、これを原料に炭を焼くというわけです。場所によって伐採の時期を少しずつずらせば、常に一定量の木を採集することができます。30年後にはまた同じ場所で伐採できるようになるのです。マタンでは現在この30年周期のローテーションの2回目の後半になっています。 


 日本との意外な関係

 さて、こうして得られたマングローブ材は、林の奥に散在する炭焼き小屋に運ばれます。表皮を剥き、長さ1.6mにそろえた木は、炭焼き釜にびっしりと詰められます。釜の中で1ヶ月以上にわたり蒸し焼きにされると、黒炭と呼ばれる軟質の木炭のできあがりです。 

 黒炭は、備長炭に代表される白炭とは違い、火付きが良くて立ち消えが無く、すぐに強い火力が得られるのが特徴です。その分、火持ちは短いのですが、バーベキューなどには向いています。ここで作られた炭も最初はマレーシア国内で消費されていましたが、家庭での調理にはガスや電気が使われるようになり、炭の需要は減ってしまいました。その結果、現在国内消費にまわされるのは全体の30%に過ぎず、なんと60%が日本へ輸出されています。日本ではバーベキュー用などに木炭の需要は逆に延びており、最近は特に海外から輸入された安価なものが人気なのです。また、炭焼きの副産物である木酢液は以前は捨てられていましたが、最近は園芸用、虫除けなどとして日本で人気があるため、高値で売れるようになったとのことです。 

 マタンで使われている炭焼き釜は、直径6.7mのレンガと漆喰でできた円形のシンプルなものです。ここで炭焼きが始まったのは1930年代とそれほど古くはありません。実はこの炭焼きの技術は、この頃マタンを訪れた日本人によって伝えられたそうです。今ではこの釜も全部で300以上あるそうで、この地域の大きな産業に成長しています。 

 このようにマタンでの木炭生産を中心とするマングローブ林の持続的管理は、これまでのところうまくいっているようです。そのキーになる部分に日本の伝統的な技術が活かされていることは、私たち日本人にとっても嬉しい話です。古来から生活の知恵を今一度、再確認、再評価する意味がありそうです。 

 

名称
Matang Mangrove Forest Reserve
問合せ先
05-807-2762(Taiping District Forestry Office)
見学手続
以下の住所に、希望日時(平日のみ)、人数を書いて文書で申し込む。5人までの見学料はRM10。
Pegawai Hutan Daerah, Pejabat Hutan Daerah Larut dan Matang, 34000, Taiping, Perak
道順
南北高速をTaiping出口で降り(南でも北でも可)、Taiping市内と反対方向の海に向かって進むとすぐに森林局の事務所が見える。KLから車で3時間半程度。



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