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小田急厚木駅乗換、厚木駅から寒川へ行き、そこで一日に4往復だけしかない西寒川行きへ乗り換えた。 車内は閑散としていた。 自分が乗車した車両には、他に誰も居なかった。 乗車時間はわずか・・・5分にも満たない。まぁ歩いても知れている距離だから仕方ないか。 | |
噂に聞いていた程の印象は無かった。畑と軒先を交互に見ながら、あっという間に終点である。 西寒川駅は改札口に屋根が掛かっているだけで駅舎といえるようなものもない。 | |
あまりにも何も無いので呆れていると、車掌さんが来て「茅ヶ崎に戻るのか?」と尋ねる。 「然り」と答えると、切符を回収していく。改札を出るときどうするのか聞くと「ここから乗車したと言えばいい」 なんとものどかな話である。 周囲が騒がしいので見回すと、鐵らしき少年達がカメラを片手に走り回っている。 小学校5年生くらいか? 柱と屋根ばかりの”駅舎”に唖然としている間に、茅ヶ崎への発車時刻になってしまった。 | |
乗客は一人だけだったのだろう。これでは廃線も仕方ないと思わせる光景だった。 周囲には民家も少なくないのに・・・平日の昼間とはいえ、一応は首都圏、もっと人が居ても良さそうなんだが・・・ 買物で茅ヶ崎や横浜へ出る人達は恐らく自動車で出かけるのだろう。 | |
まぁ、到着時刻から容易に判断がつくんだろうけどね | |
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駅を出ては見たものの、特に行く先があるわけでも無かったので、とりあえず商店街の看板の方へ歩き出した。 同級生がこの町のどこかに居るはずなのだが、思い付きで突然来たから連絡の方法も無い。 駅前商店街はさまざまな店が軒を連ねているが、やはり今一つ賑やかさに欠けるような気がした。 なぜかパン屋さんの店先のワゴンに積み上げられた、一袋20円のパンの耳がはっきりと記憶に残っている・・・ 東海道線に乗り換えるべく再び駅へ戻ると、どこからか香ばしい麦の香りがする。 ひとときの休息を日溜まりで過ごすキハ30の向こうに精麦会社の工場が見える。あそこから漂って来るのか・・・ 古めかしい茅ヶ崎駅、のんびりとした相模線、麦の香り…春未だ浅いとはいえ、日溜まりは暖かく心地よかった。 初めて訪れた場所なのに、なぜか懐かしい雰囲気がしてきたが、特急「踊り子」が”違うぞっ”と言わんばかりに 警笛を鳴らしながら通過していった。 あれから16年・・・聞けば今や相模線は電化され、当時の雰囲気は残っていないとか。 あの時の運転士さん、車掌さんは民営化後も乗務を続けているのだろうか? あの鐵少年達はどうしているだろう?どこかで廃止鉄道のホームページを作って、あの日の写真も公開しているのだろうか… もしかしたら、普通の乗客と思ったあのおじさんはかつて砂利採取関係の仕事をされていたのだろうか? そして一人静かにこの支線に別れを告げ、若き日の思い出を封印しようとしていたのだろうか? (訪問・昭和59年2月9日) |