その建物は灯台から階段を降りたところに建っている。入口の前にある石碑は大正年間にこの海で高波に呑まれ、 互いに助けようとしつつ水死した二人の青年を悼む顔写真入りの碑である。
この地方独特の切り立った崖と海岸の間の、わずかな平地を利用している。入口と1階の窓は板で閉ざされている。以前、1階の窓の板が外れていたこともあったが、修理されている。 どう見ても現役の建物では無いが、入口の電気メーターはまだ有効期間内で、通電すれば使える物だった。
写真では見えていないが、2階の窓から「201」という部屋番号が見えた。1階も101、102…と白地に黒のプレートが掲げられていた。 以前、板が外れていた時に覗いてみたら、中は4畳半程、押し入れ一つの、昔の学生長屋を彷彿とさせる造りだ。
建物南側は洗面所と便所が有ったようだ。風呂があるような広さではなさそうに見える。
隣りの小屋や倉庫は現役で使われては居るが、すっかり寂れているのも事実。波打ち際に行く観光客はすぐ海岸に降りるし、灯台や水族館見物の客は車で崖の上へ行ってしまう。 目の前も背後も賑わっているのに、ここだけは全く別の空間を形成しているようだ。 (訪問・平成13年4月22日) |
この物件は 黒魔さんからの情報で「東京政経塾犬吠崎分校」と判明しました。ありがとうございます。 |