野菜産地「韓国」「中国」を考える

野菜産地「韓国」「中国」を考えるF (2001年12月号)

中国の野菜の生産事情―その3
近年の中国農業の動向とりわけその成長振りを見るうえで重要な政策とは、88年から実施された「買い物かごプロジェクト(菜籃子行程政策)である。過去10年で大きな成果を収めた。省長や市長の「菜藍子責任制」を明確にし、生鮮食料品の対策で問題を起こした市長は更迭されるという厳しい括りも奏功した。その結果、野菜基地が460か所(野菜作付け面積の40%に相当)建設され、1人当たりの消費可能量は、野菜が253キロ、果物が40.8キロと3〜7倍増となった。
さらに品目が豊富になり、地域・季節間の供給格差が縮小され、供給能力が増大し全国の農産物卸売市場は1694か所(2.4倍増。一説には4000か所)となり、中核的な卸売市場と生産基地をつなぐ市場体系の基礎が形成された、という。
日本においても、卸売市場の整備が生産の振興につながったという事実がある。中国における卸売市場事情を紹介してみよう。

市場整備やコールドチェーン化
野菜の対日輸出が急増する中国で、卸売市場の整備が生産量の拡大や品質向上に大きな役割を果たしている。一部では、保冷庫などコールドチェーンの整備が進み、輸出増加の足がかりになっている。
北京市の大鐘寺卸売市場。野菜や果物、肉類、鮮魚などが所狭しと売り場に並ぶ。中国全土から集まる青果物の取扱量は1ヶ月1万7500トン、東京・大田市場の2割強に当たる。白ネギは北京から1500キロ離れた吉林省産。販売は収穫の3日後。買い付け商人は「3日に1回、約1トン運ぶ」という。取引はほとんど相対。白ネギは、この日1キロ19円で取引された。
中国の卸売市場は県や市が地域ごとに整備を進め、その拠点ができつつあるのが現状。「国の統一した整備計画はないが、100を超えるモデルの卸売市場を指定して、価格などの情報を新聞で流すことが定着している」という。物流を担うのは買い付け商人。モデル市場では、この商人が産地と消費地を結ぶ役割を果たす。市場価格が高ければ、商人は買い付け量を増やす。消費地の需要が彼らによって生産地に反映される。
対日輸出の多い山東省寿光市では、1984年に市場を整備したが、その後キュウリなど施設栽培が増えた。寿光市郊外で施設野菜をつくる男性は「野菜は地域の市場に出荷している。施設費として投資した80万円も1年で返済できた」と語る。市場流通の発達によって施設栽培が普及し、それが端境期出荷による販売額の増加につながったと見られる。
85年に300ヘクタールだった施設野菜の面積は、11年間で約45倍に増加した。一方、市場が輸出への対応も始めている。
野菜生産の1割(7万5000トン)を輸出する北京市延慶県では、市場のコールドチェーン化を進める。県内5市場の1つ八達嶺蔬菜市場は、2000トンの保冷庫を持つ。ブロッコリーなど輸出野菜が多いためで、近く施設を増やし貯蔵能力は2倍になる。また、同県内の緑富隆菜蔬公司では99年、野菜の真空予冷施設と冷凍加工場を建てた。投資額2億円。同社では「鮮度保持は難しくない。今後も輸出を増やすために情報を集め、海外の消費者が喜ぶ野菜を作りたい」と国外の需要をにらむ。

野菜産地「韓国」「中国」を考えるE (2001年11月号)

中国の野菜の生産事情―その2
中国農業の光と影
輸入農産物のほとんどは中国産である。開発輸入の実態は前掲の「深谷市民現地レポート」でも紹介したとおりだが、はたして中国の農業は前途洋々なのか。1990年代末に、中国の生産現場をつぶさに見てきた永江氏は、貧富の差や生産流通システムの地域間格差をあげ、けっして楽観はできないと、その実情を分析する……。
生産と流通の地城格差に驚愕
 第一に、貴州省や亜熱帯・温帯地城(四川省)、揚子江上流(雲南省)の標高4○○○メートルの高冷地には、基本食料、生鮮食料を確保するための技術開発政策が行き届いておらず、生産の立ち遅れがめだつこと。第二に、揚子江三角州(潮南省)、沿海部(山東省、江蘇省など)、東北部(吉林省、黒竜江省)の食料の足りている地域から余剰食料を運搬するためのインフラの整備が急務であること。
これらの課題は、12億1000万人の中国人民の基本食料や生鮮食品を、9491万ヘクタールの耕地から、地域格差を最小限にとどめながら、まんべんなく確保するにはどうしたらよいかを示している。
中国では78年に経済改革・開放政策が行われるようになってから、農業生産請負責任制がとられ、白由市場も再開され、農産物価格の上昇による農業の成長にはめざましいものがあった。
89年ごろから食料の買いつけ、販売制度の改革、経済調整政策が実施されたが、「増産すれど増収せず」という現象が起こった。しかし、それに前後して88年から実施された「買い物かごプロジェクト(菜籃子行程政策)(注@)を推し進めた結果、大きな成果を収めた。
このプロジェクトがこれまでの政策と異なる点のひとつは、省長や市長の「菜藍子責任制」を明確にしたことである。「市長菜藍子責任制」とは生鮮食料品の対策で問題を起こした市長は更迭されるというもので、行政主導の政策が遂行され、これまでの10年の成果は次のとおりである。
1. 買い物かご産品基地として、栽培面積1万ムー(667ヘクタール)以上の野菜基地を460か所(野菜作付け面積の40%に相当)、畜産基地を877か所、水産基地を300か所を建設した(4〜7倍増)。
2. 97年1人当たりの消費可能量は、肉が43.3キロ、卵が1.7キロ、生乳が6.6キロ、水産物が29.1キロ、野菜が253キロ、果物が40.8キロとなり、品不足はおおむね解消された(3〜7倍増)。
3. 品目が豊富になり、地域・季節間の供給格差が縮小され、供給能力が増大した。
4. 全国の農産物卸売市場は1694か所(2.4倍増。一説には4000か所)となり、中核的な卸売市場と生産基地をつなぐ市場体系の基礎が形成された。
しかし、これらは沿海部(山東省など)や長江三角州(江蘇省、浙江省)、南部温暖地(安徽省、福建省)、亜熱帯地方(広東省、広西壯族自治区)に多く見られる事柄で、野菜生産と流通の地域格差はいちだんと広がっているように思われる。
高収益追求で産地間競争が激化
 中国ではいま、有力な野菜産地において、次のような目標が揚げられている。
「入無我有、人有我優、先人一歩」(他産地にないものをわたしはもっており、他産地にあるものよりもわたしのものが優れ、ほかの人よりもわたしは一歩進む)。こうした目標を掲げる山東省の寿光市では、39万人の農民が、14万2000へクタールの農地(そのうち野菜は3万2000へクタール、日光温室は1万8000ヘクタール)を排し、58億元(約754億円。そのうち野菜は約249億円)の農業生産額をあげている。北京のサラリーマンの平均年収が約4300元(約7万円)のところ、1人当たり1万4870元(約19万円)、そのうち野菜で4870元(約6万円)を稼いでいる。
山東半島の中央に位置する寿光市は、平坦で温暖、日照量が多く、隆水量のやや少ない風土を生かして畑作をいち早く野菜作へ転換した。北京、上海という大消費市場の中間に位置し、「買い物かごプロジェクト」に便乗して、中国最大の産地卸売市場をつくりあげた。日本、韓国へ生鮮野菜、乾燥野菜を輸出しているが、ネギ、ゴボウなどはこの周辺の青果物を扱う郷鎮企業(共同会社)から輸出されている。
しかし、最近では隣接の河北省、河南省でも北京向けの野菜生産が急増し、産地間競争が激しくなっている。野菜の価格は値上がり傾向ではあるが、寿光産地の主要品目であるニラ、トマト、キュウリの実質価格は横ばいからやや低迷している。
この価格低迷は、単一野菜の連作やハウスでの過度の密植栽培(トマトなどでは1ムー当たり3500株、10アール当たり5250株の超密植栽培)により、地力が奪われ、減収,品質の低下を引き起こしていることを意味している。
農業科学院などの指導機関では野菜と穀作を組み合わせた輪作、交互作、相作などの作付けを指導し、連作をできるだけさせないようにしているが、高収益を追求することになじんだ農民は単一野菜の生産を続けている。
行政当局も「無公害野菜生産」の指導を始めているが、実行される保証はない。これとて基本的に単一生産に変わりはないのだが、これらをどのように実行するかは、中国の野菜を輸入する国にも影響する問題である。どうしても瑞境期の野菜を中国に頼らなければならないのであれば、栽培の現地指導にあたる必要があるのではないか。残念ながら日本の食料自給率は低い。それをどう上げるかが最優先の課題であり、と同時に中国の野菜生産が抱える問題は、そのまま農産物輸出の先行きを占う問題であることを、認識する必要もあるだろう。
(注@) 買い物プロジェクト(菜藍子行程政策)
インフラの整備、商品食料生産・供給体制の整備、経済協力区の設立、科学技術成果の普及、流通体制改革、現場サービス組織の設立などを推進する政策。

 

野菜産地「韓国」「中国」を考えるD(2001年10月号)

中国の野菜の生産事情―その1
 9月の下旬、約1週間ほど「中国の野菜のふるさと」といわれる山東省を視察してきた。かの地には、これまで多くの視察や調査が入り、様々なレポートが発表されているのだが、それでももうひとつ、その仕組みや全容がつかめない感じがしていた。その疑問の中心となるものは、恐らく他の国の事例から推測できる部分は少ないのではないか、ということである。視察してみてようやく分かったことは、中国の“特殊事情”を理解していない限り、現状も今後も把握できないだろうということだ。
 例えば、誰も敢えて書かなかったのだろうが、これだけ日本への輸出が拡大していても、中国の農民は韓国やまして日本のように「農業補助金」があるわけではない。例えば、どの都市に行っても西側のように近代化されているから、つい“錯覚”するが、中国はまだ社会主義国家なのである、等々だ。
 中国の野菜生産・流通に関して、私なりの観点で分析を試みていきたい。

中国農業は急速に進展してきた
まず、各論に入る前に、農水省のレポートを借りて総論を確認しておこう。
 野菜は中国の主要農産物であるが、特に農政改革以降は栽培面積の急速な拡大や品種の増加、栽培方法の多様化等、急速な進展を遂げている。今後も中国は大規模な生産基地を持ちうる潜在力を活かして、野菜栽培を多様な面から推進していくだろう。
 中国は言うまでもないが世界の野菜の起源地の一つで、野菜品種の最も多い国でもある。当然、野菜は中国の主要農作物であり、全国の隅々まで栽培されている。農政改革以降、特に90年代に入ってから、中国の野菜生産は急伸をつづけ、2000年の野菜生産額は2,500億元(100円=約6.57元)を上回った。これは耕種農業生産額の18%を占め、穀物に次ぐ2番目の基幹作物ということになる。
 ここ10数年の間に、中国の野菜生産は次のような変化を遂げた。
 第1に、栽培面積の急増である。80年代以降、中国の野菜栽培面積は他の作物に比べ、かなり高い伸び率で増加している。1983年の栽培面積はわずか410万haであったが、99年には1,335万haに増え、2000年にはさらに10%増の1,470万haとなり、17年間で2.6倍になった。栽培面積の拡大と技術水準の向上に伴い、生産量は大幅に増加。90年の生産量は1億9,519万トンであったが、2000年には4億4,000万トン台を超え、10年間で125%の伸びとなっている。
 第2に、固有品種の改良と海外新品種の導入である。中国は野菜の種類の多い国であり、今、栽培されているものは130以上の種類に達し、品種改良も積極的に推進している。固有品種の改良と同時に、近年、海外から数千の新品種を導入し大規模な栽培も行われている。70年代には20数種類であった野菜は、現在日本種を含めて100種類以上が栽培されるまでになっている。
 第3に、主要野菜と特殊野菜、洋菜の栽培を共に推進している。白菜、大根、胡瓜、ネギ、トマト、なす、トウガラシなど7種類の野菜は中国の主要野菜だが、近年これらの主要野菜の栽培面積と生産量はいずれも減少しており、99年の全野菜栽培面積に占める主要野菜の面積は57.4%、生産量は62.9%に低下している。逆によく売られている特殊野菜と洋菜の生産は大きく成長している。たとえば、マッシュルームとしいたけ類の99年の生産量は523万トンで、78年の100倍となっている。

 第4に、施設野菜の生産に力を入れている。近年施設野菜の振興はブームとなっている。99年に、ハウスを中心とする施設野菜の栽培面積は120万ヘクタールを上回り、そのうち温室は35万ヘクタールに達しており、マルチ栽培法を実施している野菜は約40種類に達している。
 第5に、有機野菜生産の発展である。中国は92年から無農薬・無化学肥料、減農薬・減化学肥料を中心とした「緑色食品プロジェクト」を推進しており、その結果、栄養価値と付加価値の高い野菜類(緑色食品)の生産量が増加している。緑色食品は消費者にも好評であり、また、海外市場にも出回っている。現在、無公害野菜の栽培面積はすでに70万ヘクタールに達している。
 第6に、主産地の形成に取り組んでいる。中国の31の省・直轄市・自治区ではどこでも野菜を生産しているが、自然風土などを見ると、山東、河北、河南、江蘇、湖北、広東、四川、遼寧、湖南、安徽といった10省は中国の野菜主産地であり、この10省の栽培面積は全国の61.5%、生産量は68.5%を占めている。野菜生産のトップである山東省の栽培面積は全国の11%、生産量は16%を占め、同省産の野菜は全国各地に出荷されている。
 第7に、海外との技術交流と共同生産が盛んに行われるようになった。近年、全国各地の野菜生産基地においては、日本など海外との野菜に関する技術交流と品種交換等を大いに推進し、海外の多くの企業が中国の野菜生産および加工分野に進出している。それによって野菜の品質、輸送、保管および加工の技術水準は大きく向上している。
 野菜産業の振興に伴ない、農民の所得も向上し、国民の野菜消費量も大きく伸びている。国連食糧農業機関(FAO)の統計によれば、99年の中国人一人当たり年間野菜消費は204kgに達し、先進国の水準を上回っている。
 野菜生産の発展に伴ない、近年海外への輸出も増加している。99年の生鮮野菜,乾燥品および缶詰等の輸出量は277.3万トン、2000年はさらに13.5%増の314.6万トンに達し、輸出額は20.34億ドル(1USドル=約126円)で、前年比8%伸びとなっている。中国野菜は世界の120カ国と地域に輸出されており、主な輸出先は日本、香港、韓国、オランダ、アメリカ、シンガポール、ロシア、イタリアなどである。近年、野菜およびその加工品の東南アジアと中近東への輸出は増えつつある。
 以上を踏まえてこのレポートは、次のように結論づける。中国は野菜生産の潜在力が大きく、21世紀の中国野菜産業はさらに発展していくと思われる。その振興方向としては、生産の面ではさらに基地化、施設化、多様化と産業化(インテグレーション)へ推進し、供給の面においては均衡化、簡便化、無害化、栄養化を推進する。今後の野菜産業はより良質化、市場化、地域化と一体化を目指し取り込みを続けていくとしている・・・。(以下次号)

 

野菜産地「韓国」「中国」を考えるC(2001年9月号)

韓国のイチゴ事情−その2
 前回に続き、韓国の農業技術者とイチゴ事情の情報交換と、私が作成した“報告書”の中身の紹介である。
2)今後の見通し
確かに、韓国産イチゴの輸入実績は、1997年から2000年にかけて16.2倍となり輸入量の2割を占めるまでになっている。これをして、韓国産イチゴはミニトマト同様に拡大するのでは、という国内産地の危機感はあるだろう。
韓国の生産状況をみても、これだけの量になりながらもまだ生産意欲は旺盛だ。とくに、期待の国産の新品種「論山2号」には大きな期待がかけられている。今後の増産が新たなマーケットを要求してくるという情勢もあるはずで、そして価格面から考えたら日本市場がターゲットになるという必然性は高い。
ただし、当分の間は現在の国産イチゴの補完的な位置付けが続くことも間違いない。とりわけ日本は、クリスマス需要のために品薄になると1パックが2000円以上に高騰することも珍しくないだけに、国産の作柄によっては数量確保のための韓国産手当てという現象はこれから恒常的になるだろう。また、国内の量販店筋が2月に入るとイチゴの量販体制となるが、そのタイムスケジュールに国産が間に合わない場合や、3月ピークの本格シーズンに価格がこれなれない場合などは、“47番目の産地”韓国が控えている、という認識が定着するかもしれない。
すでに、韓国は生産量も充分にあり、しかも輸出向けの集出荷施設も小規模ながらも着々と整備されている。中には、99年までの政府や道などによる輸出向け施設補助制度で設置した日量100トンクラスの施設もある(論山市の例など)。農家も現地施設も、輸出業者も輸入業者も、軟弱物でありながらも試行錯誤を繰り返しつつ、生産と出荷、輸送のためのノウハウとを蓄積している。要するに、“臨戦体制”は整ってきたことになる。
あとは、「日本マーケットからのオーダー」を待つだけ、という状況である。ただし、ここで重要なことは、彼らはけして自ら攻め入ってくることはないだろう、ということだ。あくまでもその前提は「日本からの要求」なのである。
3)国産イチゴの課題
韓国産イチゴは、数量・品質とも日本にほぼ追いついている。状況によっては、“47番目の産地”として国内産地とともに恒常的にマーケットに出回ってくる可能性さえある。この状況をどうとらえるかだ。
すでに米国産などにマーケットを任せている夏場を中心とした抑制イチゴや、南半球のオセアニアで導入され夏場に供給されている日本種イチゴと、日本と出荷時期を同じくする韓国産イチゴとは明らかにその性格は違う。マーケティングの第二の原則からすると、需要期こそ参入のチャンスである。韓国産が本格出荷されても充分に通用するし、国産と同じ“パイ”を“分け合う”ことになるだろう。
しかし、国内マーケットにはできるだけ国産が供給していきたい、韓国産の増加を少しでも抑制したいと考えるなら、いくつかの課題がある。
@統一品種から個性的品種へ
現在は品種の“戦国時代”といわれ、卸売市場など一部にはその統一化を希望する向きもあるが、むしろ県単位や地域、産地単位での個性的な品種の並存が望ましい。統一品種は広域流通を前提にしているが、現在は消費者だけでなく業務用需要者でも地場志向となっている。他に代替がきかないイチゴという発想をすれば、輸入を含む他産地との競合に勝てるはずだ。
A契約的な生産・販売
イチゴは軟弱物であり、作柄にも変動がある。それだけに産地には「勝負をかける」という意識が多少なりとも存在する。とりわけクリスマス需要時期には、「今年は勝った、負けた」という認識が残ってもいる。しかし、需要側にはそれぞれの時期、シーズンで適正価格と適正量というものがある。こうした需要側に対する契約的な生産・販売の割合をいかに高め、取引関係を安定化、継続性を確保していけるかで、結果的には輸入を含む他からの参入を阻止することにつながる。
B需要、用途、業態別の商品化
デパートや高級果実店、スーパー、生協、コンビになど小売店の業態にあわせて「売りやすい」アイテムは異なる。数量と価格のバランスやパックの仕様まで、それぞれの個性や細分化が要求される。これを「産地包装」レベルでどこまで対応すべきか、には論議が必要だが、現にJAの直販部門で対応している事例もあり、需要側から高く評価されている。個々の需要、贈答用なのか家族用か個食向けか、加工用なのかの用途別も含めて、需要者との密接な連携や契約が前提になるならば、やはり他からの参入は難しくなる。

野菜産地「韓国」「中国」を考えるB (2001年8月号)

韓国のイチゴ事情ーその1
 韓国の農業技術者との交流がある。視察の際にお世話になったり、彼らが日本を訪れたら案内するなど、結構個人的にな付き合いに発展している。そんな彼らのひとりと最近、イチゴ事情の情報交換を行った。その“報告書”の中身を紹介しよう。
1 韓国人とイチゴ
 韓国の人はイチゴ好きである。もともと食事でもそうだが、たくさんの食物を盛りあげるようにして並べて食べる。日本の田舎でもまだ残ってはいるが、韓国ではとくに家族主義で一堂に会して食事をする風習は根強く、それだけに一回の食品の購入単位も大きい。イチゴも同様で、小売でのもっとも小さい単位は1キロ。値段次第では、4キロ箱でも売れていく。しかも大粒系のものを好む。彼らは意識していないようだが、日本人からするとあれだけ食事が辛いのだから、きっとイチゴは彼らの味蕾に優しいのでは、とも思う。
 韓国は人口が4600万人。これに対して生産量は日本のイチゴとほぼ同程度だから、日本に比べると1人あたりでは2.5倍も食べている計算になる。日本のイチゴ農家からするとうらやましい状況だろう。ただし、平均的なサラリーマンの所得は日本の大体7掛けくらいに対して、韓国のイチゴの卸売価格は平均すればキロ当たり(円換算で)400円弱で日本の3分の1強。すると相対的に、韓国のイチゴは物価感覚からすると日本の場合の半値というところなのである。
2 イチゴの生産
1)面積・生産量
韓国のイチゴ生産は、過去10数年は総面積はほぼ横ばいだが、生産構造は露地栽培の激減とハウスの急増で大きく変化している。2000年度には総栽培面積で7090ha、生産量で18万トン。そのうち面積で92%が、生産量で96%がハウス。1971当時はほぼ100%が露地だったが、85−86年ごろには露地とハウスが逆転し現在にいたり露地はほぼ姿を消す運命だ。収量は、かつての在来種からハウスの拡大に伴って、「宝交早生」から始まる日本の品種変遷がそのまま移植された形で品種転換を繰り返えし、生産技術の高度化と多収性品種の導入が相いまって生産性を向上させてきた。そして、日本の生産性、総面積7540ha、収穫量20万トン(99年度)とほぼ肩を並べるまでに成長したのである。
2)生産地域
 韓国のイチゴのメッカといえば、韓国中西部、忠清南道の論山市である。ここには韓国で唯一のイチゴ専門の試験研究機関である忠清南道農村振興院論山イチゴ試験場がある。論山市のイチゴ面積は全国の13.7%にもなり、同市の立地する忠清南道全体では30%だ。この地域は緯度からすると日本ではちょうど栃木県にあたる。次いで多いのは韓国の南東部、慶尚南道で全体の28%を占める。ここは静岡から千葉、茨城と同等の緯度である。慶尚南道は論山に次ぐイチゴ生産地区である密陽市と第4の地区である晋州市を擁する。もうひとつのイチゴ主産地域は、南西部の全羅南道でシェアは20%。中心地は潭陽市である。
 ただし、かつては忠清南道以南が中心だったイチゴ生産も、過去10年でハウス栽培の拡大などに伴い、100キロ程度産地が北上している、といわれる。
3)イチゴの品種構成
  韓国におけるイチゴ品種は、そのほとんどが日本種であり、これまでの収量拡大は、それら品種の各地農試等による順化試験と農家自身の栽培技術の向上との賜物だ。ただし、その緯度からみても東日本での栽培品種が多いのも特徴。また、2000年には同国初の開発品種「論山1号」が、今年には「論山2号」発表され、農家の期待を集めている。
現時点における栽培品種の構成は、まだ公的な統計はない(調査中)が、忠清南道農村振興院論山イチゴ試験場による推計は次の通り。
@「レッドパール」40% A「章姫」25% B「女峰」15% C「とちおとめ」10% Dその他 10%(「スホン」(在来種)、「さちのか」、「宝交早生」、「スルホン」(韓国種)、その他ヨーロッパ品種)
このなかで、とくに増加が目立つのは@「レッドパール」 A「章姫」 B「とちおとめ」で、減少が著しいのは@「女峰」 A「スホン」だという。
 全体として長紡錘型の大粒系のイチゴが好まれる傾向にあり、同イチゴ試験場が2000年に発表した「論山1号」も、「章姫」×「栃の峰」の交配種から「章姫」に近い紡錘系のものが選抜されている。この「1号」に続き、今年からはさらに大粒系で店もちのいい「論山2号」が登場。論山市内の試験栽培レベルでは、農家にも流通業者にも評判がいい。同試験場の鄭昔基栽培科長によると、「現在は、レッドパール、章姫、女峰がメインの品種だが、4〜5年後には、この国産開発品種「論山2号」がこれらに取って代わるだろう」と、予測している。
4)生産農家
主産地では100〜300戸で営農団地が形成されている。法人組織も組合組織もある。1農家当たり1000坪から3000坪、地域によっては300農家で200坪ハウスが2000棟、総面積120haといったハウス団地を形成している事例も珍しくない。なお、多くは後作や転換作目にはメロンやスイカを作っている。
このクラスの農家になると、大体夫婦2人で経営、収穫の時は2〜3人を雇うのが普通。地域によっては若干の差もあるが、11月から4月ごろまでは、2キロパック×2の4キロ入りダンボール箱で出荷が原則だが、2月から6月ごろの期間は品質の落ちたものなどを収穫容器(洗面器を活用した収穫、出荷容器)のまま4〜8キロ入りで出荷する。この収穫したままの無選別品は、市場から先はそのままの形で消費者へ販売するか、市場の仲卸業者などによって1キロ箱に詰め直して販売される場合もある。
大都市向けには営農団地単位で集荷・出荷するが、自分で地元市場に持ち込むものもある。また、日本などへの輸出向けには営農団地単位のほか、農家の有志で集配センターを設けて、輸出業者と取り引きする例も多い。
 この場合は、日本側の需要者からの要望をもとに、日本と同じ規格の250〜300gパック入りで、4パックで1ケースで出荷される。輸出品種は輸送性に難がある「章姫」より「レッドパール」の方が多い。輸出用イチゴを選別する集出荷センターには、構成する農家からコンテナで搬入されたもののうち、果形がよく6分着色のものだけを選別して日本向けにしている他は、国内出荷される。またこうしたセンターには、必ず冷蔵施設が整備されている。日本向けの輸出用は、予冷〜保冷輸送が原則である。ちなみに、国内流通用には利用されない。
3.日本への輸出
1)日本における輸入・販売情勢
 基本的にはイチゴは韓国国内の需要が堅調だけに、韓国農家側からの輸出意欲は低い。手間がかかる上に、日本の相場の流れに左右されて出荷量も安定しないからだ。むしろ、日本側の12月における相場高騰時対策や、年明けの国内イチゴの不安定な出荷動向を補完する役割に位置付けられている。
九州から山陽路の青果卸売会社系の商社が、委託販売のような形である程度の量を恒常的に輸入・販売しているが、距離の割には通関などに手間取ることから、収穫から「3日目販売」となる。主に地元から関西地区へ供給しているが、商品の軟弱性もあり東日本への供給は少ない。2000年の韓国産イチゴの輸入量1100トンのうち、東京市場には5トンしか入荷していない。

野菜産地「韓国」「中国」を考えるA (2001年 7月号)

「オファー」と「委託販売」
国内需要者の意向を受けて、その輸入代行人である輸入商社の現状はどうなっているのだろう。中国産野菜に関して、その輸入の実態を示すキーワードは、「オファー」と「委託販売」である。
輸入商社筋は、現地の生産状況や日本国内マーケットの需給関係を勘案しながら、1〜2ヶ月先の「予約注文価格」を提示する。これがオファーである。国内の流通業者や需要者は、原則的にはこうした複数の商社等から提示されるオファーを比べながら注文する。つまり、輸入筋には競争原理が働いていて、価格だけでなく品揃えや迅速な対応などサービス全般で競争、いわゆる“商売”が展開されているのだ。
 オファーが出せるということは、▽作柄や品質を明確に予測できる計画的で安定した野菜生産が存在する、という証であり、▽そこに複数の商社が介在し競争して調達していること、▽日本国内でも安定した大口の需要があること、▽需給バランスを敏感に反映して迅速に対応できること、が条件になる。
こうした状況になったことに、かつての野菜輸入を開発した野菜専門商社たちが感慨を持つ。野菜輸入は“キワモノ”であった。鮮度保持輸送の未整備や現地の野菜規格・品質が日本マーケットに適合しないこと、生鮮品特有の植物防疫検査におけるリスク(廃棄や燻蒸)、そして“輸入品”に対する差別的扱いなど、国産におけるよほどの品薄・高騰期か、絶対的な端境期でない限り輸入販売は成功しなかった。それゆえに、野菜に詳しい専門業者が“ばくち的”にチャレンジするものでしかなかった。
ただし、日本の端境期において売れる野菜を開発するチャレンジは、これらの専門商社によって根気よく続けられてきた。種子だけでなく生産技術者の派遣や収穫・選別の現地指導までおこなって、“日本規格”を徹底させていったのである。
それが、メキシコやニュージーランドのカボチャであり、メキシコ産アスパラガス、タイにおける「熱帯アスパラガス」であった。国では、タイからフィリピン、インドネシア、そしてベトナム。さらに、韓国、中国。これら専門業者が拓いた本来の意味である「開発輸入」は、いまや国も地域も、さらに大手商社にもひろがり、ついに「オファーが出せるほどの安定」をもたらしたのである。

「委託販売」ができる条件
次のキーワードは「委託販売」。野菜輸入業務というものは、かつては外国で商品を買い付け、国内に自分のリスクで売り込むか、需要者の注文で輸入してコミッションをもらう、かのいずれかであった。しかし、いまの中国産野菜は、日本国内で不足、暴騰した際に商品を買い集めて供給するという性格の商品ではない。国内の需要者から、年間を通じてコンスタントに出てくる発注に対して、安定、継続して調達するシステムが必要になっている。そのために、取引方法も買い付け処理から、TT方式(基本的には買い付けだが、日本着時点の品質等を見て価格を決める方法)や「委託販売」にシフトしてきているのが現状だ。
委託販売は、日本でも青果物の市場出荷でおなじみの方法だから、説明を省くが、ただ、日本の市場における委託販売と異なるのは、出荷側が出荷量を決めるのではなく荷受側が指定することと、予想価格より実売価格が安くなった場合には、商社が全額か半分のリスク負担をしている、ということだ。
国を超えて「委託販売」ができる、ということは、その前提に、相互が強い信頼関係で結ばれていて、長期に安定的に取引をすることを合意している場合のみである。外食産業や惣菜メーカー、漬物メーカーなどの需要者は、少なくとも3〜4か月先までの数量調達と安定価格での発注をしてくる。年間値決めのケースさえ珍しくない。だから、調達役の商社は、中国内でそれぞれが信頼できる野菜公司と“長いお付き合い”ができる仕組みを作り出しているのである。もちろん、そうした関係を醸成しておくことが、緊急時や品薄時にも優先的に取引ができることをも意味している。

生鮮以上に重要な野菜加工品
中国産野菜という切り口で見ると、生鮮品は量的にはたいしたことはない。むしろ最近では、冷凍野菜やジュースなどの“加工野菜”の分野が、既存の米国産やオーストラリア産などを凌駕しつつある。
カゴメ、味の素、ニチレイなどを始めとする国内の加工食品メーカーは、生鮮野菜以上に中国現地との強い結びつきの提携を行い、商品開発に熱心だ。
例えばニチレイは、現地生産した「有機」表示の冷凍野菜をこの3月から国内マーケットに送り出した。中国の山東、福建両省の契約農家で栽培し、山東省の工場で加工したこの冷凍商材は、ホウレンソウ、サトイモ、和風野菜ミックスなど5品目。価格はオープン制だが、店頭ではホウレンソウが300g で250〜290円程度。通常の冷凍野菜の価格と変わらない。初年度は1500t程度を目標にしているが、外食などの業務用にまでマーケットを拡大すると、2500t以上の需要を見込んでいるという。
 ニチレイは1994年から米国とニュージーランド産の“オーガニック”冷凍野菜を取扱っている。フライドポテト、ミックスベジタブルなど9種類を年間に合計3千t販売しているが、これまでは、価格は通常の冷凍野菜より2割前後高かった。同社はこうした既存商品についても、改正JAS法に基づく認証を得て(国内の認証団体からの認証)、3月からは、中国産と同一ブランドで販売しながら、これらについても生産コストの削減により販売価格を引下げていくというのだ。
 今後、価格が安くなった輸入の「有機・冷凍野菜」という商材コンセプトが、どう消費者に評価されるのかはまだ未知数だが、少なくとも言えることは、外食などの業務用については、「こだわりメニューの食材」として、強い引きになるはずだ。 
 「緑黄色野菜ジュースは美白効果がある」と大々的に宣伝しているカゴメを始めとして、「β−カロチン」の機能性を強調して、各メーカーともここ2年来の野菜ジュースブームを再燃させようとしている。その原料がやはり中国から送り出されている。
ニンジンジュースの輸入が急増している。昨年は前年比6割以上の増だ。輸入国は、オーストラリアや米国からが主であったが、昨年の場合、急増のためか中国産が前年同期に比べ6倍、南アフリカ産も3倍も増加した。
 輸入が増える理由は、当然のことながら安い価格である。輸入のニンジンジュースは6〜7倍に濃縮されて冷凍輸入される。1キロリットル約500円という卸売価格は国産品の半値以下。しかも、年間を通じて安定供給されるメリットはメーカー側に歓迎される。
 ただし、輸入品は濃縮や冷凍など多くの過程を経るために、風味や食味が損なわれることが多く、加工〜還元の過程での品質管理が難しいとされているが、中国産はその品質問題をクリアしつつあるのだ。

消費者にとっては「選択肢」のひとつ
現在の厳しい経済環境の中にあって、コスト削減と安値戦略を打ち出さざるを得ないスーパーや外食企業などが中国産など外国産を支持していることは間違いないが、肝心の消費者はどうなのか。農水省の消費モニター調査(平成12年11月)によれば、やはり消費者の外国産支持がジワジワ拡大しているという結果が出ている。
 野菜・果物を購入する際、「国産」と「外国産」では6割以上の主婦が「国産」を選択してはいるが、価格などの条件がつけば20歳代では5割以上が「外国産」を選択することがわかった。これはこの種の調査が始まって以来の結果である。
この調査はまず、昨年義務付けられた原産地表示に基づき、生鮮食品表示の実態などを調査するのが目的。その意味では、主婦の原産地表示認知度については、「知っている」人は全体で75.9%、60歳代では9割が「知っている」と回答。制度の認知は進んでいる。ところが、購入する際の国産・外国産の割合では、全体では「国産」が61.4%、「外国産」は0.9%という結果で、一見、原産国表示は「消費者が正しく国産を買えるための表示」だといえそうだが、一方では、同表示制度は国産と外国産を「正しく区別する」ことになったようだ。「価格等によっては外国産を買う」という条件付きでは全体で37.3%が、とりわけ20歳代では52.5%。若い世代にとって「国産」「外国産」の表示は、品質や価格を見比べて買うための単なる“情報”にすぎない、ということだ

「供給責任」を考える
 中国野菜を積極的にかつ大量に輸入・販売している業者、それが商社であれ流通業者であれほぼ例外なく国内にも、卸売市場はもちろん、国内産地との直接・間接の仕入れルートを持っている。契約栽培することも珍しくない。彼らは自らの顧客=需要者に対して、いわば「供給責任」を負っているからだ。それが商売だから、といってしまえばそれまでだが、彼らはけして「高いから仕方ない」「品物がないからできない」とはいわない。顧客の要求に沿って、なんとか品物を調達するし、あるいは調達できるシステムを作る。
 忘れてはならないのは、需要側にしても商社にしても、国産であることがまず最初の出発点だったということだ。それが出来ない場合、彼らは米国から、オセアニアからそして最近では韓国、中国から調達するのである。
彼らがいちばん恐れることは何か。「安い輸入品はこわい」「(中国や韓国は)日本の規模をはるかに上回わり、かなわない」と、国内生産者が意欲を減退させてしまうことだ。競合状態をテコにして、国内生産者が負けじと、流通、需要者側と密接な連携を取り、そして自らの役割分担を果たしていってほしい、これこそが、農家にとっても最大の輸入対策であり、商社の望むところなのだ。(以下次号)

 野菜産地「韓国」「中国」を考える@ (2001年 6月号)

セーフガードを発令したが
 中国産の一部農産物に4月23日から200日間の暫定セーフガードが発令されている。これがどれだけの効果を発揮するのかよりも、それを発令したこと自体に政治的な意味があるのだろうが、それでも「一定の効果が見られる」と農水省では苦しい“分析”をしている。ご苦労なことだ。
 この間、農家、農業団体を含めて多くの視察団が韓国、中国に出掛けている。だが、その都度、「すごい」とか「困った」と大騒ぎして帰国するが、もうそろそろそのパターンの視察はやめたほうがいい。また「輸入対策のための現状視察」という大上段に構えた観点もナンセンスだ。問題は国内と自分たち自身にあるのだ。が、それでも視察というより両国間の交流という意味ではまだまだやるべきことはある。相互理解を提にした人的交流と情報交換はまだ遅れている。敵対視するのではなく好敵手として日本という同じ土俵で真剣勝負する気概が必要である。
 大騒ぎしたので、いろいろな“情報”が錯綜している。そのため、弊社ではすでに韓国に2回出向き現地情報を収集したし、中国へも9月末に行く。そろそろこれらの情報を整理して、分析してみてもいい時期に至っていると思う。何回かの連載で考えていこう。

積極的な情報公開始まる
これが「二国間協議」の成果というものだろう。このところ、韓国政府は日本に対して積極的に国内の生産状況の情報公開をし始めた。窓口は、政府外郭団体の「韓国農水産物流通公社」。この公社は、もともとは韓国の“国家統制品目”ともいわれるニンニク、唐辛子、ごま、ハクサイなどの過剰時買支えや不足時の緊急輸入などを受持っている大切なセクションだ。最近では、輸出品目として拡大しているミニトマトやパプリカなどについて、過剰対策として国内需要喚起のためのCMを流すなど、輸出入にからむ調整役であり、われわれのような報道機関とも接点を持っている。
その公社が、この4月末に出したミニトマトに関する情報では、「生産減と韓国内での相場堅調などで、今年の対日輸出は大幅に減少しそう」だという。
その原因のひつとは、まず生産者の他品目への転換。昨年は日本への輸出も増加したが、生産も急増したため、相場は軟調。「とくに、日本の輸入業者の値下げ要求が強く、採算住が悪くなった」(同公社)。現地に入ってみると、同じ果菜類でも国内相場が安定している唐辛子やキュウリへの転換が目立つ。国や道(日本の県)の輸出向け団地育成事業で、補助金をもらって作ったハウスを平気で転換しているのだ。もうひとつは、昨年の記録的な大雪によるビニールハウスの被害による出荷減。これで、むしろ韓国内の価格が高騰して日本への輸出が減った。
補助的な背景としては、世界的に高騰した石油代の問題や、日本の厚生労働省による命令検査で、港での四八時間留め置き処理が行われたこと、農水省が植物防疫検査を強化し、主要輸入港九港で検査数量の制限したことなどがあげられる。
弊社の視察でも、多くの農家に会ってみると、ハウス栽培の本拠地である晋州市などではとくに、もともと国内仕向けで金を取ってきた地域だけに、農家にはむりやり輸出向けに固執する意志はないことがわかる。国内でも、ミニトマトを果物のように一度にたくさん食べる摂取パターンが定着してきたからだし、日本向け品目の相場が思わしくなかったら、輸出用として補助を受けた施設を平気で国内向けの唐辛子などに転換している。農家はいずこも同じ。いい意味でも悪い意味でも“フレキシブル”なのである。

象徴的な「ラルズ」の対応
この3月。中国との野菜等のセーフガード発令問題が検討されていた時期、北海道を代表する小売企業であるラルズが、上海の農場と提携し野菜の開発輸入に乗り出したことを発表。第一弾として長ネギなどを輸入販売した。
発表によると、今後独自の品種開発などを進め品目や量を拡大していく、としており、北海道内のスーパーでは初めての本格的な野菜の「開発輸入」、だといわれる。
このケースは、いかにも現在の状況を代表する動きだと関係者は見るだろう。確かに、小売店業界を中心にして、中国産野菜の販売は定着、定番化し、そのため自ら積極的に中国まで乗り込んで、今後の拡大を計画する、という図式はある。しかし、輸入・販売の全体の構造と個々の位置付けについては、もう少し精査する必要がある。つまり、いま輸入の仕組みと構造がどうなっているのか、この動きはその中でどんな意味があるのかを検証することで初めて、国内生産の取るべき方向性が見えてくるからだ。
ラルズのケースをもう少し見てみよう。同企業の中国野菜の対応は、特に価格が高騰しがちな冬場に、低価格で野菜を調達して他企業との価格競争力を高めるのが目的。
開発輸入する野菜産地は長江下流の中州にある崇明島で、現地有力企業、上海実業公司の傘下で日本市場向け野菜栽培を行っている農場と提携したが、輸入業務は日本の青果専門商社が行う。
この3月には、長ネギ、キャベツ、ブロッコリー合計約5千ケースを輸入。キャベツとプロッコリーは札幌市内を中心に7店で、長ネギはグループの店舗を含めて57店で販売した。今回の販売価格は長ネギが一束50円、キャベツ一玉90円、ブロッコリー一株50円と通常の店頭商品の3分の1から2分の1の水準だった。
今後は、農場側と日本側の嗜好に合わせた品種での商品開発や、店舗の販売計画に基づいた作付けなどを行うために連携を密にしていく。毎年11月から3月までの冬場、「崇明島産」と明示し、青果売場の目玉として継続的に販売していきたいとしている。
ラルズの今回の積極的な展開の背景には、従来からも中国産野菜を卸売市場や商社経由で調達してきたが、冬場に価格が上昇したり品不足だったりして供給が不安定になりがちなこと、中国内の産地が明確でない、といった問題があったからだという。
提携により、計画的な販売が可能になることと、栽培地をはっきりさせることで改正JAS法で義務付けられた原産地表示にもきめ細かく対応できるようになる、としている。

スーパーは直接調達はしない
ラルズの対応を検証してみよう。まず、こうした小売企業による直接提携は全国的に見ると多くない。むしろ、北海道という立地が提携の必然性を持つ。同企業は、3年前から米国産野菜類については、北海道に空輸されてくる肉牛との「積み合わせ」で、安く安定的に調達するルートを開拓している。全く野菜類の地場生産のない冬場はもちろん、通常の時期でも内地産、輸入品ともに供給が不安定な地域だからだ。そのために直接調達に積極的なのである。ちなみに中国、韓国からの輸入は、立地的に西になるほど供給は潤沢で安定している。つまり、北海道は最も“不利”な場所にあるのだ。
しかし、内地のスーパー業界は、大手はもちろん中小、ローカルに至るまで「直接輸入」はしていない。商社を介在させて特定の産地との“提携”はあるが、契約栽培的なものはまずない。市場からも商社からも供給や提案はふんだんにあり、しかもそれらが競合しているために、スーパーは「国内調達」をしたほうが商売的に有利であり、品質や品種、栽培法なども“注文”できるからだ。
ここで輸入形態についての“専門用語”を整理しておこう。直接外国に出向いて商品調達をするのが「直接輸入」。商社などが日本に輸入してきたものを仕入れるのは「国内調達」という。
では「開発輸入」とはどういうことか。前述したラルズのケースでも、開発輸入という表現が使われていたが、本来は自分自身が、種子や資材、栽培法などを提供、指導し契約栽培的に買い付けして輸入する、という方法。しかし実態的には、スーパーや業務用需要者からの“意向や注文を受けて”商社が現地で生産を依頼、提案し、その商社を仲介して調達する、というものである。契約関係の軽重はあるが、スーパー業界に関して言えば、直接輸入はあり得ない。需要側はほぼリスクは負わないものだ。

輸入野菜は必須アイテム化しているが
スーパー業界はいま、中国野菜は必須アイテム化している。中国産生シイタケは完全に「定番化」しており、ローカルスーパーではどこでも、シイタケ売上の半分は中国産という状況。「こうした経済環境下で売上全体がマイナス成長だが、シイタケだけは数年前と総売上高はほとんど変わらないから、成長品目だといえる。これは国産のほぼ半値の中国産売上が急増して半分を占めるまでに拡大したため、国産の販売数量が二〜三割減ったというより、年間を通じて二〜三割安く売るようになった結果だ」(ローカルスーパーのバイヤー)。
これに対して首都圏の中堅スーパーなどは、「安さがポイントのローカルとは若干事情は異なり、都市部でも安いアイテムはそれなりに売れるから必要だが、中国産は三割程度。国産には根強い支持があるために、むしろ生シイタケ部門の売上は、中国産というアイテムが加わった分、全体には拡大している。ただし、国産といえどもかつての単価では売れなくなっていることも事実で、国産の菌床物などの扱いを増やすなどで対処している。国産を扱いたい、というのが大原則だが、常に規格が一定の中国産に比べて、価格の割には品質が一定しない国産は売りにくいという苦労は、どこでもあるだろう」(東京地区のバイヤー)。
こうしたバイヤーの“中国産支持”の意向は、「これからも一定の拡大はあるだろう」と言う声で一致はしている。が、その理由として誰もが、品質が向上して安いから、という点だけでなく、「原産地表示」を上げているのが印象的だ。「表示制度によって、消費者は品質と価格を納得してチョイスできるから」だという。ただし、「生シイタケは定番化しているが、ネギとブロッコリーは定着してきたか、という位置付け」だという。定番化とは、年間を通じて必ず品揃えするもの。“定着”とは、消費者が売場に置かれていることに慣れた、という段階を示す。(以下次号)

地場志向時代のブランド化(下) (2001年 5月号)

県産ブランド戦略にも変化が
ブランド化戦略とはマーケティング戦略、というのが最近の流れだ。原則は「売れるものを作る」という発想だが、結局は作ったものをどう売るか、という基本姿勢の従来型の「ブランド化」戦略とどう違ってきたのだろう。
最近の事例では、栃木県が「首都圏マーケティング構想」を策定し、個別に行われていたブランド戦略の一本化などに取り組み始めた。山形県では東京に農業専門の職員を派遺、熊本県は大阪市内のスーパーにコーナーを常設し、それぞれ情報収集を本格的に行う。長野県も委員会を作り信州独自のブランド作りに着手している。
本来、県産ブランド化とは“地場イメージ”を拡大解釈したものだ。その意味では、その先駆となっていたのは、京都府が10年前から取り組んできた「京野菜」あたりがそれに該当する。しかし、平成8年ごろからスタートした茨城県の「うまいもんどころ」ブランド戦略は、どうだろう。農産物のブランドを一元化させ、都内のデパートでのフェア開催などを展開したのは、マーケティングというよりは「販売促進対策」の一環であり、系統共販拡大対策というレベルのもの。
ともすれば東京近郊の県はサエない・目立たないという意味で、「ちばらぎ県」(千葉・茨城を揶揄したもの)だとか「ださいたま」(ダサい埼玉の意味)などとさげすまれていたのだから、茨城が“水戸のご老公”をもじって県産品をアピールする一定の意味と効果はあっただろう。同じような駄洒落で福岡県の「うまかけん」というのがあるが、福岡を特定できないウラミがあったせいかいまひとつ浸透していない。それより、埼玉の方が同じもじりでも「彩(さい)の国」で“ださいたま”を返上した観がある。また、ごく地味だが千葉県でも平成9年から「愛情一番」=ふるさと産品づくり=運動を展開しており、対外的に派手なアピールはしないものの、実質的なマーケティング活動(県内消費拡大)を進行させている。

「ちばらぎ」や「ださいたま」も
マーケティング活動の成功というよりは、その存在をアピールできた、という意味で茨城県に刺激を受けた観のあるが山形と栃木。両県もマーケティングの強化に乗り出した。山形は8年にマーケティング推進協議会を設置し、PR活動がほとんどだったが今年から協議会は、従来の農林水産団体に卸売市場関係者らも加え「おいしい山形推進機構」に改組。マークを作成したり東京に調査員を派遺するなど力を入れ出した。一方、栃木県農務部も「首都圏マーケティング構想」を発表。「とちぎの農産物」としてイメージ戦略を打ち出していく一方高品質化に取り組む。
田中康夫ブームの長野県も参戦した。当面青果物は対象外なものの、外部の有名人などを招へいして農産物販売戦略の方向性を話し合う「信州21アグリビジネス侃諤(かんがく)ブラザ」を8月に開催させる予定。また、9年にマーケティング推進室を設置した静岡県は当初、生産者にマーケティング手法を普及させることに力点を置いてきたが、昨年からは実践篇に突入しマーケティシグ手法を販売などで活用する農林水産組合や農林水産業には補助金を出す制度も創設した。

実るか栃木県のマーケティング
産地がマーケティングに興味を持って対策を講じることは、それ自体は歓迎すべきことだ。かつての“販売対策”の柱は共販拡大、すなわち「量の論理」でマーケットを支配しようとしてきたことから比べると、やっとマトモになった、という感をもつ。
そういう意味で、園芸振興では“後進県”であった栃木県のマーケティング戦略には、興味を持つ。いまだに水田率70数%という稲作県である同県の園芸振興に向けた努力は、他県にない真剣さがあったことは事実。JAの営農指導員の資質向上にかけて来た同県の過去を知る者として、今回の戦略には期待もしている。
これまでの「首都圏農業」というスローガンにマーケティングを加えて、「首都圏農業マーケティング戦略」という。従来の単品型のブランド戦略から、銘柄化や流通・販売などのマーケティング対策を一本化し、県産の農産物全体の競争力を強めるのが狙いだ。
同県にはイチゴ、トマト、ニラ、和牛などが特産化され消費地に近いものの、産地としでの短名度が比較的低い。そこで県は昨年、専門の「マーケティング班」を新設。生産・流通など各分野の専門家による「マーケティング推進委貝会」などで対策を検討。構想は「農産物流通のビッグバンは『とちぎ』から」などをテーマとし、@ブランドの確立A情報発信システムの確立B「地産地消」の促進−‐などの構想の実現に向け、まず個別だったPR組織を「とちぎの農産物マーケティング推進協議会」一本化し、インターネットなどを通じた情報発信や総合的なPR活動を始める。JAグループ栃木も同協議会に参加。構想の推進に向け、県は今年度予算に、農産物マーケティング推進事業費約3500万円などを盛り込み、生産出荷情報を実需者に提供するシステム作りや、消費者へのアンケート調査を行う。道具立ては揃った。後はお手並み拝見というところだ。

全農も販売企画のプロ育成に乗り出した
 こうした県行政レベルでのマーケティング戦略推進を受けるかたちで、JA全中と全農もJAの販売力強化に向け、生産・販売企画専任者の育成に乗り出した。目的は、消費者ニーズに対応した「売れる農産物づくり」を進めるため、というが、農産物のマーケティングに精通した専門織を養成することで、営農指導、経済事業を充実強化しようというもの。
 実はこの全農による組織的で計画的な動きには、前々から予感と期待があった。これまでのJAの販売事業は、多くは営農指導の一分野であり、販売課などで独立させるJAもあったのだが、いずれにしても「市場出荷」を前提にした“販売”でしかなかった。それでも人材に恵まれたJAには、企画力、マーケティング能力のある人材が存在し、実際、そうした“人材”のお陰で、ブランド産地が形成されたケースは少なくない。しかし、こうしたケースは、あくまでも偶然の賜物であり、それを組織的に育成することがJAにとっては課題だった。確かに、こうした企画能力は一夕一朝には身につかない。が、大切なことは、それを継続的に組織的に推進することで、優れた人材の登場の可能性を広げることは確かである。
 全農ではこの取り組みを進めるため、マーケティングの知識、能力を持つ人材を育て、技術指導中心の営農指導から、販売をも視野に入れた指導体制に切り替える。育成する専任者は、部長クラスを想定したマネジャー、課長クラスの販売企画担当者、営農指導員の三段階。マネジャーは営農部門の総括や地域農業戦略の策定、販売企画担当者は販路開拓や販売企画、営農指薄員は生産指導などをそれぞれ担当する。
全中、全農は専任者を育成する研修プログラムを3つのクラスごとに5月下旬以降行う。マーケティング理論や食品流通論、販路開拓の手法、新規事業、商品開発、量販店・外食・中食攻略など多彩なテーマで専門知識の向上を図ることになっている。また、営農指導員に関しては、県中央会が行う資格認証試験に販売・マーケティング科目を追加する方針だ。

「ブランド化」を目的にしてはならない(?)
実は、こうした県レベルでのマーケティング戦略に、私はいくつかのケースで直接間接にかかわってきた。ここに至るまでに、10数年かかったケースもある。それだけに感慨もひとしおだ。ようやく本来のマーケティングの原点にたどり着いたか、という思いだ。
そこでとくに申し上げておきたいことが2点ある。ひとつは、マーケティング理論を学んだ専任者はようやく流通業者の仲間入りができるということ。マーケティング機能さえ装備できれば、どこへでも直販ができる、と思ってはならない。川上の生産者(農家)と川下の消費者の間に介在する、川中にあたるJA、流通業者、小売店、外食産業などの流通販売加工機能はひとつであり、役割分担の上、相携えていかなければならないということだ。
もうひとつは、「ブランド化」は目的ではなく、マーケティングの結果達成されるべきものであること、だ。地道なマーケティング活動を通じて、それが評価されれば「ブランド」になる。“仕掛けられたブランド化”は、いずれは馬脚を現す。とくに現在の「県産ブランド」には、「地場」イメージが潜在的な訴求ポイントになっている。全国品種が県産ブランドで流通するということは、同じものに地名だけを別に印刷した各地の土産店“共通商品”とどこがちがうのだろう。
長くそのマーケティング戦略をお手伝いしてきた、福岡の「博多ごりょんさん料理」ブランド化や栃木の「首都圏農業マーケティング戦略」が、「本物のブランド」として定着してくれることを祈るだけである。

 

●これからは「おいしさ」だ (2001年1月号)               

「有機」の次のテーマは
 今年は、いよいよ「ポスト有機」の正念場である。とにかく、どこの「有機」がホンモノか、といった先陣争いは、昨年にはピリオドが打たれた。JAS法で「 有機」 基準が規定されたからだ。"有機" だけで、あるいは"安全" だけで商売ができるという幻想は、もはやない。では、次にはどんな価値基準が"ウリ" になるのだろう。それは、食品の原点であり究極の差別化要素といえる「おいしさ」だ。現実に、各地でそんな動きが活発になってきている。
 品評会だとか産品の審査会といった催しは、どの品目でも産地でも開催されている。形状や選果などの状態を審査するのが、主な項目だが、果実ならこれに食味検査がくわわる。が、東北のある野菜産地。ここのキュウリは糖度で評価される。この産地は、同時に硝酸態窒素の含有もチェックしており、ほ場検査や食味検査を経て出荷されている。だから、この産地の品評会は形状や選果などの検査をしない。「おいしい」かどうかを、糖度の高さと硝酸態窒素含有の低さで判断しているのだ。

野菜に「おいしさ」基準を?
 いま世は、「おいしい野菜」がテーマになってきた。だからその「おいしさ」をどう計測するのか、それをどう「認証」するのかが課題だ。「おいしさを保証する」という動きは、ミカンやスイカ、モモなどで盛んであり、糖度センサーなどの機器によって計測する手法もある。米では「食味計」だ。が、野菜の場合はどうするのか。
 この難しいと思われるテーマに果敢にチャレンジしているのが、外食産業の組織、日本フードサービス協会だ。外食の業界ではモスフードが最初に、おいしい野菜を、土壌に不足ミネラル分を補給することによって栽培する「ミネラル野菜」だと規定した。これを契機に、同協会が、独自の基準を打ち出し,土壌分析や残留農薬検査、糖度や硝酸態窒素の含有に基準を設けた「JF基準」認証を始めている。まだ試行中だが、野菜の元気度を図る「波動」も計測していくのだという。オーラが強い野菜がおいしいという基準である。
 改正JAS法が施行され、認定団体の登録も20数団体、その団体による「有機認証」品もマーケットに登場した。しかし「有機」は内容保証でも内容表示でもない、ということを消費者も気づいてきた。だから「おいしさ」が次のブランドになりうるのである。

最初に一歩踏み出すヨーカドー
 外食産業だけでなく、スーパーなどの量販店も、次のステップに向けて各社とも本気になってきた。これまで、「すこやかベジタ」のダイエー、「健康野菜」のヨーカ堂、「グリーンアイ」のジャスコ、「完熟屋」の西友、「健康菜果」の東急ストアなどスーパーは、ほとんどが農水省ガイドライン準拠の自主(内部)基準をもって産地と提携、集荷、契約してきたが、まず次のステップに踏み込んだのが、「健康野菜」のヨーカドーだ。
実は、冒頭の産地も、実はヨーカドーの契約産地。同社は「食べても体にもおいしい野菜」を標榜して、体に「おいしい」のは「ミネラル栽培」、食べておいしいのが「糖度」と「硝酸態窒素」を目安にする、ことにしたものだ。
 「有機」以外の「基準」としては、農水省の「特別栽培農産物」。一般的には、「減・減」や「無・減」あるいは「有機」基準に沿わない「無・無」などや、堆肥等による土づくりと化学肥料・化学農薬の使用の低減を一体的に行う「持続的農業」も新登場。都道府県レベルでは「環境保全型農業」。JA全農は「安心システム」を設定して、生産、飼育過程の明確化、品質や残留農薬なども分析して信頼性を強調。生協はその基本として、まだ「産直三原則」の域にとどまっているが、いずれも「おいしさ」を証明できるシステムにはなっていない。

農家が一番知っているはず?
 ただし、各地域に合った「しゅん」の基準を、全国の自治体、農業組織単位でマーク表示する「旬マーク」制度や、県レベルでの「地産地消」運動や「伝統野菜」事業などは、地場の野菜と地域の調理法を発掘して「おいしさ」や「食文化」をアピールすることが目的のひとつであるために、「おいしい基準」の概念が付随している。
 もちろん、調理法に合った品種の選択や、熟成度に合わせた調理法など、農家だけが知っている「おいしい」食べ方もある。
 さて、あなたが生産者なら、自分の野菜をどう「おいしい」か、なぜ「おいしい」かをアピールするのだろう。また、あなたが流通や販売を担当しているのなら、消費者に向かって、そのおいしさをどう伝え、提案するか、だ…。
 そんな農家の立場を代弁し、流通業者として「おいしさ」を自社の品質基準として広範囲に活動。農家と需要者を組織化している石川県のセイツー(奥村晃社長)の事例は余りも有名だが、農家や団体の野菜を調査して、いわば"野菜のおいしさランク付け"を行っている企業がある。この2年半で全国の5000検体を栄養点(糖度)、健康点(窒素濃度)、食味点(官能検査)で調査、ランキングを付けているのが、ピイシイシイ(山内外茂男社長)である。「生産者が自分のランキングを見て、次期の励みにしているのが印象的」(山内社長)。
 ちなみに、ピイシイシイでは全国の生産者などからの調査委託を受け付けている。
Tel:090-3293-7358 e-mail yamauti@pcc-k.com http://www.pcc-k.com

「ポスト・有機」時代のマーケティング(2000年8月号、9月号)
 改正JAS法(農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律)が、この6月10日に告示された。改正点の主なものは、まず、全ての食品に原産地の表示を義務付けること、そして、「有機食品」についは、新たな検査・認定制度が盛り込まれたことだ。認定機関の登録がようやく6月中からスタートし、実際に農家や団体が「有機認定」を受けるのは8月ごろから。早ければ10月ごろから「有機」表示の食品が登場することになるだろう。来年の3月までは"猶予期間"だが、4月以降は、JAS認定されない"有機"表示はできなくなる。
 周知の通り、これから「有機」の規格・基準はかなり厳しくなる。認定そのものは「圃場認定」で、認定を受けた圃場で生産される▽野菜類については、無農薬・無化学肥料で2年を経過した圃場に播種、定植したものから、▽果実類などは同3年を経過したものから「有機」表示ができる、ということだ。
 そのため、これまでの自称"有機"のほとんどと、農水省のガイドラインにおける"お手盛り的"な「有機」の一部は、表示ができなくなる(違反すれば即、罰金刑)。が、そうは言っても、従来からの"有機"農産物が、ニセモノだ、と一刀両断されても、これも厳しい話。テマヒマ掛けて、こだわって作ってきた"有機"は、どうなるのだろう。「有機=オーガニック」の意味や、「有機」認定制度後(ポスト・有機)の"有機"はどうしたらいいのか。他の認定制度など、ポスト・有機の「受け皿」を整理しておこう。
(1)「有機」は「オーガニック」である
 従来の"有機"やいわゆる"こだわり"農産物には、これから品質基準、内容保証としての「有機」表示が使えないことになった。多くの農家はこれに憤りを感じており、「なぜ、自分のこだわり農産物が"有機"という表現ができないのか」という声は、法制化が決まった現在でも消えていないし、わが国独自の「有機」があってもいいのではないか、という論争も続いている。もっともなことだ。
 しかし、この「有機」とは「オーガニック(ORGANIC)」なのだ。つまり、国際基準の国内法化ということであり、「有機先進国」の貿易促進のための土壌作りではないか、という指摘はあるものの、本来は「適正表示」の問題であり、そして「環境保全」のためのグローバルスタンダードであるという点を押さえておく必要がある。
 わが国の「有機」が、もっぱら「食品の安全性」基準のように受け止められているのとは対照的に、国際基準の「オーガニック」は、「環境保全」の目的の方が優先している。それでないと「オーガニック認定の花き」というものの存在に説明がつかない。
(2)いよいよ"ポスト有機"時代へ突入
 
好むと好まざるとにかかわらず、「有機」が法制化されたら、否応なしに「ポスト・有機」への対応を迫られることになる。これまで「われこそが"有機"なり」と"有機"同士のツバ競り合いをやっていた時代は終わり、「有機」の基準は規定されてしまったのだ。そこで「有機」以外の基準や権威付けが必要になる。こだわりの"受け皿"を誰がどう作っていくのかというテーマが浮上している。
 1)公的には「特別栽培農産物」
 国レベルでは直接的には、従来の農水省のガイドラインから「有機」を引けば、残るのは「特別栽培農産物」。実際農水省では、これまで「有機食品」の法制化のために設置した委員会を、引き続き、「特別栽培農産物」の検査・認証制度導入のための検討委員会に衣替えし、検討に入っている。一般的には、「減・減」や「無・減」あるいは、「有機」基準に沿わない「無・無」などの特別栽培農産物の検査・認証制度というものが、一体成立するものか、という疑問もある、「地域内総量規制」的な発想なら可能か、という論議もあるという(個々の農家の圃場検査は煩雑だが、集団や団体全体がどれだけ「減・減」で行っているかの総量で判断するという考え方)
 2)さらに「持続的農業」も新登場
 ただし、特別栽培よりももう少し法制化に近い認定制度も、新農業基本法がらみで登場している。いわゆる「持続的農業」、持続性の高い農業生産方式の導入の促進に関する法律だ。
 全国的に、堆肥等による土づくりと化学肥料・化学農薬の使用の低減を一体的に行う農業導入を促進するもので、導入計画の認定を受けた農家には、融資、税金面で優遇される仕組み。この認定農家は6月末現在で全国で80名程度。こうした農家を対象にした協議会の設立も進行中だ。
 3)都道府県レベルでは「環境保全型農業」
 数年前、農水省が打ち出した環境保全型農業に対する指針は、その後各都道府県で制度や法律となり、『環境保全型農業認証マーク』(長野県など)や『有作くん』(熊本)といったシンボルマークを設定、認証をしている県も多くなっている。今春現在、都道府県で認証制度を導入あるいは予定しているのは東京、青森、岩手、宮城、山形、福島、長野、新潟、岐阜、石川、兵庫、岡山、香川、高知、宮崎、熊本など。県独自に認証するケース(青森、宮城、岡山など)のほか、JA県連などの第三者認証制度によって実施するケース(岩手、宮崎など)などさまざま。ただし、地方自治体レベルでは、今回の改正JAS法による「有機」認証制度と従来の「環境保全型農業」の推進、新たな「持続的農業」の認証制度などを含む、トータルの"有機"関連政策の調整に手間取っているのが現状。
 4)JAや既存の生産組織による認証制度
 JA県連の場合は、県行政との連携で環境保全型農業がらみでの認証制度を持つところが多く、この場合は、「有機」の認証団体の資格を取得するケースは少ない模様だ。ただし、JA単協の生産部会レベルのものや、従来から"有機"を標榜して農家を組織してきた生産者団体の多くが、認証団体としての資格を取得して、「有機」認証をしていく方針を打ち出している。これらの組織の多くは、かねてから"有機"の自主基準を持っており、「有機」認定団体として登録されることで、農家の組織訴求を強化し、同時に、ほとんどが「特別栽培農産物」に該当するであろうこれら組織の出荷品に対して、「有機認証資格のある団体による認証」という新たな"権威付け"を狙うケースが多くなっている。
 5)JA全農は「安心システム」
 JA全農は、独自の農産物検査認証制度でいくことにした。すべての農産物を対象として、生産、飼育過程の明確化、品質や残留農薬なども分析して信頼性を強調する、農産物の素性や安全性に重点を置いた制度だ。
 認証制度は、米や青果物、畜産物についてそれぞれ基準を設け、専門検査員が生産と流通過程をチェック。分析した品質結果を公表する。適正な施肥や防除であることを検査して安全な農産物であることを認証する「安心システム」だ。これが、いわゆるポスト・有機では最右翼の動向である。
 6)流通業者、小売店による認証
 らでぃっしゅぼーやや大地の会などの有機宅配業者と呼ばれる流通組織や、「すこやかベジタ」のダイエー、「グリーンアイ」のジャスコ、「完熟屋」の西友などスーパーは、ほとんどが農水省ガイドライン準拠の自主(内部)基準をもって産地と提携、集荷、契約している。中には、自前であるいは商社など外部機関により、「有機」認証していくケースもあるが、特別栽培のものをPB的な位置づけで扱っていく方針に変わりない。
 7)生協の基本は「産直3原則」で
 生協業界はそもそも「有機」認定制度に反対の立場をとってきた。生産者と消費者が直接提携(産消提携など)することが原則であり、▽誰が作ったかがわかる▽栽培方式がわかる▽生産〜消費側とが交流する、という「産直3原則」による農産物が"基準"になっている。結果的に特別栽培農産物ということになるが、最近ではそれに「指定農薬の使用禁止」などが加えられている。ただし、昨年あたりから、環境保全にかかわる国際基準である「環境管理システム」(ISO140001)を取得する生協が増えてきており、生協は組織運営上も取扱い商品も「環境保全」に継続的に努めている組織という、もうひとつの権威付けを行い始めている。これによって、取引産地に対しても、計画的・継続的に「環境保全」に努める農家、団体としか提携しない、という方針を打ち出し始めているのが現状だ。
 8)外食産業では独自に「JF基準」
 外食産業は、かねてから食材の"有機"化を進めるケースが目立っていたが、ファーストフードのモスフードサービスが、土壌分析して不足成分を補った圃場から生産された野菜を「ミネラル野菜」と規定。全量切替えを行ったことを契機に、業界団体の日本フードサービス協会が、独自の基準を打ち出した。土壌分析や残留農薬検査にとどまらず、糖度や硝酸態窒素の含有に基準を設けた「JF基準」認証を始めてる。すでにファミリーレストラン、居酒屋チェーンなどで「JF基準」認証を受けた食材を使用し始めた。
 9)「残留農薬」でも認証システムが
 国際基準のオーガニックも、わが国の「有機」も、ましてや従来からの農水省ガイドラインにも、「残留農薬基準」は盛り込まれていない。食品の安全性を保証するなら、残留農薬にも基準を作るべきだという声はかねてからあったが、この"認証のスキマ"ともいえる「残留農薬基準」に基づく分析・証明をする組織が登場している。国の基準の2分の1以下というのが証明の基準だ。
 10)新たな「環境管理システム」(ISO14001)という基準
 "有機"の認証基準に、「環境管理システム」という新たな切り口が登場している。この国際基準は、環境への負荷や排出、破壊などを軽減するための努力をしているかどうかで取得できる。個々の商品というのではなく、組織が自主的に目標を設定して、それを自主管理のもとで継続的に実行できるシステムを備えているか、というシステム認証である。例えば、毎作、毎年、よりよい農産物作り、土作りのために努力してきた「われこそ有機なり」と自負してきた農家が、「有機」基準の枠で認証されないのなら、それに代わって「農家の努力」を認証しようという発想だ。農家だけを対象にしたISO認証組織も設けられており、らでぃっしゅぼーや、大地の会などの組織の他、個人農家でも取得する動きがある。
 11)「旬マーク」「地産地消」「伝統野菜」
 消費者志向は、その根っこの部分は「安心志向」である。それなら・・とその"安心"のシンボルマークとして全国野菜需給調整機構(野菜機構)が、「旬の野菜」のマークを昨年制定した。全国の自治体、農業組織単位で、マークが表示できる各地域に合った「しゅん」の基準を設定していくことになっている。その"定義"は「消費者が住んでいるそれぞれの地域の自然の中で、適期に適地で無理なく、食べごろに生産されたものであり、新鮮で、栄養分があって安全で美味しいもの」。
一方、この定義と同様のコンセプトを持ったものが、「地産地消」であり「伝統野菜」事業だ。長野県の「地域流通野菜事業」や、県内自給率向上に主眼を置いた岐阜県や群馬県の一連の事業、学校給食の県内自給率がテーマの秋田県、直接的に「地産地消推進事業」と銘打った鳥取県の取り組みなどは、一部には認証に近い制度を持っている。これに連動するように、ジャスコや西友などのスーパー業界が「地場野菜」コーナーを設置している。
 また、地域の食文化との連動では、「京野菜」の京都府や、石川県の「加賀野菜」、奈良県の「大和野菜」などの伝統野菜の発掘、振興には認定が付随している。

(3)欧米のポスト・オーガニック
 
「オーガニック」法制化が連邦法として成立したアメリカや、国が制度として認めているフランス、イギリスなどEUでも、ポスト・オーガニックと呼べる動きが目立っている。
 「オーガニック」農産物の付加価値が高いアメリカでは、連邦法成立前後からオーガニック生産そのものがアグリ・ビジネスとして注目され、急拡大しています。どうしても、人手が必要で多品目傾向になるオーガニック生産が増えることで、カリフォルニアの場合などは、農家戸数が増え、農家1戸当たりの耕作面積は、減る傾向にあるほどだ。
 一方、逆にオーガニックの概念が規定されてしまったことで、それ以外の農産物をどう差別化するか、というテーマが浮上しているのは日本同様だ。
 急激に店舗展開をしている同国の代表的な自然食品スーパーである「ホールフーズ」や「ワイルドオーツ」などの場合も、「オーガニック」「同転換中」「慣行栽培」の従来からの3分類以外に、日本の「地場」や「シュン」に相当する「ローカル」という表示や、手間を掛けてこだわって栽培したということを表す「家族経営生産(family farm grown)」、オーガニック以上に防除をしない"自然栽培"などを「バイオダイナミック」などと表示するなどの動きを生んでいる。
 これまた日本同様に、「顔の見える関係」から信頼と協調を得ようとする動きもある。西海岸を中心にした「ファーマーズ・マーケット」の盛況ぶりには驚くべきものだ。パリのマルシェ(露店)のような半常設施設になる可能性もあるという。
 また、「産消提携」の概念を日本から"輸入"したCSA(community support agriculture)と呼ばれる「地産地消」運動も盛ん。多くは、グリーンボックス(入れる農産物は農家が適宜決めるタイプのもの)で旬の農産物を地域の消費者に届ける方式。これは、イギリスにおいては「ローカル・スキーム」と呼ばれている。
 EUは、加盟各国の指定認定機関が認定したものをEU共通のオーガニックとして認めるという方式だ。アメリカほどの高い付加価値はないが、国による温度差はある。地下水の浅いオランダなどは、オーガニックは環境汚染低減のシンボルであり、花きのオーガニック認定が多いのもお国柄。また、イギリスを中心とした消費者運動「グリーン・コンシューマーリズム」は、むしろ企業全体の環境対策を評価する傾向にあるため、ヨーロッパを代表するスーパー、マークス&スペンサーなどはあえてオーガニック表示をせずに、企業独自に品質基準を持っていることをアピールし、その基準で農家、商品選択を行ったり、自ら品種、栽培法指定の契約で商品調達している。
 さらに、「食品の安全性」という意味合いからは、オーガニックか否かというより、むしろ問題は「細菌汚染」であり「遺伝子組み換え食品」である、とする意識が強い。そのため、EU全体で農産物のパッケージ比率が上がっているという現象を生んでいるし、反遺伝子組み換え食品の急先鋒がEUであることでも分かる。

(4)「ポスト・有機」時代のマーケティング
マーケティングという観点で、「有機」と「ポスト・有機」を考えると、日本の場合、「有機」がそれほどの付加価値(注 米国では通常品の5割から2倍)を伴わない、という現実にまずぶつかる。そのため、高い認定料を払ってまで認定を受けても、ペイするのかという現場の心配は消えない。だから、手間とコストをかけて無理して「有機」を目指すことは、"信念を持つ一部の農家"以外には意味がないことになる。マーケティングの観点からは、その方が正しい。
 現に、多くのスーパーのPB商品は、ほとんどが特別栽培農産物。ジャスコのように、「有機」認証を積極的に受ける、と標榜するケースもあるが、例えば西友は「JAS規格に合格する商品はほとんどない。だがあえて認証有機を手当てして生産者に認証料を負担させる方法を取らなくても、安全や味を表現する売り方はある」として、同社のPB商品「完熱屋」のうたい文句から「有機」を除外。マルエツも「特別栽培品で、消費者ニ−ズにこたえる」というのが大方だ。いずれも「ポスト・有機」の考え方といえる。
 日本における「有機」認証制度導入の目的は、極端にいえば、まず消費者に対する「適正表示」であり、内容保証、品質保証ではない。たしかに法律に基づく「適正表示」であることからくる「安心感」は保証できるかもしれないが、農産物、食品に求められている農家の"こだわり"を伝える手段でも、"おいしさ"を表現する方法でもない。この点を、まずしっかり押さえておく必要がある。
 内容、品質を保証して消費者にこだわりを伝え、おいしさを提供する方法は、前述したいくつもの方法が、受け皿として存在するし、その他にも直売やインターネット商売なども活用できるだろう。
 また、健康志向に対応した最近話題の食品の「機能性」からのアプローチや、「本当の美味しさ」を追求するための「用途別規格」「専用品種」の導入、コスト見直しのためのマーチャンダイジング思想の採用なども、大きなテーマである。
 

●やはり「消費者満足の追求」?(2000年7月号)

組織優先か消費者優先か 
 雪印乳業の一連の不祥事とその処理をめぐる不手際。それと好対照だった、小岩井牧場の迅速な対応。こうした対照は、院内感染や医療ミスをひた隠す医療機関と、参天製薬の目薬の全面回収など、際立ったものがいくつもある。企業(組織)優先か消費者優先かの対照である。ボロボロと"アカ"が出てくる警察組織の不祥事にはもう驚かないが、彼らの場合、それによって失うのは信用だけ(それが重要ではあるものの)で、(当事者は別にして)彼らの給料が減ったり、ましてや倒産するわけではない。が、一般企業は違う。組織を優先したことで社会的な信用は失墜し、売上げは激減するだろう。逆に、消費者本位で行動した企業は、損をして得を取る、ということになろう。
 これほど"究極の選択"を迫られるものではないものの、いま不振の流通・小売業には、企業優先か消費者優先かの重たいテーマがのしかかっている。「苦しい時には企業優先で生き残る算段をしなければならないのであって、消費者(顧客)優先策は余裕ができてから」というのが一般的な感覚であることは重々承知の上で、「果してそうだろうか」とあえて考えてみよう。

「アナリストとして限界」とは
 16年間、流通・小売業の経営診断・指導をしてきたアナリストの、"告白"ともいえる文章を読んだ。「この1、2年は初めてアナリストとしての限界を感じるようになった」といい、「同時に過去に何度となく抱いた経営者の方々への不満と、その表れだった数々の非礼を申し訳なく思う」と頭を下げる。
 彼は、米国留学でキャッシュフロー、バランスシート・マネジメントといった企業財務理論を学び、日本の流通・小売業の経営にはその概念があまりにも欠けていると思ってアナリストになった。だから経営者たちに、過剰投資の愚や「やらなければいけないことをやらない」ことの罪を、"アナリストの正義感"として、口角泡して机をたたいて説いてきた姿が容易に想像できる。が、要はそれが功を奏さなかった現実がここにあることだ。それをいま、正直に謝っておこう、というのが彼の状況"分析"の結果なのだろう。その点においては立派なアナリストである。
 なぜ、彼の正しかるべき論理が通用しなかったのか、を彼はこう分析する。▽経営戦略の誤りを指摘するなら、アナリストには計り切れない重要な要素があることに注意すべきだった、▽それは、当該企業にしかわからない要素、それは経営資源の量と質、特に人的資源の有無である、▽日本のようにマネジメントレベルの転職が一般的でない企業社会では、たとえ正しい戦略でもそれを実践していく人材がいないという理由で断念することが少なくない、▽流通・小売業に優秀な人材が来てくれないというのは、何も日本だけの悩みではないが、欧米の経営者はそれを補う意味でストックオプション(経営陣の持ち株制度)や何らかのインセンティブ制(活性策)を取り人れている、といい、だから「日本の企業の経営にも是非とも早急な導入を求めたい」という。
 彼はまだ負けてはいないのだ。持論は正したからあとは実践するだけのこと、ということになる。いまひとつシックリ胸に落ちない部分があるとしても、それはそれなりにひとつの見識であり、脱・日本型経営への動きが胎動している現状からは、方向性としては間違いのない指摘であろう。

数字には強いが「経営戦略」がない
 ただし彼の指摘の中で面白いのは、欧米式の企業財務の概念が欠けているとはいえ、日本の流通・小売業がすべて放漫経営だというわけではない、という。「一部の情実的な意志決定を除けば、日本企業の経営決定はむしろ数値面での克明な分析に基づいている。しかし、むしろそれが経営戦略の稚拙さを隠しているのではないか」というのだ。数字の把握には長けていても、「経営戦略」といえるものがない、という指摘は正確だ。
 彼は続ける。80年代後半、米国の企業経営は短期業績を追いすぎるという批判がまん延した時期があったが、いま考えると、少なくとも流通・小売業に関する限り、有力な米国企業の視点はかなり長期的なもので、そこには社会や消費者の変化に対して、常に先手を打つ本当の消費者満足(CS)経営を垣間見ることができる。それこそが古今東西を問わず成功する経営の原点なのかもしれない・・・。
 米国もかつての苦しい時期に、短期的な判断を求めるような動きが目立ったが、結局はいまの成長をもたらしたのは、長期的な「消費者満足」への対応姿勢が功を奏した結果だ、というのだから、反論の余地がない。

「消費者満足」の中身を考える
 ここで重要なのは、「消費者満足」の中身だろう。消費意識の明確な欧米の消費者と、情緒的・感覚的でわがまま、良く言えばフレキシブルな日本の消費者との「満足」の中身は随分と違う。彼はこの点についても明確な意見を持っている。かなり大胆なものだけに、その指摘を検討の材料にしたり、考えるヒントにするにはもってこいだ。
 「日本の流通機構は"数多くのメーカーが毎年数多くの新商品を出し、それを数多くの小売業が販売する"という特徴があり、それ自体無駄が多いシステムである。このような状態では、効率的なサプライチェーンの形成もままならない。何らかの形で流通機構の簡素化と再編が避けられないだろう。短期的には、愛用している商品を手に入れにくくなるなど、一部の消費者に不便益を供することになるだろう。しかし多くの商品分野で大幅な価格低下のメリットを享受できるなど、消費者も納得できる解決策が見いだせるはずである。地場産業である流通・小売業にも、国際化の波は確実にひた寄せている。海外の小売業が巨大な購買力を焦点に覇権を競えば、特異な市場といわれる日本といえども無縁ではいられない。特にそれが本当のCSなら、小売業の正義はそれしかないはずだ」

●いま「青果卸売会社」 が正念場(2000年6月号)

「絶対反対!」でゼネストも
 ついに、聖域だった卸売会社の委託手数料に、自由化という"黒船" が襲来しようとしている。"太平の世を揺るがす" ような"黒船" の出現で、業界は"夜も寝られず" の有様を呈している。平成11年の全国的な売上げ・収益減に引き続き、折悪しく、過去10年来の野菜の暴落というこの時期に、農水省からの問題提起があったものだから、その危機感はまさに現実感を伴うし、産地側からの"自由化シュプレヒコール" もいやがうえにも、高まって…。"開国" の決断を、明日にでも決めなくてはならないかのような雰囲気さえある。
 いま、業界がやるべきことは2つある。ひとつは、中央、地方の市場を挙げての「絶対反対!」運動である。これは徹底的にやる必要があり、できれば全国統一で"ゼネスト"さえ辞さない。市場が機能マヒしたら、国民の食生活が混乱することを見せてあげるべきだ。"お手本"はある。ガットウルグアイラウンドの合意の際、日本のコメ農家が「一粒たりとも入れない」「(コメが)自由化されたら農家は首をくくるしかない」「農家がいなくなったら国民の食と安全が損なわれる」云々、とムシロ旗を揚げた、あの手法である。彼らはその"闘争"の結果、6兆100億円の"慰謝料"をせしめた。
 これを見習って、「(手数料)自由化を認めたら、市場業者は首をくくるしかない。市場がなくなったら農家は販売の手段を失い、国民は安定した食の確保ができなくなるぞ」と気勢を上げるのだ。
 生命や健康を"人質にとる"ということはエゲツないことだ。が、すでにコメの先例があるし、これはあくまでもパフォーマンスである。それに、市場は日常的に非常に重要な役割を果たしているのにもかかわらず、その評価は不当に低い。これを契機に存在意義を再認識させたい。
 さらに、これはあくまでも「条件闘争」であり、業界は"自由化"という規制緩和に相応する「支援措置」を獲得すべきである。

"ポスト自由化"の先取りを
 もうひとつやるべきことがある。自由化は時間の問題である。しかも、セットで見直しが行われる出荷奨励金が廃止の方向にあるとすれば、少なくともJA県連分荷の販売には手数料は引下げられることは明らかだ。だから、"表看板"では「自由化絶対反対」を掲げつつも、自由化が決まるまでの2年の間に、"ポスト自由化"時代に向けた対応を先取りしておかなくてはならない。通常の委託販売のものを対象にした新たな対応は「自由化容認」と見られかねないから、まずJA県連の「直販」事業にからみ、契約や買い付け販売にノウハウを蓄積することだろう。これらの対応は、業界を挙げて、というよりは個々の卸売会社が取り組んでいくべきことである。
 さらに、もっと抜本的な体質改善、機能転換対策がある。卸売会社の業務が、▽委託で販売するのに手数料は個別対応である、▽販売方法はセリよりは相対販売である、▽買い付け集荷を含む予約相対的な販売が増え、流通は商物分離である、▽そのため(大口需要者を顧客に持つ)仲卸業者の要求に基づく集荷の割合が高くなる、という方向に向かうのなら、これは明らかに従来型の「荷受け会社」からの脱皮が大前提である。もちろん、産地担当制から品目担当制への転換、委託集荷から開発集荷へ、低率手数料依存から産地・顧客別のマージンミックスシステムへの転換である。

"孤立無援"だから自助努力が原則
 言っておくが、卸売会社業界は孤立無援である。頼りの生産業界は、これほど長い付き合いをしていながら、卸売会社の機能に関しての理解はないに等しい。だから、業界は自助努力で、この難局を切り抜けなければならないことを、まず前提にすべきだ。そういう意味を含めて、いま"正念場"なのである。
 参考までに、生産者の業界のオピニオン紙である日本農業新聞の関連の記事を紹介しておこう。非常に画一的でステレオタイプ化された理解のされ方がよくわかる。
『昨年度の青果物販売の低迷は、卸売会社の売上高を大幅に減少させた。卸売会社の収益性は青果物の価格変動によって大きく左右されるが、これまでは、今年価格が安ければ翌年は価格が上がるというような"神風" が吹き、卸売会社は何とか経営をしのいできた。しかし、産地の市場集約化によって卸売会社の集荷力に大きな差が生まれ、これが最近さらに拡大してきているばかりか、量販店も品ぞろえが悪く転送品の多い卸売会社から調達をやめる傾向にある。また、集荷力のない卸売会社は青果物の買い付け比率が増大し、2〜3%のマージンしか確保できない現状にもあり、卸売会社の経営を巡る環境は厳しさを増している。今後、市場の合理化が規制緩和によってさらに進み、流通機能に対応した手数料水準になると、量販店や外食産業と産地をつなぎ、コーディネーションできる大消費地の拠点市場の卸売会社がさらに優位になる。地方の卸売市場がこれに対抗して生き残るには、卸売会社が仲卸機能を統合して、量販店への企画提案や支援活動を強め、通常の手数料よりも高いマージンを確保する経営に切り替える必要がある。』

●手数料「自由化」に何を期待?(2000年5月号)

一般論では「死活問題」だが

 
卸売市場における委託販売にかかわる手数料を、引下げを含む自由化することが検討されている。青果物の場合、野菜8.5%、果実は7.0%が現行だが、これをいま、農水省が見直しをする、いわゆる自由化する、という方向で検討しているのだ。
 そもそもこれらの手数料率は、中央卸売市場においては「上限とする」という規定のもとに開設者自治体ごとに、条例で定めているために、結果的には「定率=それだけ取っ手もいい」という解釈で運営されている。が、これを自由化する、というのだ。
 市場業者の経営悪化という状況があるだけに、卸売市場機能=経営の健全化という公式に基づいて、体質強化を進めようという最中、現実には卸売会社の経営の原資である手数料が見直されては、それこそ死活問題というのが一般世論である。
 ただし、これまでは、手数料の引き下げを含む見直しに積極的な産地団体は、一方で「出荷奨励金」という弱みがあり、その「チェックアンドバランス」によって、「見直しは難しいのでは」という見方が一般的であったことも事実。これに敢えて、「見直し」を言いだしている。農水省当局は出荷奨励金の廃止を含めて検討する、という態度に出ているのだ。つまり、出荷奨励金の足カセが外れれば、産地団体は声高に「手数料見直し」すなわち「引き下げ」をいい募る環境が整う訳だ。
 農水省当局も、手数料自由化によって市場間競争を促し、結果的に足腰の強い市場機能を、弱肉強食の中から誘導していこう、という意図を隠さないが、この論議には、大変大きな前提誤認がある、といいたい。

市場機能強化と行政、産地の責任は別物
 
手数料自由化によって、これまで産地団体からも需要者サイドからも言われてきた「市場機能の弱体化」を改善しようというネライがあるという。この場合、彼らの言う「市場機能」とは、まず産地からは「産地の希望価格に沿う価格形成ができる」ということであり、需要側からは「顧客の指定する単価で納入する」ことを指す。そういう意味で市場を見ると、卸売会社の経営が悪化して産地希望価格が出なくなった、仲卸業者が倒産して顧客の指し値納入ができなくなった、という現象が、「市場機能の衰退」を指しているのだ。要するに、市場を挟んで川上と川下からの「理不尽な要求」に沿えなくなったから、市場はダメになった、と言っているのである。これはどう考えても、おかしな話だ。
 産地の販売戦略の不備や失敗と、需要者側のマーチャンダイジングの未熟さ失敗を、ひとり市場だけに責任転嫁しているに過ぎないのだ。
 もちろん、市場業者が川下、川上の「言いなり」になってきた、という「不甲斐なさ」を指摘することは正しい。しかし、それにしても、市場の法律も制度も、そうした「言いなり」になることを求めてきたのではなかったか。市場機能を自らが開拓して強化する方途を閉ざしてきたのは一体誰であったかである。まさにそれこそが市場行政であり、その明らかな失敗を、市場業者の「経営努力不足」「開発機能不全」などと転嫁できるものなのか、をまず明確にしておかなくてはならない。


取引に自由化と連動しないと無益
 
手数料の自由化そのものは、賛成であり時代の流れである。ただし、問題は手数料ではないことは、関係者なら誰でも知っている。いわゆる要求される機能の問題であり、その機能に手数料あるいは利益は付随してくる。機能発揮を万全にできるのか、まずそれを問うべきであるが、もちろん今回の法律改正では不備だらけであることも、また関係者なら誰でも気づいている。手数料の自由化は、取引の自由化や制度そのものの抜本的な自由化抜きには考えられない、ということもまた明確な事実である。 
 ちなみに、流通コストの削減という名目で手数料の自由化を考えているのなら、これまた大間違いであることも指摘しておこう。

●「おいしさ」って何だろう(2000年4月号)

食品は「おいしさ」獲得のための道具 

 「
おいしさ」って何だろう。誰でもが食品に対して持っている、基本的欲望である。その意味では食品そのものは、「おいしさ」を得るための手段、道具でしかない。結果的に、おいしく感じることで、食が進み栄養が補給され、生命の維持と満足感とを獲得するのである。とりわけ食事の後の満足感は、精神的なものにとどまらず、上がった血糖値を下げるために分泌されるインシュリンの生理的効果によっても、ゆったりとした一種の"幸福な虚脱感"を味わうことができる。人間の場合、おいしさを追求することによって個が維持され種が保存される、ともいえるのだろう。
 「おいしさ」追求が人間の基本的欲求なら、「おいしさ」はマーケットである。農業を含めてあらゆる「食」にかかわる産業は、原則的に「おいしさ」を追求して商品化、提案、仕掛けを作っている、はずだ。ただし、「おいしさ」は一様ではない。少なくとも、その食品が絶対的に「おいしい」のか、それとも相対的、つまり「おいしいと"感じる"」のか、の2つの分け方がある。


「おいしさマーケティング」に農業も参加

 
これまでこの"おいしさマーケティング"に、農業は無頓着だった。食品の基本的な原材料である農産物は、ただ生産して供給するだけで済んでおり、マーケティングはそれを原材料として受け入れる食品産業や流通業界の問題、だと思われてきたからだろう。しかし事情が変わってきた。食品産業や外食産業などが、加工のノウハウだけでなく提案や演出、仕掛けで「おいしく感じさせる」ことに限界がきている、と感じているからだ。つまり、消費者が「絶対的なおいしさ」を求めだしてきている、ということであり、その原材料の品質、素性までが「おいしさ」を測る基準になってきたのである。
 その意味で、外食産業の全国団体である日本フードサービス協会(JF)が、"安心・安全・おいしさ"を基準とする「JF認証制度」をスタートさせたことに注目すべきだろう。外食産業が生き残るためには、サービス、雰囲気、メニューバラエティーに加え、原材料の厳選による安心・満足を提供しなければ、という危機意識が背景にあるのだ。
 この情勢に、農業の生産、流通業界がどう応えていくのか、大きなテーマである。"有機"的な栽培というだけにとどまらない。「有機」制度では触れていない「残留物質」もあるが、それ以上に「旬」や「地場生産・地場消費」「専用品種」「伝統品種」また栄養成分や機能性などもターゲットになってくるだろう。

国も言いだした「食生活」のあり方
 
国も、この「おいしく食べる」ことに関連する方策を打ち出した。「楽しく食事を」とか「健康増進」をうたいながらも、「米中心の食生活を」などと多分に「自給率向上」を前提にしたものではあるが、いいことである。
 農水省は、望ましい食生活のあり方を示した「食生活指針」を発表した。米を中心とした「日本型食生活」は栄養バランスに優れ、健康にも良いと強調、国産農産物の消費拡大を促している。また、食文化や地域産物の活用、食品廃棄物の減量化も打ち出している。 指針は、農水省の食生活指針検討委員会がまとめた報告書を基に、農水省が厚生、文部両省と連携して作成した。
 食生活改善に取り組みやすくするため、「食事を楽しみましょう」など10項目の短いスローガンを掲げ、具体的に行動するための実践例も添えた。ご飯を中心に魚、野菜をバランス良くとる「日本型食生活」の実践につながる内容になっている。
 指針の基になった報告書では「食料自給率が低下した大きな要因は、私たちの食生活が大きくかかわっている」と指摘。特に、「米消費の減少と畜産物や油脂類の消費増による食生活の変化は、食料自給率低下の大きな要因」と結論付け、食料自給率の向上を目指す姿勢を鮮明にした。
 日本人の食生活は、近年、米消費の減少や油脂類のとり過ぎなどの傾向が顕著になっている。その結果、がんや心臓病、糖尿病などの「生活習慣病」が増え、食料自給率の低下も招いている。また、食品廃棄や食べ残しの発生で、資源・環境面でも問題が生じている。こうした食生活の変化が食料自給率の低下を引き起こしたと分析。自給率向上には食生活の改善が不可欠との観点から、農水省は昨年9月から検討委員会を設け、食生活指針づくりに着手していたものだ。
 食事のことを国にとやかく言われたくない、と憤慨の諸兄もおられるだろうが、一般国民は、潜在的に誰かから提案されることを待っている。「たくさん食べる」時代は終わったのだから、「よりよく食べる」方法を提案されることは悪いことではない。ちなみに、その"10か条"は以下である。
【食生活指針10か条】
▽食事を楽しみましょう
▽1日の食事のリズムから、健やかな生活リズムを
▽主食、主菜、副菜を基本に、食事のバランスを
▽ごはんなどの穀類をしっかりと
▽野菜・果物、牛乳・乳製品、豆類、魚なども組み合わせて
▽食塩や脂肪は控えめに
▽適正体重を知り、日々の活動に見合った食事量を
▽食文化や地域の産物を活(い)かし、ときには新しい料理も
▽調理や保存を上手にして無駄や廃棄を少なく
▽自分の食生活を見直してみましょう

●いまこそマーチャンダイジング(2000年3月号)

見せ掛けだけのチャンダイジング

 いま、青果業界に求められている要素は、「マーチャンダイジング」だと思う。すでにこのアメリカ式のマーケティング思想は、昭和40年代、スーパーの業態拡大の時期から"言い古されて"きた。周年の単品管理をタテ糸に、品ぞろえをヨコ糸にした、総合的なマーケティング手法だ。青果物業界ではもはや誰も言わなくなった「マーチャンダイジング」は、現実的には"結果として"周年の品ぞろえができていることを理由に、死語になりかけていた。が、いま、消費低迷と売上不振の時代に突入して、業界はなす術を知らない。ということは、本当のマーチャンダイジング手法が根づいておらず、みせかけだけのものだった、ということに他ならないのだ。
 例えば、農水省はいま、今後の野菜対策のあり方について研究会を設けて検討に入っているが、その中間的整理として、「消費者・実需者が求める多様なニーズへの対応を伴った合理的な価格での安定供給」を基本理念を掲げ、生産・流通・消費にわたる検討課題を網羅している。こんな指摘を受けなければならないほど、野菜の「適時・適質・適量・適価」というマーチャンダイジングの原則が浸透していないということだ。

末端の消費動向に反応できない
 野菜の価格は一昨年秋に高騰したあと、昨年5、6月を中心に低迷が続き8月には、また一部品目で高騰、さらに秋以降いまに至るまで低迷、と変動を繰り返してきた。こうした変動について、今回の整理では、従来の野菜品目特性や気象変動・災害などから来る要因に加え、「消費者の健康・安全志向や加工・業務用需要の高まり」といった近年の野菜をめぐる情勢の変化の中に変動を増幅する要素が含まれていると分析している。末端の消費動向に機敏に反応できないマーチャンダイジングなど無意味である。
 担当の野菜流通課では、高齢化・担い手の減少などによる供給の不安定化も懸念される点を重視しながら、以下の課題に留意し、昭和41年に制定された野菜生産出荷安定法(51年に大改正)に基づく現行の野菜対策の見直しを検討することにしているが、同課では、「消費者委員からも正しい野菜の知識への普及啓発についての要望が出たりと活発な論議が行われている。生産者間の複雑な利害関係を調整する必要も出てくるとは思うが、消費者のニーズを踏まえた形で、国内生産体制を確立していきたい」という。行政から指摘されなければ、その必要性が見えないということは、関係業界の怠慢であり、どこかで"ボタンを掛け違え"ているのである。指摘されている課題を見てみよう。

欠落している「流通・販売」の機能
(1)「野菜の積極的な評価を踏まえた情報提供など食生活・消費者対策の推進」=健全な食生活の推進と野菜の消費拡大を目指す
(2)「生産者や産地の活力を生かした国内生産体制の抜本的強化」=大規模産地における機械化一貫体系の定着や効率的な生産・流通体系の変革、高付加価値生産の確立や地場野菜の拡大などを通じた中小規模産地の振興、物流の効率化、新技術の開発・普及、加工・業務用需要にも対応し契約栽培の拡大を図る
(3)「生産出荷安定対策、需給調整対策、追加的供給対策による総合的な価格高騰時対策の推進」=価格高騰時における主要産地間の安定的なリレー出荷の確保や情報提供、契約キャベツ・緊急輸入の効果的実施など
(4)「生産出荷の安定化に向けた支援の強化」=指定消費地域や指定野菜、生産出荷近代化計画など
(5)「生産出荷団体が主体的となった計画・生産・出荷の取り組みの促進などによる需給・価格の安定化の推進」=需給調整の事業の対象野菜の見直しなど
 一目瞭然であるが、これらはすべて生産側におけるマーチャンダイジング機能に関する事項である。これでは、あたかも日本では農家側がマーケティングの主体であるかのようだ。新農業基本法では、「従来の生産起点のあり方から消費起点への転換」と指摘されているのにもかかわらず、これではその「消費起点」とは、生産者側がすべてコントロールすべきことのように思われてしまう。ここには「流通・販売」の機能がスッポリ抜けている。近代的な自由経済社会では、マーチャンダイジングは小売店のものであり、メーカーはそれを支援する(リテールサポート)という役割なのである。
 だから、本来あるはずのマーチャンダイジング機能が、実は"張り子の虎"だった、ということである。

●どこか胡散臭い「市場機能の低下」論(2000/02月号)
市場は本当に衰退しているか?

 野菜など青果物の「市場外流通」が増えているといわれる。多くの“識者”はそのことを指摘し、さらに増加していくだろう、という予測している。根拠は、「卸売市場の機能の低下」「市場経由率の減退」であり、もう一方はいわゆる“市場外流通勢力”の活発な動きである。だから、国も事態を重く見て、昨年、卸売市場法の改正を行い、「市場活性化」を誘導しようとしている。が、それでも“旧弊な制度からの脱却の困難さ”を理由に、市場機能の活性化を疑問視し、「当分は市場外流通の成長は続くだろう」という分析も、また一般的なようだ。
 これがどうも胡散臭い。人間誰でも「何か変だな」「どこかに違和感があるな」と感じることがある。私が、昭和40年代末から一貫して流通の現場でフィールドワークを続けてきた感覚として、「いま、市場機能が衰退しているから流通が効率化していない」という“大方の意見”に疑問を持つのだ。「どこかに違和感がある」のである。

「市場活性化待ったなし」の問題提起
 卸売市場法が改正され、今春をめどに新しいルールのもとで取引が始まる。卸、仲卸といった市場関係業者も経営体質の強化が問われてくる、との問題意識のもとに、農業開発研修センターが京都で開催した恒例の「卸売市場問題特別研究会」では、研究者、市場関係者、出荷団体、小売業界の関係者らが参加。講演やパネルディスカッションを通じて、市場活性化の方策を探った。情報化、価格形成機能の発揮、物流システムの改善などに多くの発言があった。
 とにかく「市場は改善されなければならない対象」という前提条件がまずある。だから、取引ルールを中心とした卸売市場制度のあり方の問題では、これまで例外扱いだった相対取引を明記し、せり・入札の大原則から、各市場が品目ごとに取引方法を選ぶようになることに対して、生産団体は「相対取引は、どう透明感を持たせるか」が問題だといい、市場の仲卸業者は「市場取引では、結果の公開が原則だ」と主張しつつも、「今までは、せりの中で仲卸の機能を発揮してきた。このまま(相対取引が)進むと、私たちが持っているノウハウを発揮する場がなくなる」と弱気な発言となる。だから、これに追い打ちをかけるように参加者からは、適正で透明性のある取引には「委員会がどのような機能を発揮するかが問われる」などという雰囲気になるのだ。
 続いては、JA合併、量販店の取り扱いシェア拡大と、産地と需要者が大型化する中で、卸、仲卸の経営体質が問われている、というテーマだ。中央市場開設者からは、歴史の古い市場ほど仲卸の数が多く、経営状況も格差があるため、開設者の立場から「仲卸は統合などを進め、一定の規模になってもらいたいと、支援制度を設けている」と力説。卸の団体からは、「一昨年から広い意味での業務提携を進めようという運動を始め、少しずつ成果が出てきた」などと追従する形になった。これに力を得たか、生産者団体からは、「産地の大型化で、JA組合員もマーケット志向を強めている。言葉の提携以上に、市場業者は大型量販店に対応できる形に踏み込んでほしい」と追撃され、調子に乗った量販店からは、「市場に期待する機能は小売りへのサポートだ」とし、市場業者に販促活動の強化まで“期待”する始末だ。「市場」はボクシングのサンドバッグよろしく、打たれっぱなしの体であった。

一方的な「市場機能」批判はフェアではない
 では、「相対取引」はそんなに厳重な監視のもとにしか“公正”さを維持できないのか、だ。すでに多くの青果物は実質的に「相対取引」である。しかも、先進諸国の市場での価格形成は「相対」だ。では、市場業者の経営の悪化が実質的に産地、需要側に影響を与えているか、だ。この不況下において一般の企業の倒産の割合と市場関係業者の倒産の割合を比較しているのか。明らかに、市場関係業界では倒産件数の割合が少ないはずだ。仲卸業者が零細なことで、流通が阻害されているのか。量販店はAが倒産したらBに乗り換える。機能は代替され“迷惑”はかけていない。では、現在の市場業者が量販店や業務筋に対して、十分な対応をしていないのか、また、産地は需給関係を無視した“希望価格”を押しつけて、市場業者の経営悪化に拍車を掛けていないのか、だ。・・・いずれも、市場業者、正確に言えば、中央卸売市場の卸売会社、同仲卸業者、地方市場卸売会社、同仲卸業者は、実によくやっているし、その機能をいわゆる「市場外流通」勢力もよく使っているのだ。
 「それでは、なぜ市場外流通が増えているのか」という反論があるだろう。それはいい質問である。私も、それについては言いたいことは山ほどある。次号から、じっくり「市場機能の健在」性と「市場外流通は増えない」ことを論証していく。乞うご期待。

●「有機法制化」への過剰な期待をどうする(2000/1月号)
大新聞でも「喜ばしいこと」
 今年から、いよいよ有機関連の法律が施行する。そんな情勢を受けての動きが活発化するとともに、様々な問題やテーマが浮上している。
 一般的には、過剰な「有機」に対する期待であり、認証制度に伴う、「第3者機関」への名乗り“合戦”である。こうした動きを、関連業界がどうみるのか、どう対応していくのか、それがいま一番大きな問題である。
 過剰な期待があり、しかも、制度の正確な啓蒙が行われていない場合、どういう「理解」がされるのか。例えば、日本の大新聞、「朝日新聞」の記者署名記事のレベルがこの程度である、という事例から紹介してみよう。
この記事は、「有機食品認証制度/信念ある検査員制度を」というタイトル。内容をそのまま紹介する。

『スーパーや八百屋の店頭に「有機栽培」の表示があふれている。だが、農薬や化学肥料などを使わない有機栽培に徹底して取り組む農家はごくわずかだ。こんなに多くの「有機」があるはずはない、と疑問に思う。この春にも施行される改正JAS法では、第3者機関による検査、認証を受けないと食品は「有機」と表示できなくなる。喜ばしいことだ。問題は、だれがどう検査し、どのように認証をするかにある。それがいい加減では、表示そのものが信用できなくなる。
日本にはすでに生産者や自治体の認証機関があるが、第3者性が薄く、検査をきちんとしている機関はまだ少ない。欧米式に認証機関からも申請者からも独立して活動している日本オーガニック検査員協会(JOIA)の作吉むつ美副会長と共に、食品加工工場の検査に同行したとき、「このやり方なら」と納得した。
 原料の輸送方法から保管倉庫、清掃状況、使っている水の水質検査表まで厳しく調べる。環境を汚さずに作られた安全な食べ物を口にしたいという消費者としての熱意が、徹底検査の支えだ。作吉さんらは米国で講習を受け、経験を積んで独立、JOIAの設立に参加し、検査員養成のための講習もしている。だが、改正JAS法の下での検査員のあり方は現在検討中だ。手抜き検査をしたり、買収されたりする検査員が現れたら、認証制度の根幹にかかわる。確固たる信念を持った検査員の養成が必要だ。
 残留農薬、添加物、遺伝子組み換え、環境ホルモンと、食品に何が混じっているかわからなくなってしまった現代だからこそ、有機への関心が高まっている。本物の有機を求める消費者の思いに、新制度はどこまでこたえられるか、これからが注目される。』

むしろ重要な「ポスト有機」
 この記事を、駆け出し記者の感情移入と浅い認識、と切り捨てるのは簡単である。むしろ、この程度の認識しか、一般新聞は持っていない、と考えるべきである。「有機」と本当に表示できるのは、ごくすくないはず、と言いながらも、一方ではこれが「本物の有機を求める消費者に、新制度がどこまでこたえられるか」と、一端の問題提起をするその浅はかさには辟易するが、この制度が「喜ばしい」ことだ、ととらえる危険性を認識していない記事を、編集側として通したことのほうが問題である。当然「残留農薬、添加物、遺伝子組み換え、環境ホルモンと、食品に何が混じっているかわからなくなってしまった現代だからこそ、有機への関心が高まっている」という文節が、この記事が書かれた背景にあるからだ。
「有機」は規定されたら、それ以降の方が非常に重要な時代になるのだ。一般にとらえられているように、農家側は従来の「有機」表示を“不当表示”だと思っていない。こだわりの生産、農法の形容詞だと思ってきたのだ。このような「有機」を、制度化以降、どんな受け皿で表現するのか、差別化させていくのか、が大切なテーマなのである。

「第3者機関」への名乗り活発

 一方、有機食品に関するJAS法改正で、大きな目玉になるのは、第3者機関による認証である。認証は国や地方自治体など“お上”が行うため、その「権威」はかなりの魅力がある。そのため、多くの団体や組織が名乗りを上げているのが実情で、しかもその手段は、法人化であり、具体的にはNPOの資格取得である。
 実際の認証業務は、それほどの件数をこなすことはあり得ない。その資格に足る対象農産物はごく少ないし、多くても対応ができない。それより、認証組織としての資格を取得できれれば、それが生産面や流通対策で大きな「権威」になる。はっきり言って、認証機関としての“お墨付き”を「看板」として欲しがっているケースが大方である。
 とにかく目立つのが、従来の自称・有機認証団体が、特定非営利活動法人(NPO法人)を設立していること。有機栽培農家(生産行程管理者)などを認定する登録認定機関は、改正JAS法では非営利法人や民間会社に限られるためだ。年内には認可が相次ぎ、すでに5団体が法人になった。ほかの団体も改正法が施行される4月までに法人化を目指している。
 NPO法人になったのは、有機農業認証協会(大阪府)、日本オーガニック&ナチュラルフーズ協会(東京都、JONA)など5団体。このうち、環境保全型農産物生産・加工・流通認証協議会(岩手県、ASAC)、日本有機農業生産団体中央会(東京都)、全国MOA自然農法産地支部連合会(静岡県)の3団体は、12月に法人になった。
 日本オーガニック農産物協会(NOAP)などほかの団体も現在、自治体にNPO法人設立認証を申請中。各団体は、それぞれ“有機認証業務”を続けてきたが、国の有機食品の検査・認証制度の導入に伴って、まず各団体もそのまま栽培者などを認定する登録認定機関として存続していく必要がある。そのためには、非営利法人の資格が必要となっているからだ。
 農水省が11月に示した登録認定機関の資格基準の省令案では、審査を行う者2人以上、審査の結果を判定する者1人以上が認定作業に従事することを義務付けている。各団体は、今後確定する省令に沿い、こうした認定の専門人員を、確保する。認定料の設定について、農水省は「各団体に任せて競争してもらう」ということにしているが、認定されれば、大きなメリットがある。
 とにかく、従来の“有機”をそれぞれの組織において、それなりの位置づけをしなくてはならない。「有機」は国の基準に準じても、いわゆる「特別栽培」をどうするのか。国は基準化にさらに時間をかけることにした。それまで各組織における「自主基準」が通用するのであり、来るべき「特別栽培」基準化に対しても実績を示せる。こうした作業を「国により認定された第3者機関が、特別栽培品に関する認証を行っている」という誤解を招きやすい表現が使えるのである。
 もちろん、それを非難するものではない。むしろ積極的にやっていただくことは大賛成である。ポスト・オーガニック時代における市場原理であるからだ。が、くれぐれも、「分かりやすい表記」を願いたいもの。

●野菜消費に「ご神託」を(1999/12)
野菜相場の低迷は「消費低迷」か?
野菜が低迷している。市場に行っても「絶不調!」という感じで、「消費低迷だ」と嘆く。とくに市場ではその業績が「前年対比」で測られるから、“久しぶりの高騰”で沸いた昨年の秋〜年末の相場から比べると、確かに“絶不調!”なのだろう。
 が、待ってほしい。相場安は即ち「消費の低迷」なのか、ということだ。普段お付き合いしている東京など大都市の卸売会社では、「前年対比で入荷もそれほど増えていないのに相場が上がらないのは、消費が低迷しているからだ」という短絡な発想がある。相場が高い時には、全体的に品薄なのに中央には荷物が集まるという現象が起こる。だから、中央市場の入荷統計を見ていると、数量の前年対比がほぼ100なのに、相場だけが高騰している、という現象がよくある。その逆の場合はどうか。相場が安ければ、荷物は分散する。とりわけ冬期を中心に、本来は中央からの転送で賄っていた地方に直荷が入ったり、地場への出荷が増えたりする。中央から見れば、“外堀が埋まった”状況なのだ。そうしたファクターを総合しないと、本当に消費者が食べてくれていないための「消費低迷」なのか、転送を含めた中央市場としての「引き合いの低迷」なのかが分からない。
 最近では、これに加えて、各地で膨張しつつある朝市などの農家直売や、商社・企業の進出、さらに需要側の輸入品対応などを含めつつ「消費」を考えないと、大きな誤りを犯すことになる。

「野菜の消費拡大」に官民挙げての動き
 野菜の消費は、全体的には好調だ。健康志向や地場野菜の元気のよさを見れば自ずと知れる。また、その好調さをさらに助長し促進しようという各種の動きもまた活発だ。
 農水省は、野菜が持つ機能性や健康に良いことをアピールし、野菜の消費拡大につなげようと、野菜消費改善総合推進事業を本年度から始めている。
 機能性の研究や食生活の実態調査などを通じて、ポスターや小冊子などで野菜の良さをPRする。野菜需給調整機構は7月に、夏休み中に野菜をもっと食べてもらおうと、小学生とその親を対象にしだフォ−ラムを開いた。野菜が健康を保つのに重要なことを母親たちに訴え、消費を伸ばすのに役立てる。野菜に含まれる機能性成分が健康にどのように役立つか、研究者と連携して調査を行い、近く小冊子としてまとめる予定だ。
 また、小学校高学年とその親を対象に、消費動向や野菜の栄養や機能性などの認知度も調べる。調査結果をもとに野菜の消費を促すのに有効な情報提供のあり方についても検討していく。
 一方、野菜の消費拡大を促そうという動きで目立つのが、食品・調味料メーカーだ。野菜が持つ機能性や健康への効果をアピールするのは、野菜の消費が製品の売り上げに寄与することや、製品原料としても野菜を利用していることなどからで、野菜の良さを前面に押し出し、製品の売り上げ増につなげようとしている。
 カゴメは、1997年から「野菜と暮らそう」キャンペーンなどで、野菜の消費拡大を目指してきた。同社は20年前、栃木県に総合研究所を設立し、商品開発や原料野菜の育種、商品の品質管理などの研究を進めてきた。野菜の栄養成分の研究から、トマトの赤色色素のリコピンが健康維持に役立つことが分かった。研究成果をもとに書籍や小冊子を出版し、消費者に野菜の効用を伝える。
 また、消費者の消費実態調査や、子供に野菜を好きになってもらうことを目的にした料理コンテストや、フォーラムを通じて野菜の消費拡大を訴えてきた。中でも、幼稚園児と親を対象にした人形劇は28年間続け、延べ300万人が見ている。
 同社は、「商品の価値には、企業イメージが含まれる。環境に配慮していることや野菜にこだわっていることなどの企業活動が売り上げに反映する」という。
「野菜とは切っても切れない関係」というのは、マヨネーズや調味料を製造販売するキユーピー。「野菜をもっと食べましょう」のスローガンを打ち出して消費者に野菜の消費拡大を促してきた。
 野菜の消費が製品の売り上げにつながることも背景にある。インターネットのホームページや小冊子などで野菜を使った料理を紹介し、野菜の栄養価や野菜が健康維持に役立つことをPR。さらに、野菜の消費量を増やせる温野菜に合う新商品を開発し、野菜の新しい食べ方も提案シテイル。
 味の素は、97年から「野菜応援団」キャンペーンを行い、ホームページを使って家庭での野菜消費を増やすよう呼びかける。野菜を使った料理や野菜が持つ栄養素を紹介するほか、研究者らによる野菜会議を開くなどで、食生活の改善を促している。

 国でも「新しい食生活指針」が
 こうした動きを、国として統括しよういうのが「新しい食生活指針」(別稿)の策定である。農水省の「食活指針検討委員合」が、12月に設立予定の「食を考える国民会議」などど連携しながら、食生活のあり方を見直す「国民運動」を盛り上げようとしている。
 国による素案では9項目のテーマが提示されている。▽自分の食生活の実態を把握し、健全な食生活の実現、▽日常の生活行動に見合った適切な食事を摂り、適正な体重を維持、▽ごはんといろいろなおかずを組み合わせ、栄養バランスを取る、▽脂肪や食塩の摂りすぎに注意する、▽カルシウムに富む食品を幅広く積極的に食べる、▽加工食品や調理食品も上手に利用し、家庭の食事の多様化を、▽調理や保存を上手にして無駄や廃棄を減らす、▽伝統や地域の産物を活かしながら、新しい工夫を、▽家庭の団らんや交流の場を増やし食を楽しむ、というのがポイントだ。
 食は、健康を維持するためという科学する心と、その食そのものを楽しむという文化の総合概念であり具体的な行動である。「消費者ニーズ」という“わがまま”で得体の知れないものに右顧左眄してきた業界は、いまこそ「正しい食とは」という“お告げ”を下すべき状況に至っている。つまり「適正なニーズ」を唱え創造していく、アグレッシブな姿勢に転換していかなくてはならない。消費者の利益を損なう新興宗教はもうたくさん。「野菜消費」にも“ご神託”を持つ“カリスマ”が求められているのだ。もちろん、消費者に真の満足をもたらす・・・。

●「消費者」をどう納得させるか(1999/11)
JAS法の改正では4分野で基準

 農産物のみならず、いま食品分野全般で「消費者をどう納得させるか」がテーマである。不安と不信で立ちすくんでいる消費者に、どうやったら安心してもらえるのか、である。
 そのひとつの答えがJAS法の改正。これを受けて、新しい食品品質表示基準案が発表された。生鮮・加工・水産・遺伝子組換えの4つの基準が設けられ、生鮮については来年7月1日から、加工・遺伝子組換えについては平成13年4月1日から施行される。
 品質表示については主に青果物、特に遺伝子組み換え食品が焦点。とりあえず大豆、トウモロコシ、ジャガイモ、ナタネ、綿実の5品目を遺伝子組換え表示農産物として指定して対応。また青果物については、国産の場合は生産された都道府県を、輸入品の場合は原産国を表示する。
 表示の目的は、消費者の信頼を得るために情報を開示し、それによって消費者が適正な選択ができることである。環境問題とともに食品の安全性は、今や価格や鮮度を上回るほどの消費者の関心事だといっても差し支えない。
 こうした状況を考えてみれば、食品業界はいま表示の技術的な問題よりも「消費者の信頼に応えうる情報開示をどうシステム化するか」という視点がより重要になっているのである。

農林・厚生・文部が「食生活指針」
 行政もようやく動き出した。例えば、農林、厚生、文部3省が揃って国民の望ましい食生活のあり方を検討する「食生活指針検討委員会」を設置。目的は、80年代後半から90年にかけて、米を主食として野菜や魚を摂取する「日本型食生活」から、肉や乳製品の摂取が増えて、国民のP(たんぱく質)、F(脂質)、C(炭水化物)バランスが崩れてきているため、こうした食生活の改善に対して消費者に理解を求めようという試み。
 新農業基本法の制定などで、国の食料自給率を高めることが大きな課題となっているという前提もあるが、食生活の乱れや偏食などによる成人病の多発で、杜会保障費の増大など「負」の側面が表れてきていることも、問題となっている。
 農水省が示した改善方策は、栄養・安全・資源・環境・社会・文化・精神・経済などのカテゴリーを食生活を考える、という視点だ。いまこそ、食をトータルに考えなくてはならない時代に至っていることを考えると、関係省庁をすべて巻き込んで、あらゆる側面から「食」をとらえようとする方向性は支持できる。
 とくに、「食教育」については、▽食べ物は身体だけではなく精神も含め人間を形成する、▽男性も料理法を習得することが必要、▽様々な人の努力があっで食べ物が食卓に並んでいること、などに理解を求めること。また食品の供給者や行政の取組みとして▽学校や地域での食教育の充実、▽母親や父親に対して食生活の重要性について理解を求める、▽学校の日常活動の一環として農林水産業の体験学習機会の充実、などを掲げている。

「食の野放図さ」を誰かが指摘しなくては
 食のあり方が模索されているとはいえ、個人の“食”生活まで立ち入るのは、いかがなものか、という考え方もある。しかしながら、現実には食が野放図になり、その野放図さを自分で認識できない状態に陥っているなら、それを「誰かが」指摘して方向性を示してあげなければならない。
 実際、脂質を過剰に摂取、朝食を欠いたり、食べ残したりするなど、乱れた食生活全般にわたって現状を見直し、健全な食生活指針づくりが必要だ。若い人たちの一部に、やせるために食事を抜いたり、過度に清涼飲料水を飲んだり、というケースさえある。「孤食」や「個食」を当たり前として育ってきているから、「皆で楽しく食べるのが一番」という価値観はない。
 ファーストフードや持ち帰り弁当の登場など食の外部化の中で畜産物・油脂類の消費量が急増し、過剰摂取による栄養バランスの崩れは生活習慣病の原因にもなる。環境問題にも結びつく「食べ残し」や賞味期限切れに伴う大量廃棄の発生も問題視されている。
 検討委員会では、子供への食教育を実施する文部省、「国民栄養調査」を実施している厚生省と連携しながら、「健康・栄養」、「食材の保存法や料理方法」から、「家族の団らん」、「食の盛り付け」など多様な角度から現状と課題を踏まえた上で指針が策定されることになっている。

「消費者教育」は「人間教育」である
 だから、「消費者の信頼に応えうる情報開示をどうシステム化するか」という現在のテーマと並行して、いかにしかるべき消費者教育をしていくか、が課題であり、しかもそれは人間教育の一環として取り組むべきである、という側面を忘れてはならない。
 その意味では、別稿のように小学生の時分から、「自分の問題」として「安全」教育をすることが必要になる。「農薬を使うと収穫量が安定する」「でも農薬は健康や環境汚染が心配」という問題を、自分の選択の問題として考えることである。しかも、それを、小学校生が賛成・反対の立場に分かれて発表する、という試みだ。こうした討議を通じて、「食料生産で農家の工夫など、苦労がわかった」とう感想を持つなど、人間として大切な共同活動や、自分たちが生活する地域へ目を向けることの重要性を学んでいるのだ。

●「条例案」これで市場も活性化?(1999年10月号)
そろそろ始まった「条例改正案」の提示

 「卸売市場の取引自由化」に向けて、一歩踏みだした、のだろう。法律が一部改正となり、これに基づいていま、各開設者自治体や道府県でも「条例改正」のための諸準備が始動したからだ。スケジュール的には、年内に条例改正案を作成して業界に示し、春まで調整したうえで、条例改正を地方議会に上程。4月から新条例が施行する、という段取りになる。
 そういう意味からすると、各地でそろそろ示されてきた「条例改正案」に、業界の反応は「この程度のものか?」との声が多い。しかも、他市場の様子を聞いても、ほぼ同様の内容である。露骨にガッカリする向きもあるだろう。
 条例改正案がどこの市場でも似通っているのには理由がある。まず、条例そのものは、本法である卸売市場法に準拠しているために、まったくのオリジナルの条例が定められることはない。市場ごとに「個性」が出るとすれば、それは要領・要綱や施行規則においてである。それに、「条例改正案」はあらかじめ農水省から「モデル例」が示されており、解説者自治体はそのまま引き写しで「案」を提示しているからである。

先頭切って東京都が「お手本」を
 全国の先頭を切って、条例案が業界に示された東京都の場合をみてみよう(詳細は別稿)。▽販売開始時刻は、「販売開始時間」と「セリ開始時間」の2本立て。現実的な取引例として、午前零時に入荷予定数量を公表し、それから午前5時までに30%を相対取引し、それから午前6時半までにさらに40%を相対取引。残る30%(あるいは100ケース)をセリにかけるなどのケースを想定している。
 ▽予約相対は、商物分離はこの予約相対に限って認められる。「開設区域内」の規定は外されていないが、別枠集荷の規制は外された。また、買付品も予約相対の対象とする。▽第三者販売は、これまでの事前承認制から予約相対と同じく包括承認となる、などが目新しい点だ。
 東京都中央卸売市場の場合は、青果で10市場あるが、それぞれの「個性」は、セリと相対取引の割合は「市場長の定める」という規定で、各市場での特性を出せることにはなっている。

行政はなぜ「開設区域」にこだわる
 うひとつの焦点は、「予約相対品」の規定が▽別枠集荷でなくていい、▽買付物品も対象となる、▽商物分離ができる、という規制緩和になったことは評価できるものの、まだ「開設区域内」という規定が消えてないことは、“仏作って魂入れず”の例えに等しい。農水省当局でさえも、すでに開設区域は「有名無実」であることを認めており、そのために「卸売市場間の合併」さえ促進の要ありと指摘している。現実の流通圏が、自治体の区域内をはるかに越えていることと、市場の開設理念とのスリ合わせがまだできていないことは認めよう。しかし、少なくとも、この期に及んで「建前としての開設理念」にこだわる理由がどこにあるのだろう。今後、「業界との調整」でこれがどこまで是正されるか、興味深いところだが、「仲卸による直接荷引き」の拡大を小心にも恐れる卸売会社業界からの抵抗が予想されるという。法改正の検討委員会レベルで、「垣根問題」に頑強に反対した業界なのだから、その程度の見識であるのは仕方ないかもしれないが・・・。

「商物分離」は市場を衰退させる?
 しかし、一方では「徒な商物分離は市場の品ぞろえ、価格形成機能を衰退させる」という指摘(本号「論客登場」参照)があることも事実だ。では、商物分離をしなくても、市場流通を効率化さえる方法は何か。その答えのひとつが、農水省が生鮮食料品の流通効率化を進めるために中央卸売市場を核として勧めようとしている「生鮮流通ロジスティックス構築モデル事業」(別稿参照)である。
 タイプは、▽産地・卸売市場間ロジスティックス、▽小売り支援ロジスティックス、▽その複合型、▽卸売市場間ネットワーク構築型の4タイプ。福岡県の久留米市中央市場が行おうとする事業は、このうちの「複合型」だが、注目されるのは新物流システムセンターで、その中には共同加工センタ−、温度帯別貯蔵センター、共同配送センターが相互関連して整備されている点にある。まだ、加工場から配送センターへの無人搬送システムや加工作業の機械化も導入されている。
 卸売市場が、スーパーや流通業界の集配センターやディストリビュータ・センターとしての機能を装備することで、市場を経由しながらも効率的なロジステックを組み立てられる、という機能提案である。
 法律の根幹に「効率化」の概念をあえて登場させた以上、「物流施設としての卸売市場」の機能を、行政として提案しておく必要がある、ということだろうが、「民間なら現在の卸売市場の施設機能は、3倍以上に回転、効率化させないとペイしない」と指摘されていうのをご存じだろうか。行政がらみで、自前でやる、という従来の市場運営理念をここらへんで大きく転換させて、PFI(別稿参照)を含め、文字通り「“市場”開放」政策を断行するべき時代なのだが・・・・。

●遺伝子組み換え食品を「共に考える」(1999年9月号)

「隠さずに本当のことを言う」
 いま、「隠しごとをする」「ウソを言う」そしてそれを「居丈高に押しつける」ことが最もイケナイことだ。「隠さず」「本当のことを言って」そして「共に考える」ことが重要なのだ。一連の「神奈川県警の不祥事」のことを言いたいのではなく、一連の「食品の安全性」に関わる問題のことである。この問題は、とくに「共に考える」ことが大切。関連業界と消費者とが「共に考え悩み、次善の策を検討する」というスタンスが求められているだと思う。
 『買ってはいけない』というキワモノ本がベストセラーだというが、これは89の食品や洗剤などを実名で取り上げ、「強い毒性を持つ」とか「発がん性が疑われている」と斬りまくっている本。この種の本は従来なら一部の“安全オタク”とも言われる層で受け入れられただけのテーマだったが、いま、やれダイオキシンだ遺伝子組み換え食品だ、と巷間さわがしいテーマでもあり、ノンポリ層や関連業界が“参考資料”として買い求めているのだ。この本がいくら売れても、やはり“キワモノ”だと言われるのは、「暴露する」(=隠さない)まではいいものの、「本当ことを言って」いるようでいながら、「本当らしい」だけであり、「共に考え」るのではなく「買うな」と「居丈高に押しつけている」ことだ。こう言うのを我々の業界では、“書き得”(後の結果を考えずに、注目されることだけを目的に書くこと)といい、お行儀がいいとは言いかねる。環境や安全性を軽々に弄んではいけないのだ。「不安」を人質にしているからである。

徹底した農水省の「共に考える」姿勢
 その意味では、この8月に方針が決まった「遺伝子組み換え食品」に関する表示制度(別稿参照)は、その検討経過や内容を見ると農水省には珍しく「居丈高に押しつけてる」のではなく「共に考える」手法が取り入れられており、一定の評価に値する。
 この問題の検討において同省は、食品表示問題懇談会遺伝子組換え食品部会を平成9年5月に第1回を開催して以後、17回にわたって会議を開催。関係者からのヒアリング、論点整理、懇談会委員による米国とEUへの現地調査まで実施した。さらに昨年8月には、具体的な表示のあり方について「たたき台」を提示し、パブリックコメント(一般からの意見募集)を求め、1万件を越える意見を検討しながら審議してきた。
 とりわけ、同懇談会は、報道機関だけでなく、一般の傍聴も許し、速記録そのままの議事録や会議資料も全て公開。インターネットの農林水産省のホームページでも、議事録や「たたき台」、パブリックコメントの結果を掲載して、最大限の情報公開に努めてきた。「オーガニック法案」の是非を問うて10万件にのぼる意見を1年かけて検討しているアメリカほどではないが、日本でも民主主義の手法が取り入れられてきた、といえる。
 だから、同懇談会が提出した報告書には、遺伝子組換え食品に対する見方や立場を反映して、遺伝子組換え食品の表示のあり方についてのいくつかの異なる意見も示されている。「安全性が確認されている遺伝子組換え農産物や加工品にはデメリットとなる」「バイオテクノロジー技術の発展に対する影響が懸念される」「表示に伴う社会的コストを考慮する必要がある」「表示を行うための前提条件である非遺伝子組換え農産物の区分流通の体制が必ずしも整備されていない」「だから義務表示の導入には慎重であるべきで、任意の表示でも消費者の関心に応えられる」等々。
 また、遺伝子組換え食品は、▽「安全性」の点だけでなく、生態系、環境への影響等未解明な部分が残されている、▽特定の企業による食料市場支配が強まる等の観点から反対であり、▽組み換えられたDNA及びこれによって生じたタンパク質の残存の有無で区切るべきではなく、▽表示の義務付けの条件は社会的検証を基本とし、科学的検証に限定すべきではない、だから、▽消費者の商品選択のため、遺伝子組換え農産物及びこれを原材料とする全ての食品を対象にすべき、などの意見も紹介されている。
 要するに、検査手法の開発などで可否を検査するのではなく、自然や社会に対する影響が未知数なら、「遺伝子組み換え」そのものを“あぶりだせ”という過激な意見だ。

GM食品をめぐる米欧対立に日本は?
 が、この遺伝子組換え食品に対する理解を深めるには、もうひとつの“事実”があることを忘れてはならない。遺伝子組み換え(GM)食品をめぐる、米欧の対立の問題だ。
 米国はGM作物を世界に売り込む。一方、欧州連合(EU)は表示義務で抵抗、消費者のボイコットも広がる。「GM紛争」は、ドイツ・ケルンで開かれたサミットで議題にのぼり、熱い政治課題に。世界貿易機関(WTO)次期交渉での激突も必至なのだ。
 欧州では今、消費者がGM食品を「フランケン食品」と呼ぶ。その気味悪さを、19世紀の怪物フランケンシュタインになぞらえている。各国でボイコットが広まっているが、とくに、狂牛病の悪夢がさめない英国は特に敏感だ。チャールズ皇太子も「GM食品を食べない」と表明。スーパーは現在、最大手のテスコを筆頭に「GMフリー(非GM)食品」への切り替えに懸命だ。英国マクドナルドまでが「GM食品排除」を宣言した。
 EUは、バイテク産業推進との矛盾に揺れながら昨年9月、GM食品の表示を義務付け、米国産のGMトウモロコシは締め出しを食らっているため、GM種子の最大手米国のモンサント社は、欧州に巨額の宣伝費を投じてGM作物の安全キャンペーンを展開中。
 GM種子の開発は、米国の国家戦略であり、「GM作物こそ、世界の飢餓を救える」と力説する。その意味で、穀物の最大顧客の日本を含むアジア市場を、欧州のようにしたくないのが本音。が、今回の農水省の方向づけは、この問題に関しては欧州に与し、米国の思惑に反する姿勢となった。なるほど、だからあんなにアメリカ顔負けの「民主的手法」を取ったのか・・・、と納得できるのだ。

絶対やってはならない「騙し」(1999年6月号)

 「有機」や「産直」でボロが出た
 いま、農産物のマーケティングで、もっともタブーであり禁じ手は「騙し」である。もりろん、人を騙すことはあってはならないことであり、農産物以外のマーケティングでも当たり前のこと。だが、とりわけ「農産物の」と殊更言うのは、これまで他の分野に比べて「農業」の持っているイメージが「信頼」「親しみやすさ」という要素が強かったからだ。それを損なうのが怖い、というだけではない。これまでの信頼の度合いが強いほど、それが裏切られた時のショックや影響が極端に出やすいからだ。「かわいさ余って憎さ百倍」とも言うではないか。
「有機食品」の法制化がらみもあるのだろう。マスコミが「本当に有機か」をテーマとした“独自調査”を始めている。業界関係者なら誰でも知っているとおり、いま厳密な意味での「有機」表示はごく少ない。「法制化まではヤリ得」といった感じで、表示を変えていないケースもたくさんあえる。また、今の「有機ブーム」で、産直されていると称されるものの中でも、ずいぶんアヤシイものも少なくない。これを“独自調査”されたら、ヤバイのである。
 どういう経過からか、「産直リンゴ」にニセ物が発覚し新聞報道された。
 岩手県はこの6月3日、JA江刺市が昨年、青森、長野両県産のリンゴ「ふじ」を江刺市産と偽って出荷したとされた問題で、「疑われだ事実があった」との調査結果を発表している。
 江刺市産の「ふじ」は人気のブランドで、多くは贈答用に流通しているが、昨年の生産は、当初見込みを2割下回る約80tだったが、同JAは、品不足を補うため、安価な他県産の「ふじ」を一般市場から購入。3200ケースを首都圏や仙台市の卸業者に出荷した、というのだ。
 そのキッカケは「これまでと味が違う」などと消費者から指摘を受けた、ことからだという。そこで同JA幹部が内部調査を進めていたが、県の農政部も事態を重く見て調査して、この発表となった。

“偽梅干" も横行に産地が危機感
 こんな問題に対処するために、いま「原産地表示」の義務化が俎上に上っているのだが、すでに、日本一の梅産地・和歌山県では、中国産の梅干などが「紀州高南梅」などと偽って表示され、“紀州高南梅" ブランドを脅かしている、という問題提起をしている。
 国の梅生産の6割を占める和歌山県。わが国最大の梅産地だけに、200社以上の加工業者が地場産業を支える。数年前から加工業者の一部がコスト低減を図るため、中国産の「塩漬け」梅を輪入し、加工・販売、中には“紀州梅" と称して販売する業者も出ているという。いまのところ、JAS法の規定では、加工食品の原産地表示は、「加工した国名」を表示するだけでいい。そのため、輸入原料を使って中国産の梅を加工して国内販売しても、表示は加工業者の所在地だ。もちろん、これは梅だけではなく、多くの加工品が同様の実情である。
 いまのところ、「加工業者のモラルに頼るしかない」のだが、地域ブランドの確立や地場産業の振興のためには、この「騙し」は絶対にやめなければならない。ただし、農水省では、梅干し、ラッキョウ積けについては年内に結論をまとめる方針だが、他の加工品目は2001年3月までに意見をまとめる予定。梅干しの場合、原料の「塩漬け梅」が中国(台湾を含む)から年間3万t 程度輸入されている。これは国内の梅出荷量の35%に相当するというから、“不正表示”業者にとっても“死活問題”なのだろう。

 最大の武器は「正直」であること
 「清流に魚住まず」「清濁合わせ飲む」などと言った。世の中、キレイ事だけでは済まないのだ、と教えられた。が、これも最初から人を騙せ、と教えたのではなく、どうしようもない時、最後の手段としてウソも方便である、ということを言っているのではないだろうか。だから、人はウソを言うこと、他人を騙すことに罪悪感を抱き、「本当ならしたくない。だけど仕方ない」と思っていなければならないはずだ。
 私事で恐縮だが、子供が中学校の修学旅行の際、「山梨みやげ」として「干しブドウ」を買ってきてくれた。少ない小遣いを工夫して買ってくれた嬉しさと、そんな子供が騙されたことを憤る気持ちとが相半ばした。子供の小遣い程度で、ホンモノの国産干しブドウが買えるはずがない。山梨県は日本でも有数のブドウ産地であることは、子供でも知っている。そこで売っている「干しブドウ」が輸入品であることを、彼らは夢にも思わないだろう。残念なことだが、私は子供を「山梨に不信を持つ」人間にしてしまった・・。
 これが、もし正直に「輸入品」の表示で売られていたらどうだったろう。国産のブドウは手間隙かけて高品質を目指しているから、干しブドウにしたら、とても高いものになるだろう。安いのは輸入品だからで、安い分、安全性は大丈夫だろうか等々、子供らはさらに考え、本当の姿を知るキッカケが作れただろう。
 将来の消費者であり、さらにそのまた将来の消費者を作る人が「子供」。子供を騙すと、3代祟られる、とはそのことである。

「有機」表示が保証するものは何か

 「残留農薬」があっても“有機”?
 JAS法の一部改正によって、「有機食品」の認証制度が法制化される。が、それによって“認証”された「有機」は一体何を保証しているのか、を考えておく必要がある。
 そこで問題です。さあ、○か×か・・・。
 Q1「“有機”認証される農産物とその加工品があります。これらは一切の化学薬品を用いていない」
 Q2「農産物から基準値以上の残留農薬が検出されました。これは“有機”とは呼べない」
 Q3「同様に、農産物からダイオキシンが検出されましたが、これも“有機”認定できない」
 Q4「“有機”認証された農産物に、遺伝子組み替え資材が使用されたことが分かりました。その生産者は罰せら れる」
 Q5「加工食品に“有機”表示がされています。この食品の原材料は100%有機資材を使っている」
 Q6「すべての“有機”表示は、同一の基準、規則で認証を受けたものである」
 さて、どれだけ分かっただろうか。答えは「すべて×」である。(最終ページの「参考資料」を参照されたい)
「そうすると、“有機”表示があっても、▽化学薬品はつかわれている▽ダイオキシンや残留農薬も混入している▽遺伝子組み替え資材も入っている可能性がある▽有機材料以外の普通の原料も使っている▽“有機”にも例外がある、ということなら、“有機”であっても“安全・安心”を保証するものではないのか」という“抗議”が聞こえてきそうだ。

「遺伝子組み替え」資材は使える?
 解説をしておこう。Q1は、生産面では「必要最小限の使用を許容する」化学合成資材を、加工食品においては製造装置の消毒などで「化学薬品を使用する場合にあっては水等で十分に洗浄」すればいいことになっている。
 Q2とQ3は、そもそも有機農産物の生産基準は「3年以上、無農薬・無化学肥料」の圃場で生産された農産物のことであり、その際に土壌残留農薬などの条件は付加されていないためだ。これは、いわゆる“国際基準”でも同様であり、それをどうやって説明、納得させるのか、今後、消費者などとの間で問題化する可能性はある。
 Q4はヒッカケ問題。基準では「遺伝子組換え技術により育成された品種の種子・種苗、作物体及び収穫物は使用しない」ことになっている。だから、最初からそれを承知の上で使用した場合は処罰される。が、では「知らずに使ってしまっていた」という状況だったらどうかだ。とくに遺伝子組み替え農産物は、想像以上に普及拡大しつつある現状からすると、「知らずに使う」ことのほうが多くなるはずだ。いまのところ、法律改正が成立していないので施行規則などが定められていないが、国際的な慣例上では、認証の際に遺伝子組み替え資材の使用に関しては申請者に「使用していない旨の誓約書」を提出させるだけにとどまっており、仮に「知らずに使った場合」でも処罰されないことになっている。
 Q5は、知っている人は多いだろう。これは各国の基準はマチマチだが、日本では「製品中最大5パーセントまで使用することができる」ことになっている。ただし、この基準は国際的には厳しい方であるために、実際に施行規則では条件つきながら10〜15%程度まで拡大する可能性はある。
 Q6は、例外があるということを意味している。検討段階では、「生産者と消費者が直接に結ばれた特別な関係には特に配慮が必要である」「輸入品のばあい、わが国と同等の検査・認証がなされた場合には、一定の条件の下で有機食品として表示し、流通、販売することができる」「検査・認証制度の導入及び運用に当たっては、特に小規模経営や中山間地域における農業等に配慮していくことが望まれる」という条件が付されている。
 「産消提携」のものや、海外で認証されたもの、中山間地域の農業振興を前提したものなどは、同一の基準で“有機”を標榜したものではない可能性がある、ということだ。ヘタをするとこの“条件”によってザル法になる危険性さえある。例えば、「産消提携」品であるが、余剰品を市場出荷する、といった場合には表示の内容保証ができないことになりかねない。

 それでも早急に「法制化」は必要だ
 問題点は多い。しかし、この指摘をすることで私が「有機食品の法制化」に反対の立場を表明している訳ではない。この欄でも繰り返し述べているように、むしろ統一した基準によって早期に「有機」の法制化をするべきだ、というのが、私の立場だ。早くスタンダードを作ることにより、その次のステップである「ポスト・オーガニック」に早急に取り組まなくてはならない情勢だと判断しているからだ。
 それは、「特別栽培」の扱いであり、「有機」だけでは包括しえない消費者への安心保証、旬であり地場であり、機能性であり“顔の見える”生産〜流通等々。「どうやったら消費者からの信頼を勝ちえるのか」というテーマである。
 国においても、法制化の理由を、「検査・認証機関は、特定された有機ほ場等を対象に生産行程(生産計画、管理記録等)の確認に関する検査を行い、その結果に基づき認証することが必要」と考えており、さらに「消費者の信頼を確保するため、適正な検査・認証機関により検査・認証がなされたということを、生産者において消費者に分かりやすい形で表示することが必要である。また、検査・認証を経ていないものに、「有機食品」である旨の表示を付して一般消費者向けに流通することを排除する必要がある」という問題意識が前提になっている。
 そしてその結果、「表示規制の導入にとどまることのないよう、検査・認証制度の構築と併せて、有機農業の健全な発展に向けた基本政策の確立、諸施策の整備」し、「農業の持つ物質循環機能を十分生かすとともに、生物の多様性及び土壌の生物活性を維持・増進し得る生産体系を実現する」ことを目指そうというものだ。

「新法」ラッシュに振り回されるな

 根っこの部分は「新農業基本法」
 この7月は、とにかく農業や食料をめぐる新法案成立のラッシュだった。もちろん、これほど一度に改正されたこともなかったろうし、今後も当分はないだろう。なにしろ、新しい法律を咀嚼するのに時間がかかるし、その実効を上げるためにはかなりの手間隙をかけねばならない。しばらくの間は、官民ともに混乱は続くだろう。また、それがどんな意味を持つのか、どうとらえていけばいいのか、我々のような「情報屋」にとっても大変である。成立した法律の個々の解説にとどまらず、それらの相互関係から何が言えるのか、期待できるのか、ひとつひとつ検証していかなくてはならないからだ。
 それぞれ新たに成立した法律、改正法は、今後本紙でもゆっくり解説を行っていくが、ほとんどの改正法は、「農業基本法」が新たに改正されたことを受けている、という原則は押さえておきたい。

 とにかく「国内生産振興」が前提に
 主な改正法を見ておこう。21世紀の農業の方向を決めるといわれる食料・農業・農村基本法(新農基法)が成立した。食糧安全保障や農業・農村の多面的機能など、新しい理念を全面に出しながら、国内の農業生産を基本に位置付け、食料自給率の目標設定、中山間地域の直接支払いなどを盛り込んでいる。ただし、農基法は「宣言法」であるため、これに沿った具体的な政策のいかん、その裏付けとなる予算が確保できるかどうか、そして何よりまして、それを実行していけるか、が問題であることはいうまでもない。
 新農基法について、次の点を評価することができる。
 ▽農業・農村の多面的機能の発揮と食糧安全保障を基本理念に位置付けたことである。農業は食料生産だけでなく、国土保全など多くの機能があることに、国民的合意を得るためにも、重要な要素だ。
 ▽食料の安定供給の確保に、国内の農業生産の増大を図ることを基本としたことである。農業の地盤沈下が進行しているが、これに、いかに歯止めをかけるか、重要な岐路に立たされている。これに併せ、食料自給率の向上目標を基本計画に盛り込むことにしたのも注目される。
 ▽中山間地域などの直接支払いの実施である。具体的内容はまだ、明らかになっていないが、多面的機能の評価の一つとして注目していく必要があル。
 不安な要素は、その実行面におけるマーケティングの分野だ。農産物価格について「需給事情及び品質評価を適切に反映」と市場原理の導入を全面に出しており、価格が変動した時は「必要な施策を講ずる」としているが、趨勢からみて、価格政策から所得政策、経営安定対策への転換が焦点となる。一方では、マーケット原理を重視しながら、片方では露骨な“所得政策”のスリ合わせが問題だ。
 当面、食料自給率の目標数値と、それを実現するため生産者や消費者が取り組むべき課題、品目ごとの生産努力目標、地域ごとの作付面積など具体的な実行方策の提示が注目される点だが、農業団体などが主張する自給率目標50%を打ち出せるかだ。目標値は、国内生産だけでなく、食生活のあり方にも大きな影響を与える。仮に50%を打ち出せば、小麦、大豆の増産や、輸入食品の消費量を減らすことが不可欠となる。

「流通2法」や「環境3法」もある
 ▽「流通2法」と呼ばれる法律のうち、改正JAS法は、有機農産物の表示について、コーデックス(国際食品規格)基準に沿って検査認証制度を導入する。有機食品は、検査認証を受けたものだけに「有機」と表示できる制度。検査を受けない自称「有機」は認めない。
 ▽同法で規定される生鮮食料品の原産地表示は、青果物9品目に限定されていたが、すべての品目に拡充した。5年ごとにJAS規格を見直すことも定めた。施行は公布から1年以内。
 ▽もうひとつ、改正卸売市場法は、市場関係業者の経営体質強化と、中央卸売市場の取引方法の改善が柱。卸売業者の財務健全化を図るため、指導基準(流動比率、自己資本比率など)を明確化する。流動比率、自己資本比率は、省令で定める。取引方法の改善では、「相対取引」を法に明記した。開設者は、相対取引の価格・数量の公表、最低せり数量を定める。「商物分離」の取引も新たに加わる。公布・施行は即時に行われるが、条文や規則の変更と、実質的に地域ごとの取引方式を定めるには、さらに1年はかかる。
 ▽「環境3法」といわれる注目すべき法案もある。ひとつは、(1)環境保全型農業の法制化といえる「持続性の高い農業生産方式の導入の促進に関する法律」であり(2)「家畜排泄物の管理の適正化おほび利用の促進に関する法律」(3)「肥料取締法の一部を改正する法律」である。
 “有機農業”や環境保全型農業での土作りに不可欠になっている「堆肥」に関して、(2)は支援措置であり逆に(3)は規制措置ともいえる品質表示義務化などだ。
 現在、とくに家畜糞尿を利用して堆肥を生産している現場ではその支援、規制の両面から、対策が必要になるし、畜産の現場においてまだ堆肥処理していないケースなども、今後は野積みなどができなくなるなどに留意することだ。
 また、堆肥の品質表示制度が創設されることで、圃場に入れた際の分解率が分かるなどのポジティブな面と、汚泥堆肥などの場合、重金属が含まれているか否かの表示も明確にしなくてはならなくなるといったネガティブな面との交通整理がされてくる。
 さらに、堆肥は従来の受理が原則の「届け出制」から、審査が前提の「登録制」になることでもチェックもされることになる。いずれにしても、各種の新法をしっかり分析してゆっくり解説していくことにしよう。