「ばか」という言葉がありますが。これはもともと日本語ではなく、梵語
(ぼんご)の「モカ(あるいは「マハカラ」)」が語源のようです。梵語とい
うのは、大昔のインドの言葉です。仏教の経典はこの言葉で書かれて
います。
そもそもバカというのは次の話から生まれたようですが、漢字の「馬鹿」
は単なる当て字ではなく、中国の故事から引用したようです。
あるところにお坊さんがいました。
人の悪口を言うときに「あの人はちょっと愚かだ」などと言ってしまうと、本
人にもわかってしまうので、隠語として「あの人、ちょっとモカだ」と使った
ということです。これがだんだん訛って「ばか」という言葉が生まれました。
これに漢字の「馬鹿」を当てたのは次の故事によるものです。
紀元前三世紀、秦の二世皇帝の時代のこと。
父親の始皇帝は何から何まで自分で指図しないとおさまらない性格の
独裁者でした。それと対照的に二代目皇帝は全くのロボットで、政治の実
権は趙高(ちょうこう)という側近の大臣に握られていました。
実は、始皇帝が亡くなるとき、「長男の扶蘇(ふそ)を帝位につけよ」と遺
言状を残したのですが、この趙高が偽の遺言状を自分で作り、末子の
胡亥(こがい)を帝位につけたのです。
胡亥皇帝は無力なため、何もかも趙高の思い通りになり、結局彼が権力を
握るようになりました。
その後古くからの大臣までも次々に殺していき、政治の実権を独り占め
するようになっていきました。
こうなると、さらに欲が出てきます。ロボットではあっても皇帝はやはり皇帝
です。趙高は「こいつさえいなければ、自分が皇帝になれる」と思うように
なりました。しかし、大臣たちが自分についてくるとは限りません。そこで臣
下をテストすることにしました。
あるとき、彼は二世皇帝に鹿を献上しました。
「馬でございます、お納めください」
二世皇帝は笑って、そばの臣下たちに言いました。
「どうかしているな、趙高は。これは鹿ではないか。おまえたちどう思う?」
家臣たちは「仰せの通り、鹿でございます」と答えるもの、「いえ、これは馬
でございます」と答えるもの、そして、黙っているものの3つの反応が得られ
ました。
趙高は、「鹿だ」と答えたものに濡れ衣を着せて処罰しました。
こうして、それ以後趙高の意見に逆らうものはいなくなりました。
まもなく、趙高は二世皇帝を殺します。しかし、野望を果たす前に彼は、皇
帝の甥(胡亥の兄の子)に殺されてしまいます。
秦の圧政に苦しむ国民は「農民の陳勝(ちんしょう)、呉広(ごこう)の反乱」
を起こします。
始皇帝の死後3年目にしてついに秦は、劉邦(りゅうほう)の漢軍に滅ぼされ
てしまいました。