賃金交渉にも影響を及ぼすと言われている国際会計基準とは…?
国際会計基準が必要なわけ
国際会計基準(International Accounting Standards=IAS)は、世界の会計士団体によって、バラバラだった各国の会計基準を統一し、共通して使用する会計のものさしとして作られました。企業がひとつの国内だけで取り引きや資金調達をしているのであれば問題はありませんが、経済活動の国際化に対応するためには不十分なのです。企業が国際市場で資金調達をしようとしても、投資家にすれば企業の会計報告の内容が比較できず、判断が定まらないからです。
日本では99年度決算から順次適用されることになっています。これまでの日本の「単独決算」「原価主義」を柱とする会計原則は、経営状態や資産内容など、企業の本当の姿を示すことができずにいました。日本企業の資金調達手段は株式持合とメインバンク制をもとに行われ、株式市場への情報開示が十分にされていなかったのです。そしてバブル崩壊後、その実態は破綻によって明らかとなったのです。金融機関の不良債権問題や、企業の粉飾決算が発覚し、「日本企業の財務諸表は信用できない」という判断を下されました。今後、透明な経営と積極的な企業情報のディスクロージャー(情報開示)を続けて、失われた信用を回復するしかありません。
そのためにも、どうしても国際会計基準を取り入れなければならないのです。そしてこれがマーケットに評価される新しい企業経営であり、今までのようにディスクロージャー(情報開示)を行わない企業はマーケットから淘汰されるのです。このような国際会計基準の導入にあたり、受注環境が厳しい建設業で働く私たちにとって、どのような影響があるのでしょうか。
具体的には企業グループで損益を通算する連結財務諸表を中心とする移行であり、連結キャッシュフロー計算書や時価会計、税効果会計、退職給付(年金)会計の導入です。主な対象は証券取引法の適用会社となります。
どのような変更がなされるのですか?
2000年
3月決算2000年
9月決算2001年
3月決算2001年
9月中間連結決算 ◎ ◎ ◎ ◎ キャッシュッフロー計算書 ◎ ◎ ◎ ◎ 金
融
商
品有価証券等の時価評価 ◎ ◎ ◎ 持合株等の時価評価 △ △ ◎ 退職給付(年金)会計 ○ ○ ◎
連結決算で何が変わるのでしょうか? 企業の会計報告書を企業グループ全体の連結財務諸表中心で示すことが、国際会計基準の最大のポイントです。いわゆる系列下にあるグループ企業全体で一つの連結決算財務諸表を作成し、発表することです。
これまでは、親会社が対象企業の株式の過半数を持っていれば連結対象とされ、過半数以下ならば対象から外されてきました(持ち株基準)。しかし、親会社は持ち株比率を意図的に50%以下に下げることにより、連結対象から外すことができたのです。今回の変更により、これまでの「持ち株基準」に対し単純に持ち株比率だけで判断するのでなく、40%であってもその企業に支配力をおよぼしうる場合は、子会社として連結対象に含めるという「支配力基準」が加えられました。関連会社においてもこれまでは50%以下20%以上あれば「持分法」によりその比率分を親会社の決算に計上してきたのですが、20%未満であっても財務及び営業方針決定に重要な影響を与えるのであれば関連会社として取り扱う、「影響力基準」が加えられました。これにより今まで行われてきた、親会社の決算対策として子会社や関連会社に不良債権を移して表面上は健全な企業を装う「飛ばし」を行えなくしているのです。子会社の赤字もわかるようになります。そのため、労働組合にとっては赤字子会社の整理、廃業が行われていくことも予想され、そこで働く従業員の雇用問題についての懸念もあります。
連結キャッシュフロー計算書とは何を示すものですか? 従来、企業の経営状況を見る指標は損益計算書(P/L)と貸借対照表(B/S)の2つでした。2000年3月期より連結財務諸表のひとつとして、連結キャッシュフロー計算書(C/F)※1 作成が義務付けられるようになります。それは投資家の判断材料として企業の自由に使えるお金(フリーキャッシュフロー)がいくらあり、資金繰りがどうなっているかが注目されるからです。連結キャッシュフローとは現金・預金などの増加・減少の推移を示すものです。どのような取引によって、キャッシュの流出入が発生し、その差額としてどれだけのキャッシュが残っているかを示すのです。それにより従来の損益重視の会計から、キャッシュを加えて総合的に判断する会計へと変更していきます。キャッシュフロー重視の経営とは、投資家に対する株価を意識した経営になるとも言えます。
※1 連結キャッシュフロー計算書 : 大きく3つのフォームに分かれる。@主要な営業取引によって生じたキャッシュの増減を見る営業活動によるキャッシュフロー A投資活動によるキャッシュフロー B借入金などの財務的な要因による増減を見る財務活動によキャッシュフロー がある。
時価評価にすると資産内容が明らかになるのですか?
国際会計基準のもう1つの大きな柱が、会社の資産である金融商品や土地の時価評価です。
時価評価とは、その時々の市場価格で評価することです。これまでは、金融商品や土地は買ったときの値段(=原価主義)で企業の財政状態を示す貸借対照表に記載されてきました。今回の2001年3月期の適用は株や債券などの金融商品となっていましたが、1月19日に日本会計士協会から「販売用不動産の評価損の計上に関するガイドライン」が出たことにより販売用不動産についても時価評価となり、現実の資産内容が明になっていきます。
賃上げ抑制にも利用される?
時価評価による影響とは? ゼネコンや不動産会社はバブル期に購入した土地が大幅に下落したことで、含み損を抱えている土地を多く所有していると言われています。それにより評価損を抱えている企業では、販売用不動産の一部を固定資産に振替えることにより、表面化する含み損の処理を先送りにしようとするところもあります。
しかし先に述べた「販売用不動産の評価損に関するガイドライン」が示されたことにより、帳簿価格の50%以下に下落しているものは損失先送りを原則として認めないこととなります。こうした内容は固定資産を処理する場合のモノサシとなるので、近いうちに固定資産も含めた時価評価となり、損失の先送りはできなくなります。
会計士協会の調べでは100億円以上の固定資産の投資不動産をもつ企業は100社を超えており、損失処理が進めば債務超過となる企業も出てくると言われています。その損失処理の財源の一部として賃金体系の変更や福利厚生費の見直しなど総額人件費の抑制を行おうとしていると考えられるのです。
退職給付会計とは何ですか? 退職給付会計の採用により、将来の退職金・年金の給付に必要な資金は、企業の労働債務の一種である退職給付債務として位置付けられます。企業は労働債務として退職金や企業年金の支払に備え、退職給与引当金や企業年金掛金を積み立ててきました。多くの企業では退職給与引当金の積立は全従業員の期末要支給額を積み立てる方式をとっていますが、実際には税法上無税となる40%までの計上にとどめていました。また、企業年金は企業の会計とは別の勘定ということで、会計報告書には開示する義務がなく、年金資産額などが注記されるのみでした。その額も時価ではないため、含み益や含み損がどの程度あるのかわからない状態でした。
このように企業の労働債務であるにもかかわらず、実際は大多数の企業で多額の積立不足(隠れ債務)が発生しているのです。また、最近の株価下落や超低金利のもと、運用がうまくいかず、年金資産の不足が深刻になっているのです。そして積立不足には穴埋めが必要となり、最長15年間で処理しなければならず対応※2が迫られているのです。
※2 企業がとり得る対応策としては @年金基金へ拠出金の増額A運用委託先の変更B給付額の引き下げや受給年齢の引き上げC基金の解散D年金基金への有価証券拠出E確定拠出型年金の導入などが推測される。
退職給付債務は賃金に影響するのか? この新会計基準で計算した企業では、NTTで700億円、トヨタで5,000億円、JR東日本で5,200億円など、膨大な積立不足が明らかとなっています。ゼネコンは他産業に比べて退職給付会計の対応が遅いと言われてきましが、99年3月決算で退職給与引当金を100%計上することにより、巨額な損失を処理する企業が出てきました。それは隠れ債務の表面化をできるだけ少なくするためであり、まだまだ問題の解決にはなりません。この積立不足が明らかになれば、上場ゼネコンでも半分は債務超過に陥ると言われています。これは当然企業の格付けに影響するので、賃金交渉においても、退職金制度やその水準の見なおし、また年金内容を切り下げたりと提案してくるかもしれません。あるいは、積立不足を処理するために賃上げ・一時金を抑えてくるかもしれません。
しかしながら、今回の新会計基準でも明かとなったように、退職給付は賃金の後払いであります。これまで企業は従業員に対して退職金や企業年金として老後の保障を与えることで、現役時代に支払う賃金コストを低く抑えてきたのです。それが賃金を下げたり、退職金の支給額を下げたりとなれば、従業員にとっては一種の契約違反であり、人生設計そのものが狂うことになります。
※ 新会計基準の導入の目的は投資家の利益擁護のため、企業情報を開示し、共通した基準で企業の経営状況を判断できるようにすることにあるのですが、企業はこれらも利用して「大変だ、賃上げどころではない!」と主張してくることでしょう。年金債務の処理は、15年かけてよいことになっているし、時価会計にしろ計算すれば含み益が財務諸表をよくすることにもなります。
企業は投資家だけに情報開示するのではなく、働く私たちへ情報開示することが望まれ、私たちは経営状況をチェックていくことが大切になると思います。■ページトップへ