旧・情況に対して発言する(過去ログ掲載)

 ここでは、2002年までに、日々の出来事に接する中で個人的に感じたことを書き綴ったものを掲載しています(最終更新2002年12月28日更新)。


改めて共謀罪の新設について考える

 国連越境的組織犯罪防止条約の国内法整備のための共謀罪等の新設について、法制審議会の刑事法(国連国際組織犯罪条約関係)部会において、2002年9月18日、10月9日、11月1日、11月21日、12月18日の5回にわたって審議され、若干の修正を経たものの、ほぼ原案通りに新設する方針が決まった。正式には2003年2月に開かれる法制審議会の全体会において決定される予定と伝えられている。
 そこで、改めて、共謀罪の問題点について論じてみたい。

 今回提案されている共謀罪がもっとも問題であるのは、何よりも、これまでの我が国の刑事立法のあり方を根本的に変える内容であるからである。

 これまで、近代刑法の原則として、「責任がなければ刑罰はない」とする責任主義があるとされている。責任主義というのは、近代以前にあった結果責任団体責任を否定する考え方である。現在では、行為者に責任能力及び故意・過失がある場合で、行為者の行った個人的行為についてのみ責任を認めることができると考えられている(大塚仁『刑法概説(総論)〔第3版〕』418頁参照)
 ところが、共謀罪は、団体責任を認めようとするものであるとともに、客観的な行為がなくても、単に「共謀」のみがあれば、共謀に加わった者が誰一人として実行行為に着手しなくても犯罪が成立し、処罰することができるとするものである。

 我が国の判例実務上認められた「共謀共同正犯」の理論ですら、共犯者の誰かが実行行為に着手することをその要件としていた。それでも学説からは強い批判に晒されていたのである。ところが、共謀罪は、そのような要件すらも外して、「共謀」さえあれば犯罪が成立するというのである。
 ちなみに、共謀罪の原型であるアメリカのコンスピィラシーについても、大部分の州では、「外的な行為」があることを要件としていると言われているにもかかわらず、我が国の共謀罪ではそのような行為すら要求されていないのである。

 もともと、今回の共謀罪新設の提案は、国連越境的組織犯罪防止条約の国内法整備のためのものであるが、同条約はその適用範囲として、「越境性」「組織性」の2つの要件を挙げている(同条約3条)
 ところが、今回提案された共謀罪には、「越境性」は全く要件とされておらず、また、「組織性」の要件も極めて緩和されている。
 この意味において、国連越境的組織犯罪防止条約の国内法化の必要性を遙かに超えて処罰範囲を拡張する立法提案がなされていると言える。

 この点について、法制審議会の部会において、日弁連委員から批判がされたが、法務省は、同条約の34条2項本文の「…各締約国の国内法において…国際的な性質又は組織的な犯罪集団の関与とは関係なく定める。」との規定を根拠にして、その批判に対して反論していると伝えられている。
 ところが、この条約の起草過程を振り返ると、もともとは国内法についても「越境性」と「組織性」を要件にして限定すべきだという考えが圧倒的多数であり、他方、そのような限定はすべきではないという少数説との間での妥協の産物として、現在の同条約34条2項の規定となったことが、同条約の審議に参加していた元警察庁国際第二課課長補佐である今井勝典氏によって明らかにされている(同「国連国際組織犯罪条約の実質採択について」警察学論集53巻9号57頁以下)

 したがって、仮訳では、同条約の34条2項本文は「…各締約国の国内法において…国際的な性質又は組織的な犯罪集団の関与とは関係なく定める。」となっているが、この「関係なく定める」という規定は、「関係なく定めることもできる」という意味に解釈しなければならないのであり、同条約の国内法化にあたって、「越境性」と「組織性」を要件として厳格に規定すべきであったはずであるにもかかわらず、法務省は同条約の審議過程を無視して、包括的な共謀罪を新設しようと企んでいるのである。これは極めて危険であるとともに、姑息であると言わなければならない。

 ところで、国連越境的組織犯罪防止条約には、刑事免責に関する規定もある。同条約26条2項は「締約国は、適当な場合には、この条約の対象となる犯罪の捜査又は訴追において実質的な協力を行う被告人の処罰を軽減する可能性について規定することを検討する。」とあり、同3項には「締約国は、自国の国内法の基本原則に従い、この条約の対象となる犯罪の捜査又は訴追において実質的な協力を行う者の訴追を免除する可能性について規定することを検討する。」との規定がある。

 共謀罪が新設されて運用されるようになると、その共謀に参加したと称する組織の元メンバーが共謀の事実を証言するとともに、その者については刑事免責がなされるという方向で運用されるのではないかと考えられる。

 さらに、覚せい剤取締法違反事件において捜査官が自らおとり捜査を行って検挙するという捜査が行われるようになった現在では、捜査官自らがスパイとして組織に入り込んで潜入捜査を行い、捜査官自らが共謀の事実を証言する時代が来るのではないかとも考える。
 そういう意味では、共謀罪が成立した後に来るのは刑事免責についての新設ということになるのではないだろうか。

 いずれにしても、共謀罪が新設された世の中は、今よりも絶対に住みにくくて窮屈になるに違いない。市民は、相互に監視を迫られて「一億総スパイ化」が進むとともに、盗聴捜査が当たり前となる時代が来るのではないかと危惧する。
 そういう意味において、現時点において、将来そのような時代が来ることをどれだ想像力をたくましくしてリアルにイメージし、そのような社会に対して、市民の一人一人が「No!」を突きつけることが求められていると言わなければならない。
(2002年12月28日記)
*これは、救援連絡センターの機関紙「救援」2003年1月号の連載記事として執筆されたものに一部訂正をしたものである。

警視庁によるおとり捜査について考える

 おとり捜査とは、捜査機関またはその協力者がおとりとなって第三者に犯罪を行うよう働きかけ、その実行の着手を待ってその者を検挙する捜査方法のことをいうとされている(福井厚『刑事訴訟法学入門〔第3版〕』58頁)

 我が国には、正面からおとり捜査を認める法律は存在していない。麻薬及び向精神薬取締法58条やあへん法45条には犯罪捜査のために麻薬取締官などが厚生大臣の許可を得て第三者から麻薬やあへんを譲り受けることができると規定し、銃砲刀剣類所持等取締法27条の3は警察官等が公安委員会の許可を受けてけん銃などを譲り受けることができると規定しているが、いずれも、おとり捜査を認めた規定ではなく、譲り受けた者の刑事責任を免責するに過ぎないと解されている。

 これに対して、覚せい剤取締法には、許可を得て捜査官が譲り受けることができるといる規定は存在していない。そのために、従来、警察は、おとり捜査に慎重であり、おとり捜査を実施する場合にも、もっぱら所持容疑で逮捕した者を通じて密売人をおびき出すといった手法を取ってきたと言われている。

 ところが、最近になって、警視庁はこの方針を大転換し、捜査官自身が覚せい剤を譲り受ける形でのおとり捜査を積極的に行うようになったと伝えられている。

 すなわち、本年11月15日、東京地方裁判所で、警視庁の警察官自身が買い手となる「おとり捜査」を行って摘発した覚せい剤取締法違反事件(営利目的譲渡)で、密売グループとされるイラン人4人の被告人に対する初公判が行われたことが新聞報道されている(asahi.com11月15日)
 また、11月26日までに、警視庁銃器薬物対策課などが、おとり捜査によって、イラン人4人を覚せい剤取締法違反(営利目的譲渡)の現行犯で逮捕したことが新聞報道されている(Yomiuri ON-LINE11月26日)

 新聞報道によると、警視庁は、今回の捜査着手の2カ月以上前から東京地検と事前協議を重ね、警察官を買い手にしたおとり捜査を決断し、協力者を買い手にするよりも手続きの透明性を確保できると判断して、「覚せい剤購入費」を経理処理する方針を決めて、警視総監が決裁したと伝えられている(asahi.com11月15日)

 従来、おとり捜査については、犯意のなかった第三者の犯意がおとり捜査によって誘発された場合(犯意誘発型)は違法であるが、もともと犯意があった第三者の犯行の機会を提供したに過ぎない場合(機会提供型)は違法ではないと解される傾向があった(福井・前掲書58頁)
 最高裁判所の決定の少数意見にも、「人を犯罪に誘い込んだおとり捜査は、正義の実現を指向する司法の廉潔性に反するものとして、特別の必要性がない限り許さない」と判断したものがある(平成8年10月18日決定・判例集未登載)

 今回の警視庁のおとり捜査については、機会提供型のおとり捜査だから違法ではないという見方もありうる。
 しかしながら、私が問題にしたいのは、覚せい剤取締法に捜査官が許可を得て譲り受けできるとの規定がないにもかかわらず、運用だけでそれを実現しようとしているという点である。
 すなわち、先日公判が開かれた第1号の事件では、捜査官は不起訴処分になっている。しかし、これは法律に規定がない事柄を、東京地検との協議だけで実現してしまおうとするものであり、実質的には新たな立法をしたのと同じ結果となっている

 しかしながら、これは極めて危険な事態と言わなければならない。国民の代表機関である国会が、麻薬及び向精神薬取締法やあへん法と覚せい剤取締法とを区別している以上、その意思は無視されるべきではない。
 ところが、今回の警視庁によるおとり捜査は、国会の意思を完全に無視して、捜査の必要性だけを旗に掲げて、東京地検との協議だけで行われたのである。

 本来であれば、おとり捜査を認めるかどうかも含めて、もっと国民的な議論がなされるべきであるし、認めるとしても、かなり制限的な要件を課すことが不可欠であり、それは法律を制定することによってなされるべきである。

 ところが、今回の警視庁によるおとり捜査はそれらの手続を全て無視して実施されている。この問題は現在の警察の体質や思想をよく現していると見るべきであろう。このままでは、警察は国民の民主的なコントロールが及ばない組織になってしまうおそれがあると言わなければならない。

 今回のおとり捜査は、いずれもイラン人に対して行われ、国民が反対しにくいような事案を巧妙に選んで行われているということもあってか、世論の反応は鈍いように思われる。
 しかしながら、法律によらない運用だけで今後もおとり捜査が積極的に行われるようになれば、それは今後どんどんエスカレートしていく可能性は極めて高い
 私たち市民は、警視庁によるおとり捜査については、もっともっと厳しい監視の目を向け、強く批判していかなければならない。
(2002年11月27日記)
*これは、救援連絡センターの機関紙「救援」2002年12月号の連載記事として執筆されたものに一部訂正をしたものである。

国連越境組織犯罪条約締結に伴う国内法の整備について考える

 国連越境組織犯罪条約の締結に伴う国内法整備に向けた動きが本格化している。
 本年9月3日の法制審議会でこの問題が取り上げられ、以後、部会において審議されることになり、その第1回の部会が本年9月18日に実施されている。
 法務省では、来年の通常国会への提出を予定しており、法制審議会での議論は短期間のうちに終了することが予想されている。

 ところで、法制審議会へは、法務省が作成した要綱案が提案されている。その要綱案には、(1)組織的な犯罪の共謀罪、(2)証人等買収罪、(3)犯罪収益規制等、(4)贈賄罪等の国外犯処罰の4点の法整備が提案されている。このうち、特に問題があるのは、(1)と(2)である。

 (1)については、要綱案では、死刑又は無期若しくは短期1年以上の懲役又は禁錮の刑が定められている犯罪と長期4年以上の有期懲役又は禁錮の刑が定められている犯罪について、「団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を共謀した者」は、それぞれ、五年以下の懲役又は禁錮、三年以下の懲役又は禁錮に処するものとすることとされている(要綱案第一、一)。
 また、同じ犯罪について、「団体に不正権益を得させ、又は団体の不正権益を維持し、若しくは拡大する目的で行われるものの遂行を共謀した者」も同様に処するとされている(要綱案第一、二)。

 法務省は、このうち、前者の規定について、「組織的犯罪の共謀ということで、共謀共同正犯で共犯が成立していて、それに『団体の活動として』との組織犯罪の要件をかぶせたものとした。これは諸外国に例がないものである」と説明している。

 この説明だけを見ると、従来、判例実務が認めてきた共謀共同正犯の理論を前提として、それを組織犯罪の場合に限定する立法のように見える。
 しかしながら、この要綱案には、「実行に着手する前に自首した者は、その刑を減軽し、又は免除するものとする」とあり、共謀したが、実際には犯罪の実行行為に着手しなかった場合にも、この組織的犯罪共謀罪が成立することを当然の前提にしていることは明らかである。

 従来、「組織」については2名以上の者と解されていたことからすると、「組織により行われる」との要件は、普通の共犯事件にも適用される可能性は十分にあると考えられる。そうなると、この組織的犯罪共謀罪を限定する可能性がある要件は、「団体の活動として」という文言だけであることが分かる。
 ところが、要綱案の「団体」という文言は、その文言だけを見る限り、犯罪集団ということを意味していない。この点、国連越境組織犯罪条約では、「組織的な犯罪集団」という表現が使用されており、犯罪集団であることを明確に規定していた。

 ところが、法務省が作成した要綱案では、対象を犯罪集団に限っていない。
 すなわち、合法的な目的を有する団体、例えば、労働組合や市民運動団体や宗教団体などが、犯罪行為を行う場合も視野に入れていることが窺えるのである。これは、明らかに、条約を拡大解釈するとともに、「外圧」を利用して、より広く処罰範囲を拡大することを狙ったものと考えられる。これは極めて危険であり、しかも姑息と言わなければならない。

 また、要綱案では、証人買収罪が提案されている。
 これは、「自己又は他人の刑事事件に関して、証言をしないこと、若しくは虚偽の証言をすること、又は証拠を隠滅すること、若しくは偽造若しくは変造すること、若しくは偽造若しくは変造の証拠を使用することの報酬として、金銭その他の利益を供与し、又はその申込み若しくは約束をした者」を、1年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処するものとするというものである(要綱案第二)。

 一見すると、当然のようにも見えるかもしれないが、冤罪を主張する被告やその弁護人や支援者が、自己に有利な証言をすることを求めて証人に対して接触したりすることを実質的に制限しようとする規定である。
 特に、その証人と会った際に、社会通念の範囲内で、喫茶店でのコーヒー代を出してあげたり、食事代を負担したような場合に、この規定により、証人買収罪であるとして逮捕されるおそれがある。これにより、証人に接触した弁護士や支援者などが弾圧の対象となる危険性を有していると言わなければならない。

 以上のように、国連越境組織犯罪条約批准のための国内法整備と称して、新たな法規制が設けられようとしており、来年の通常国会に向けて急ピッチで準備が進められている。
 そのような情勢の中で、私たち市民の側では、法務省の真の狙いを見抜いて、多くの反対の声をあげることが強く求められている。

(2002年10月3日記)
*これは、救援連絡センターの機関紙「救援」2002年10月号の連載記事として執筆されたものに一部訂正をしたものである。

国連越境組織犯罪条約の批准と「共謀罪」新設について考える

 本年8月24日付朝日新聞朝刊第1面に、「法務省『共謀罪』創設へ/『謀議』だけで訴追対象に」との大見出しの記事が掲載された。
 記事の主な内容は、「法務省は、実際に犯罪が行われなくても、その謀議に加わる行為そのものを罰する『共謀罪』を創設する方針を固めた。来月開かれる法制審議会に諮問する。」というものである。そこで、このような提案がなされるに至った経緯と問題点について考えてみたい。

 この背景には、国連越境組織犯罪条約に我が国も署名していることが挙げられる。
 同条約は、国際組織犯罪に効果的に対処するために国際的な協力を促進することを目的として、(1)重大犯罪の共謀又は犯罪組織集団の活動への参加、資金洗浄、汚職及び司法妨害などの行為の犯罪化、(2)犯罪収益の没収及び没収共助、(3)犯罪人引渡し、捜査・司法共助、(4)特別な捜査方法、刑事免責制度の検討など、刑事実体法と手続法の広い範囲にわたる規定を置いているが、我が国は、2000年12月に署名をしている(本年4月現在の署名国は140カ国である)

 実は、我が国は、1999年8月に成立した組織犯罪対策三法により、この条約の内容をある程度先取りしていたが、完全に実現していた訳ではなかった。
 そこで、法務省を中心に検討し、来年の通常国会に所要の法案を提出するべく準備が進められていた。この点につき、例えば、外務省は閣議後の記者会見で、「『国連国際組織犯罪条約』は,組織犯罪に国際的に協調して対抗しようとするためのものですが,我が国は昨年12月に既に署名済みでありまして,現在,法務省においても,条約上の義務を履行するための法整備を検討しておりまして,今後も,関係省庁と協力しながら,平成15年を目途に同条約の締結に伴う国内法案を国会に提出できるように努力したいと思っています。」と述べている(http://www.moj.go.jp/SPEECH/POINT/speech0104-70.html)。

 ところで、この条約の中でも、最も問題があるのは、共謀罪・参加罪の新設が義務化されている点である。
 具体的には、(1)金銭的利益その他の物質的利益を得ることに直接又は間接に関連する目的のために、重大な犯罪を行うことを一又は二以上の者と合意すること(共謀罪)、(2)組織的な犯罪集団の目的及び一般的な犯罪活動又は犯罪を行う意図を知りながら、組織的な犯罪集団の犯罪活動又はその他の活動であって、当該個人が、自己の参加が犯罪の目的の達成に寄与することを知っているものに積極的に参加する個人の行為(参加罪)を犯罪とするために立法上又はその他の措置をとることが条約の締約国の義務とされている(同条約5条)。
 すなわち、犯罪の共謀、組織犯罪集団への参加そのものを犯罪化することが要求されているのである。

 我が国では、従来、判例法上認められた概念として、共謀共同正犯の理論がある。これは、刑法上、実行行為を行わない者が共同正犯になることは認められていなかったが、判例は、事前の共謀に加わった者の一部につき「共同正犯」の成立を解釈上認めてきた。練馬事件についての最高裁判所1958年5月28日判決(刑集12巻8号1718頁)は、共謀に参加した者は、「他人の行為をいわば自己の手段として犯罪を行ったという意味において、その間の刑責に差異を生ずると解すべき理由はない」と判断している。そして、現在では、刑事実務において、この共謀共同正犯の理論は完全に定着させられている。

 もっとも、この共謀共同正犯の理論といえども、結局、犯罪が実行されず、実行行為を行った者が存在しない場合に、共謀をした者を罰することはできない。あくまでも、実行行為をする者がいることが前提となっている。
 ところが、国連国際組織犯罪条約では、誰も実行行為を行った者がいなくても、共謀するだけで犯罪が成立する共謀罪を新設することが求められている。
 朝日新聞の報道によると、組織的犯罪処罰法を改正して、最高刑が死刑か無期、または、有期刑の下限が1年以上のいずれかに相当する犯罪を共謀した者には5年以下の懲役又は禁固として処罰し、それ以外の犯罪で、有期刑の上限が4年以上とされている犯罪を共謀した者には3年以下の懲役又は禁固をそれぞれ科すとの案を法務省は検討しているという。

 仮に、共謀罪が立法化されれば、従来の刑事実務は一変する可能性がある。これまでは、共謀共同正犯の理論によって犯罪成立が拡張されていたが、まだ、実際に犯罪が実行されるというハードルがあった。
 ところが、共謀罪は、とにかく「共謀」さえあれば処罰できるのであるから、盗聴によって犯罪を「共謀」している会話を録音さえすれば処罰できるのである。
 その意味で、共謀罪摘発のために、監視社会化は一層進むだろうし、捜査当局は国民に対して「国民総スパイ化」を求めるようになるだろう。
 そして、今後は、捜査当局から見て怪しい人物「共謀」の現場を押さえることによって、その人物を犯罪者に仕立て上げることができることになるのである。

 このように、共謀罪については従来の我が国の刑事実務を一変するような大改革であり、十分な国民的議論を踏まえるべきである。これは、参加罪についてもほぼ同様である。

 いずれにしても、本年秋以降、国連越境組織犯罪条約の批准に向けた動きが急速に進むと考えられる、私たち市民は、今からこのような動きに対しては厳しく監視するとともに、反対の声を挙げていかなければならない。
(2002年8月27日記)
*これは、救援連絡センターの機関紙「救援」2002年9月号の連載記事として執筆されたものに一部訂正をしたものである。

住民基本台帳ネットワーク稼働について考える

 住民基本台帳ネットワーク(以下「住基ネット」という)が、本年8月5日から稼働されようとしており、既に7月22日から仮運用が始まっている。

 住民基本台帳法の改正案は、1999年8月、盗聴法など悪法が次々と成立させられた第145通常国会において成立していた。しかし、当時、住民基本台帳法の改正案の成立は難航を極めて、結局、1999年6月10日に、当時の小渕恵三首相が、住民基本台帳法の改正案審議が行われた衆院地方行政委員会で、「住基ネットの実施に当たり、民間部門をも対象とした個人情報保護に関する法整備を含めたシステムを、速やかに整えることが前提である」と答弁したことがきっかけとなって公明党が賛成に回り、成立したという経緯がある。

 そして、この経緯を踏まえて、改正住民基本台帳法の附則1条1項には「この法律は、公布の日から起算して3年を超えない範囲内において政令で定める日から施行する。」と規定し(政令で本年8月5日と定められた)同2項には、「この法律の施行に当たっては、政府は、個人情報の保護に万全を期するため、速やかに、所要の措置を講ずるものとする。」と規定されている。

 ところが、小泉政権は、個人情報保護法案を提出したことで小渕首相の答弁を受けた内閣の責任は果たしたとの立場を表明して、小渕首相の公約違反にならないだけでなく、このままで住基ネットを稼働しないことは法律違反だとの立場を表明している。

 しかし、改正住民基本台帳法の成立経緯からすれば、同法の附則1条1項の「3年を超えない範囲内において…施行する」という規定は同2項によって制約を受けており、住基ネットの稼働は、個人情報の保護に関する法案が成立することが当然の前提となっていると解すべきであり、単に個人情報保護法案が国会に提出されただけでは足りないはずである。
 ところが、政府が提出した個人情報保護法案は、法案の成立過程の途中で方針を転換して、報道や取材を規制するメディア規制法にすり替えられ、それに対する危機感を持った新聞や雑誌等によって猛烈な反対運動が巻き起こり、今通常国会の成立は困難となり、そのため、与党は秋の臨時国会の成立に向けて継続審議にせざるを得ない状況に追い込まれるに至っている。

 それにも関わらず、政府は、8月5日からの住基ネットの稼働方針である旨を繰り返し発表しており、これに対して、福島県矢祭町や東京都国分寺市などの地方自治体が住基ネットからの離脱を表明するに至っているのである。

 住基ネットの最大の問題点は、従来から議論のあった「国民総背番号制」を実施することと同じだという点にある。
 すなわち、市区町村は、住民登録をしている全ての国民に、住民票コードという11桁の番号を振り、住民票コードに氏名・生年月日・性別・住所等の6情報を本人確認情報として市区町村の既存の住民基本台帳システムからコミュニケーションサーバ(CS)に送信して保管し、住民に異動がある都度、都道府県ネットに送信され、それは都道府県サーバ・コンピュータに記録保管され、国の行政機関等に必要に応じて情報提供することになっている(やぶれ!住民基本台帳ネットワーク市民行動編『私を番号で呼ばないで』社会評論社26頁以下参照)。
 これは、国民に振る11桁の番号を背番号として、その背番号の下に国民の情報を一元管理することを意味しており、まさに「国民総背番号制」の実現である。

 しかも、いずれ、住基ネットは、税金情報や保険情報、さらには前科情報なども一元管理することが密かに計画されているのであり、国民のあらゆる情報を国家が一元的に管理することになるおそれが極めて強いのである。

 ところが、住基ネットは、全国の地方自治体のコンピュータを接続するにもかかわらず、伝えられるところではセキュリティは極めて杜撰である。コミュニケーションサーバ同士の交信は、当初予定されていた専用回線ではなく、仮想専用回線(IP−VPN)が用いられていることになっており、そのためセキュリティホールを突かれたり、暗号を解読されることによって、住基情報が外部に漏洩するおそれは払拭されていない。

 住基ネットは、現在では「e−Japan」計画の一部として組み込まれ、電子政府・電子自治体構想と一体化されている。最近では、この動きに対しては、新たな「公共工事」の創出であり、電子産業に対する「利権」の拡大であると厳しく批判されているところである。

 我々市民は、今まさに、電子政府・電子自治体構想による利便性を拒否するか、国家による「国民総背番号制」による一元的管理に服するのかという価値選択が迫られていると言えよう(斎藤貴男『小泉改革と監視社会』岩波ブックレット参照)
 そして、多少の利便性は放棄しても、背番号を付けられて一元的に管理される社会を拒否する意思を、市民の一人一人が明確に表明することが今こそ求められているのだ。
(2002年7月30日記)
*これは、救援連絡センターの機関紙「救援」2002年8月号の連載記事として執筆されたものに一部訂正をしたものである。

警察権力が「民事」に介入する権限拡大の動きについて考える

 東京都議会では、本年6月に開かれていた第2回定例会において、「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」(以下「東京都迷惑防止条例」という)の改正条例案が提案され、東京都迷惑防止条例に、第5条の2として「つきまとい行為等の禁止」を新設し、その違反行為に対して、6月以上の懲役又は50万円以下の罰金を規定し、その常習者に対して1年以下の懲役又は100万円以下の罰金を規定しようしていた。
 この条例改正案は、第147回通常国会において2000年5月に既に成立している「ストーカー行為等の規制等に関する法律」(以下「ストーカー規制法」という)と比較しても、その規制対象を著しく拡大しようとするとともに、重罰化しようとしている。

 すなわち、ストーカー規制法は、「特定の者に対する恋愛感情その他の好意の感情又はそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的」で行われるつきまとい行為に限定していたが、東京都迷惑防止条例の改正案では、「ねたみ、うらみその他悪意の感情を充足する目的」を基本にしつつ、その感情が起因する場面を、(1)職場、学校、地域社会等における関係、(2)売買、雇用、貸借等の契約関係、(3)交通事故等の不法行為関係の3つと規定している
 しかしながら、この(1)から(3)を見れば、市民同士が相互に関わるあらゆる場面が規定されている。特に、「職場、学校、地域社会等における関係」というのは、「職場、学校、地域社会」の後に「等」とあることからも、市民生活を送る上で、市民が相互に関わるあらゆる場面を含みうる文言であることは明らかである。

 しかも、その文言が極めて不明確であるため、「職場における関係」には、労働組合が労使対立の中で行う正当な組合活動が含まれるおそれがあるし、「地域社会における関係」には、高層マンションの建築反対運動や公害企業に対する抗議行動などの市民としての正当な表現活動が含まれる危険性がある。
 これに対して、東京都総務局は「正当な理由がある場合は罰せられない」とコメントしているが(朝日新聞6月6日付朝刊東京版)、条例改正案にはそのような文言は一切ないし、どのような場合に正当で、どのような場合に正当でないかの基準も不明確である。

 ところが、警視庁生活安全部は、このつきまとい禁止規定につき、「犯行の目的を詳しく規定したことで、取り締まりの対象は極めて限定されたと考えている」と述べるとともに、「条例の乱用防止規定は、乱用しないのが当然のことなので、盛り込まなかった。」などと述べており(前掲・朝日新聞の記事)、この条例改正案の危険性が全くないことを喧伝している。

 このように、東京迷惑防止条例のつきまとい行為等の禁止規定案は、ストーカー規制法と比較しても、その対象が極めて広範であるとともに、極めて不明確な規定であり、警察権力による濫用のおそれが極めて強い条例改正案であった。

 そのため、労働者や市民からの強い反対の声があがり、東京都議会の自民、公明、民主の三会派が、本年6月21日に開かれた警察・消防委員会で、このつきまとい行為等の禁止規定を削除する修正案を共同で提出し、全会一致で可決したため、当面、この規定の追加は見送られることとなった。

 ただ、今回の東京都迷惑防止条例の改正問題の中で垣間見えたのは、今、警察連力は、これまで「民事不介入の原則」を掲げて市民間の民事問題には介入しないこととした建前を自ら放棄して、民事問題に積極的に介入する権限(利権)を拡大しようとする意図を明確に持っているという点である。

 すなわち、前述した(1)から(3)のうち、(2)の契約関係と(3)の不法行為関係については、いずれも純然たる民事事件であって、本来、警察が介入すべき場面ではないにもかかわらず、これらの問題に起因するつきまとい行為については警察が介入することを正当化しようとしていたのである。

 そして、一旦、「民事不介入の原則」に例外を作れば、この原則はやがて骨抜きとなり、警察が市民生活のあらゆる場面に介入する根拠を与えることになるおそれがある。市民による公害問題、薬害問題、食品被害問題、銀行被害問題などについて、企業に対する抗議活動を行うことは、つきまとい行為として警察権力の介入を受けることになりかねないのである。

 今回は、幸いにも市民が素早く反対の声を挙げたことから、このような不当極まりない改正は免れた。しかし、警察権力は、「民事不介入の原則」を自ら捨てて、市民間の民事問題に介入する契機を虎視眈々と狙っている。このような動きは東京都に限らず、全国各地の議会や国会に及ぶ可能性もある。

 我々市民は、このような警察権力の狙いを見抜いて、このような条例改正や法律制定に向けた動きを監視し、反対の声を挙げ続けなければならない。
(2002年6月26日記)
*これは、救援連絡センターの機関紙「救援」2002年7月号の連載記事として執筆されたものに一部訂正をしたものである。

弁護士の守秘義務が脅かされる−ゲート・キーパー問題について考える

 弁護士は、依頼者との間の相談や依頼内容について守秘義務を負っている(弁護士法23条)。これは、弁護士の特権を規定したものではなく、依頼者のプライバシーを守ろうとするために義務を課したものである。
 この守秘義務を守るために、例えば、刑事訴訟法は「業務上委託を受けたため、保管し、又は所持する物で他人の秘密に関するもの」について弁護士に押収拒絶権を認めているし(同105条)、「業務上委託を受けたため知り得た事実で他人の秘密に関するもの」について弁護士に証言拒絶権を認めている(同149条。民事訴訟法にも同様の規定がある。民事訴訟法197条)

 ところが、現在、この守秘義務を制限しようとする動きが急である。それは、マネーロンダリング規制に絡んで、「疑いのある取引」の報告義務を弁護士等の専門職にある者に課そうとする動きである。

 FATF(Financeal Action Task Force、資金洗浄に関する金融活動作業部会)は、1989年にフランスで開催されたアルシュ・サミットの経済宣言を受けて政府間機関として設置され、マネーロンダリングに関する包括的な検討を行っている。
 FATFは、1990年に40目の勧告を採択し、その後、1996年にはこれを改訂して、新たな40項目の勧告を採択している。その主たる内容は、マネーロンダリングの犯罪化、マネーロンダリングの前提犯罪を薬物犯罪から一般の重大犯罪まで拡大すること、犯罪収益の没収制度の整備、金融機関における顧客の本人確認や疑わしい取引に関する当局への報告義務を課すこと等である。
 FATFは、現在、我が国を含む29か国・地域及び2国際機関が参加し、40項目の勧告の実施についての相互審査や非協力国・地域の特定等を行っており、我が国は、1993年と1997年に審査を受けている。

 ところで、我が国では、1991年10月に、麻薬特例法(国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律)が成立し、翌1992年7月1日から施行されている。これは我が国で、初めて薬物犯罪に関するマネーロンダリングを犯罪化するとともに、金融機関に対して、マネーロンダリングの疑いのある取引の届出義務を設けるものであった。

 その後、組織的犯罪対策三法の一つとして、「組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律」(以下「組織的犯罪処罰法」という)が1999年8月に成立し、翌2000年2月1日に施行されている。
 組織的犯罪処罰法は、FATFの40項目の勧告をほとんど実現しており、それはFATFの勧告を実現するための立法であったと言える。そして、その結果、我が国は、マネーロンダリングについての包括的な規制法を既に持っていることになっている。

 組織的犯罪処罰法は、その第5章に「疑わしい取引の届出」と題して、「銀行その他の政令で定める金融機関及びその他政令で定める者」、「郵政事業庁長官」に対して、マネーロンダリングの疑いのある取引を金融庁長官か都道府県知事に対して届け出る義務とそれを取引の相手方に対する漏洩禁止を規定するとともに、金融庁長官が捜査機関や外国の機関に対してにその情報を提供することを規定している。

 ところが、最近になって、金融システムの門番(ゲートキーパー)である弁護士や会計士等の専門職にある者に対しても、「疑わしい取引」の報告義務を課すことによって、マネーロンダリング規制をより実効性あるものにしようとする動きが出ている。そして、FATFでは、40項目の勧告の更なる改訂を目指す中で、弁護士等の専門職にある者に対して疑わしい取引の報告義務を立法で課すかどうかの検討がなされている。

 これについては、既にイギリスでは法制化されているし、EUの欧州委員会も、1999年8月に、マネーロンダリング指令を改正し、弁護士等の専門職にある者に「疑わしい取引」の報告義務を課す内容の改正案を提案し、2001年12月にその改正案が採択され、今後、EU加盟国での立法作業が行われる段階となっている。

 このEU指令改正の動きを受けて、FATFは、弁護士等の専門職にある者に対して「疑わしい取引」の報告義務を課す立法化を勧告に盛り込む可能性が高まっている。そして、まだ明確な意思表明をしていないアメリカ政府と我が国の動向が注目されている。
 残念ながら、我が国の法務省は、世界的な潮流に逆らえないとして、FATFで立法化が勧告に盛り込まれれば、組織的犯罪処罰法の改正をして、弁護士等の専門職にある者に対する「疑わしい取引」の報告義務を課すことを検討していると伝えられている。

 しかしながら、組織的犯罪処罰法についてこのような改正が実現すれば、弁護士は、国家権力の手先となって、マネーロンダリング規制の一翼を担い、依頼者であっても、犯罪者におそれがないかを常時監視し、疑惑があれば直ちに監督官庁に対して報告しなければ、自らがマネーロンダリング罪で処罰されることになる。
 これでは、弁護士が依頼者を被疑者として売り渡すスパイの役割を果たさせられることになり、弁護士と依頼者との間の信頼関係は完全に破壊されることになる。弁護士と依頼者は相互に疑心暗鬼になりながら相談等をしなければならないことになるからである。

 最初に述べたように、これは弁護士の特権云々という問題ではなく、市民が弁護士に相談したり依頼する際の依頼者のプライバシーを、本来保護すべき担い手である弁護士に対して「疑わしい取引」の報告義務を課すことによって、国家権力である捜査機関が侵害しようとする動きと言わなければならない。
 そして、この動きは、究極的には、弁護士と市民との分断支配を企図していると考えられる。
 そうであるならば、このような報告義務の立法化は絶対に認めることはできない。市民が自らの権利への侵害であることを認識して、この動きに反対していくことが求められている。

<参考文献>
山岸和彦「ゲートキーパー問題とは何か−マネー・ロンダリング規制と弁護士の守秘義務との相克」自由と正義2002年5月号30頁以下

(2002年5月29日記)
*これは、救援連絡センターの機関紙「救援」2002年6月号の連載記事として執筆されたものに一部訂正をしたものである。

誰のための有事法制か−有事法制三法案について考える

 4月16日、政府は臨時閣議で、外部からの武力攻撃事態(有事)に対処するための有事法制三法案(武力攻撃事態法案、自衛隊法改正案、安全保障会議設置法改正案)を閣議決定し、翌17日に国会に提出した。戦後初めての有事法案の国会提出である。

 武力攻撃事態法案によると、武力攻撃事態に至ったときには、政府は、武力攻撃事態を認定するとともに武力攻撃事態への対処に関する全般的な方針等を定め(同9条)、内閣総理大臣は閣議にかけて、武力攻撃事態対策本部を設置し(同10条)、内閣総理大臣はその対策本部長となる(同11条1項)。その結果、内閣総理大臣には強大な権限が与えられる。地方公共団体の長に対して所要の対処措置を指示することができ(同14条)、それに従わない場合には自ら代執行することができる(同15条)。国会は事後承認をするだけである。
 国民は、指定行政機関等が対処措置を実施する際には必要な協力をすることの努力義務を負い(同8条)、日本国憲法が保障する国民の自由と権利に対する制限が加えられる場合がある(同3条4項)

 要するに、有事法制三法案は、政府が武力攻撃事態、すなわち有事と判断すれば、日本が戦争体制に入り、国民の自由と権利が大幅に制約することを認めようとするものである。しかも、有事の概念自体が、「武力攻撃のおそれのある場合」や、さらにそのような事態が「緊迫し、武力攻撃が予測されるに至った事態」をも含むという形で、非常に拡大され、恣意的な認定がされるおそれがないとは言えない。

 このような有事法制三法案については、テロや大規模災害のような場合が「有事」に含まれていないことなどの不備が多数指摘されており、「なぜ今、有事法制か」との根本的疑問が提起されている。
 そして、我が国の本土に外国の戦闘機や戦車が攻めてくるような古典的な戦争は非現実的であり、そのような場合を想定している今回の有事法制三法案についてはナンセンスだとの批判もある。

 しかしながら、今回の有事法制三法案については、日米安保体制周辺事態法との関係を抜きには考えられない。
 すなわち、1999年8月25日に施行された周辺事態法(周辺事態に際して我が国の平和及び安全を確保するための措置に関する法律)により、日米安保体制は大きく変質させられ、米軍が行う戦争について、日本が後方支援をすることが認められるとともに、米国に対する義務にもなった。

 その結果、米国が戦争を始めた後、我が国が周辺事態法に基づいて後方支援を開始したことに対して、敵国から我が国(特に米軍基地がある沖縄)に対して攻撃が加えられる危険性は十分にあり、このような場合に武力攻撃事態法案が発動される可能性がある。
 そして、具体的には、アジア地域においても、例えば、米軍と中国との間で軍事衝突が起きる可能性はあると考えられるし(浅井基文『集団的自衛権と日本国憲法』集英社新書48頁参照)、本年秋までに米国がイラクをテロ支援国家と規定して軍事攻撃を行うことが予想されている。

 このように、武力攻撃事態法案は周辺事態法と連動して働く可能性が高く、小泉首相も今国会の答弁で「事態の進展によっては両者が並存することはあり得る」と率直に認めている。

 小泉首相は、有事法制三法案が今国会で成立することを急いでいるように見えるのは、「有事」は間近であるという認識を持っているからであると思われる。そして、そうであるならば、小泉首相が有事法制三法案の成立を急いでいるのは、決して国民のためではなく米国や米軍のためであることも明らかである

 個人情報保護法案人権擁護法案などのメディア規制法が次々と国会で審議入りし、今国会での成立を目指すとされていることも併せて、一気に、我が国が、いつでも戦争ができる戦争国家へ一気に変貌させられようとしていることを見抜かなければならない。

 既に成立している周辺事態法と併せて、今回の有事法制三法案は、戦前の国家総動員法の再来であり、個人情報保護法案や人権擁護法案は治安維持法への地ならしであると考えられる。

 これらの法律が成立したら、もはや我々市民は戦争への協力を強制され、それに反対する者は異端者として排除されていくことになってしまう。
 我々市民としては、戦争国家に向けた動きを止められるのは今しかないとの決意で、この動きにいかに抗していくことができるかをみんなで考え、連帯して反対する行動をすることが求められている。

(2002年4月28日記)
*これは、救援連絡センターの機関紙「救援」2002年5月号の連載記事として執筆されたものに一部訂正をしたものである。

触法精神障害者処遇法案について考える

 昨年6月に国立大阪教育大学付属池田小学校で発生した殺傷事件を契機として、小泉首相は触法精神障害者に対する法案を次期通常国会に提出することを約束していた。その約束通りに、政府は、本年3月18日、「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律案」を国会に上程した。

 この法案は、殺人、放火等の重大な罪に当たる行為について、不起訴、心神喪失を理由とする無罪判決、又は、心神耗弱により刑を減刑されて執行猶予付きの有罪判決を受けた者につき、検察官の申立てによって、全国の地方裁判所の裁判官と精神保健審判員(精神科医)による合議体の一致した意見により、入院又は通院を決定することにしている。
 そして、入院決定を受けた者は、指定入院治療機関(国公立病院)において、原則として3年間の入院治療を受け、その治療機関の管理者は、原則として6ヶ月毎に、裁判所に対して、退院許可又は入院継続の確認の申し立てをしなければならないとされている。
 また、退院を許可された者は、保護観察所精神保健観察官の監督の下で、原則として3年間の通院治療を受けなければならず、その者について、保護観察所の長の申立てにより、裁判所は再入院決定をすることができるとされている。

 従来、心神喪失等の理由で不起訴になったり無罪判決を受けるなどした場合には、殺人等の重大な他害行為を行った者は、それ以後は司法の手続からは外されて、後は専ら精神医療の問題として取り扱われたきた。これに対して、この法案は、そのような者の処遇に裁判所が直接関与し、精神科医と共同して、入・退院や通院についての決定(審判)に当たるシステムを創設する点に特徴がある。

 しかしながら、この法案に対しては、過去に重大な犯罪を起こした精神障害者が、さらに精神障害による犯罪を起こす事例が極めて例外であるにもかかわらず、我が国の精神医療の貧しい現状を放置したままで、そのようなまれな事例に対する対処だけを法律で定めることは問題の抜本的な解決にならないという批判がなされている(例えば、伊藤哲寛「精神医療の現状をいかに変える」日本弁護士連合会『自由と正義』2001年11月号74頁以下)

 そもそも、この法案提出の契機となった池田小事件についても、その被疑者として逮捕された人物は、既に起訴されて刑事裁判を受けているのであって、結局、この法案とは無関係である。したがって、この事件を契機としてこのような法案が上程されるに至ったという経過自体が疑問になってくる。つまり、池田小事件は単に今回の法案のために利用されただけではなかったのか。そうであれば、どうして、こんなに拙速に法案を作成して上程しなければならないのだろうか。すなわち、このような法律を今急いで立法しなければならないという立法事実自体が存在しないのではないだろうか。
 ただ、いずれにしても、既にこの法案は国会に上程されており、今通常国会において、与党三党の賛成によって成立する可能性が極めて高い状況となっている。

 そこで、この法案の構造について、1点だけ疑問を呈しておきたい。
 この法案は、精神障害者が再犯を犯すおそれがあるかどうかについて、裁判官の司法判断を介入させることにし、精神科医である精神保健審判員との合議で決定することにした。具体的には、「入院をさせて医療を行わなければ心神喪失又は心神耗弱の状態の原因となった精神障害のために再び対象行為を行うおそれがあると認める」か否か(入院決定)、「入院を継続させて医療を行わなければ心神喪失又は心神耗弱の状態の原因となった精神障害のために再び対象行為を行うおそれがあると認める」か否か(入院継続決定)についての判断をすることになるが、そもそも、精神医学においては、種々の研究にかかわらず科学的な再犯予測は困難であると指摘されており、そうであるならば、公益の代表である検察官が社会防衛・治安維持の観点から入院ないし入院継続を主張すれば、裁判官もその判断を支持することは必至である。つまり、裁判官は、万一の再犯が起きた場合のリスクや自己に対する批判を恐れて、ほとんどの場合に入院ないし入院継続と判断することになり、それは、一旦重大な他害行為を犯した精神障害者は、ずっと閉鎖病棟に収容し続けることを意味することになる。この法案が「保安処分」に繋がると危惧されていると所以である。

 しかし、暗黒社会を作るおそれがある保安処分を導入することは絶対に許されないし、精神医療の観点から見ても明らかに正反対の方向に向かっていると言わなければならない。

 先日、NHKスペシャルで、アメリカのカリフォルニア州の「退院審判」を取り上げたドキュメンタリーが放送された。同州では、重大な他害行為を行い、精神病院に入院した者の退院許可の有無について、裁判所の裁判官が審判を開いて判断することになっているが、退院が認められるのは、再犯のおそれがないことを退院を申し立てる側が圧倒的な証拠で証明した場合に限られており、事実上、再犯のおそれが全くないことを証明できない限り退院が認められない運用がされていた。これでは一旦重大な他害行為を行った者は一生精神病院から退院できないということになりかねない。今回の法案が導入された場合の将来を見たような気持ちがした。

 もう一度、どうして今このような法案を急いで審議して制定する必要があるのかを考えたい。そして、犯罪を犯す者を出さないような精神医療体制は、一体どのようにしたら構築できるのかについての国民的議論を尽くしたい。今回のような法案の是非は、その後に議論しても決して遅くないように思うのは筆者だけなのだろうか。

(2002年3月30日記)
*これは、救援連絡センターの機関紙「救援」2002年4月号の連載記事として執筆されたものに一部訂正をしたものである。

人権擁護法案について考える

 法務省は、本年1月30日、新たな人権救済機関を創設するための「人権擁護法案」(仮称)の大綱を公表した。3月上旬にも、閣議決定を受けて、今通常国会に上程される予定となっている。
 この法案は、二つの潮流の流れを受けたものであると指摘されている(阿部浩己「人権救済制度の構築」法律時報73巻2号25頁以下)

 第1は、同和問題対策である。1997年に、同和問題を人権問題の重要な柱とするとの認識の下に、人権擁護推進法が施行され、同法によって設置された人権擁護推進審議会による答申を経て、その後、中間とりまとめ(2000年11月)、答申(2001年5月)を経て、今回の大綱の公表に至ったものである。
 第2は、国際的に、「国内人権救済機関」の設置を求める流れである。我が国は、1998年に、国連の規約人権委員会から、国内人権救済機関の設置を求める勧告を受けている(日本弁護士連合会編『日本の人権・21世紀への課題』250頁)
 これらの流れを受けて、人権擁護法案が提案されようとしているのである。

 同法案によると、法務省の外局に人権委員会(仮称)を設置し、独立行政委員会となる。委員長を含む五人の委員は、国会の同意を得て首相が任命する。事務局は、法務省人権擁護局を分離して改組するという。

 人権委員会は、従来と同様の相談や助言を行う一般救済だけでなく、人権委員会が積極的に対処する特別救済制度を持つ。特別救済制度の対象は、(1)差別的取り扱い、(2)虐待、(3)ハラスメント(嫌がらせ)、(4)報道機関による人権侵害、(5)自ら被害回復を図ることが困難な人権侵害、(6)差別助長行為の六種類となっている。
 このうち、差別、虐待、ハラスメント、差別助長行為に対しては、人権委員会が事件関係者の出頭や文書提出を求めたり、立ち入り検査を行う強制調査権限を持ち、従わない場合は過料を科す権限を持つ。これに対して、報道機関による人権侵害に対しては、各地域に置く人権調整委員による調停・仲裁や人権侵害行為の停止勧告・公表、訴訟援助といった手続をとる権限が与えられることになっている(なお、この権限は、差別、虐待、ハラスメント、差別助長行為についても与えられる)。

 特に、報道機関による人権侵害については、「報道機関等による自主的な解決に向けた取り組みを尊重しなければならない」とされ、強制調査権限やそれに従わない場合の過料の制裁は外されたが、報道機関と報道被害者の間に国家権力が大幅に介入する契機を認める内容となっている

 毎日新聞が入手した法案によると、「放送機関、新聞社、通信社その他の報道機関または、報道機関の報道、もしくはその取材の業務に従事する者」を規制の対象にすると明記するとともに、犯罪被害者、犯罪加害者の少年、犯罪被害者や加害者の家族らへの取材のうち、(1)私生活に関する事実をみだりに報道し、名誉や生活の平穏を著しく害すること、(2)取材を拒んでいるにもかかわらず、継続的、反復しての取材活動を行い、生活の平穏を著しく害することが人権侵害に当たると規定しているという(毎日新聞インタラクティブ2月25日)。

 このような人権擁護法案には重大な問題がある。最大の問題は、公権力による人権侵害と私人間の人権侵害を全く同一に扱い、しかも、報道機関による人権侵害を法案の対象にしたという点である。
 そもそも、国内人権救済機関の必要性については、公権力による人権侵害についての救済が問題となっていたはずであるが、いつの間にか、私人間の人権侵害が中心に据えられている。人権侵害の主体が異なれば、被害の内容や被害の効果も異なり、それに対する救済の方法にも差が出るのは当然であって(奥平康弘「『人権』ということばを問う」法律時報73巻2号5頁)、それを同一に論じること自体が杜撰と言わざるを得ない。

 また、報道機関による人権侵害を対象としたのは(「報道機関」にはフリージャーナリストも含まれると言われている)、メディアに対する法的規制を意識したものであることは間違いない。個人情報保護法案青少年有害社会環境対策基本法案とのメディア規制3点セットと言われていることは周知のとおりである。
 今回の法案では、報道機関による人権侵害に対しては、さすがに強制調査権等の対象からは外されたが、調停・仲裁や人権侵害行為の停止勧告・公表、訴訟援助の特別救済手続の対象にはされている。
 特に、勧告については、「当該行為をやめるべきことなど、被害の救済や予防に必要な措置を執るべきことを勧告することができる」と規定されているとされ、報道を事前に抑制する効果を持つことが強く懸念される。

 特に、同法案では、報道について、権力や公務員を批判する報道と、私人の名誉毀損やプライバシー侵害をする報道を全く区別していない。公務員の汚職報道であっても、その対象となった公務員が特別救済を求めることができることになるのであり、権力批判の報道を封じてしまう危険性がある

 報道被害やメディア・スクラム(集中豪雨的取材)の問題があることは確かであり、権力側は、メディアに対する市民の不信感を巧みに利用して、人権擁護法案を制定しようとしているのである

 なお、人権委員会が法務省の外局として作られようとしている点も疑問がある。国連規約人権委員会の勧告は、我が国の人権擁護局は人権救済機関としては不十分であると指摘していたが、人権委員会もそれと大同小異の感は否めない。これでは国際的に見ても、国内人権救済機関としては極めて不十分である。特に、公権力、例えば拘置所や刑務所内での人権侵害に対して、法務省の外局である人権委員会がどれだけ機能するかは疑問と言わなければならない。

 私たち市民は、個人情報保護法案と併せて、権力側の真の意図を見抜き、何としてもこれらの法案の制定を食い止めなければならない。

(2002年2月25日記)
*これは、救援連絡センターの機関紙「救援」2002年3月号の連載記事として執筆されたものに一部訂正をしたものである。

サイバー犯罪条約とエシュロンについて考える

 欧州評議会で準備されていたサイバー犯罪条約について、2001年11月23日に、欧州評議会加盟43カ国のほか、策定段階からオブザーバーとして参加していた各国も署名し、オブザーバーとして参加していた日本も署名した。

 サイバー犯罪条約は、大別すると、刑事実体法と刑事手続法に分かれ、加盟各国の刑事実体法を調和させ、刑事手続法によって捜査手段を明確化するとともに、国家間の協力を迅速かつ有効に行うための整備を行うのが目的であるとされている。

 そして、刑事実体法については、違法アクセス、違法通信傍受、データ妨害、システム妨害、機器の濫用、コンピュータ関連偽造、コンピュータ関連詐欺、児童ポルノグラフィ関連犯罪、著作権等の侵害に関連する犯罪を新たな犯罪類型とするように、締結国の各国で国内法として整備することを求める内容となっている。
 刑事手続法については、コンピュータ・データの緊急保全、個人に対するコンピュータ・データの提出命令、サービス・プロバイダーに対する加入者情報の提出命令、蓄積されたコンピュータ・データの捜索・押収、トラフィック・データのリアルタイム傍受、コンテント・データのリアルタイム傍受などの手続を、締結国の各国で国内法として整備することを求める内容となっている(詳しくは、拙稿「国際的な電子的監視を強化するサイバー犯罪条約の危険性」小倉利丸編『監視社会とプライバシー』インパクト出版会を参照されたい)

 サイバー犯罪条約で問題なのは、とりわけ刑事手続法に関する部分である。
 サイバー犯罪条約という条約名からすると、いわゆる「サイバーテロ」のような犯罪だけに適用があるような印象を持つが、実際には、サイバー犯罪条約が各国に立法を求めている刑事手続法は、コンピュータを使用するあらゆる犯罪を適用対象としており、極端に言えば、プログラムを使用できる最新の携帯電話を使用して脅迫メールを送信したような場合にも適用されるのであって、サイバー犯罪条約の刑事手続法が極めて広範に適用されることを指摘しておきたい。

 その上で、とりわけ注目しなければならないのは、サイバー犯罪条約が現行以上に広範な盗聴を許容しようとしている点である。
 サイバー犯罪条約は、あらゆるコンピュータを使用してなされる犯罪については、トラフィック・データ(通信の発信地、受信地、経路、時刻、日付、サイズ等のデータ)の盗聴(条約はこれを「リアルタイム傍受」と呼んでいる)を認めるとともに、コンテント・データ(データの内容それ自体)については「重大犯罪」に限って盗聴を認めようとしている。
 我が国の「犯罪捜査のための通信傍受に関する法律」(盗聴法)においては、薬物・銃器犯罪と組織的殺人に関する盗聴は認められており、その盗聴はコンピュータを使用したデータ通信にも及ぶと解釈されているが、サイバー犯罪条約は、トラフィック・データについてはその適用犯罪の限定を完全に外すものであるし、コンテント・データについても、「重大犯罪」の解釈の仕方によっては、盗聴法の適用犯罪を広げる根拠を与える可能性がある

 盗聴法が施行された後一件も傍受令状が発付されていないとの公式発表を前提とすれば、捜査当局にとって現行の盗聴法は要件は厳すぎて「使えない」法律になっていると感じているだろうから、今回のサイバー犯罪条約への署名は、盗聴法「改正」への動きを加速する可能性がある

 ところで、欧州評議会は、昨年、エシュロンに関する調査委員会の最終報告書を発表したが、世界の電話、ファックス、電子メールを盗聴しているエシュロンの存在は疑いないと断定するとともに、エシュロンが世界規模の盗聴網であり、プライバシー保護を定めた各種の国際協定に違反しているとして、エシュロンを厳しく批判する内容であった(エシュロンについては、産経新聞特別取材班『エシュロン−アメリカの世界支配と情報戦略』角川書店が参考になる)

 その欧州評議会がサイバー犯罪条約を策定した訳であるが、そのオブザーバーとして、アメリカ合衆国、カナダ、オーストラリア、南アフリカ、日本が参加しており、サイバー犯罪条約は世界初の包括的な国際条約と言われている。

 ここで留意すべきは、サイバー犯罪条約へのオブザーバーとしての参加国は、いずれもエシュロン参加国であるという点である(日本も、青森の米軍三沢基地が「暗号解析センター」の役割を担っていると指摘されており、その意味でエシュロン参加国と言える)。

 つまり、今回のサイバー犯罪条約は、エシュロン参加国に欧州評議会加盟国を含めた国際的な盗聴網を作ることを意図していると考えられるのである。欧州評議会が昨年出したエシュロンに関する最終報告書とは裏腹に、今回のサイバー犯罪条約の署名には、そのような政治的な意味合いがあるということを我々は冷静に認識する必要がある。

 ところで、我が国においては、2001年11月22日、「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」、いわゆるプロバイダー責任法が国会で成立し、公布後6ヶ月以内に施行されることになっている。
 この法律は、第1に、名誉毀損、プライバシーの侵害、著作権・商標権侵害などの権利侵害と信じるに足る理由があった時や、削除要請を受けて発信者に確認し、7日たっても異議がなかった場合は書き込みを削除でき、発信者から損害賠償を求められても免責されることを定めるとともに、第2に、一定の条件の下で、被害者が発信者の住所・氏名などを開示請求する権利を認めるものである。

 この法律は、成立直後から、内部告発や社会的不正に関する情報提供を抑制する方向に働き、表現の自由を侵害するおそれがあると指摘されているが、プロバイダー側を保護しようとする法律である。穿った見方をすれば、いずれは批准される可能性のあるサイバー犯罪条約が、プロバイダーに対する加入者情報の提出命令という「鞭」を用意していることから、予めプロバイダーに対して「飴」を与えておこうとするものと考えることもできる。

 サイバー犯罪条約は今後2年以内位を目処に批准することが計画されていると伝えられている。私たちは、サイバー犯罪条約の本当の狙いを見定めて、世界的な盗聴網を完成させない運動をどのように展開できるかが問われている。

(2001年12月29日記)
*これは、救援連絡センターの機関紙「救援」2002年1月号の連載記事として執筆されたものに一部訂正をしたものである。

名誉毀損訴訟における慰謝料増額の動きについて考える

 新聞や週刊誌等のメディアによって名誉を毀損された場合、市民としては民事裁判を提訴して争うことができるが、これまで勝訴したとしても認容される慰謝料額は100万円程度であり(「100万円賠償ルール」と呼ばれる)、弁護士に依頼して裁判を起こして勝訴しても費用倒れになることから市民が民事裁判を起こしにくくなっていたことは確かである。

 そのような中で、最近、名誉毀損訴訟において、1000万円の慰謝料が認容されるケースが出始めている。
 その中で、もっとも象徴的な判決は、東京高等裁判所の本年7月5日判決である。鬼頭季郎裁判長は、ある女優が女性週刊誌を名誉毀損で訴えた事件の控訴審判決の中で、「とかく軽く評価してきた過去の名誉毀損等の損害賠償事件の裁判例の慰謝料額に拘束されたり、これとの均衡に拘ることは、必ずしも正義と公平の理念に適うことではない」と述べ、詳細な理由付けをした上で「本件記事等の公表によってもたらされた被控訴人の精神的苦痛を償うに足りる慰謝料額は1000万円を下回るものではない」と判断した(判例タイムズ1070号29頁。但し、請求額が500万円だったため認容額は500万円)。

 ところで、この背景として、本年5月以降、元裁判官や現職裁判官が慰謝料が低額過ぎるとする論文や研究結果を次々と発表しているという事実がある。

 本年5月には、著名な元裁判官の塩崎勤氏が、「名誉毀損による損害額の算定について」と題する論文を発表している(判例タイムズ1055号4頁以下)。塩崎氏は、100万円賠償ルールは著しく低額に過ぎるとし、「産業計善労働者の平均年収額(年収496万円)にほぼ相当する500万円程度をもって一般的な平均基準額とするのが相当」と述べ、「そのうえ、被害者が重要な公職にある政治家、高級官僚、会社役員、弁護士、医師、学者、芸能人などの著名人などについては原則として慰謝料額を増額して然るべきであるし、名誉毀損毀損的記事が興味本位の暴露趣味的なものであったり、極端に揶揄、愚弄、嘲笑、蔑視的なものである場合にも、慰謝料額を増額するのが相当」であると述べている。

 その後、本年5月17日に、司法研修所(裁判官の研修所)において開かれた平成13年度損害賠償実務研究会において、名誉毀損による損害額の算定について研究が行われ、その結果が最近になって公表されている(判例タイムズ1070号4頁以下)。
 ここでは、「近時においてはマスメディアの影響力は非常に大きくなっており、人格的な価値に対する社会一般の評価も高まっているという事情に照らすと、一〇〇万円程度の損害額では低すぎるといい得る場合が少なくなく、不法行為に基づく損害賠償制度の目的である損害の填補としても十分でない」と述べた上で、前記塩崎論文を引用し、「五〇〇万円程度を平均基準額とすることも一つの考え方であり、実務的にも参考になる」と述べ、様々な要素を点数計算して自動的に損害額が算定される方式を提案している。

 その後、本年9月、東京地方裁判所損害賠償訴訟研究会(加藤新太郎ら5名の裁判官で構成)が、「マスメディアによる名誉毀損訴訟の研究と提言」と題するレポートを発表した(ジュリスト1209号63頁以下)。
 この研究では過去の裁判例を詳細に分析した上で、名誉毀損訴訟の現状を分析し、今後の名誉毀損訴訟のあり方について提言をしている。慰謝料額については、「著名人に対する全国的な伝播性のある名誉毀損行為に基づく損害賠償の額としては、とりあえずの基本額として400万円から500万円程度を一つの目安とすることができるのではなかろうか。これを一応の目安とした上で、名誉毀損行為の伝播性の大小、被害者の社会的信用・著名性の大小、報道態様の悪質性の有無、報道目的の正当性等の減額要素など、諸般の事情を考慮して、事案に応じた、適正な損害額を算定していくことが相当である」と述べている。

 このように、本年5月以降、裁判官たちが、名誉毀損訴訟における慰謝料を増額させるべきであるとの意見を次々と公表し、実際にも、いわゆる著名人について慰謝料1000万円を認める判決が現れているのである。

 一見すると、このような傾向は良いことだと見える面がある。しかし、本年5月以降のこの矢継ぎ早な動きは、自然発生的というよりも、最高裁判所を頂点とする裁判所の内部で何らかの政治的な判断がなされ、その決定に基づいて、統一的な動きとして現れていると見るべきだと思われる(この間の政治的な動きについては、『噂の真相』や『創』が報じている)。

 実は、2年前の1999年、自民党の「報道と人権等のあり方に関する検討会」が発表した報告書において「100万円賠償ルール」が不当であると強く批判しており、裁判所に対しても改善を強く求めていた。裁判所の動きは決してこのような自民党の意向や、小泉内閣になった後、法務大臣が慰謝料額の高額化を検討すると発言していることと無関係ではないことは明らかである。

 私が危惧するのは一つ一つの判決を積み上げて、慰謝料額の増額を勝ち取ったのではなく、「上から」の圧力等によって慰謝料額が増額されようとしている点である。そして、特に裁判官たちが示す方向性の中で、著名人は高額にするという点は問題である。この著名人には政治家が含まれるが、現に、政治家がメディアを名誉毀損で訴えることは日常茶飯事となり、高額の慰謝料が認められる判決が出始めている。

 しかしながら、特に政治家や高級公務員については、国民の「知る権利」の当然の対象であるとともに、最も批判を甘受しなければならない公的存在なのであるから、それに対する名誉毀損が一般市民よりも高額になるというのは不当である。政治家を含む著名人は公的存在として批判を甘受すべきであるから、それに対する報道は「公正な論評」として違法性が阻却される場合もある位なのだから、慰謝料についても、一般市民よりも低額にするのが筋であるにもかかわらず、このままでは全く逆転した賠償額となってしまう。

 これは、裁判所が国民的な議論を経ることなく、「上から」の圧力等で慰謝料額を増額した点に由来するのであって、このような形での慰謝料の増額は司法の役割を逸脱する疑いが強いと言わなければならない。
 我々市民としては、慰謝料増額の現象面だけに捕らわれず、誰のための慰謝料増額かを見抜いて、市民の立場で批判していくことが必要であると考える。

(2001年10月29日記)
*これは、救援連絡センターの機関紙「救援」12月号の連載記事として執筆されたものに一部訂正をしたものである。

自衛隊法改正による防衛秘密漏洩罪の新設について考える

 9月29日、既に衆議院で可決されていたいわゆるテロ対策特別措置法と自衛隊法改正案は、参議院でも与党議員の賛成により可決され、これにより両法案はいずれも成立した。
 最近になってようやく、自衛隊法改正案の中に防衛秘密漏洩罪を新設する規定が入っていることが問題とされ始めたが、国会での議論もほとんどないまま成立してしまった。この法案の問題点について考えてみたい。

 政府が閣議決定して、臨時国会である第153国会に提出した「自衛隊法の一部を改正する法律案」は、防衛秘密に関して、「長官は、自衛隊についての別表第四に掲げる事項であつて、公になつていないもののうち、我が国の防衛上特に秘匿することが必要であるもの…を防衛秘密として指定するものとする。」(96条の2の第1項)との規定を新設した。そして、防衛庁長官によって指定された「防衛秘密」を取り扱うことを業務とする者がその業務により知得した防衛秘密を漏らしたときは、5年以下の懲役に処するとされ(122条1項。防衛秘密を取り扱うことを業務としなくなつた後においても同様とされる)、その過失罪、未遂罪、共謀罪、教唆罪、煽動罪が設けられた(同2項ないし4項)

 これまで、自衛隊法には、「隊員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。」として秘密を漏洩しない義務を自衛隊員に課し、それに違反した場合には1年以下の懲役又は3万円以下の罰金という罰則が規定されていた。しかし、これは公務員である自衛隊員にだけ秘密漏洩罪が規定されていた。
 そして、従来、防衛秘密に関して国民一般を捕捉する法律は存在しないとされていた(水島朝穂『現代軍事法制の研究』日本評論社刊181頁)

 ところが、今回の自衛隊法改正では、この秘密漏洩の禁止を、公務員である自衛隊員だけでなく、これを民間人にまで広げたのである。すなわち、改正案では「防衛秘密を取り扱うことを業務する者」が秘密漏洩をした行為の処罰を新設したが、これは防衛庁に武器や兵器や通信機器などを納入する民間業者の従業員などを想定しているものと思われる。そして、その民間業者の従業員との間で共謀をしたり、教唆したり、扇動をした民間人についても、防衛秘密漏洩罪の共犯として処罰される可能性があるのである。つまり、これまでなかった民間人にも防衛秘密漏洩罪としての処罰を拡大しようとするものであるが、このような立法については、「表現の自由をはじめ国民の基本的人権を広範に侵害するおそれがあり、違憲の疑いが極めて強い」と指摘されていたのである(水島朝穂・前掲書181頁)
 かつて沖縄返還の際の密約を暴露した新聞記者に対して国家公務員法違反(そそのかし罪)が問題となった事件では、そのような行為を処罰することが取材の自由、ひいては表現の自由を侵害するのではないかが問題とされた。自衛隊法改正がなされたので、今後は、防衛秘密漏洩罪の共謀罪、教唆罪、扇動罪などの適用と取材の自由との関係が問題となるだろう。この意味において、防衛秘密漏洩罪の存在自体が表現行為に対する萎縮的効果を生む可能性がある。

 また、今回の自衛隊法改正で問題なのは、「防衛秘密」かどうかについて、防衛庁長官が指定するとされている点である。これまで、学説でも、「防衛秘密」かどうかについては、防衛庁が指定するだけの秘密(これを「形式秘」という)というだけでは駄目で、非公知性、必要性、相当性を備えたものでなければならないと解されている(これを「実質秘」説という。佐藤幸治『憲法〔第3版〕』青林書院刊538頁参照)
 最高裁判所においても、国家公務員法100条の「秘密」は「非公知の事実であって、実質的にもそれを秘密として保護するに値すると認められるものをいい、その判定は司法判断に服する」と判断しているところである(前記の沖縄返還密約に関する刑事事件についての最高裁判所1978年5月31日決定・刑集32巻3号457頁。最高裁によるこの秘密性の判断自体も不十分であると批判されている。芦部信喜『憲法学V人権各論(1)〔増補版〕』有斐閣刊291頁)

 ところが、今回の自衛隊法改正案では、わざわざ1条を設けて、「防衛秘密」を防衛庁長官が行うことを規定している。これは、これまでの学説や判例の到達点であった「実質秘」から「形式秘」に引き戻そうとするものと言わざるを得ない。防衛秘密漏洩罪の構成要件としては、防衛庁長官が指定さえすれば、それが「実質秘」かどうかを問うことなく、それを漏洩すれば、直ちに防衛秘密漏洩罪が成立することになってしまうのである。防衛庁が自ら「防衛秘密」かどうかを自由に決められること認めてしまえば、どんどん秘密が広げられることは必至であるし、都合の悪い情報が隠匿される危険性がある。これまでの学説・判決が積み上げてきたものを一片の法律で否定し、防衛庁の秘密主義を強化する法律が作られることは絶対に許されることではない。
 しかも、このような法案が、アメリカによるテロ報復軍事行動に追従しようとする政治家たちの間で議論もなされないままに成立してしまったことは、民主主義にとっても極めて危険な事態と言わざるを得ない。

 かつて、スパイ防止法案が提案されたことがあったが、多くの市民の反対を受けて成立が阻止されたことがあった。今回の自衛隊法改正は、スパイ防止法のように市民一般に対して向けられた法律ではなく、自衛隊法の一部改正の中にさりげなく防衛秘密の指定と防衛秘密漏洩罪を盛り込むこと方法によって、極めて巧妙に成立させられた。今後、我々市民は、この規定が市民に対して濫用されないように厳しく監視し、それを無化することが求められていると言わなければならない。
(2001年10月29日記)
*これは、救援連絡センターの機関紙「救援」11月号の連載記事として執筆されたものに一部訂正をしたものである。

テロ対策の名目で画策される捜査権限の拡大化について考える

 本年9月11日、米国において、民間航空機をハイジャックして、世界貿易センタービルや国防総省などに激突させ、多数の被害者が出る同時多発テロ事件が発生した。痛ましい事件であり、それがテロリズムに基づく行為であることはほぼ間違いないと思われるが、誰がその犯人かどうかは未だ証拠上明らかにされていない状況にある。
 ところが、米国は、まだ証拠上確定してもいないのに、ウサマ・ビンラディン氏が重要容疑者であるとして、報復行動を行うことを宣言して、「新たな戦争」への準備を着々と進めている。我が国においても、小泉首相が米国を支持し、報復行動を支援することを宣言して、9月27日に開会された臨時国会においては、テロ対策新法制定や自衛隊法改正に向けた動きが急である。その問題については別の機会に論じたいと思うが、今回は、テロ対策の名目でアメリカで画策されている捜査権限の拡大の動きについて注目したい。

 アメリカでは、同時多発テロ事件発生の2日後の9月13日(米国時間)、米国上院は『2001年テロ対策法』を可決した。
 同法は、従来から裁判所命令に基づく通信傍受の可能性が認められていた犯罪項目のリストを拡大し、テロやコンピューター・ハッカーの行為を含むことを明文化するとともに、米連邦検事もしくは各州の検事総長がFBIの電子メール傍受システム『カーニボー』の設置命令を出せるとか、検察官は、「米国の国家保安上の利益に直接的脅威が存在する場合、国民の公衆衛生もしくは安全に対する直接的脅威が存在する場合、または保護されたコンピューター・システムの保全もしくは可用性に対する攻撃が発生した場合」には、裁判官の承認を得なくても、独自の権限で48時間の盗聴することを可能にした。なお、令状なしに実施可能な監視行為は、対象者が訪れたウェブサイトのアドレス特定や電子メールを送受信した相手の氏名や住所の特定などに限られ、通信内容(コンテンツ)は除外されているという(Hotwired日本語版9月14日、同17日、藤原聡美、湯田賢司訳)。
 http://www.hotwired.co.jp/news/news/20010917201.html
 http://www.hotwired.co.jp/news/news/20010918203.html

 既に、アメリカにおいては、「1996年テロ対策と効果的死刑法」が成立して、テロ対策法が成立しているが、この法律の制定の際には、国外のテロ活動の共謀に対して48時間を限度として無令状でFBIが盗聴できるという「臨時緊急電話盗聴」の規定は提案には入っていたが最終的には削除されていた(斎藤豊治「アメリカは盗聴を拡大したか−アメリカのテロ対策立法」現代人文社編集部編『盗聴法がやってくる』所収)。その後、米国議会では、この盗聴権限の拡大に関する規定を復活させるためのテロ対策法が何度か提案されたが、これまでは成立していなかった。それが、今回の同時多発テロ事件の発生で一気に法案成立に向かったのである。

 この法案が成立して施行されると、テロ行為とは無関係の一般市民の通信も無令状で盗聴されることになるだろう。既に、「1996年テロ対策と効果的死刑法」の成立の際に、ニューヨーク・タイムズ紙1996年7月29日付は、アメリカ自由人権協会ワシントン分室所長ローラ・マーフィの「FBIは、さまざまな技術を指示する自分たちの議論を支えるためにテロリズムを利用しているに過ぎない。彼らは、本当はもっと普通の犯罪においてそれらを利用したがっているのである」、「盗聴される通話のごく一部だけがテロリズムに関するものとなろう。FBIが欲しがっているのは、以前と比べてはるかに侵入的であり、無関係な人々を追跡の対象とする盗聴の権限である」との談話を掲載しているが、まさにその通りである。

 また、米国では、ビンラディン氏が暗号を使ってネットで情報交換をしていたとされることから、「暗号がなければテロを防止できた」という意見も飛び出して、暗号規制の動きが強まっているという(読売新聞9月26日付)

 このような米国内での捜査権限の拡大は、米国のテロ対策の動きを支持している我が国にも飛び火することは確実である。小泉首相のいまだに高い支持率の下で、テロの恐怖を煽り、日本の戦争国家化の準備とともに、盗聴法の改正による大幅な盗聴の許容や暗号規制など、捜査権限の拡大を図ろうとする動きが急速に進むだろう。また、既に紹介したサイバー犯罪条約の批准についてもより前向きな姿勢を取ることになるだろう。

 我々市民としては、我が国の戦争国家化の動きとともに、その影で進められるであろう捜査権限の拡大の動きについては十分に注意を払い、強く反対していかなければならない。
(2001年9月28日記)
*これは、救援連絡センターの機関紙「救援」10月号の連載記事として執筆されたものに一部訂正をしたものである。
【追記】
 テロ対策法は、10月26日に、アメリカ大統領が署名して成立した。
  毎日新聞「インターネット事件を追う」参照
   http://www.mainichi.co.jp/digital/netfile/archive/200110/25-3.html

個人情報保護法案について考える

 1999年8月に住民基本台帳法の「改正」案が成立する際に、公明党からの申し入れで個人情報保護法を制定することが条件となっていた。それを受けて、個人情報保護検討部会(座長・堀部政男中央大学教授)で検討され、1999年11月に、同検討部会が「我が国における個人情報保護システムの在り方について(中間報告)」を発表した。
 その後、それを受けて高度情報通信社会推進本部の個人情報保護法制化専門委員会(委員会・園部逸夫)が検討し、2000年10月に「個人情報保護基本法制に関する大綱」を発表し、本年3月、「個人情報の保護に関する法律案」(以下「個人情報保護法案」という)が第151回通常国会に提出されたが、審議未了のため継続審議となっている。本年9月下旬(9月27日からと伝えられている)から始まる臨時国会において、個人情報保護法の成立に向けた審議が始まることが予想されている。
 そこで、以下において、個人情報保護法案の問題点について述べることにしたい。

 まず、「個人情報保護法案」という言葉を聞くと、少なくともこれまでそのような法律が存在しなかったのだから、現状よりは良くなるのではないかという幻想を抱かせることは確かである。ところが、法案は極めて不十分な内容となり、また、本来の目的を超えて報道を規制したり萎縮させる内容となっている点に問題がある。

 本来、個人情報は、まず何よりも国家との関係で保護されることが必要である。住民基本台帳法の「改正」の時点でもそれが当然の前提となっていたと考えられる。
 憲法13条は「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と規定するが、現在では、これは幸福追求権を具体的に保障した規定であり、その内容として、プライバシーの権利が保障されていると考えられている。
 そして、このプライバシーの権利については、現在では、自己に関する情報をコントロールする権利(自己情報コントロール権)を意味すると考えられるようになっている。この観点からすれば、国民は、政府や行政機関に対して、個人情報の開示を求め、それに誤りがあれば訂正を求める権利が保障されることが不可欠であり、それこそが個人情報保護法の核心をなすべきである。

 ところが、法案は、基本原則について定める第8条が「透明性の確保」として、「個人情報の取扱いに当たっては、本人が適切に関与し得るよう配慮されなければならない」と規定するだけで、この点を極めて曖昧にしており、結局、個人情報の開示請求権訂正申立権のいずれも、権利として保障していないのである。

 しかも、国民と国家権力との間での個人情報保護については、既に「行政機関の保有する電子計算機処理に係る個人情報の保護に関する法律」(昭和63年12月16日・法律第95号)という法律が制定されているが、同法は、行政機関が保有するコンピュータ処理された個人情報に限られるなど内容としては極めてお粗末なものであるから、その全面改正こそが先決であると考えられるのに、個人情報保護法案は「政府は、国の行政機関について、その保有する個人情報の性質、当該個人情報を保有する目的等を勘案し、その保有する個人情報の適正な取扱いが確保されるよう法制上の措置その他必要な措置を講ずるものとする」(法案11条1項)とその改正を先送りにしている(なお、その時期については個人情報保護法案の公布後1年を目途として行うものとされている。附則7条)。

 そして、個人情報保護法案は、当初は、個人情報保護に関する基本法の制定を目指していたにもかかわらず(当初は「個人情報保護基本法」と呼ばれていたが、その後「基本」という部分が削除されている)、途中からその方針が大きく変更され、民間部門の法的規制についても規定することになり、個人情報保護法案に至っては、民間に対する法的規制が中心となってしまっている。その内容も、主務大臣が出した緊急の中止命令等に違反した場合には6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金を科すという刑罰まで規定されるに至っているのである(法案61条)。

 さらに、個人情報保護法案は、報道機関等についても(報道機関には個人も含まれるようであるが)、これを「個人情報取扱事業者」とした上で、「報道の用に供する目的」の場合に限って、第五章の「個人情報取扱事業者の義務等」の規定の適用を除外することとしているが(法案55条1項)、「専ら当該各号に掲げる目的以外の目的で個人情報を取り扱う場合は、この限りでない」と規定して、報道機関等が「報道目的」以外で個人情報を扱う場合にはやはり法的規制に服することを定めている。
 つまり、報道機関だからと言って一律に個人情報保護法案による法的規制の例外とはされてはいないkのである。しかも、「報道目的」の有無などという極めて漠然かつ曖昧な概念によって法的規制の有無が異なるというのであるから、それが法的安定性を害することは明らかである。しかも、「報道目的」の有無の判断は司法(裁判所)ではなく、「主務大臣」という行政機関が判断することになっているのである。これでは、例えば政治家や公務員についての報道について恣意的に法的規制が及ぶ可能性があることになり、報道が萎縮することは避けられないし、ひいては市民の「知る権利」を制限することにも繋がるおそれがある

 もっとも、個人情報保護法案の法的規制の対象に報道機関等も包括的に含めることについては、近年、報道機関等による深刻な報道被害が頻発し、市民の中からもそれに対する法的規制を求める声が出てきたことが背景となっていることも否定できない。それ故に、報道機関等が個人情報保護法案にただ反対するだけでは、市民に対して説得力ある反対にはなりえないとも考えられるのである。
 したがって、報道機関等は、市民も入れる形で報道評議会などのメディア責任制度を早急に確立して自主的規制の実績を作り、国家権力による法的規制を跳ね返すだけの基盤と市民の理解を得ることが強く求められていると言える。

 いずれにしても、秋の臨時国会における個人情報保護法案の成立への動きを注意深く監視し、このように問題のある法案に対しては断固として反対の意思表示をしていきたい。
(2001年8月30日記)
*これは、救援連絡センターの機関紙「救援」9月号の連載記事として執筆されたものに一部訂正をしたものである。

【司法制度改革審最終報告書を読む(2)】
裁判員制度導入について考える

 今回は、司法制度改革審議会(以下「司改審」という)改審の最終意見書が導入を決めた裁判員制度の導入について、批判的に検討したい。

 司改審最終意見書は、「司法制度改革の三つの柱」のうちの一つとして、「国民的基盤の確立」のために、国民が訴訟手続に参加する制度の導入等により司法に対する国民の信頼を高める制度として、裁判員制度の導入を宣言している。

 司改審の最終報告書は、この制度について簡潔に、「司法の中核をなす訴訟手続への新たな参加制度として、刑事訴訟事件の一部を対象に、広く一般の国民が、裁判官と共に、責任を分担しつつ協働し、裁判内容の決定に主体的、実質的に関与することができる新たな制度」と説明している。

 この裁判員制度は、陪審制ではなく、参審制をモデルにしたものと考えられる。陪審制が、市民のみで陪審を構成し、原則として全員一致で、有罪・無罪の決定のみを行うのに対し、この裁判員制度では、「裁判官と裁判員は、共に、有罪・無罪の決定及び刑の量定を行う」こととされている。そもそも、法律の素人である市民が専門家である裁判官と対等に話し合って結論に影響を及ぼすことができるか疑問であるが、司改審の最終意見書は、「少なくとも裁判官又は裁判員のみによる多数で被告人に不利な決定をすることはできないようにすべき」だとしている。参審制を支持する立場からも、裁判官の数倍の参審員を配置すべきであるという意見が出されている程である。

 また、司改審の最終報告書は、「新たな参加制度の円滑な導入のためには、刑事訴訟事件の一部の事件から始めることが適当である」として、「国民の関心が高く、社会的に影響の大きい『法定刑の重い重大事件』」が対象とされるべきであるとしている。
 参審制が現実に導入されている国の例を見ると、フランスでは重大事件に限られているのに対して、ドイツでは逆に軽微な事件に導入されているというが、フランスでは参審制による裁判がほとんど開かれていないのに対して、ドイツでは参審制による裁判が多く開かれているという。参審制を導入し定着させるという意味では、ドイツのように軽微な事件にこそまず導入すべきであろう。ところが、司改審の最終意見書では、フランス式の重大事件に限定しようとしているのである。

 ところで、私が、特に問題だと思うのは、司改審の最終意見書が、この裁判員制度による裁判を被告人が選択したり拒否する権利を認めていない点である。意見書は、「新たな参加制度は、個々の被告人のためというよりは、国民一般にとって、あるいは裁判制度として重要な意義を有するが故に導入するものである以上、訴訟の一方当事者である被告人が、裁判員の参加した裁判体による裁判を受けることを辞退して裁判官のみによる裁判を選択することは、認めないこととすべきである」と述べている。
 アメリカでは、陪審による裁判を受ける権利が、被告人の憲法上の権利として保障されており、原則として陪審による裁判を受けることになるが、その権利を放棄して、裁判官のみによる裁判を受けることもできるとされている。

 ところが、司改審の最終意見書は、裁判員制度は被告人のための制度ではなく、国民のための制度と位置づけている。元々、国民の司法参加というのは、市民の一般常識とかけ離れた裁判官による事実認定によって発生していた多くの誤判が今後起きないようにするための手段として、陪審制や参審制の導入が問題になっていたはずであるのに、いつの間にかそれがすり替えられて、国民が司法に参加すること自体が自己目的化されてしまい、被告人の権利という観点がすっぽりと抜け落とされているのである。
 これは極めて危険な考え方である。特に、どちらかというと熱しやすく冷めやすい性質を有しており、犯罪に対して厳罰を求める傾向の強い日本の市民が裁判に参加することによって、場合によっては裁判官による裁判よりも厳しい判断を求めることも考えられるのである。元々、刑事裁判では加害者という少数派の立場の人権を守る立場が求められるにもかかわらず、市民の多数派の意見が裁判の場に持ち込まれることによって、裁判が加害者糾弾の場となることも考えられるのである。ところが、被告人がそれを拒否する権利を保障しないというのは被告人にとって加害者糾弾の場に晒されることを強制されることを意味する。

 司改審は、刑事裁判について、訴訟当事者あるべき被告人の立場や権利よりも、国民にとって分かりやすく、国民が参加することの方に大きな価値を見出そうとしている。しかし、これは結局、被告人の地位や権利を弱くすることを結果として招来することになるはずである。現在よりも被告人の地位や権利を弱くすることのどこが「司法改革」なのか。このように、司改審の最終意見書は、やはり刑事裁判を改悪するものとしか言いようがない。私たちは「改革」という言葉に騙されることなく、「改革」の内容や実態をしっかりと見透かし、異議の声を挙げていかなければならない。
(2001年7月26日記)
*これは、救援連絡センターの機関紙「救援」8月号の連載記事として執筆されたものに一部訂正をしたものである。

【司法制度改革審最終報告書を読む】
刑事裁判はどう改悪されようとしているのか

 1997年7月に設けられた司法制度改革審議会(以下、司改審と略称する)は、本年6月12日に最終意見書をとりまとめて内閣に提出した。今後は、この意見書に基づいて、具体的な法改正に向けた動きが始まることになる。マスコミは概ねこの最終意見書を好意的に受け止める報道をしている。

 この司改審の最終意見書には、様々な提言が盛り込まれているが、今回は、その中でも、刑事裁判についてどのような改革を求めているかについて概観し、その問題点を指摘したい。
 司改審の最終意見書では、刑事司法制度改革の柱として、@刑事裁判の充実・迅速化、A被疑者・被告人の公的弁護制度の整備、B公訴提起の在り方、C新たな時代における捜査・公判手続の在り方、D犯罪者の更正、被害者等の保護の5点を指摘しているが、紙数の関係で、今回は@とAに絞って論ずることとしたい。

 最終意見書は、刑事裁判の充実・迅速化に関して、「その基本的な方向は、真に争いのある事件につき、当事者の十分な事前準備を前提に、集中審理(連日的開廷)により、裁判所の適切な訴訟指揮の下で、明確化された争点を中心に当事者が活発な主張立証活動を行い、効率的かつ効果的な公判審理の実現を図ることと、そのための人的体制の整備及び手続的見直しを行うことである」と指摘している。
 それ自体は一見もっともな内容に見えるかもしれないが、これはこれまでの刑事裁判を根本的に変えようとするものである。

 司改審は、「当事者の十分な事前準備」について、「裁判所の主宰による新たな準備手続」によって行わせることを予定しており、第1回公判期日よりも前の段階で、裁判所が争点整理に関与することを認めている。しかしながら、従来は第1回公判期日前には、裁判所が事件の内容に関わることは、起訴状一本主義による予断排除の原則から、裁判所自体が自制的であったが、司改審はそのような消極的な姿勢がいけないのだと指摘しているのである。

 そして、最終意見書は、「刑事裁判の本来の目的からすれば、公判は可能な限り連日、継続して開廷することが原則と言うべきである」と述べて、刑事公判の連日開廷を原則とすると述べている。現在の刑事公判は大きな事件でも1月に数回の公判であるのが普通であり、連日開廷が行われた事例を聞かない。それは、公判に向けた準備が必要だからであり、連日開廷となった場合には、十分な準備ができないまま公判に臨むことを、被告人・弁護側に強制する危険性すらあると言わなければならない。
 司改審は、この連日開廷を、重大事件について導入する裁判員制(参審制型の市民参加システム)を大きな根拠にしている。市民が裁判に関わるのだから、従来のようなダラダラとした裁判のやり方では駄目だと述べているのである。

 そして、このような連日開廷を実現するためには、現在のような弁護人の体制では不十分だから、捜査段階からの公的弁護制度公設事務所を設けたり、弁護士事務所の法人化によって(この点は既に今国会において弁護士法の改正がなされ、来年4月から施行予定)、刑事事件を弁護士個人ではなく事務所が受任するという形で、組織化を求めている。
 ここでは、公的弁護制度が、連日開廷のための「手段」と位置づけられていることに注目しなければならない。司改審は、弁護士を連日開廷による「迅速」な刑事裁判のための「道具」として捉え、弁護人を「使いやすい」制度にすることを目論んでいるのである。

 そもそも、司改審による刑事裁判の改革案は、裁判制度が「国民の期待」に応える制度にすることを最大の目的とし、被疑者・被告人の権利は2次的なものとされている。そして、弁護人を国家の管理下に置き(公的弁護制度の運営主体を弁護士会ではなく、「公正中立な」別の機関にすることを提言している)、裁判所の強い指揮権の下に、刑事裁判を事務的にどんどん処理していくことを目指そうとしているとしか考えられない。

 司改審の最終意見書を読むと、現実の刑事裁判の現場を全く知らない人が書いたとしか思えない内容であることに驚かざるを得ない。とりわけ、刑事裁判の連日開廷については、弁護士に不可能を強いているとしか考えられない。
 これは、私選弁護人を事実上排除した上で、国家の予算による公的弁護を中心に据えようとする意図の現れであろう。
 つまり、これまで刑事弁護に取り組んできた良心的な私選弁護をする弁護士を刑事裁判から事実上締め出し、弁護士会ではない別の機関が弁護士をコントロールすることができる公的弁護への一本化を図ろうとしているとも言える。

 数年以内になされるであろう刑事訴訟法の大改正も含め、司改審による刑事裁判の改悪は、刑事裁判の「死」を意味するしか考えられない。司改審は「国民のための司法」という題目を大上段に掲げていることから、何といっても、その内容の欺瞞性を暴き、市民の支持を集めた上で、このような改悪に対して全面的な反対運動に取り組むことが求められている。

(2001年6月28日記)
*これは、救援連絡センターの機関紙「救援」7月号の連載記事として執筆されたものに一部訂正をしたものである。

サイバー犯罪条約について考える

 エシュロンと呼ばれる大規模な盗聴網があるとされ、欧州連合(EU)の欧州議会は昨年七月に調査委員会を発足させて実態調査を行っていたが、その最終報告書草案の内容が毎日新聞で報道されている(5月28日付)。
 それによると、世界の電話、ファックス、電子メールを盗聴しているエシュロンの存在は疑いないと断定し、英、米、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの英語圏5カ国が参加する世界規模の盗聴網で、プライバシー保護を定めた各種の国際協定に違反していると米英を強く批判する内容となっていると伝えられている。また、最終報告書草案には、日本の青森米軍三沢基地は「暗号解析センター」の役割を担っていると指摘されており、それが決して遠い他国の話ではないことを示している。

 このエシュロンがとりわけ問題なのは、本来、外交・軍事情報を狙うはずの情報機関が商業通信や民間の個人的な通信をも対象として情報収集し、個人情報を監視するためにも使用されているという実態を有しているという点である。

 ところが、このような盗聴による個人情報の監視を進めようという新たな動きとして、欧州評議会による「サイバー犯罪条約」がある。

 欧州評議会は、1995年に、コンピュータ犯罪に関する捜索・差押えや盗聴等の手続的な問題についての勧告を採択し、1997年から専門家の委員会を設けて、加盟国間の協約を策定するための作業を行い、「サイバー犯罪条約」の草案を発表し、早ければ本年8月にも欧州評議会において採択し、この問題についての世界で初の国際条約になる可能性があると言われている(井上正仁「コンピュータ・ネットワークと犯罪捜査(1)」法学教室2001年1月号53頁)
 「サイバー犯罪条約」は、これまでに26版まで公表され、内容的には最終段階にあると言われているが、刑事実体法と刑事手続法の両方を定める内容となっている。

 刑事実体法については、違法アクセス、違法通信傍受、データ妨害、システム妨害、機器の濫用、コンピュータ関連偽造、コンピュータ関連詐欺、児童ポルノグラフィ関連犯罪、著作権等の侵害に関連する犯罪を新たな犯罪類型とするように、締結国の各国で国内法として整備することを求める内容となっている。
 刑事手続法については、コンピュータ・データの緊急保全、個人に対するコンピュータ・データの提出命令、サービス・プロバイダーに対する加入者情報の提出命令、蓄積されたコンピュータ・データの捜索・押収、トラフィック・データのリアルタイム傍受、コンテント・データのリアルタイム傍受などの手続を、締結国の各国で国内法として整備することを求める内容となっている。
 ちなみに、日本は欧州評議会のメンバーではないが、日本の法務省はこの会議に出席しており、日本の加盟を検討していると言われている。
 ちなみに、我が国では、「サイバー犯罪条約」のうち、刑事実体法として新設を求めている規定は、実はある程度既に整備されている(不正アクセス禁止法、児童ポルノ禁止法、刑法のコンピュータ犯罪規定)

 ところが、我が国では、「サイバー犯罪条約」が刑事手続法として新設を求めているコンピュータ情報等に対する捜査については全く規定が設けられていない。現行の刑事訴訟法の捜査は「有体物」を対象としているため、これまで、コンピュータ・データそれ自体を捜索・押収の対象とすることはできなかった。そのため、これまではコンピュータ・データを蓄積したハードディスクやフロッピーディスクなどの媒体を「有体物」として、その媒体に対する押収を行ってきていた。
 これに対して、「サイバー犯罪条約」では、コンピュータ・データに対する捜索・押収を認めているが、これは我が国の現行法では対処できないことは明らかであり、新たな法整備が必要となるはずである。
 そのような状況の中、法務省は、ネット犯罪が増えることは避けられない状況にあることから刑訴法の法改正を軸にさまざまな角度からネット犯罪捜査の具体化に向けた見直しに着手することを表明している(産経新聞5月12日付)。これは「サイバー犯罪条約」を意識してそれを先取りするものと言える。

 また、「サイバー犯罪条約」は、トラフィック・データ(通信の発信地、受信地、経路、時刻、日付、サイズ等)のデータ)のリアルタイム傍受、コンテント・データ(データの内容それ自体)のリアルタイム傍受を認めようとしている。これは盗聴を、より広範に認めようとするものである。「サイバー犯罪条約」では、トラフィック・データについては、コンピュータが使用される犯罪であればどんな犯罪でもリアルタイム傍受を認め、コンテント・データについては「重大な犯罪」であれば認めようとしているが、いずれも我が国の盗聴法(犯罪捜査のための通信傍受に関する法律)よりも緩やかで広範な盗聴を認めるもので極めて危険である。これも、いずれは我が国の盗聴法の改正の理由とされる可能性が高い(なお、盗聴法の現在的な問題点については最近出版された奥平康弘・小田中聰樹監修『盗聴法の総合的研究』日本評論社が必読である)

 さらに、「サイバー犯罪条約」は、自国の法律では犯罪とならなくても、別の締結国では犯罪となる場合には、自国の国民に対して他国の犯罪の捜査のために強制処分権限を行使することまで認めようとしている。これでは、自国の国民に対して「超法規的措置」がとられることを容認することになる。これでは自国の憲法や法律が保障する人権や権利を自ら放棄することに等しいと言わなければならない。

 「サイバー犯罪条約」は、いわゆる「サイバーテロ」だけでなく、コンピュータを使用したあらゆる犯罪を対象としている点で、あまりにも対象が広範であり(しかも組織的犯罪にも限定されていない)、その要件も極めて緩やかであることから、米国や我が国の批准は難しいとも言われている。しかし、我が国の場合には、それを批准しなくても、この「サイバー犯罪条約」が「世界標準」「国際規格」だとして、国内法である組織的犯罪対策法や刑事訴訟法の「改正」に利用されるおそれが極めて強い。我々市民は、「サイバー犯罪条約」の本質を見極めるとともに、それを利用しようとする法務省の動きを注視しなければならない。
(2001年5月29日記)
*これは、救援連絡センターの機関紙「救援」6月号の連載記事として執筆されたものに一部訂正をしたものである。

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