永山合名酒造の歴史
明治初期まで、灘の銘柄であった『男山』を継承し、当時の厚狭郡二俣瀬村(現宇部市車地)にて創業を開始。
大正時代に山口県内に4ヶ所、福岡県に1ヶ所の計5ヶ所の製造蔵及び樽詰め蔵を開設するが、より良い水を求めて開設した、現在地である厚狭郡厚狭町の煉瓦蔵で製造した清酒が、当時、京都で開催された博覧会で最優等を受賞したのをきっかけに、厚狭の蔵で製造した清酒に、(金)(銀)(銅)のメダルを『男山』の文字の上に誇称し、二俣瀬で製造する『男山』と区別して売られるようになった。
昭和7年、二代目永山惣五郎の時代に、二俣瀬の蔵に弟を置き、本社を厚狭の蔵に移転する。
昭和56年には米焼酎『寝太郎』の発売を、昭和63年には『ふぐひれ酒』を発売し、現在も好評を博している。
平成3年には東京支店を開設するなど、文字通り、宇部・小野田・厚狭地区の地酒として頑張っている。
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