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☆「ジミー君」
ジミー君の演じるレイ・リアドンはどんな人なのか?
浮気を徹底的に許せないこと等で、象徴的にそのこと(規範的で真面目な人)が描かれ
ているようにも見えるけど、「規範的でまじめな人」で無いとは言わないけれども、そ
れ以上に自分の「理想」(それこそが怪しいテーマに直結する訳ですが)にこだわる余
り、現実が見えなくなっているステレオタイプのエリート人間なんじゃないかなと(初
めはね)思ったんです。
しかもその「理想」ってのが、「ボルボも子どもも家も犬も欲しい」という、世間で考
える所の標準的な価値に縛られているという、実にある意味では普通すぎて「つまらな
いヤツ」だったんじゃないかな、と。
それが「では、いったいあなたは誰か?」と尋ねる妻(ミッチェンさん)の問いかけと、
その他の様々な啓発によって本来の自分に目覚めてしまう所がね。
この映画の面白い所なのではないかな。
ま、最後にジミー君がちゃんと説明してくれるから、分かることなんだけどね。
彼は自分の内面に一直線に突っ込んでいく・・
しかし、その突っ込んでいく先にあるものは、実は自分の本当の内面では無かったと、
後で気が付いたのではないかな。そういう意味では二重に一直線だ。
ジミー君は、ますます「ステレオタイプ」になっていった・・という、とんでもなくや
くざなストーリーなのか・・・・・・
初めはステレオタイプな人だったけど、ミッチェンさんにインスパイアされて、変わっ
たんじゃないかと思うのよ。
奥さんは、ジミー君と如何なる事があろうとも、必ず「本当にあなたのことを愛してい
る」という。
この言葉は、真実か?計画か?
これはね、最初は胡散臭いと思ったんだけど、何度か見ているうちに本心に違いないと
確信するものでありますよ。「ありのままの自分を・・・・」ということに妙にこだわ
っていますよね。
彼女にとっては、あれも一つの愛の形なんだと思いますよ。
彼女も彼も、(他の登場人物総てもかも)頑として自分の生き方を貫き通すというか 、
妥協しない人物ばかりなんだと思います。あの女性弁護士だって、ラリーの妻でありな
がらあからさまにジミー君への思い隠すこともなく最後まで貫き通しますでしょ?(面
白いのは、彼に対する好意で援助したいという風情な彼女を、ジミー君が金で雇おうと
するシーンなんですけどね。あくまで彼にとって彼女はアウトオブ眼中なのかな。
ところで奥さんは結局「生まれ」「育ち」から逃れる為に、すがったのは「金」「裕福
な暮らし」だったわけなのか?
裕福な暮らし・・・・。そのためだけにジミー君に近づいたのかなぁ?
そうだったら悲しいなあ。 ホントに一目惚れしたんだと思いたいなぁ。
少しはロマンチックにこだわりたい。
彼女の不幸は、外見の見栄えが良すぎたことかも知れませぬな。
ただ、彼女があのまま計画通りにうまくやれたとしたら、次は何をしていたのでしょう
ね。
う〜〜ん、想像するだに恐ろしいことを次々と成し遂げていたんじゃないですかね。
「極悪非道」というレッテルを“後”から張られるんだわ きっと。
(何で“後”かというと…その「最中」にはみんな彼女に夢中になってるだろうから
だね)
☆「2人の関係に関して」
自分の計画的な人格の着替えさえ知ってくれているのはジミー君だけ・・
彼女にとって、人格を着替えていこうということが彼女自身なので、それを理解してく
れれば、良かったのだよな。
彼女はジミー君に対して何度かそういう申し出をしているのですな。彼女なりに誠実な
面は見せていたのだと思いますよ。
「本当の私を見てそして丸ごと愛して!」ってね。
ところが気の毒にも、ジミー君が本当に愛していたのは個性を持った人間(相当にやっ
かいな個性ではありますが)としての彼女では無く、自分だけの理想の中の女性
(DREAM LOVERだ!)としての美しい妻だったのですよな。
そういう意味では、この映画は「夫婦のすれ違いばなし」と言っても良いのでは無いか
と思いますね。
どっちかというと、ミッチェンさんのほうが気の毒かも〜。
(殺された事を差し引いても・・・いやいや妻を絞め殺してイーブンか......)
前の妻のつまずきもそこにあったわけでしょ?
「あなたは私を愛してくれないから頼りになる人が欲しかったのよ。」とね。
おバカなジミー君は全くそのことに気づかず、表面的な事実だけを責めるんだもんな
ぁ。最初の奥さんも、あんなつれない男とは分かれて正解だったかもよ。け。
☆「エンディング」
最後の決着の付け方がとんでもないモノで(とんでもなく直線的!)
あまりにも直線的で 一瞬あっけにとられたような訳でして・・。
でも、改めて考えてみるに、彼はそもそも暴力的な人なんじゃないかな。
最初の妻との離婚も、浮気した妻に暴力を振るうことにより最終的な破局を迎え、二度
目の妻(ミッチェンさんね)に対しても、妻の浮気がばれたところでパーならまだし
も、グーで殴るんだもんなぁ〜。凄いやっぱり。(アブナイヤツ〜)
☆「数々の疑問点とか」
さて、この映画、いくつかの疑問があります。
疑問というか、読み方がいろいろ出きると思ったこと。
●エンディングで、彼は前妻と前前妻の2人と入れ替わりながら踊る。
・・・いったい、女性に対する妄想癖(わはは)は、治ったのか否か?
いやいや、完全にパワーアップしたと思いますね。
ますます自分の「ドリーム・ラバー」を追い求めることを決意したものと受けとめてる
なぁ。だって踊る彼の目は、妻達の方を全然見てないもの。
映画とは関係がないのだけど、サイコサスペンス系に良く出てくる「ピエロ」というの
は、アメリカ文化にとって、何らかの象徴のような気がしますが・・・・・
この話におけるピエロというのは、ジミー君の心の中にある(あるとすればだが)客観
的な視点の象徴なのかな。などと思います。
おろかな自分の様子を、端から見てるんですね。
で、夢の中で警告を発しているような感じ。
いずれ全員が、社会的な存在としての自分が見えてないのですね。
あの禿頭の友人が唯一、適応と自己確立のバランスのとれた人だったのかも。
あの人ってピエロもやってたんでしょ?
(あの人についてはあんまり真面目に見てないけど わはは)
アメリカの子どもにとってのピエロは、自分の知らない「ぶきみなモノとその裏腹の期
待」の象徴であると同時に「客観=現状への批判的なまなざし」の象徴なのかもしれな
いなぁ
この映画にとってのピエロも、どっちかっていうとそういうタイプかも知れませんね
ぇ。
☆「おまけ」
*「僕の・・」との共通点
ジミー君は基本のところが変わらず、その周辺のストーリーを白か黒かで対比させた・
・・そんな感じさえしています。
そういってしまえばそういう役柄が多いのかもね〜。
どっちの話でも、ジミー君は配偶する女性のおかげで「本来の自分」に近づいていける
ようになる。ゲッティングハッピ〜だよな〜。わはは ひ〜
*次の嫁さん
次の嫁さんは、きっと日本人なんだぜ、あはは。
あの日本文化への入れ込みようと、黒髪への執着と・・・かかか。
ホント、妙にジャポニズムを演出してましたなぁ〜。なんでだ〜?
(by 永T)
☆4分間
さぁ、冒頭にあった空白の4分間、見たくなったでしょ?
これは、US版特別バージョンにしか収録されていません。スペイダーとメッチェンの
官能シーンなのですが、じつはここに本作を味わう上で重要な台詞があるのですね。
では、お知りになりたい方はこちらへ。
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