「DETURE」インタビュー その1

ここのところビジュアル系が続いたので、
この辺でじっくり味わっていただく読み物
をお届けしましょう。
「DETURE」というアメリカの雑誌なんで
すが、1996年9月号に掲載されたものを
永Tさんに訳していただき、その一部をご
紹介します。


あなたの学校時代はどんな様子だったのかな?

僕は情けない学生だったよ。でもたくさん楽しみもあったな。
僕は、わずか17才までの学歴ってやつを実にいい加減に過ごしたものさ。

演技はいつ始めたの?

小学校、中学校・・・そして今でも続けてるってわけだね。
小学校1年の時に、先生が「Casey at the Bat」という詩のレコードを掛
けたのを覚えてるよ。
それに、僕はそのレコードと一緒に演技したことも覚えてる。
子どもの頃に劇をやらなきゃいけなかった。
それはきっと経済的な事情からだったんだと思うけど。
何でかっていうと僕の両親は教師だったから、あんまり収入が無かったんだ。
だから、僕は恥ずかしげもなく 隣近所を集めてカウボーイやインディアン
を演じて25セントを払ってもらったのさ。
「明日は「かくれんぼ」のすばらしいパフォーマンスをやりますよ。」
なんて言って、お金を儲けたりして。
(ただかくれんぼをして遊んでいたのを見せただけ)
僕はいつも家の前にテーブルをセットして釘で打ちつけられている物以外は
みんな売ってしまったのさ。
母が買ってきた食料品を25%引きで叩き売ってしまったりね。

性に関することはどうやって学んだの?

父が教えてくれたんだけど、その時までに自分がどれくらい知っていたかは覚
えてないなぁ。
僕はかなり早くからマスターベイションをしていたし、とってもそれに熱心だ
ったんだ。
お医者さんごっこではいつも医者の役だったね。

外科手術の真似もしたの?それともただの診察?

外科手術ね〜、かなり早いうちから・・・・。(ジョーク)

両親はあなたがどこまでやってるのか知っていたの?

うん。とてもオープンな家族だったからね。

お姉さん達は君のいたずらを知っていたの?

それは分からないな。
僕たちは夏の間は家みたいなキャビンに住んでいたんだ。
そこは除き穴がいっぱいでさ。何度も友達を喚んでお金を集めたんだ。
姉さんが隣りの部屋で着替えをするときが大きなイベントなんだよ。

あなたの最初のガールフレンドはやっぱり早かったの?

まあね、小学1年の時で僕の世界はJenny Bensley とAnnie Vadaの周りで回
ったよ。
彼らはどちらも僕の一番のお得意様の患者だったよ。
彼らはいつも病気の気分(お医者さんごっこをするためには都合が良いという意
味)で、僕もそうだったんだ。