ACT.8 1990年-2

  スペイダー、父親になる

スペイダーの夜遊びは、息子が生まれたので突
然、終わった。
物事が変わったのを感じながら、出産のあと
彼はハーレイ・ペイトンに病院から電話した。
『喜びに満ち、有頂天の幸せにあり家庭人にな
るために、いろいろ事を片付けたがっていた』
とペイトンは語る。
それからスペイダーの性格は内向的になった。
ボルボのファミリーワゴンに乗り、木に囲まれ
たハリウッドヒルズにある家を借りていた。


これはイメージ画像です。
こんな家だったのかなぁと、勝手に想像しただけです。
念のため。

そこは田舎に住んでいる様な錯覚を感じる所だ。彼は、まゆに閉じ篭った。
彼のレコード・コレクションに連れて小説も家に増えた。キッチンの壁には家族
の写真がたくさん飾ってあり、ベッドルームには大きな鏡のドアがついていて、
友人のスナップがたくさん飾ってある。この頃、彼に多くの友人ができた、とい
うことだ。
「彼を家から引っぱりだすのは、歯を抜くように難しい」と、友人のエリック・
ストルツは云う。 ハリントンも、時々丘を降りてくるスペイダーに「ヴィクトリ
アと僕は明日散歩に行くのだけど、一緒にどうですか。」と遠回しな招待を受け
たと言う。こういったきどらない感じが、当時のはやりの招待だったらしい。
マサチューセッツに戻ると、スペイダーはコッド岬運河に沿って新しい家からそ
んなに遠くない所まで散歩するというささやかなもてなしをしてくれる。
運河はメインランドと岬を隔てている大きな水路である。小道は堤に沿っていて
バザード湾とコッド岬湾の間にモーターボートがあるのや緑色の水が見える。

オークランドでスペイダーは、A'sと書いてあるキャップとジミー・ヘンドリック
スのTシャツを着て(これは噂によると、膨大なコレクションの一つ)彼が
『Vat o' coffee』と呼んでいる大きなテイクアウトのコップに入ったコーヒー
をすすっている。

「もし貴方が俳優として生活しようとする道を選んだ時、芸術的な努力をするの
はよいことだし、ゆとりのある時はできやすいよ。しかし事実、殆どの俳優は1
本の映画で300万ドルは稼げず、映画と映画の間の2年間うまくいくことを捜
している。我々の殆どは小売人なのだ。私にとって演技は情熱であり又、仕事で
もある。そして私はいつもそれに近づこうとしている。演技を肉体労働という目
でみている。
昨晩、車で帰宅途中に、やり終えた違う作品を思い出していた。一つはテレビ映
画でなぜ自分はそれを選んだのか、そして分かった。これは金の為だ。そして、
それを云うことは恥ではない」