時は800年ほど前の平安時代末期、ところは現福島盆地北部の
福島県伊達郡国見町。源平合戦も終わり源頼朝が奥州藤原氏を滅ぼす
ために出陣し、阿津賀志山(現厚樫山)においての関が原に次いでの
天下分け目の戦になった様子を、現代版に置き換えた考察である。


| 時代 | 西暦 | 出来事 |
| 平安時代 | 1180 | 源平合戦 |
| 1181 | 平清盛 没 | |
| 1185 | 平氏滅亡(壇ノ浦の合戦) | |
| 1187 | 藤原秀衡 没 | |
| 1189 | 4月30日 源義経 自刃 | |
| 7月19日 鎌倉軍出立 | ||
| 8月8〜10日 阿津賀志山の戦い | ||
| 9月3日 奥州藤原氏滅亡 | ||
| 鎌倉時代 | 1192 | 源頼朝が征夷大将軍(鎌倉幕府成立) |
| 1199 | 源頼朝 没 |
![]() |
阿津賀志山(現厚樫山) 標高289m 低山ではあるが、 このへんの桃畑は 低いところだから、 画像よりも急勾配の 山に感じるのでした。 地元では通称タンガラ山と 呼ばれてるらしい。 タンガラとは昔の背負いカゴ のように、農産物とか入れて 運ぶものでした。 ネット検索しても画像は 出てこなかった! 粗末な骨組みに縄で繋いだ 背負うものだけど、 見たことないと解るかどうか? |
![]() |
厚樫山の展望台から 見下ろすと、伊達平野が (福島盆地北部の信達平野) 一望に見渡せて、画像中央 やや上に、阿武隈川から水を 引いてきたように写ってる 両方の土手が高いところが 解るかどうか? ↓ で出てきます。 その少し右寄りまで、 ここの厚樫山中腹より防塁が 築かれたようだにぃ〜 |
![]() |
目を少し右より(南東方向)に 向けると、阿武隈の川幅と その川より西側が、北上する 鎌倉軍の進む道だと言う ことが解るのでした。 |
![]() |
厚樫山の中腹より 防塁の始点だけど、 伐採してないから、 ここを降りて行くことは しません(笑) |
![]() |
ここが山すそだけど、 山の防塁跡が残ってるのは このへんまででした。 |
![]() |
ここが国道4号線から 東北本線にかけての 防塁だけど、一重堀り でしたにゃ〜 後方の現厚樫山は低山なれど、 そのふもとを回り込むようにして 通ってる東北自動車道を走ると、 この山が張り出していて戦略的に 重要な場所にあることが 実感されます。 (国道4号線ではその実感は ないのでした) |
![]() |
同じ場所から、今度は東へ 目を向けると、かなり長い 防塁だし、土塁の上を歩く には簡単な様子(1月でも 雪がないから)だから、 イッキに下って5分ぐらい でしたかにゃ〜 (こう言うところでも 歩くのは早い) |
![]() |
国道4号線が横切ってる と言うか、防塁が切れてる。 おそらく4号線の工事の時に 防塁はなくなってしまった様子! |
![]() |
ここが4号線より東側だけど、 防塁跡と言うよりも 雨水の通り道か? ここより東へ行くと、1箇所だけ 防塁跡があるようだが、 どこかは解らなかった! |
![]() |
ここが阿武隈川に近い 二重堀りの防塁だけど、 予想通り冬に来ると はっきり解るのでした。 春〜夏〜秋に来ると、雑草が 伸び放題になってるので、 このようにはっきりした様子は 解らないのでした。 ここへ来るなら冬にかぎり まっせ〜(笑) |
![]() |
内堀の真ん中から山のほうを 見ると、画像左のほうの一番高い 山が半田山標高863mでした。 画像中央右よりの一番低い ところが、小坂峠でした。 藤田城を出発した別働隊が この小坂峠から厚樫山の裏側 に回り込み、藤原軍を散り散り にしたから、防塁突破となり 鎌倉軍が勝利したと、文献に 書かれてるようだが、 果たしてこんな簡単なコースを 進んだものか疑問あり〜 時代が変わる天下分け目の 戦なんだから、半田山の西を 進み、相当迂回して念には 念をいれたやり方では なかったかと思うのでした。 |
![]() |
ここはその防塁が阿武隈川に 接続したようなところでした。 滝川と牛沢川が合流する ところだけど、野菜を洗ってる人が 一人だけいたのでした。 この画像を見て気が付いた 人もいるかと思うが、川幅に対して 堤防の高さが異常に高いと 気が付いたかどうか?それも両岸 共に高いと言うこと・・・ 普段はおだやかな流れなれど 大雨のときには氾濫するので このような堤防があるとは、 今までの経験則からはそれは 違うと思ったのでした。 |
![]() |
この水路を筆者は勝手に 川内水路と名付けました(笑) 阿武隈川に流れ落ちる 合流点だけど、ここからさらに 上流に水を引くとなると、阿武隈川 をかなりせき止めないと、水が 入って行かないことは、最下流 地域の田んぼをやったことあれば 用意に気がつくことでしょう! (最下流地域の水路は深くなってる ので、田んぼに水を引くには 水位をかなり上げないと田んぼに 水が入って行かないと言う意味) そのために両岸の堤防が 高いかなと思ったワ〜ケ・・・ 800年前から川の流れは 相当変わっているから、その なごりのようなものが残ってる 川内水路かな! |
![]() |
厚樫山の展望台 前に来たときはサビは出て なかったが、今回は結構 サビが出てるのでした。 緑色も新緑の季節になれば 回りに溶け込んだ色に なりそう(^^; |
![]() |
ここの地は東北本線、国道4号線、 東北自動車道が平行して走って いることから解るように、北上する には必ず通らなければならない 交通の要衝だった。 藤原秀衡亡き後、国衡が大将に なったようだが、戦に明け暮れる ことをしないで、いわゆる 「専守防衛」に徹したから 破れたと予想する。 源義経だったら、自分が攻略する としたらやっぱり背後を急襲する ことぐらいはたやすく考えた ことであろう。 したがって山後方の防衛には特に 力を入れたのではなかろうか? |
![]() |
観月台文化センター タワーのようなところは 中央にエレベーターがあり、 その回りに回り階段で 最上階まで上がると展望室が あるのでした。 |
![]() |
防塁の模型があったけど、 鉄砲伝来前だから、守備側の 藤原軍はヤリ部隊が前で、 防塁を這い上がって来る敵に 対してヤリで突いたのでは なかろうか? その後ろに弓矢部隊を配置 したのかなと予想してみました。 それにしても3kmぐらいの 防塁に対して、鎌倉軍2万 藤原軍2万とは、相当な数 でしたにゃ〜 1.8メートルピッチぐらいに 並んでも、1列で1600人ぐらい だから、2万と言う数はそんなに 実際いたかどうかは 定かではないところなり〜 |
![]() |
東北本線・藤田駅 田舎の駅は無人でこんな もんだろにぃ〜 |
![]() |
藤田城跡 ここより少し後方のようだけど、 普通は何もなくとも標識1本だけ 建ってるハズだが、あたりを 探してもとうとう解らずでした。 画像左が半田山で、右の低い ところが小坂峠でした。 ここの藤田城から小坂峠に 向かった別働隊は、こんなやさしい コースは行かなかったハズ・・・ (普通峠と名前が付くところは 勾配が緩やかで上りやすい ところになってる) しかし国見の町は曲がりくねって 解りづらいと今まで思っていたが、 城下町だからとは今解りました。 |
![]() |
石母田供養石塔 (いしもだ) お堂の中に石塔が入ってるので その様子は撮れない。 山が写ってるのが厚樫山だけど、 このへんから見たほうが タンガラに似てる(笑) |
![]() |
岩淵遺跡 縄文時代と平安時代の 竪穴式住居だそうな! 煙抜きの開口が見えてるが、 雨は入らずとも雪が飛んで 来そうだと思うのは作者だけ? |
![]() |
炉の跡も見たが、石を並べて 火を起こしはやった様子! なんとか炉(複式炉)で 意味がイマイチ・・・ |
![]() |
内部は結構広いが、 縄文式としては最大級? |
![]() |
弁慶の硯石 (すずりいし) 弁慶が使ったにしては 大きな硯でしたにゃ〜(笑) |
![]() |
義経の腰掛松 義経が奥州藤原秀衡を頼り、 東下りの途中にこの小松の枝に 腰を掛けて休憩をとったことが この松のいわれだそうな。 まぁ義経にまつわる伝説は 各地にかなりあるわけで、 北陸路を北上したのは確かなれど、 東北路のどこを通ったかは 定かではないのでした。 |
| 藤原秀衡亡き後の奥州藤原氏はまとまりがなく、戦に明け暮れることをして来なかった平泉王朝が続いて いた様子。したがって源頼朝が直ぐに攻込んで来ることも予期しない甘い甘い考えが支配的だった様子! ここの阿津賀志山の戦いが天下分け目の戦いになることも藤原氏滅亡に繋がることも当然予期していない。 藤原秀衡の遺言の通り義経を大将にして、鎌倉軍と戦えば結果は正反対のことになったのではなかろうか? 防衛の目的とすれば義経は受けたのではなかろうか?(その後の戦の展開はどのようになってもと言う意味) 世界的に見ても戦の天才だった義経がここの防衛を任された大将になっていれば、先ず先に自分がここを 攻略するには山の裏側を回り込むことぐらい用意に考えたハズ(このようなことは実証済み)だから、防衛目的 だけにしても、逆に鎌倉軍撤退になったのではなかろうか(それだけ義経と言う人間を戦略的にも評価してる) その後群雄割拠する戦国時代は当然来たんだろうけど、何回もチャンスがあった伊達政宗が天下をとり 今の仙台に伊達幕府を開いたかもしれないし、開かなかったかもしれない(歴史上の話は飛躍して) まぁご意見ご感想はいつものように、プロフの中からのフォーム送信をお待ちしております(^^; |
|