2001年4月23日、沖縄・宮古島の病院で長期入院していた叔父が危篤。
28日他界。享年73歳。
一生独身で、ひたすら人の面倒を見つづけたやさしい叔父でした。
あんまり要領よくもなかったけど、不器用だったけど、心のきれいな人だった。
残された親族の間にはお決まりのごたごたがあるけど、ここでは、
宮古・池間島の風習にのっとったささやかな叔父のお葬式の様子を紹介します。
みち猫家代々のお墓。自然の岩を繰りぬいたものです。
昔は土葬で、大きなカメを入れる必要がありました。
だからお墓の中は大人が立てるくらいの高さがあります。
入り口は大きめの石でふさがれているだけ。
新しくお骨が入るときだけ、この石が取り外されます。
この中にはみち猫のおじいちゃん、おばあちゃん、叔父さんたちも眠ってます。
今度なくなった叔父さんもきっと寂しくないでしょう。
沖縄にはもっと古くからの先祖が入ったお墓もたくさんあります。
この世とサヨナラしても、またグソー(あの世)で、
遠いご先祖様も一緒に、家族仲良く暮らしていけると信じられているのです。


普通は49日まで数回のイベントがあるそうですが、
最近は親類縁者も遠くにいることが多く、
その都度集まるのは大変なので、
そのイベントを3,4日で消化するそうです。
今回もそれに習いました。
1日2回、3日間で計6回の「拝み(正式名は不明)」を敢行します。
仏前に備えるのはお膳に山盛りの食べ物。
サーターアンダーギー
(沖縄独特の小麦粉を油で揚げた御菓子。
味はドーナツに似てると言えるかも)、
果物、おもち、お刺身・・・は分かるとして、
「菓子パン」ってなに!?と首をひねる。
きっと昔(戦後かな)は、こういった菓子パンが高級品だったのね(汗)
1回の「拝み」に使う菓子パン約25個。
「拝み」に使った食べ物は2度は同じものを使わないので、
150個使ったのよね、菓子パン・・・。
「アンパン」や「クリームパン」を100個も買ったのは初めての経験だった。
メインイベントは2日目に供える豚の煮込みを作ること。
昔はどこの家でも豚を飼ってたので、
お葬式やお祝い事のときは砂浜で絞めてたけど
(みち猫も記憶あり)最近は業者に頼みます。
今回、叔父さんのお供物になってくれたのは生後半年の豚ちゃん。
丸々1頭分で2万7千円なりです。
業者の叔父さんが持ってきてくれた豚ちゃんは
2つの大鍋で2種類の煮物にします。
台所ではとても入りきれないので、庭に解体場所と鍋を設置。
ぐつぐつとたぎる大鍋をかき回すさまは、
中世の魔女もびっくりの怪しさ。
怖いです。
肉を切るのも3人がかり、ガスは使わず、薪で煮ます。
気の弱い人は参加できないスプラッタな光景が繰り広げられます
。


うれしそうに煮立った豚を取り出すみち猫母。この人はゴキもスリッパで殺します・・・。
亡くなった人がグソーでお金に困らないように、
この世の人が持たせてあげる「紙銭」。
拝みオバァ(巫女さんのようなもの。
でも、平時は普通のばあちゃん。
イベント中のお祈りはこういうばあちゃんにお願いします。
お坊さんのような感じかしら。
もちろんお金も払います。
高級なユタ(沖縄の巫女さんのようなもの)は、
お葬式のお祈りなどは下級な仕事といってきてくれないのです。)
が、祈りを捧げている間に燃やします。
みち猫が裏庭で景気よく燃やさせて頂きました。
今回は「10億円くらいね〜〜」だそう・・・。
なんか、イマイチ質素だぞ、発想が!

小さな島の、さらに果ての小島でのお葬式。
どっちかというと中国の影響の方が大きいみたいですね。
紙銭を燃やすところとか。
この島での生活に満足して一生を終えたみち猫の叔父さん。
お金持ちだったおじいちゃんが早くなくなってからは、
自分のお兄さん、お姉さんの面倒まで黙々と見てたそうです。
おじいちゃんが生きてたとき青春時代だった、
その兄弟はお嬢さん、お坊ちゃんで生活力はなかったから。
それなのに、その人たちは生き残って、
まだわずかなお金のことでもめている。
人間って、学歴や育ちじゃない、って本当に思います。
「足る」ことを知って、人を思いやれる心を持った人は少ないです。
叔父さんはなにも言わなかったけど、
誰よりもたくさんのことを教えてくれました。
みち猫もいつかグソーにいった時、
叔父さんに恥ずかしくないような人生を送りたいです。