おもちゃのカンヅメ
2003年夏。私が初めておもちゃのカンヅメなるものを手にしたのは、その34年前の夏休みに学校のプールから帰って来たときだった。
そのカンヅメは、缶も中身も数年のうちに雲散霧消。
30余年の時を経て私の手に帰って来たものは、それを大切に保管していてくださった方から譲っていただいたものである。
正直、こんな完璧な状態で残っていたことに驚いた。もう二度とお目にかかることはないと思っていた。
ここにおもちゃのカンヅメの歴史のページを綴っていくが、まずは元祖といえる初代のカンヅメをご覧いただきたい。
初代 (1969年)
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実はこれに先駆けて1967年に登場した「まんがのカンヅメ」というものがあった。中身は、まんがのような紙モノもあったが、おもちゃも入っており、そちらが元祖であることは否めない。
しかし「おもちゃのカンヅメ」という名称のものの第一号は、画像のものである。キャラクターは、タツノコプロの「どかちん」が採用されている。その後、いなかっぺ大将やガッチャマンなどの多くの変遷を経て、キョロちゃんがカンヅメのキャラクターとして登場するのは22年後の1991年だった。 |
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| 注意深い人は、上面のシールを傷つけないように底から開ける。 |
側面にはにぎやかにキャラクターが描かれている。 |
カンヅメを譲ってくださった金沢のこんちさん(昭和35年生)から、カンヅメに関するコメントと情報をいただいたので掲載する。
このカンヅメと中身が残っていた大きな理由の一つは、早い時期に私の環境で転勤・引越し・新築・改築が無く、「たからもの」がそのまま保存出来たことにあるようです。あと、私の親が私の収集癖に対して理解があったということも理由の一つかと思います。
以前、友人たちと「お気に入りのおもちゃや本が無くなったりするのはなぜだろう?」と話していた時には、子どもの頃に大切にしていた宝物と離別する状況に至るのは皆、実家の引越しや家の新築・改築の機に処分した、処分された、行方不明になったというケースがとても多く出ていたように思います。
おもちゃのカンヅメに最初に惹かれたのは、その前身「まんがのカンヅメ」の雑誌広告を見た時でした。現在のおもちゃのカンヅメと違い、缶切りを使わないと開けない、という点に強烈に惹かれました(^^)。それ以来、おもちゃのカンヅメは絶対手に入れるぞーとおやつはいつもチョコボール(苦笑)。 |
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| こんちさんに送られたカンヅメが入っていた封筒 |
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私の場合は銀のエンゼルを5枚集めて入手したのですが、封筒を開けたときも、缶を開けたときも大感激でした。缶を開けるまでは森永製菓が過去におまけで使っていたものの売れ残り品でも入っているのかな、と考えていたのでおもちゃのカンヅメが独自に製作されていると知って、随分感心したものでした。
今の子供からするとお小遣いで楽々と買えるようなグッズばかりですが、当時の私の感覚からするとこれだけのものを買ったらたいへんだよなぁ、と思った記憶があります。また、各グッズが駄菓子屋さんにありそうだけれど同じものが近所の駄菓子屋さんで見たことが無い、という点もポイントが高かったです。
当時のおもちゃのカンヅメについての付加情報ですが、今回の「ちんちん電車のパズル」の代わりに、同じメーカーのものと思われる「電話のパズル」「戦車のパズル」が入っていることもあったようです。また、他のお菓子の景品の使い回しはおもちゃのカンヅメの場合、比較的少なかったようですが、「ぷくぷくパイプ(?)」(正確なネーミングは忘れましたが、プラスティックの大きなパイプの先から泡がブクブク盛り上がって出てくるおもちゃです。)等は他の森永のお菓子の景品でありながら、おもちゃのカンヅメに同梱されていたことがあったようです。
仰る通り、おもちゃのカンヅメって不思議だらけですね。
そういえば、以前北海道に旅行した折にどこかの資料館で高級カニ缶は一缶一缶、手作業で中身を詰めると知ってビックラ仰天したことがありました(無知ですいません)。おもちゃのカンヅメも当然、手作業で中身を詰めていたのだと思いますが、多くのバリエーションがあったでしょうし、中身の質の均衡も計らないといけなかったでしょうから、たいへんだったでしょうね!
なんか想像したらワクワクしてしまいました(笑)。 |
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1967年のまんがのカンヅメの雑誌広告。
第2弾は青い缶だった。 |
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