テレビ
白黒テレビがうちに来たときを覚えていますか。
カラーテレビが来たときの新鮮な感動を覚えていますか。
今ではBGM化した機械は、あの頃は家庭の中心的存在でした。
そしてその箱は、子供だった私たちに強烈な思い出を植え付けてくれました。
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| NHK少年ドラマシリーズ
「タイム・トラベラー」
純子さんから調査依頼がありました「タイムトラベラー」ですが、ケン・ソゴルの顔を見て思い出しました。こりゃ、見てました。
原作は日本が生んだ天才作家筒井康隆の、ご存知「時をかける少女」です。もっとも、彼の真髄がこれしきの作品に表れているわけではありませんが、七瀬シリーズのようなこの手の作品も結構楽しめるんですね。ドラマ化すればもう、そのへんの脚本よりずっと面白いものができるに決まってます。
放映期間
1972年1月1日〜2月5日
NHK総合 土曜日 18:05〜18:35
主演
島田淳子 ・・・ 芳山和子
ケン・ソゴル ・・・ 木下清
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| 会員No.023
KIKUさんが送ってくれたシナリオ本 |
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掲示板のKIKUさんの書き込み(下記参照)にリクエストがあり、画像を送っていただきました。石山透さんは「新八犬伝」も書いていらしたのですね。
ところで、昨日「タイム・トラベラー」のシナリオ本を古本やさんで買いました。(喜)
←帯のここのところの全文
ラベンダーの香りが少女を狂わせました...。そう、科学では計り知れないことが、今にも起るかも知れません。あなたの身近なところに...。テーマ曲楽譜、完全放送リスト、初公開写真、NHKドラマシリーズのすべてがわかる魅惑の一冊。 |
お便りコーナー
(注:新しいものほど上に掲載していますので、全部読むときは下から見てね)
index
| テーマ |
日付 |
ペンネーム |
内容 |
| 月光仮面 |
2001.1.14 |
hideさん |
オジサンが、ヒーローだった頃! |
| 忍者部隊月光ごっこ |
2001.1.9 |
hideさん |
拳銃は最後の手段、我々は忍者部隊! |
| 少年ドラマシリーズ |
2000.5.20 |
中華四天王さん |
夕ばえ作戦になぞの転校生 |
| 遊星仮面 |
2000.4.11 |
KIKUさん |
遊星仮面ふりかけ...から派生して、
ジェッター、パピイ、ソラン、宇宙エース
載せました。 |
| キャプテンウルトラ |
2000.4.14 |
KIKUさん |
キャプテンウルトラについて調べて! |
| 60・70年代いろいろ |
2000.4.7 |
KIKUさん |
いろいろ懐かしい&パートリッジファミリー |
| 謎の円盤UFO |
2000.1.7 |
純子さん |
懐かしい外国ドラマ |
| 大晦日の定番 |
1999.12.17 |
中華四天王さん |
昔風 大晦日の過ごし方 |
| 桜京十郎 |
1999.11.26 |
中華四天王さん |
三匹目が酒を宣伝 昔のCM |
| 懐かしテレビ |
1999.10.25 |
K.Hさん |
三匹の侍の迫力は白黒に色をつけた |
香川県 hideさん (39歳 ♂) からのお便り (2001.1.14) 月光仮面
オジサンが、ヒーローだった頃!
「どこの誰かは知らないけれど 誰もがみんな知っている」
そう、ご存知『月光仮面』の主題歌の歌詞であり、1960年代、70年代のTVヒーローの大部分がこの言葉に集約されるのではないだろうか?(独断と偏見)
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『月光仮面』がTVのブラウン管に登場したのが、昭和33年、西暦1958年の事でした。当時、TV番組のほとんどが生放送であり、TV映画と呼ばれる、フィルムを使ったドラマ番組は無く、TV映画は、外国から輸入していました。なぜ、国内でフィルムを使ったTVドラマが作られなかったのかというと、当時、劇場映画絶頂期だった事もあり、国内の映画制作会社の多くが、新興メディアのTVには、見向きもしなかったのが原因でもあります。その為、黎明期のTVヒーロー作品の多くは、映画関係者ではなく、広告代理店の手によるものでした。かくして、広告代理店の「宣弘社」の手により、国産ヒーロー初の『月光仮面』が生まれたのです。 |
そもそも、『月光仮面』誕生は、スポンサー「武田薬品」の、子供番組を作りたいという希望に端を発する。
そこで、プロデューサーの“西村俊一”と作家の“川内康範”が、現代版『鞍馬天狗』を作ろうと考えたのだそうです。この時点で、『月光仮面』の基本的なイメージが決定しました。『鞍馬天狗』のトレードマークの覆面と拳銃、そして、馬はオートバイへ。『月光仮面』の月光は「月光菩薩」から、白いターバンは、インド人の衣装から思いついたんだとか。川内康範は、これらのアイデアから「憎むな 殺すな 赦しましょう」をテーマに持つ『月光仮面』の企画書を作り上げました。
しかし、『月光仮面』制作の裏には、制作費用節約との闘いがあったとか。主演の俳優にも無名の新人、“大瀬康一”を起用。これには、覆面という設定が大いに役に立ったようです。覆面をすれば、主演の役者でなくても勤まります。役者待ちの時間の節約が出来るメリットがありました。劇中のセットも、制作会社の社長室を使用したんだとか。少ない制作費用にもかかわらず、この作品には、制作者側の良い作品を作ろうとする、熱意のようなものが感じられます。そして、それを証明すかのように、この作品は大ヒットとなり、
当時の子供たちのヒーローとして不動の地位を確立しました。この作品は、以後の数々のTVヒーロー作品に影響を与えました。
『月光仮面』が登場した時代は、まだオジサンが頼れる存在として、元気でした。主題歌の歌詞にも、劇中でも「月光仮面のオジサン」という言葉が出てきます。オジサンが頼りなく扱われだしたのはいつ頃からだろう?今、私もオジサンになってみて、しみじみと感じる。オジサンの方にも責任があるな〜!頼りないもんな〜って。(自己嫌悪)
⇒ 月光仮面は私が生まれた年に放映されたので、全く記憶がないのですが、hideさんのおっしゃる通り、国民的ヒーローとしては筆頭ですよね。それに仮面ヒーローの元祖でした。月光仮面は翌34年まで放映されましたが、その年の初めにはNHKの「私の秘密」、あの「名犬ラッシー」に次ぐ48.3%という高視聴率でした。
香川県 hideさん (39歳 ♂) からのお便り (2001.1.9) 忍者部隊月光ごっこ
はまさんは、「忍者部隊月光」この作品を覚えていますか?
「忍者部隊月光ごっこ」をやっていましたか?
今回は、「忍者部隊月光ごっこ」の思い出を遥かとお〜く!めっちゃ薄〜い!穴だらけの記憶を呼び起こして語ります。(なんのこっちゃ!?)
この作品が、TVで初放映されたのが、手持ちのデータ本によると、昭和39年1月3日〜昭和41年3月31日でした。(注釈:その後昭和41年7月3日〜10月2日に新忍者部隊月光が放映されました。)
年代からすると、私の場合、ほとんど記憶に残らないような幼少の頃のことです。でも、主題歌は、オープニング、エンディングとも、正確ではないんですが覚えていました。と、云う事は、再放映だったにせよ、観ていたんだと思います。ただ、各メディアでこの作品が取り上げられる度に語られる、オープニングのセリフ。
「バカ、撃つやつがあるか!拳銃は最後の武器だ、我々は忍者部隊だ!」 |
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そう、オープニングで敵の見張りのザコ兵を三日月が拳銃で撃ち殺した時、隊長の月光が、三日月を叱咤するシーンのセリフです。(このセリフの後タイトルが出る)これが、私の記憶には全くなかったんです。主題歌を覚えていたのに・・・。(なんでや〜!?)
最近になって、この作品を観る機会に恵まれ、ようやく解明されたんですが、この作品は、オープニングが何回か変わっていたんです。この作品は、全放映回数、130回(新シリーズ13回を含む)、放映年数、約2年3ヶ月と、長寿番組でした。そのため、何クールかずつオープニングを変えて放映されました。
あのセリフが有ったのは、最初の数クール分のオープニングだけでした。と云う事で、私の記憶に有ったのは、あのセリフがなく、拳銃をバンバン撃ちまくる「忍者部隊月光」だったのです。作品映像でも、最後の方は遠慮なく撃ちまくってました。
なんと!その上に、タイトルも変わっていた事が判明いたしました。最後の方の数クールは、「新・忍者部隊月光」だったんです。しらんかった〜!?
で、なぜこんな事を前ふりに持ってきたかというと、あのオープニングのセリフが、「忍者部隊月光ごっこ」に必ず登場してきたと言う話があったからです。私の記憶の中の銀玉鉄砲遊びは、「忍者部隊月光ごっこ」だったと思うんですが、あのセリフに、覚えがない!すると、一緒に遊んでいた友達も知らんかったんやろか?とお〜い記憶の中の私は、刀を背中に背負い、銀玉鉄砲(あれ!?巻き玉火薬鉄砲か?)持っているんだけどな〜!?これは絶対、忍者部隊だよな〜・・・!?(・・?
はまさんは、あのセリフ使ってましたか?
⇒ 忍者部隊月光は、私の場合はちょうど小学校の低学年だったので、夢中になって見ていました。銀玉鉄砲も忍者部隊月光ごっこだったかも知れません。があ、しかし、やっぱりあのセリフを使ったかどうか、記憶にないのです。使ったような、使ってないような...ここは、もう少し年齢の上の方たちの証言に期待することとしましょう。
思い出の主題歌、一番だけ掲載します。エンディングテーマは「忍者部隊のマーチ」でした。
空を飛び 風を切り 進み行く忍者 正義の味方
姿見せずに 現れ消える 弾丸の中も なんのその
おお 命をかけ ゆくぞ 月光 月光 忍者部隊 |
(歌)デューク・エイセス |
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(詞)山上路夫 (曲)渡辺宙明
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広島県 中華四天王さん (33歳 ♂) からのお便り (2000.5.20) 少年ドラマシリーズ
夕刻、NHKで一時連載されてました「少年ドラマシリーズ」は、姉につられて夢中でみていました。純子さん調査依頼の『タイムトラベラー』の他、『夕ばえ作戦』(光瀬龍:原作)や『なぞの転校生』(眉村卓:原作)など、本気でどきどきしていました。『夕ばえ作戦』は山田隆夫扮する主人公が、トランジスタラジオのようなタイム
マシンをひろったことに端を発し、次々に不思議な出来事をまきおこすストーリだったと記憶しています。
『なぞの転校生』は続編も放映され、いまだ姉とこの話題でもりあがることがあります。
我が家は当時、夕食が5時前後で、アニメの再放送をみながら食事したものです。そして6時頃NHK、さらに7時以降のゴールデンラインナップへとつづくのでした。
⇒ ざぶとん運びの山田さんが、ずうとるびいでアイドルだったころですか。秋本圭子さんと結婚しましたなあ...そんなことはどーでもいいか。私は、タイムトラベラー以外は記憶にございませんので、データだけ列挙させていただきます。どなたかご存知ならば教えてくださいー。
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夕ばえ作戦
放映期間 1974年1月14日〜1月24日
NHK総合 月〜水曜 18:05〜18:30
主演 砂塚茂
代官 |
・・・ 山田隆夫
・・・ 長門勇 |
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なぞの転校生
放映期間 1975年11月17日〜12月3日
NHK総合 月〜水曜 18:05〜18:30
| 主演 |
岩田広一
山沢典夫 |
・・・高野浩幸
・・・星野利晴 |
香川みどり
大谷先生 |
・・・伊豆田依子
・・・岡田可愛 |
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岡山県 KIKUさん (40歳 ♀) からのお便り (2000.4.11) 遊星仮面
もう、毎度、支離滅裂ですみません。思い出が多すぎてとても書ききれませんね。
岡山でも、ミルメークのお徳用を売っていましたよ。ちょっとパッケージの印刷が違うようでしたが。
ところで、はまさんは「遊星仮面」のふりかけを覚えていらっしゃいますか?
⇒ 遊星仮面ふりかけは、どうも私のデータでは見つかりません。どなたか情報をください。
遊星仮面は、はっきり記憶にあります。右端の2枚は、テレビ画面からコピーしたものです。当然ですが白黒でした。
「だれだ!?」 「ひと呼んで、ゆ〜せ〜仮面」
「♪ 戦争をやめろ! 地球の危機がやってくる」
「♪ マントとマスクの正義の子」
「ウルトラシューター」「ロケットライダー」
このころ、ほかに私のなかでは下記のヒーローたちが名を連ねていました。すべて遊星仮面より1年早い昭和40年の放映です。キーワードとともにご覧ください。
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遊星少年パピイ

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スーパージェッター

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宇宙エース

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宇宙少年ソラン

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| ピ〜〜〜パピイ! |
ぼくはジェッター、一千年の未来から、時の流れを超えてやってきた。流星号、応答せよ、流星号...
マッハ15のスピードだあ
知恵と力と勇気の子 |
すごくかっこわるかったのに、なんか好きだった。キーワード、覚えてましぇん。 |
ソラン、ソラン、ソラン、遥かな宇宙から...
胸に輝く秘密のペンダント
さあ行くぞ、チャッピー、みんなが待っている |
| 絵:井上英沖 |
絵:久松文雄 |
絵:吉田竜夫 |
絵:宮腰義勝 |
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岡山県 KIKUさん (40歳 ♀) からのお便り (2000.4.14、15) キャプテンウルトラ
いったいどこからパートリッジファミリーの写真を入手されたのですか?ほんとは魔法使いかなんかじゃないですか?もう、あの写真、感激しました!うれしいです!
あの家族でたしか、下の男の子が、途中で役者さんがかわったように記憶しているのですが、わたしの思い違いかしら? |
| こんどは是非「キャプテン・ウルトラ」をリクエストします!って無理ばかり言って、甘えちゃいますが、いいですか?キケロ星人のジョーが、たしか小林稔侍さんだったように、記憶しています。違ったかしら。頭がなんだか大仏様に似ていたような・・・。今、思い出すと、ちょっと笑えますね。ふふふ。
⇒ 調べました。キャプテンウルトラネタは、メジャーなので割とデータが多いっす。キケロ星人のジョーは、確かに小林稔侍さんです。よく懐かしの番組でからかわれていますよね。私は、きのこ頭のバンデル星人が好きで、よく答案用紙の裏に絵を描いていました。
放映期間
1967年4月16日〜9月24日
TBS系 日曜日 午後7:00〜7:30
「21世紀後半…人類は既に宇宙開拓時代を迎えたが、宇宙に進出する人々を襲う未知の危険は、多かった! これは、愛機シュピーゲル号と共に宇宙の平和を守る為に活躍する、キャプテンウルトラの物語である」(ナレーションより)
主な出演者
キャプテンウルトラ
アカネ隊員
ロボット・ハック
キケロ星人のジョー |
・・・ 中田 博久
・・・ 城野 ゆき
・・・ 佐川 二郎
・・・ 小林 稔侍 |
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岡山県 KIKUさん (40歳 ♀) からのお便り (2000.4.7) 60・70年代いろいろ
ミルメークとか、とても懐かしいですねえ。うんうん。思わず書き込みしたくなってしまいました。
猫も大好きです。今、1歳の白猫ちびを飼っています。とても甘えん坊です。実は、捨て猫でした。ごみを捨てに行ったら、とても小さいのにごみあさりをしていて、かわいそうになって連れて帰りました。お風呂掃除の時には、よろこんで跳んできます。ブラシやシャワーのお湯を追いかけまわり大変です。
あっそれから「御前酒飲まにゃ、えー酒じゃ!」には笑ってしまいました!
こんな話ができるこのHPいいですねー。
幼稚園時代に、お弁当を暖めてもらった機械のことを暖飯機というのですか?あれだけおせわになっていて、今ごろ知りました。ありがとう!
子供の頃は、隠密剣士が、こわくてたまりませんでした。実家のお風呂の天井には湯気を逃がすためか、空気がとおるような穴があいていて、そこに鉄格子(30×30ぐらい)がはめてあったのですが、そこから出てくるような気がして、一人で入る時はびくびくしていましたね。でもわたしみたいな人、おられませんよね?
中学生の頃、思い出すのは、NHK少年ドラマシリーズ。とか、デビッド・キャシディが出ていたドラマ・パートリッジファミリーですね。どなたか、覚えていらっしゃいますか?
| ⇒ KIKUさんは、懐かしいことがいっぱいあるんですね。みんなそうか。片っ端から語り合おうじゃありませんか。隠密剣士にパートリッジファミリー。私は無用ノ介がこわかった記憶があります。パートリッジファミリーは、あのショートカットのお母さんが懐かしいなあ。テーマソングは今でも頭に浮かんできます。悲しき初恋(
I
Think I Love You
)、サビにこの題名を歌うやつ。あれはテーマじゃなくて単なるヒット曲だっけ?下のキャストを見るとわかるように、偽のファミリーでしたあ。(ひとり足りない?)
キース・パートリッジ / David Cassidy
コニー・パートリッジ / Shirley Jones
ローリー・パートリッジ / Susan Dey
ダニー・パートリッジ / Danny Bonaduce
トレイシー・パートリッジ / Dave Madden |
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千葉県 純子さん (30代 ♀) からのお便り (2000.1.7) 謎の円盤UFO
「謎の円盤UFO」というドラマを見ていませんでしたか。土曜日の夜8時から兄とドキドキしながら見ていたんですが…
そのあと深夜TVやTVKで再放送されたのですが、今と違ってビデオが一般的でなかったのでヨドバシカメラに行って「tryX」という高感度の白黒フィルムを買って、親のオーエムワンで画面に向かって写真をとったりしていたものです。周りの女の子に話しても相手にされず、カズ少ない「ユーエフオー」ファンの子達に写真を上げたりしていました。周りが郷ひろみとか西条秀樹とか騒いでいる中で円盤円盤と騒いでいた私はきっと変わり者だったのでしょう。
ということでもしその話ができたらなーと思っているのです。
ちなみに兄はその後発売されたVTRの英語版と吹き替え版の両方を持っているみたいです。吹き替え版じゃないと当時の雰囲気が伝わってこないそうです。
⇒ 「謎の円盤UFO」は、もちろん記憶にはあるのですが、見てなかったなあ。すみません。だれか見ていた人がいらしたら、REしてあげてください。当時はユーエフオーっていう言い方がノーマルでしたよね。
しかし、純子さん、すごい人ですね。tryXは、写真をやっていた学生時代、私が愛用したフィルムでした。ASA400を3200くらいで撮影して増感現像すると、ハイコントラスト、粗粒子の面白い写真になるんです。そうじゃなくて、「tryXを使ってOM−1でTV画面を複写する」という行為がすごいと言いたいんですけど。かくいう私も、映画のサウンド・オブ・ミュージックに魅せられて、SONYのラジカセ「1450」(1972年製)で録音しながら「tryXを使ってFTbでスクリーンを複写する」ということをしてました。やることが似てるなあ。映画館の人は黙認してくれましたけど。ビデオやレーザーディスクのない時代、ああして記録するしかなかったんですもんねえ。
謎の円盤UFO
純子さんの投稿にありました「謎の円盤UFO」、かなり思い出しました。
で、調査した限りのことですが、こういう番組だったのです。
放映期間 1970年10月3日〜1971年3月27日
日本テレビ系 土曜日 午後8:00〜8:50
イギリスもので、エド・ビショップ(「2001年宇宙の旅」にも出演していた)演ずるエド・ストレイカー司令官率いる地球防衛組織総本部SHADOと緑色の宇宙人との戦いの話です。ストレイカー司令官の吹替えは広川太一郎、アレック・フリーマン大佐の声は、あの日本の科学特捜隊隊長の今は亡き小林昭二だったそうです。月の基地、ムーンベースには紫色のかつらをかぶった女性がたくさんいたとのこと。戦闘機のインターセプター、水中を進むスカイダイバーなど、懐かしく思い出す人も多いのではないでしょうか。
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広島県 中華四天王 さん (33歳 ♂) からのお便り (1999.12.17) 大晦日の定番
大晦日の夜は『輝け!日本レコード大賞』から『紅白歌合戦』そして『行く年来る年』へと黄金ラインナップを、家族そろって見るのが常でした。
『喝采』『またあう日まで』『あの鐘を鳴らすのはあなた』等々をなにかの拍子に耳にすると、当時が鮮明によみがえります。『夜空』を聞くと、輪島関(当時横綱)に抱き上げられ、感涙にむせぶ五木ひろしが目に浮かびます。『襟裳岬』『北の宿から』が大賞を受賞したときは、「これで大御所達(私的価値観ですが)もひととおり受賞できてホッとした」とテマエ勝手にエラそうなことを考えたりもしました。また、大賞受賞者が日本武道館からNHKホールへ駆けつけ、『紅白』の入場行進でどんな表情をしているかチェック・批評したものです。
当時の『紅白』は佐良直美・水前寺清子・サブ北島・三波伸介応援団長ら、勝負にこだわる人達が沢山いておもしろかったです。ホワイトハウスや南極観測船からの電報は、白組を応援しつつ、実は紅組を応援するオチがついていたような記憶があります。(例:ナンキヨクハシロイツシヨクダガユウヒハアカイ)
しかしジュリーが『勝手にしやがれ』で『レコ大』を獲ったころからは、熱心に見なくなりました。『紅白』も視聴率が落ちはじめ、見苦しい企画が増えたように思います。いつしか家族そろってこたつに入る時間もなくなりました。
あのころの家族とこたつのあたたかさは、いまもからだが覚えています。
⇒ 大晦日のラインナップ、そのとおりでしたねー。私も全く同じパターンにはまっていました。レコード大賞は、本当に権威あるものと思っていたし、紅白以外の番組を見る人なんて、ほとんどいませんでしたよね。紅白の乱痴気さわぎが終わると、妙に静かな「行く年来る年」が始まるので、寂しくなって民放の「行く年来る年」(全チャンネルが同じ放送をしていた)に替えたりして。時報とともに家族同士で「おめでとう」と挨拶したりして。
わたしにとって大晦日はクリスマス以上の意味がありました。夕方までに母親と買い物に出かけ、死ぬほどの量のお菓子とコーラやジュースを買い込み、こたつでみかんやお菓子を寝転がって食べながら「紅白」を見るのが、年に一回のこの上ない楽しみでした。
だから、今でも「紅白」だけは見ないと年が明けない気がします。NHKの歌番組の信じがたいしらじらしさは、これがあれだけ素晴らしい番組(ドキュメンタリーとか)をつくっている同じ局なのかと思ってしまうくらいのものですが、やはりあの番組はすごいと思います。
たしかに一時期、見苦しい企画が鼻につきましたが、最近はまたスタンダードになってきて、結構楽しめますよ。どうせ裏番組も紅白を意識した見苦しいのが多いんだから、紅白もいいのではないでしょうか。(しかしサザンのライブも良かったなあ。)
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広島県 中華四天王 さん (33歳 ♂) からのお便り (1999.11.26) 桜京十郎
しばらくぶりにのぞいてみたら「60年代、70年代のこと」に投稿されている方がおり、ついうれしくなりました。
わたしは『三匹の侍』についてしるよしもありませんが(S.41生のため)、長門勇扮する桜京十郎が出演していたローカルCMの記憶があります。わたしの住んでいた高松市は、首都圏や関西エリアのTV番組を、対岸の岡山と中継しあっており、その岡山の清酒メーカがスポンサーのCMに氏が出演していました。内容は、なんのセットもないスタジオに槍と一升瓶と大きな杯を持った桜京十郎が、「御前酒(ゴゼンシュ)のまにゃあ〜。ええ酒じゃあ〜。」と言うや否や、杯にトクトクトクと酒を注ぐ、実に単純明快なものでした。
愛知県のK.Hさんのお便りを読んで、ふと思い出した一コマです。
⇒ ローカルCMに桜京十郎が出演していたとは。しかし、ハマリ役ですね。とにかく私も下に記したとおり、長門勇の印象だけが残っているのですが、CMを見ただけの中華四天王さんの記憶にも残るとは、やはりすごいキャラクターだったんですね。
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愛知県 K.H さん (40代 ♂) からのお便り (1999.10.25) 懐かしテレビ
シールのコーナーで取り上げた「忍者部隊月光」のTV化された時の俳優さんは、「水木襄」という人です。ちょっと小太りでしたが、カッコ良かった。手裏剣のカッ、カッという音(壁や木に刺さる音)が今でも聞こえるようです。妙にリアルでした。
しかし、あのドラマの流れが現在のギンガマンとか救急戦隊ゴーゴーV(フアイブ)になっているんでしょうか?
ご存知ないと思いますが、私の小学生の頃に「三匹の侍」というTVドラマがありました。その時、五社英雄監督が、TVで初めて、チャンバラ時の擬音「キーン」(剣の触れ合う音)とか「ブギッ」(刺した音)を使い、あのリアルな迫力に圧倒された記憶があります。俳優は、長門勇、丹波哲郎、平幹二郎でした。長門勇(桜京十郎)は槍の名人で、とぼけながら「おえりゃあせんのう!」と言って、槍を振り回すのですが、子供の頃「おえりゃあせんのう!」という台詞をよく使っていました。槍の代わりはホウキかモップだったと思います。
最近の「三匹が斬る!」は、あのドラマの焼き直しだと思いますが、なぜか一、二度見て失望しました。当時のショックが大きかったからでしょうか。時代劇も、色が奇麗だとかえってリアルじゃない気がします。映像が悪くても(たぶんモノクロ)、音とか、BGMの効果は記憶に残るのですね。色がついていたかのように。
⇒ 忍者部隊は...そうか。宇津井健じゃなかったんですね。きっと、漫画の顔から連想して、そう思い込んでいたんでしょう。
「三匹の侍」知ってます知ってます。もちろん、年齢が低かったので、記憶に残っているところが少ないのですが、長門勇だけは鮮烈に覚えています。モノクロの画面で、一匹、二匹、三匹と紹介するオープニングじゃありませんでしたっけ。「おえりゃあせんのう!」という言葉は、中国地方の方言ですね。そういう設定だったのかな。うちの死んだ親父は(山口県出身)しょっちゅう言ってました。どうしようもない、という意味ですよね。
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