日用品
日用品はとてつもなく進化してきた。生活に密着している分、進化を必要とした。
機能は進化しても、進化する前の姿がいとおしいものもある。
またコスト面で進化して、作りや構造が退化してしまったものもある。
温故知新か。昔の道具を振りかえってみるのもよい。
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日用品1 日用品2
日用品1
運動靴
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このような運動靴をズックと呼んでいた。ズックという布で出来ている靴は、今でもそう呼ぶようだ。普段は右の半円形のゴムがついていて脱ぎ履きの容易なタイプを使っていた。左のタイプはハイキングや運動会で使ったが、紐をいちいち解いたり結んだりが面倒なので、あまり好きではなかった。しかし高学年になると、このタイプでないと恥ずかしいのだ。大人になるには苦労もある。 |
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アルミの弁当箱
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日の丸弁当の四角いアルミ弁当箱の世代の方から見たら、ハイカラかも知れない。私の5歳上の兄は、そういう弁当箱を中学校に持って行っていた。私の頃は、板橋区立赤塚第一中学校は給食になっていた。もちろん板橋区立徳丸小学校も給食だった。では、私がこのような弁当箱を使っていたのは何時かというと、まきば幼稚園時代なのだ。山口県から来た私にとって、東京の友人がこのような弁当箱に入れてくる砂糖が入っているが故に焦げ目のついた甘い卵焼き(少しもらった)が羨ましかった。私のは焦げていなくて塩辛かった。 |
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ハクキンカイロ
| 大正12年、矢満登商会(現ハクキン)の創業者、的場仁市氏によって発明された白金を触媒とした懐炉は、白金懐炉と命名された。 |
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当時は画期的な技術であり一世を風靡したのは勿論だが、使い捨てカイロが主流となった今でも、その使いやすさ、安全性、経済性から根強い人気を保っている。デザインも素晴らしく、長く道具として愛用する気になるものなのである。ナショナルが対抗して出した黄金カイロは、結局ハクキンカイロの人気に勝てず消えて行った。発売当初は小判型といわれる右下の画像のものだったが、のちに四角くデザインが変更されている。 |
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昭和40年頃までは、左上の画像のように孔雀の形の通気孔の羽の数が11列であり横にも空いていたが、火口(ほぐち)の改良による強力な発熱を抑えるために現在の9枚羽に変更となった。
しかしそれ以外は火口の規格を変えないで、古くからのファンに応える企業姿勢には、実に好感が持てる。 |
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黄金カイロ
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ハクキンカイロを紹介したからには、やはり黄金カイロを放ってはおけない。ハクキンに駆逐されたとはいえ、私は子供の頃にこちらを持っていたので懐かしい。電池とニクロム線を使った点火器、点火チェッカーが魅力的だった。昭和43年にはナショナル黄金カイロ株式会社まで設立されたのだが、性能で勝てなかったのだろうか、細々と生産は続けられたが90年代に入って生産終了となる。
ハクキンには無かった液漏れがあったということも聞いた。デザインも四角くて銀色のハクキンに対抗して丸く金色にしたのかも知れないが、ドーナツ型のベンジンタンクが構造上の問題だったか。 |
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子ども歯磨き
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子どもの舌は敏感である。大人の歯磨き粉は、辛くて仕方がない。甘いもの=虫歯という概念はあるにしろ、どうせ水で流してしまう歯磨き粉、子どもが積極的に歯を磨くのなら、美味しい歯磨き粉を使わせたほうが良いだろう、という大変健全な発想で生まれたのが子ども歯磨き。
いちご味やバナナ味があったのを強烈に憶えているが、私はバナナ味が好きだったので(ん?今でもバナナ味が好き?)象の絵が描いてあるバナナ味のものを愛用していた。あれがディズニーキャラだったかどうか、記憶は定かではない。泊まりに来た叔父が忘れていったザクトの粉歯磨きをいたずら半分に使ってみて大人気分に浸ったこともあったが、やはりバナナ味の歯磨き粉は、歯磨きを楽しくしてくれたものだ。 |
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洗濯ばさみ
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1960年代の洗濯ばさみの主流はアルミ製だった。画像は江戸ッ子工業が1955年から作り続けている「モダンピンチ」という商品。最盛期は一日15万個を製造していたという。安い合成樹脂製のものしか使ったことのない向きも多いと思うが、右の画像でお分かりのように、スプリングが違う。つくりが丁寧でしっかりしているので、しっかり挟み、丈夫で長持ちなのだ。デザインも、モダンな感じでなかなか良い。私にとっては郷愁が味付けをしてくれる。100円ショップで10個買えた。
銀玉鉄砲の元祖を生んだセキデン化学工業も、その素材開発と加工のノウハウを生かして合成樹脂の洗濯ばさみを製造販売していた。 |

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扇風機
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昭和40年頃の扇風機は、小型で流線形をしていた。画像は東京芝浦電気製のもの。背の高さは変えられないので、ネジを緩めて首を上下に向けて調節する。 |
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| このタイプは、スイッチがダイヤル式のもの。0〜3の数字が2回ずつ書いてあり、1が風量最強。 |
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こちらは、あさひさんのうちの三菱製のもの。年代が上の東芝とどちらが古いかは判らないが、スイッチのタイプはピアノ式。やはり流線形で、実に好ましい形状である。ゆたかさんが言っていたように、東芝は4枚羽根で、こちらは3枚羽根。
| 右の画像は、もっと古い扇風機。これが4枚羽根であるのは、東芝製ということなのだろうか。それともこの時代は羽根が細く、4枚羽根しかなかったのだろうか。(協力:KIKUさん) |
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切符
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日用品というわけではないが、こういう硬券が生活に馴染んでいた。これらは国鉄の切符で、1970年のもの。当時最低区間が30円だった。硬券はもちろん改札で入鋏するのだが、この切り口が駅によって違うのを研究したものだ。あの頃は改札の「切符切り」の人の技がすごく、多少なりとも憧れたものだった。画像はそれぞれ東京、西荻窪、小岩、東中野から30円区間のもの。 |
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電気こんろ
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電熱を利用した焜炉である。写真は昭和40年頃のもので、東芝製。当時はカセットコンロなどあるはずもなく、卓上で手軽に使うのに便利だった。バネ状のニクロム線を独特のカーブで配したものだが、熱効率を考えれば、充分な火力を得るにはやや無理があった。それでも炬燵の上に置いたこの焜炉でおでんをつつく時、大変趣きのある冬の夜が演出されたことであろう。 |
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スコップ
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学校ではこれを使っていた。色も形もこれでなければならない。今でもホームセンターで売られている、このサボテンという会社の製品は、なんと90円だった。手に持つと、そのしっかりとしたつくり、塗装、重量感が伝わり、90円は申し訳ないという感じがした。 |
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旅行用目覚まし時計
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このようなトラベル時計が家になかっただろうか。
たたんであるケースの横の金具を押すと開き、中の時計を立てると横から見て三角形の形に立つ。携帯用の目覚まし時計。
比較的大量に各家庭に出回っていたようだが、子どもにとって分解の格好の餌食となりやすいものだったので、なかなか残っている家は少ないのではないだろうか。うちには2つあったが、2つとも私の強い好奇心の前に見事に細かく分解され、二度と時を刻むことはなかった。
左は、先日某所で購入したもの。TOKYO CHANTEという名前の入っているこの時計は、どうやら東京時計という会社の製品らしいが、年代はよくわからない。おそらく昭和40年代だと思う。 |
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時計の裏は金ピカで、おきまりのネジ類がついている。ゼンマイは、時計の駆動用と、アラーム用の二つが内蔵されており、それぞれ巻くためのネジがある。写真の上の方がアラーム用。真中の丸いネジは、時刻合わせ用で、下の丸いのは目覚まし合わせ。左側面の小さい取っ手をSTOPの位置からALARMの位置に動かすとセット完了。時間になるとけたたましいベルが確実な覚醒をいざなってくれる。圧巻はヒゲゼンマイの動きの速さを制御するレバー(写真右中の弧)で、+−10目盛で調整する。昔の時計にはよく付いていた機能だが、まさにアナログ的である。大雑把なところが却って素晴らしい。 |
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裏蓋には、ケース部分を手がけたメーカー名が印字されている。社章の下の社名はローマ字で3社。関谷毛織株式会社、大日本繊絨株式会社、関谷毛糸紡績株式会社(漢字は予想)と、当時はおそらく林立していたであろう繊維関係の会社が名を連ねている。
この時計、そもそも買ってきたときはネジを巻いても動かなかったのだが、説明書に「油は時計の栄養です」と書いてあるのを見て、CRCを注したところコチコチと動き始めた。感動ものだった。それからは+−調整により、正確に時を知らせてくれる。長針短針に夜光塗料が塗ってあるのも微笑ましい。 |
旅行用目覚まし時計(その2) リズム時計製
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昭和40年代を彷彿とさせる、すごい趣味の花の絵が付いたトラベル時計だ。花についている赤三角でアラームを合わせるときに、花の絵がくるくると回る。未使用のようで、状態はものすごく良いのだが、なるほど携帯しているとセンスを疑われそうなので未使用なのかも知れない。 |
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コンパクトケースと美しいカラー
コンパクトサイズですから、手軽にお持ちはこびが出来ます。旅行の時には是非お持ち下さい。旅先での貴重な時間を有効にお使いになれます。又、美しい外装カラーはお部屋によくマッチし、装飾をも兼ねたコンパクトアラーム(小型目覚時計)でございます。 |
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