めんこ
メンコの強力コレクターhideさんの解説と投稿画像です。
中国、四国、九州では「パッチン」、関西では、「ベッタン」、関東では「メンコ」と呼ばれていたそうです。
同じ物なんですが、かなり呼び方に差がありますね。それと、名付け方にも違いが在る様で、「メンコ」って、「面子」と言う漢字を当てますが、言葉からして、見た目からきているのでしょう。「ベッタン」は、形でしょうか?そして、「パッチン」は、音ですね。「カッタ」って、呼び方も在ったようです。まだ色々あるのかな?
大きさや形、材質や厚さも様々で、それぞれ用途や遊び方がありましね。
当方の資料によると、江戸時代に面型に粘土を詰めて焼いた物が作られ、名称の「面子」もここからきているそうです。
その後、明治時代に鉛製の物が登場し、国産ダンボールの登場により紙製のめんこが主流になったそうです。アルミ製のメンコも在ったとか。
泥めんこ
土で人間の顔をかたどったものが、江戸時代(享保年間)に登場。これが、「泥(土)メンコ」と言われるもので、“面子(メンコ)”と云う名もこのときつけられたようです。
形としては、2〜5センチ程度の円形で、厚みは5ミリ程度。
2センチのものが主流だったようです。 |
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「泥メン」の遊び方は、地面の上に置いた相手のメンコに、自分のメンコをぶち当てて、“破る(砕く)”のだそうです。割る(割れる)ように作られていたんですね。
もう一つの遊びとして、数個のメンコを地面にばら撒き、その中の一つを空中に放り投げ、落ちてくる間に、地面に残ったメンコを全て拾い上げる事が出来ると勝ち、というものです。
鉛めんこ〜紙めんこ
次に「鉛メンコ」ですが、円形が主流で、四角いものなど様々な形のものがあり、なかには彩色されたものもあったそうです。明治13年頃から日露戦争の頃(明治37年)まで遊ばれました。
遊び方として、相手のメンコに打ちつけて裏返すと、自分のものになる。これは、、僕たちのメンコ遊びの“ほんこ”にあたるものですね。この頃は、男女の区別無く遊んでいたようです。
明治31年頃から、ボール紙の普及により、紙製のメンコが出回り始めました。「鉛メンコ」と、「紙メンコ」は明治時代に混在していましたが、やがて、大正時代になると、ほとんど「紙メンコ」になったようです。
ブロマイド的メンコへ
以上の史実から、名称は「泥メンコ」から継承し、遊び方は「鉛メンコ」から受け継いだことになりますね。僕たちが遊んでいた頃、メンコには、本来のゲームとしての用途と、ブロマイドまたは、最近のトレカのような用途がありました。「泥メン」の頃にも、ブロマイド的なものが存在していました。ただ、ブロマイドやトレカとしてのものは、薄い紙を使っていた為、メンコ遊びには通用しなかったんです。
そして、メンコは鉛やアルミに材質や形を変えながら存在し、かたやブロマイドも生き続けました。
その後、国産のダンボール製造技術の発達により、厚紙が庶民に普及するようになって、ブロマイドとメンコの融合が行われ、“メンコ遊びが可能なブロマイド”(笑)が誕生したのではないでしょうか?これぞ!まさしくB級文化の合理性ですね。(笑) 現在のようなメンコが生まれた事により、メンコが爆発的に普及したのだと思います。
ちびめん
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さて、いよいよ我々のメンコの時代となったわけですが、左はhideさん所有の「ちびメンコ」といわれるものです。私も当時、細長くて小さめのメンコをたくさん持っていましたが、あれがこのタイプなのでしょうか。画像を軽くするためにかなり圧縮・縮小しているので見にくいかも知れませんが、アトムやビッグX、ニャロメなんかも懐かしいですね。
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かくめん
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これが最もポピュラーなメンコだったかも知れません。もっとも、右の金めんこや銀めんこは稀少でした。
怪獣はウルトラ怪獣なのでしょうか。ゴジラに襟をつけたようなのがいた記憶がありますが、この当時はニセモノが横行していたので、油断はできません。そのニセモノたちが実にいい味をだしていた時代でもありましたが。
丸出だめ夫やウメ星デンカ、モーレツ!ア太郎も、アトムや8マンほどメジャーではないにしろ、大ヒットものでした。
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まるめん
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これはメンコ遊びというか、飛ばして遊んでいたように思います。もっともっと小さいのがあって(ねこかめコインくらいの)縁にロウソクをすりつけて滑りを良くし、人差指と親指で挟んでツルッと飛ばすと、本当によく飛んだものでした。
星飛雄馬、パーマン、アトム、8マンなど、メジャーどころが勢ぞろいですが、ちょっとあやしいところがいいですねー。右上はあしたのジョーでしょうか、ちょっと石田国松がボクシングしてる感じですが...
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以上はhideさんのコレクションですが、左は別のコレクションです。
私が小学校低学年のころの昭和40年近辺に活躍したヒーローたちです。 |
| 宇宙エース |
ビッグX |
ジェッター |
パピー |
ソラン |
めんこの遊び方
hideさんから、めんこの遊び方についてメールをいただきました。地方によってもいろんなやり方があったと思いますが、私がやっていたのは説明文の最初にある「ほん返し」だけでした。4年生のころはシールでやってました。もっともシールでシールは返せませんので、平手でバンとやるのですが。ボロ負けして相当熱くなって、水前寺清子の「勝った負けたと〜騒ぐじゃないよ〜」を歌いながら帰った覚えがあります。
メンコ遊びには、“ほんこ”(真剣勝負)と“うそんこ”(練習試合)があって、“ほんこ”の場合は勝てば相手のメンコを自分のものにできる。
呼び方:
「いかし」・「おこし」・「ほん返し」(2人〜5人程度)
遊び方:
メンコ遊びの基本的なもので、じゃんけんで順番を決め、最初に攻撃する者以外は、場(地面または、箱などの台)に、手持ちのメンコを表向きに置きます。攻撃する者は、メンコを場に叩きつけ、場に在るメンコがひっくり返れば勝ち。ひっくり返された者は、場に新たなメンコを置く。勝った者は、そのまま攻撃が続行できる。他に、場に在るメンコをすくっても勝ちと云うルールを併用する場合もあります。(私の場合は、ほとんど併用してました。)
呼び方:「落とし」
遊び方:これは先に紹介した「いかし」の場合が、地面を場として利用できるのに対し、箱など台を場とした時にのみ行われる遊び方です。各自、同じ枚数のメンコを場に置きます。攻撃には、場に置いたメンコ以外の手持ちのメンコを使用します。場に置かれたメンコを場から叩き落せば勝ちなのですが、場から落ちたメンコが、2枚以上重なってなければ取れません。その時、自分のメンコが場に残っていなければ負けになります。
呼び方:「とんぼ」(「だし」と呼んでいたように思うが、呼び方の記憶がありません)
遊び方:各自が場に出したメンコでかたまりを作り、その中の1枚をかたまりの中から叩き出せば勝ち。その場合、自分のメンコはかたまりの中に残っていなければいけない。勝てば場にあるメンコ全部を自分のものにできる。他にも、「せみ」「三つ」「かえし」など、かたまりから出す時の状態によって、呼び方が変わるようです。
私の場合、紹介した遊びを全部併用したり、その場で新たなルールを作ったりして遊んでいました。
それから、関西地方の呼び方「ベッタン」についてですが、面白い史実が見つかりました。
明治35年に、静岡地方で「ぺたんこ」って呼び名の「紙メンコ」遊びが流行したそうです。「紙メンコ」遊びが、全国的に広まったのが、明治37年頃だそうですから、「ぺたんこ」って呼び方を初めて聞きますので、「ベッタン」の呼び方が、ここからきているのではないかと思いました。それとも、関西弁で薄っぺらなものを「ベッタン」って云うんでしょうか?果たして、真実や如何に・・・。(笑)
呼び方についても、伝わり方によって様々なようです。
こちら香川でも、「パッチン」と呼ばず「メンコ」って呼んでいたところも在るようです。
hideさん、詳しいレポート、本当にありがとうございました。これからも当コーナーをよろしくお願い致します。
東京都(大阪出身) ぜんまい太郎さん (40歳 ♂) からのお便り (2001.11.16)
関西のベッタンの話しを読んでいたのですが、僕らの東大阪市では次のような遊び方もしておりました。
まず、「真剣」か「うそん気」。これはうそんこと同じ。また、打ち方にコッツンというやり方があり、これはあまり上手でない年下の子と遊ぶときに年下の子だけに認められた打ち方です。四スミのいずれかをもちベッタンの先っぽでコツンと打ってかえすものでした。
また、厚弾(あつだん)というのもありました。
これはベッタンを何枚か張り合わせたものでその強さを競うもので、始めに「何枚だぁ〜」と聞きあい3枚重ねなら「3枚だぁ〜」といいお互いに3枚重ねの弾で勝負しておりました。だいたい3〜5枚を重ねセロハンテープかボントでしっかりと張り合わせておりました。特に頑丈にできた厚弾を硬弾(かただん)と呼んでいたように記憶しております。
厚弾、硬弾という呼び名だったかは忘れましたが、確かにそういうの、やりました。それにもともと2枚重ねのものが駄菓子屋で売られていたと思います。子供はやはり、だんだんとバージョンアップして行かなければ気がすまないんですね。最初誰かが始めて、強いので同じ条件にしようということで宣言制が生まれたのでしょう。子供の世界も文明社会の縮図ですねー。
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