nekocame

駄菓子

 

10円玉を握って毎日通った行きつけの駄菓子屋は、大抵の人が持っていただろう。

昭和30年代、40年代、子どもにとっては10円で随分ゴージャスに豪遊できた。

5円のくじ、10円のアイス、1円の菓子。

たまに5円のくじで2等賞が当たると(しかし絶対に1等賞は当たらなかった)

景品のおもちゃの原価がいくら安かろうと、ものすごく得をした気になって

一日中幸福を噛みしめることができたものだった。

 


 

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クッピーラムネ フルーツマンボ あんずボー 寒天ボー 串カステラ
パイプチョコ カレーせんべい 糸ひきあめ ココアシガレット ボールチョコ
ラムネ オレンジガム フルーツハブラシ あめガム 梅ジャムせんべい
ヨーグル フィリックスガム きなこ棒 さくら大根 すもも
とんがり菓子 ラムネ その2 おこのみ餅 ひめ鯛 サイコロキャラメル
カレーあられ ラムネ その3 ニッキ水 チロルチョコレート パンチコーラ
みかん水 ひやしあめ コインチョコレート 笛ガム フローレット
ラスク すこんぶ かたぬき あんこ玉 びんラムネ
粉末ジュース ガムくじ ラムネ(飲料) カルメ焼き ねりあめ
シガレットチョコ ライスチョコ フラワートップ ハッカパイプ ふ菓子
カツ よっちゃんのす漬いか 動物ヨーチ アルファベットビスケット

 

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まぼろしの駄菓子 ニッキ貝 復刻版入手!

 

ねこかめ当局駄菓子支部では、このたび幻とされていたニッキ貝が山陰の某メーカーにより復刻され市場に出回っているとの情報をキャッチした。おそらく40代以上の人しか経験がないのではないかと囁かれていた、この一世を風靡した菓子は、私にとっては海よりも深い思い出があるのだ。蛤の貝殻にニッキの砂糖を詰めただけのものであるが、当時の子供たちを魅了して離さなかった...
そしてこの度、三重県桑名市の某大手スーパーの駄菓子屋で、これにめぐり会うことができた。

これがそのなにである。
昭和30年代後半、おそらく5円か10円で駄菓子屋に並んでいたこの砂糖菓子は、西暦2000年には200円にまで価格が高騰していた。
しかし止むを得ない。蛤の貝殻の安定供給のために輸入までして、そして当時の味を再現した努力を思えば、1個2個買うのにその程度の出費を厭うことがあろうか。どうせ懐かしがってこれを買う輩(私を含めて)は、ひととおり懐古趣味を満足させれば二度と買うことはないのだ。200円くらい貰わなければ、製造元はやってられないのだ。
と、いうことで純子さんの「もはや駄菓子とは呼べないのでは」といった意見もあったが、食べてみるとやはり昔のままの駄菓子である。
正式には左の下の写真のように、はずした蓋の貝でグリグリとやって粉にしたところを食べる。子供の頃は舐めまくって食べていたような気もするが、まあどちらでも良いだろう。
黒砂糖とニッキのコンビネーションは、またも私を1960年代へと引き戻してくれた。

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思い出の駄菓子があれば、情報をお寄せください。可能な限り調査します。

 

お便りコーナー

(注:新しいものほど上に掲載していますので、全部読むときは下から見てね)

テーマ 日付 ペンネーム 内容
玉せん 2001.8.6 じーさん 名古屋発、玉せんフリークからひとこと。
ガムくじの怪 2000.9.29 裕子さん 母が連続で当てたオレンジガムの思い出。
re:試験管ゼリー 2000.6.29 J.Oさん 駄菓子屋さんにもありません。
試験管ゼリー 2000.6.26 Y.Kさん 「試験管ゼリー」に「たんくだん吉」
駄菓子あります 2000.6.14 J.Oさん 欲しい駄菓子が見つかるかも。の、相談所。
駄菓子屋さんの
コラム その2
2000.5.24 J.Oさん 一番くじの賞品の行方
駄菓子屋さんの
コラム その1
2000.5.14 J.Oさん 実家が現役駄菓子屋さんの明かす、くじの秘密!
遠足菓子の買い方 2000.3.22 けいじゅんさん 地味な買い方は損をする。遠足必勝法
ねぎたのせんべえ 2000.3.21 けいじゅんさん いまだに謎のネーミング。えびせんべいらしい?
カレーせんべい 2000.3.21 せんさん カレーせんべいのしゃかしゃか詐欺未遂事件。


愛知県 じーさん (39歳 ♂) からのお便り (2001.8.6)   玉せん

近所の玉せんは、プロのばーさんが焼くと1枚のせんべいでころあいを見て鉄ヘラ(お好み焼きの時とか鉄板焼きの時に使うそれです)でエイッと真っ二つに割って出来あがりて感じです。
それでいて100円!やはり今でも子供のおやつです。結構うまい!いろんなばーさんの店があり見逃せない一品です。但し、縁日の夜店では250円と馬鹿高い、でも買ってしまうじーさんです。

⇒ やはり本場の、本当の子供たちの棲息圏の玉せんは、一味違いますね。私も現在そういう環境に住んでいるので、是非今度近所の玉せんを100円で食べてみようと思います。大須で食べたのは、ジャンボで150円でしたから、そんなにアコギではなかったと思いますけど。右がその店の張り紙ですが、チーズとかハムって、ここのオリジナルですかねー。この店、ニッキ水からチェリオ各種(オレンジ・グレープ・メロンソーダ・イチゴソーダ)、右にあるようにぶためんまであって、結構いける店でした。玉せんの簡易レシピはこちら。

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東京都 裕子さん (40歳 ♀) からのお便り (2000.9.29)   ガムくじの怪

私の住んでいるところは、運悪く駄菓子屋さんが離れていたので、年の割には駄菓子屋さんで買ったという思い出が少ないのです。が、しかし私がまだ母の背中に負ぶさっていた時のことです。(当然、私には記憶がありません)母が、近くの乾物屋さんに(今だったらコンビニに近いでしょうか。よく御用聞きにくるなじみのお店でした。)行って買い物を済まし、帰り際にオレンジ色の丸いボールが4つ入っている一箱、当時5円くらいのガムを買ったのでした。そのガムにはアタリが入っているもので、母は偶然にも当ててしまいました。当たるともうひとつもらえるというので、母はもうひとつもらい中をあけてみるとまたアタリだったのでした。喜んで、もうひとつあけてみるとまたアタリ!それが偶然にも何回か繰り返すことになり、なじみの乾物屋さんの親父さんの顔がだんだん曇っていくのがよくわかった。と母は懐かしがって話していました。母は、申し訳ないので途中で棄権をしたそうです。
私だったら、親父の顔色なんか見ないで最後までやったのにナ・・・
どなたか、そんな経験ありませんか?

⇒ そのガムって、マルカワのオレンジガムなのでしょうか。それとも似たようなのがあって、それにはクジがついていたんでしょうか。うーしかしお母様のくじ運の強さには驚きます。私はもともとくじ運は悪い方なので、そんな経験はとてもありません。5円クジで2等賞を当てたのが、13日の金曜日だったことを憶えていますが、そんな大当たりは1回だけでした。あんなに毎日くじを引いていたのに。しかも2等賞の景品のプラスチックの小さな優勝カップで遊んでいたら、ひどい怪我をしました。経緯は省略しますが、やはり13日の金曜日でしたあ。

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埼玉県 J.O さん (??歳 ♂) からのお便り (2000.6.29)  試験管ゼリー・たんくだん吉

試験管ゼリーですか?ウーン記憶にございません。 ゼリーはビニールに入っていると思いますが? 
タンクだん吉の件ですが、お菓子についてはまるで見当がつきません。 
ただ、昔昔人気のあったマンガだったと思います。実際にこのマンガを読んだことはありません。 
タレントの車だん吉さんの芸名はこれにちなんでいると聞いたことがあります。

⇒ いや、J.Oさん、試験管ゼリーは確かにあったのです。んー、駄菓子屋さんが知らないとなると、これはニッキ貝以上のまぼろしの駄菓子になってしまいましたね。プラスチックの試験管にゼリーが入っていたのですが、きっともうかなり前に製造は中止されてしまったのでしょう。
漫画は、タンクタンクローです。でも、きっとだん吉さんの芸名がこれに因んでいるというのは事実でしょうね。ん?もしかして、Y.Kさんのおっしゃったお菓子は「タンクタンクロー」ではないですか?右の画像はわかりにくいですが、タンクローは球体から腕が出た奇妙な生物で、「丸いお菓子」に通じるものがあります。

(画像 阪本牙城 タンクタンクロー 昭和27年)

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神奈川県 Y.K さん (42歳 ♂) からのお便り (2000.6.26) 試験管ゼリー・たんくだん吉

今では誰も信用してくれませんが)小さいころ、体が弱く、両親が神経質になっていたため、おもちゃみたいなものは、別に買っても大丈夫だったのですが、口に入るものを駄菓子屋さんで買うことは、ご法度でした。舌に、色がつくようなものが多く、内緒で食べても、すぐにばれてしまってこっぴどく怒られていました。それでも、やはり、子供には子供の付き合いというのが有って、何度でも繰り返していたのですが・・。文句を言われなくなったのは、だいぶ歳がいってからです。(別にこれといって許可が出たわけではありませんけど、)
私が覚えているのは、
試験管みたいなプラスチックに入っていたゼリーのようなヨーグルトのような不思議な食べ物で、今思い出してもなんか、ものすごい味だったような?
もうひとつ、
5円か10円の「だんく だん吉」だか「たんく だん吉」だか
忘れましたがそんな名前の小さい袋に入った丸いお菓子、特においしいと思って食べていたわけでは、ないような気がしますけど、あのお菓子のカテゴリーは何だったのでしょう?当りがでると大きい袋の物がもらえたような気がします。

⇒ 試験管にはいったその不思議なゼリーのようなもの、はっきりおぼえています。味もよみがえってきます。すごい味です。酸味もあって、ヨーグルトを連想するのもわかりますが、あのスライムのような内容物の食感...。好きでした。見つけたいなあ。J.Oさん、無いですかあ。無いだろうなあ。
もうひとつのだん吉についてはまったくの謎です。なんやろなあ。誰か知りませんかー。車だん吉の昔の芸名がそうだったと思いますが。彼は駄菓子だったのでしょうか。うー謎ぢゃ。

そして2年半を経てひとつの解答が寄せられた...掲示板より(抜粋)

S.32年生まれの45歳 ホテルのバーのチーフバーテンダーさん

かなり前(2年くらい前)駄菓子で幻の「袋に入った丸い菓子」が謎とされていましたね。今日、はじめて見たのですでに解答は寄せられていたのかもしれませんが、当たると大きい袋とかいてあったので、その中身は「黒くて小さな 甘納豆」だったのであります。
大きめのボール紙に上から1等、2等、3等と大きさの違う袋が貼ってあり、ハズレは小さな袋なのですが、中身はみんな同じ。量が多いか少ないかの違いでした。きっと、アレのことだと思います。

⇒ 寄せられてません。そーでしたか、あの小さくて黒い甘納豆だったのですね。悠久の時を経て今、謎が解き明かされたというものです。宇宙の神秘よのお。

たぶん、ですけど・・・タンクだん吉 ではないでしょうか。タンクは戦車。昔は戦争に関係した漫画がありましたよね。 「のらくろ」とか「ロボット3等兵」?だったかな? とか。そんな漫画の主人公が袋に書いてあったのではないでしょうか。

おすしさん

私はその頃の、お菓子知りませんので見当違いだったらご容赦を。馴染んだマンガは、タンクタンロー、冒険ダン吉だったと思います。小学生の頃ですから昭和23,4年ですか。タンクダンキチ、合体したものがあったんでしょうか?

⇒ 合体でしょうねー。いいのかなって商標ですね。タンクタンクローについては、上述しております。冒険ダン吉はすごく有名なのに思いつきませんでした。

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埼玉県 J.O さん (??歳 ♂) からのお便り (2000.6.14)  駄菓子あります

先日茨城県の男性からあんこ玉が欲しいと言うメールをいただき販売いたしました。 
その人はいくら探しても近所では見つからなかったそうです。私にとってはあんこ玉など何もめずらしくないものですが手に入らない方もいるのですね 
当店の宣伝になってしまうかもしれませんが、浅草橋の問屋から仕入れているので、東京で売られている駄菓子はほとんど手に入ります 
お気に入りの駄菓子をお捜しの方には販売いたします。
f10569@mail.peace1.ne.jp まで、メールをください。

⇒ あんこ玉を求めてインターネット検索でJ.Oさんの存在をつきとめて注文するなんて、まるで私のすることみたいですね。銀玉の節にはお世話になりました。
駄菓子をお探しで困っている方は、正真正銘の駄菓子屋さん、J.Oさんに是非ご相談ください。誠意をもって対応していただけますよ。

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埼玉県 J.O さん (??歳 ♂) からのお便り (2000.5.24)  駄菓子屋さんのコラム2

まずコラムその1で、1番のくじ紙がないことを書きました。みなさんの童心を傷つけしまったことをお詫びいたします。でも1番のくじ紙は存在します?????ここでくじの販売方法について少し説明します。
その1で書いたように100個のうち最後の10個程は売れ残ってしまい利益にはなりにくいものです。これを解消するために同じくじを3組仕入れます。1組目の1番のくじ紙をぬいて販売します。50個程度売れると残りが売れ行きが鈍ります。そこで2組目のくじ(100個)を追加します。
この時1番のくじ紙を入れます。
同様に残りが50個程度になった時点で3組目を追加します。当然ここでも1番のくじ紙を入れます。
このように販売すると仕入れ300個に対して290個売ることができます。ですから1番のくじ紙は存在します。
また、余った1等賞の商品の行方についてですが私の手元に入ることはありません。1等賞の商品とはその商品価値以上に当たったことに価値があるのではないでしょうか?この1等賞の商品ですが通常はダンボール箱にいれて倉庫にしまっておきます。これらの商品が貯まると正月の福袋に入れたり、特製のくじを作ることもあります。この特製のくじですが当店では私が作っていました。
くじの1等商品
・流行が去って売れ残ったもの(スーパーカー・戦艦ヤマト・ガンダム・たまごっち・バトルえんぴつETC)
・がちゃがちゃで子どもが捨てていったもの
1回50円で 1番〜20番が当たり、21番以降がはずれ。
商品も当たりとはずれに区別されているだけで早いもの勝ちで好きなものが選べます。
ルール無用のいい加減極まりないものですがこどもたちには人気がありすぐに売り切れました

みなさん少し怒りが冷めたでしょうか?
その3を楽しみしていてください。

⇒ いや、別に怒っていたわけではないのですが。一等賞の処理方法を教えていただき、ありがとうございました。しかし、このコラムを読むと、結局一等賞が当たることはあったということなんですか?最初のくじには無いけど、2番目3番目に追加した方には入れると。J.Oさん、みんなが怒ってると思って、前言を撤回されたのではないでしょーねー。もしそうだとすると、確率が低いので一等賞に当たった人を見たことがないだけのことなのでしょうか。でも、この恣意性の高さからすると、駄菓子屋さんによってやり方がいろいろあったみたいですね。全然一等賞を入れなかったお店もあったかもしれません。コラム3ではどんな裏話を聞かせていただけるのでしょうか。楽しみです。

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埼玉県 J.O さん (??歳 ♂) からのお便り (2000.5.14)  駄菓子屋さんのコラム1

駄菓子屋さんのくじですが一等賞は当たりません、と言うよりは一等賞の当たりくじは入っていません。当たりが無くなってはくじが成立しないためはじめから 一等賞の当たりくじは入れていません。くじとは不思議なもので店に出したときには良く売れますが、残りが少なくなってくると、とたんに売れるペースが落ちます。100個のうち最後の10個位は必ずのこってしまいます。のこっているのは当たり1個とはずれ10個前後。そして未だに解決されていない最大のなぞはのこりの商品の数とのこりのくじ紙の数が絶対に合わないことです。20年以上にわたり一度としてこの数が一致したことがありません。
と言うことでくじは売り切りが難しく、手間がかかる割に儲かるものではありません。単なる雑談です。読み流してください。

⇒ 読み流せますかーって!本物の駄菓子屋さんからメールをいただくだけでも興奮しているのに、こんなに重大な業界の秘密を教えていただけるなんて。私がこのコーナーの冒頭に書いたことは、永年の疑問だったのですが、本当に本当だったんですねっ。しかし、それではあの一等賞の光り輝く賞品は、クジがなくなった後、どういう処理をされていたのでしょう。??? まさか駄菓子屋さんのうちの子供の特権だったとか。でも考えてみると、自分の家でお金を払って仕入れたものだから、どう処理してもいいような気もしますが。J.Oさん、教えて下さい。コラムその2をお待ちしています。

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愛知県 けいじゅん さん (31歳 ♀) からのお便り (2000.3.22)  遠足菓子の買い方

よく覚えています、今でもよおく。中学の修学旅行の時でした。いくら分かは忘れましたがおやつをAコープで買って持っていきました。そのころの私は今よりももう少し知恵が足りなくて、大きな袋のお菓子を3,4袋しか買っていかなかったのです。
案の定、他の人のオカシに目がいっちゃって。でも自分は大きなかりんとうだのの袋しかもってなくって・・。「
チクショウ、何でもっと小さいのを色々買わなかったんだろう」ってずっと旅行中悔やみっぱなしでした。それで帰ってから、今度は駄菓子屋へ行ってもう一回修学旅行のやり直しをオカシだけしました。いっぱいこまいのをかって、一人で抱えてぱりぱりびりびり。ぺろぺろごっくん。そうして気が済んだ私です。プラスチックの入れ物に入っただいだい色のふたの、イカの串に刺さったのが好き
です。いまでも。いつまでも。ジャーキーも好き。(人間用の、です) 

⇒ 私は、けいじゅんさん以外の子供同様、せこかったので、こまごまとしたものを制限金額ぎりぎりまで買って行きました。満足満足。
しかし、子供の好む駄菓子って、ちょっと
酒のつまみ系が多くありませんか?けいじゅんさんの好きな「イカの串に刺さったの」はもちろん、「よっちゃんの酢漬けいか」とか「いかそうめん」とか。なんだかイカでかためられてますけど、子供は甘い系とつまみ系に弱いんですかねー。

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愛知県 けいじゅん さん (31歳 ♀) からのお便り (2000.3.21)  ねぎたのせんべえ

その昔、幼なじみの友達と近くの「さんぺさ」へよく100円握ってオヤツを買いに行きました。その日によってアイスだったり(純チョコ)、うまい棒だったり、コロッケだったりしたのですが、とてもおいしくて安くてお気に入りだったのが「ねぎたのせんべえ」だったのです。正式な名前とも思えませんが、たぶんそんな名前でした。エビが入っていたと思います。少しピンクがかっただいだい色で。2枚入りです。「さんぺさ」の帰り道「ねぎた、ねぎた、ねねねねねねぎた〜」と変な歌を歌いながら幼なじみのイクチャンと歌っていました。7,8才の頃です。
ネコカメさんのホームページは昔を思い出させます。

⇒ ねぎたのせんべえって、なんか、江戸時代のやくざみたいな名前ですね。
それって、あの水あめを挟んでたソフトなえびせんのようなやつですか?水あめのは、エビなんか入ってなかったかもしれないけど。あれのエビ入りのようなものだったら、名称はともかく、子供のときによく食べました。大人のときも時々食べたけど。
コロッケはねえ、ちょっと思い出が深いんですよ。板橋のっつうか、練馬区なんですが、東上線の東武練馬の上板橋方面2つ目の踏み切りから西友ストアに下る道の左側に肉屋があったでしょ。(知らんしらん)そこで
5円のコロッケ売ってたんですよ。昭和42,3年頃です。子供心にも安いと思って、よく10円で2個ずつ友達と買ってたんですが、2個食べると気持ち悪くなるんですよね。3個は致死量でした。一体どんな油つこうてたんやろか。でも、銭のない子供の腹を満たしてくれる強い味方でした。 

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滋賀県 せんさん (30代前半 ♂) からのお便り (2000.3.21)   カレーせんべい

私が子供の頃、カレーせんべいは1枚10円でした。
みなさんご存知でしょうか、左の手のひらに2枚の10円玉を重ねて置きます。そして上側の十円玉だけを右手の人差し指で軽く押さえながら左右に素早く動かします。そう、シャカシャカとです。(以降この行為をシャカシャカと言う)そうすると
なんと2枚の10円玉が3枚に見えるということを。そう、子供だましですね。でも子供の我々にとっては当時重大な発見でした。

駄菓子屋のおばちゃんに私はシャカシャカしながらこう言いました。
おばちゃ〜ん。カレーせんべい3枚ちょうだ〜い。(シャカシャカシャカシャカ・・)」
するとおばちゃんは僕の掌をしっかり見つめ、顔色ひとつ変えず「は〜い。ちょっとまってね。」
ガサゴソとせんべいを取り出し「
は〜い、カレーせんべい3枚ねぇ。
」と言いながら手のひらでカレーせんべい2枚をシャカシャカしてくれました。
今となってはおばちゃんの賢さに脱帽してしまいます。
駄菓子屋、、いい思い出がいっぱい詰まってますね。 

⇒ そーかあ、シャカシャカ。そういうのって、子供は結構考えることあるんですよね。子供は、もしかしたらバレるんじゃないかと思いながらも、もしかしてバレないんじゃないかって思って、このバレないんじゃないかというレベルに到底達していない手法に対して、半信半疑まで持って行くのが子供のすごさなんですが。...実践するとは。うー、私もいい加減いろいろ試しましたが、せんさんにはかないそうもない。なにしろ、幼稚園のときに子供銀行のプラスチック製の10円玉が駄菓子屋のおばさんをだませるのではないかと、半信半疑まで行ってとうとう実行しなかった理性の持ち主は私です。 

 

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