| 牛乳びんのフタに関しては、いろいろ経験談をいただきましたので、ちょっと特設コーナーです。 (上から順に読んでくださいー。)
千葉県 純子さん (40歳 ♀) (2000.8.10)
牛乳ビンのふた集めが異常に流行ったことありませんでしたか?ふたとふたで戦って(?)相手を裏返せるとそれをもらえるのでした。私は転校生でふた集めに出遅れていたので養護学校の教員をしていた叔母に頼んで叔母のクラス中のを集めてきてもらったのですが,集まったころにはブームが去って手元には大量の牛乳のふたがむなしく残った記憶があります。その頃,男の子たちは日本酒のふたの金属部分を集めていて,酒屋の裏とかでふたをあさっていたものでした。牛乳のふたと違って日本酒のふたは貴重なのでそれだけステータスが高かったわけです。
⇒ 牛乳ビンの蓋に関しては、もちろん集めました。紙の菓子箱にいっぱい持っていたものです。あれも今とってあったら、懐かしいだろうなあ。当然、ある時期に廃棄処分となりました。しかし、あのコレクションは気をつけないと異臭を放ちますよね。念入りに水で洗わなくては。
岡山県 KIKUさん (40歳 ♀) (2000.8.13)
昔、ヤクルトがまだ瓶だった頃、牛乳びんのふたのように持つところの出っ張りがなくて、千枚通しにわっかがついたようなふたあけ機で開けていたような記憶があります。
⇒ そ、そういえば、コレクションには、みんな穴が開いていた...
千葉県 純子さん (40歳 ♀) (2000.8.13)
KIKUさん。やはり牛乳ビンのふた集めって全国的な流行だったのですね。私が世田谷にいた時には大流行だったのですが,その後引っ越した調布ではだれも集めたことがなかったそうです。
それから,私が集めていた牛乳ビンのふたは持つところの出っ張りがなくて、どこの家庭にも千枚通しにわっかがついたふたあけ機があったものでした。
学校でも各クラスにふたあけ機が常設されていて,それでふたをあけるのも給食当番の仕事でした。
長野に旅行に言った時,駅前で飲んだ牛乳のふたには出っ張りがあってそれにえらく感動して持って帰ってきて夏休みのレポートに長野の写真と共に貼って提出した記憶があります。
岡山県 KIKUさん (40歳 ♀) (2000.8.14)
そうですかー。いや、思い出しました。そういえば牛乳びんのふたにも、最初は出っ張りがなかったんですよね。あの出っ張りを考えた人って天才なのかな?
愛知県 K.Hさん (40代 ♂) (2000.8.16)
子供の頃は妙なものに価値を見出していたものですね。照れくさくて、思い出し笑いが込み上げます。
「経済ってそういうことだったのか会議」(日本経済新聞社)
経済学者の竹中平蔵とだんご3兄弟の佐藤雅彦共著。
この書籍のはじめに、お金の正体「牛乳びんのフタの経済学」という項があって、佐藤氏が、子供の頃集めていた話が出てきます。
いつの間、フタに価値が芽生え、傷もののフタ10枚と新しいフタ1枚と交換したり、フタとカッコいい消しゴムとを交換するまでになってくる。そして、隣町のフタや、東京のフタまで集め出す。フタの品質により仲介を取り持つブローカーまがいなことをするようになる。
しかし、最後は牛乳屋さんの親戚の子供が、大量の真新しいフタをビニール袋一杯に、何百枚も持ってくるに至り、子供のこころから何かが失われる。フタの価値の消滅。
失望し、フタはただのゴミになってしまって、たくさん持ってる人がバカみたいになってしまったという話。
この書籍ではこの話を例に、貨幣経済の信用とか、貨幣の役割について説明しているんですが。かなりの世代を通じ、又全国でこんなことがあったんですねえ。
「牛乳びんのフタの話題!」懐かしくて、はずかしくて笑ってしまいました。
今の遊戯王カード集めみたいなもんでしょうか。それ以下のヘンな遊びだなあ。
ちなみに私は、愛知県に育ちながら、(大昔の)「北海道の牛乳びんのフタ」を1枚今も持っています。うらやましいと思う人はいるのでしょうかねえ。こんなことは、何かカッコ悪くて、妙にはずかしくて、今まで誰にも言えなかった。タイムスリップしました。ありがとう。
で、私。「うらやましい。画像を送っていただくか、現物をお貸しください。」とお願いしたところ、現物を送って来てくださいました。ありがとうございました。
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