大籠キリシタンのお話し
大籠キリシタンの歴史
永禄1558年、千葉家先祖・千葉土佐が備中の国から製鉄の指導者として招いた、千松大八郎・小八郎の兄弟が製鉄技術の指導の傍ら、とう屋で働く人々にキリスト教を説いたといわれている。この兄弟の製鉄技術が大籠の暮らしを豊かにし、戦国時代の心の安定を求めていたことから、キリスト教は信徒三万人と全盛を極めた。ところが、伊達正宗没後、幕府のキリシタン取締りが厳しくなり、次々と信者が処刑されていったのである。
*大籠にも、2つの寺があったそうだが、キリシタンによって廃絶され、現在も大籠には寺がない。
教会と殉教公園
1953年、大籠カトリック教会が献堂され、ローマ教皇庁駐日大司教の主祭で記念ミサが行われた。
1995年、大籠キリシタン殉教公園が完成。ローマ法王ヨハネ・パウロ2世から、メッセージが届き、クルス館前のうば石に設置された。クルス館内には、彫刻家「舟越保武氏」制作の「十字架上のイエス・キリスト」「聖マリア・マグダレナ」「聖クララ」の3作品が展示されている。
| 開館時間 | 午前9時から午後4時 |
| 入館料 | 一般300円、小中学生100円 (20名以上の場合は割引) |
| 休館日 | 火曜日 |