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NEIL YOUNG & CRAZY HORSE /Rust Never Sleeps (1979) ニール・ヤング・アンド・クレージー・ホース/ラスト・ネバー・スリープス [1]My My, Hey Hey (Out Of Blue) [2]Thrasher [3]Ride My Llama [4]Pocahontas [5]Sail Away [6]Powderfinger [7]Welfare Mother [8]Sedan Delivery [9]Hey Hey, My My (Into The Black) 1曲目「マイ・マイ、ヘイ・ヘイ(アウト・オブ・ブルー)」。カート・コバーンの遺書にこの曲の「徐々に消えて行くよりは燃え尽きた方がいい」という歌詞の一部が書かれていた為にニール・ヤングは非常にショックを受け、今後この曲を演奏しないとまで発言していたのは有名だ。(最近、オアシスがアメリカ公演でカート・コバーンの命日に合わせこの曲をカバーしたと言うが、似合わないんじゃないか?オアシスは)。この事件のため、当時この曲を非難する声があったが、それは全くの的はずれで、この曲はパンクロックの方法論に共感したニール・ヤングが、あの有名な「ロックは死んだ」というジョニー・ロットンへの回答として「それでもロックは絶対に死なないんだ」と力強く宣言した、そう言う曲なのである。 6曲目「パウダーフィンガー」。この曲の中に「何か大きな力が俺をここに取り残し、考えさせようとしている/僕は22歳になったばかり、どうしたらいいのか迷っている/奴らが迫ってくる 僕はどうすべきか考えている」というフレーズがあり、実はこの曲を初めて聴いたとき、私自身が偶然にも22歳だったため、人が成長する過程での苦々しい葛藤とか試練を歌ったこの曲が妙に生々しく感じられ、何度も繰り返し聴いたものだ。 それにしても、今更だがニール・ヤングのあの声はなんなんだろうと思う。鼻声だし、思いっきり頼りなさそうな声なのに、すごいエネルギーと存在感。深い絶望と限りない優しさが同居している。ぐさぐさ刺さってくる。そう、声そのものが訴えるものを持っている。一度で良いからステージを見たいのだが、全然来日しない。今年のフジロックにこないかな?(2000/05/05) |
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BOB DYLAN /Another Side of Bob Dylan(1964) ボブ・ディラン/アナザー・サイド・オブ・ボブ・ディラン [1]All I Really Want To Do[2]Black Crow Blues [3]Spanish Harlem Incident [4]Chimes of Freedom [5]I Shall Be Free No.10 [6]To Ramona [7]Motorpsycho Nightmare [8]My Back Pages [9]I Don't Believe You [10]Ballad in Plain D [11]It Ain't Me, Babe 昔、アムネスティ・インターナショナルの公演の一部をベストヒットUSAで観たことがあり、そのとき公演のクライマックスとしてブルース・スプリングスティーン、スティング、トレーシー・チャップマン、ピーター・ゲイブリエルがディランの"チャイムス・オブ・フリーダム(自由の鐘)"を歌っていた。この映像には字幕で歌詞の対訳が付けられていたのだが、当時高校生でまだ感受性の高かった(?)私は、その文学性の高さに驚きテレビに釘付けになり、ついには「誤って牢獄に入れられた、すべての無害で優しい魂の為に /僕らが自由の鐘を見つめたとき、それはキラリと光った」という部分で完全にやられた。私がディランに目覚めた瞬間である。 だから初めて買ったディランは当然"自由の鐘"が入ったこのアルバムだった。 1曲目の"オール・アイ・リアリー・ウォント"、ディランの中でも重要な部類に入る名曲である。ことごとく韻を踏んだ、想像力豊かなキーワードの羅列が続く。「僕と同じように感じて(feel)欲しいとか、僕のように見て(see)欲しいとか、僕のようになって(be)欲しいとか思ってない /僕が本当にしたいこと /それはさ、君と友達になるってこと」。リラックスしたディランの声はとても暖かく、今聴くと故郷の山に囲まれた風景に身をおいているような様なほっとした安心感がある。 あと、忘れてはならないのは"マイ・バック・ベイジズ"。始めから終わりまで完璧な言葉が貫かれ、まったく緩みがない。何度聴いたかわからないが、今でも歌詞を聴くと思わず背筋を伸ばしてしまうような感動を覚える。「善と悪 /この言葉を私は完全に区別する /完璧な明確さで /何の疑いも持たずに /あのころの僕は老いていた /今の方がずっと若いさ」
他にも"イット・エイント・ミー・ベイブ(悲しきベイブ)"や個人的に好きな"モーターサイコ・ナイトメア(悪魔のドライブ)"などが入っていて、私にとっては、無人島に持っていくなら必ずこのアルバムがその一つに入るだろうという、そういう作品である。(2000/04/15) |
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エレファント カシマシ / 遁生(とんせい) アルバム『生活』(1990年作)収録 東芝EMI移籍後の第一段「ガストロンジャー」で、ついに本物の宮本浩次が帰ってきたようでうれしい。だいたい目つきがイッているもの。昔からのファンにとっては、本当に胸のつかえがおりるような傑作だとおもう。商業的な成功と一般への認知度とは裏腹に、ポニーキャニオン時代の作品というのは正直言って欲求不満の残るものだった。決して悪くはないんだけど、エピック時代の作品を知っている者にしたら、妙に味付けが甘ったるかった。そういう無難な味だったら他の音楽でも代用が利くというか、あら塩をつきだされて「これでもつけて喰え」と言われているような昔のエレカシが聴きたかった。「ガストロンジャー」後のインタビューで宮本浩次は、どうしたらかっこいいものが作れるかといろいろ悩んだが、結局自分をじかに出していくことが一番かっこいいんじゃないかと気付いた、という様なことを言っていた。正に大正解である。今まで気付かなかったんかいという感じである。宮本浩次という人間、それ自体が天才的に魅力的なのは、たとえばテレビのインタビューに答える姿を見るだけで簡単にわかるし、周知の事実なのであって、その点で「ガストロンジャー」はまさに"素材"があらあらしく表現された傑作である。 その"素材"がある意味もっとも生々しく出現したのがこの『生活』というアルバムである。「俺の青春の到達点として一番好きなアルバム」と男・宮本は言う。しかし実はかなりつらいアルバムである。
12分を超える「遁世」はこんな出だしではじまる。「これから先は死ぬるまで /表に出ないで暮らす人 /たまに表に出るときも /たばこと散歩に日をつぶす」、これはかなりまずいのではないかと思わせるものがある。この詞ががまばらなギターの音だけをバックに、絶望的な激情を伴って歌われるのだ。 エレファントカシマシの熱心な聞き手にとって、この「遁世」はある意味ホームポジションとも言える作品なのではないだろうか。少なくとも私はそうである。詞は素晴らしさは絶品であるが、一番好きな曲とはとても言い難い、つらい曲である。まるで底なし沼の底から手を伸ばしているような、救いのなさを持っている。しかし史上かつて無いリアルさで、宮本浩次が自らをさらけ出している、自分の皮膚を剥いでまで生身をさらけ出している、そんな痛々しい姿がここにあったからこそ、私は今でも彼のリアルを信じられるのだ。「体の調子はどうなんだ? /寄生虫にやられてる /お前に女は必要か? /ペットの様なら飼ってもいい /車に乗って出かけよう /俺は布団で寝ていよう /それじゃテレビを見るとしようか? /悲しすぎて見てられぬ /お前は何が欲しいのだ? /夕日に浮かぶ富士の山 /お前はなぜに生きている? /小さき花を見るために 小さき花を見るために」、なんという救いようの無さ。暗闇の深さ。しかしだからこそ私は表現者としての彼を信頼できる。(2000/04/15) |
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TIMBUK3 / B-Side Of Life 1989年のアルバム『Edge Of Allegiance(邦題:真実の誓い)』収録 実は最近、洋楽の歌詞がポツリポツリと聞き取れるようになった。別にこれといった努力をしたわけでもないのだが、集中して聴くと意味を伴って聞こえてくることにある日気付いた。しかしまだCPU稼働率90%位まで集中しないと駄目なので、自転車に乗っているときなどは非常に危険だ。しかしうれしい。すごくうれしいのだ。なにしろ、洋楽を聴き始めてからの念願がようやくかないそうなのだから。 この間、車の運転中にこのティムバック3を久しぶり聴いたのだが、彼らの言葉はとても聞き取りやすい。中でも、この曲:Bサイド・オブ・ライフ。冒頭の「僕は誰?/僕を認識できる?/無理だよね/僕は誰でもない」という歌詞に心を動かされた瞬間に、集中モードに入った。危険だ。私の前を走るのは大型トラック。しかし、おおよそ80%程度の意味がつかめた。感動した。いや、自分にではなく歌詞の内容に。 ティムバック3の曲は、はっきり言って地味である。サウンドも音数が少なく、ローファイですらある。(そういや、この夫婦ユニット、3人目のメンバーとかいって日本製のラジカセを使ってたんだよな)。でもそのたたずまいは何故か異様にかっこいい。それはおそらく彼らのスタンスがシビアな事実認識に基づくものであり、必然的にシニカルになりがちな自らをまた別の自分が突き放して見ることで深刻にならずにいられる、というようなものだからではないだろうか。 この曲のさびは「僕はセブンイレブンで夕食を買い/キッチンで食べる/テレビを見ながら/僕は自由な時間をが好き/そして妻も愛している/こんなB面の人生を僕らは楽しむ」。どうですか!。どうですかといわれても、どうかと思うしかないと思うが、この歌詞がシンプルなメロディにのることで、不思議とリアルで前向きなものに感じるのだ。(2000/04/08) |
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少年ナイフ / 天使がやってきた、サイクリングは楽し、他 アルバム『山のアッちゃん』収録 1曲目:天使がやってきた のイントロ"パラパラッパパー"のいきなりなへなちょこぶりに脱力するわけだが、彼女らはマジである。曲も2分30秒とか1分20秒とか短いのばかりだが、きっと長い曲が作れなかっただけなんだろう。「Banana Leaf」「Chinese Song」で大笑い。でもコミックバンドじゃない。彼女らはマジなのである。 よく知られている様に、少年ナイフは「世界でもっとも有名な日本のバンド」である。セールス的にどうだったのかはよく知らないのだが、たとえば90年代においてもっとも重要で象徴的なバンド、ニルバーナのカート・コベインが常にもっとも好きなバンドの一つに少年ナイフを挙げていたという話や、少年ナイフのトリビュートアルバムを作ろうという話が持ち上がったとき、あまりに多くのミュージシャンが「少年ナイフなら我々も参加したい」と言いだし、結局2枚組になってしまったというエピソードを聞くと、このバンドの影響力というものはすごいもんだったんだなと思うと同時に、なんだかすごくうれしくなる。 私にとって少年ナイフの一番の魅力は、子猫の兄弟が夢中でじゃれ合ってわけわかんなくなっているような無邪気さ。そしてピュアネス。そんな少年ナイフの伸び伸びしたパワーと楽しさが一番詰まっているのが、このファーストアルバムだと思う。(2000/04/08) |