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2000/05/14 sun パンターニ,次は?
(cyclingnews.com Mar.14,2000;"Pantani: What next? "より)
マルコ・パンターニは今日のジロのプロローグを174位で走り,彼にとって何回目かはわからないカムバックのスタートを切った.タイムトライアルではあまり有名では無い"海賊"は,最終的に今日首位に立ったJan Hruska (Vitalicio)(:彼はPaolo Savoldelli (Saeco)に僅差でかわしたことを非常に驚いていたが)に対し,40秒遅れだった.40秒という数字はそれほど不可解なわけではなく,パンターニは確かにこのレースに勝とうとは思っていない.しかしながら,彼が事実参加したということは,ツール・ド・フランスが視野に入っていることを示している.
彼は,最初の1週間でのフィーリング如何によっては,ジロを完走すらしないかもしれない.彼にはジロで失敗した時の為の"計画B"がある.それはスペインで5月24-28日に行われるカテゴリ2.1のレース,Bizikleta Vascaである.もちろん Dauphine Libereや Tour of Luxembourg,Tour de Suisseもツールに向けてのチューニングとして考えられる.
元チャンピオンのエディ・メルクスは,もし彼がジロを完走したとしたらそれはとても"重要"なことであり,とりわけツールに向けてのたいへんなジャンプスタートである,と語る.フランス人としてはジロで勝った一番最近の選手である,Laurent Fignon (1989)は,パンターニの復帰へのコメントを求められて,ジロは彼にとって明らかに悪い選択であり,彼はもっと低いキーのレースで復帰すべきだった,と答えた.
「理屈から言って,彼に望みは無い」FignonはAFPに対して語った.「彼のフィットネスレベルがどうであれ,彼は実際のレースでこなすべき距離を走っていない.とりわけこの時期というのは,他の選手は20,000kmもの距離をこなしているから完全な体調だと言うのに」.
「マルコの調整はグランツールに向けたコンディションを作ることが出来ない.たとえ体調が完全に戻ったとしても」とかつてジロを連続優勝したミゲール・インデュラインは話す.「もし困難にさらされたら,やる気がそがれてしまうからだ.彼はもっと小さなレースからスタートするのが望ましかった.」
アレックス・ツェーレは昨年,薬物使用を認めたことによる出場停止期間からの復帰をやり遂げている.彼は1999年4月いっぱいまでレースが出来なかったが,ジロをスタートし,途中でレースを去った.しかしながら彼はツールで2位に入っている.
パンターニには考えがあるのだろうが,あまりにハイレベルのレースからスタートしてしまったかもしれない.7月にすべての結果が出る.
2000/05/13 法王が私にそうさせた
(cyclingnews.com Mar.13,2000;"the Pope made me do it "より)
マルコ・パンターニの土壇場の発表は多くの人にショックを与えた。ヘマトクリット値が50%を超えていたという理由で昨年は最終日の前日にレースを除外されたあと、ドーピングの疑いに対する尋問をうけ、"海賊(別名:Swampy(泥沼?))の目が、再び今年のジロに向けられると考える人はほとんどいなかった。事実、彼はこの11ヶ月間で2度しかレースを走っていない。今年のはじめに行われたツアー・オブ・ヴァレンシアだけだ。彼は明らかに「やり過ぎよりもちょっと足りない方がまし」というトレーニングのルールに同意していると言えよう。
彼はしかしながらメルカトーネ・ウノチームのリーダーでは無い。ゼッケンナンバー131はステファノ・ガルゼッリが着ける。彼は表彰台を十分にねらえる選手だが、山岳ではパンターニに引けを取る(もっとも、これは誰にも当てはまること)。パンターニがゼッケン139を着けると言うことで、Massimo Podenzanaが犠牲になる。彼はパンターニが「人生は驚きに満ちている」とイタリアのプレスに語る前まで、彼のポジションは危険な物であることを了解していた。38才のPodenzanaは、おそらく最後のチャンスであったこのジロを走りたかったであろう。しかし、彼はキャプテンに譲り、自分は3人の息子と家庭の世話をすることに甘んじる。
「私はツール・ド・フランスのことを一番考えてトレーニングした」と彼はAFPに語った。「私はいつもツールのことを考えている。私のこの復帰はテクニカルな選択ではなく、センチメンタルな選択だ。私は、私への援助をやめようとしなかったすべての人たちと、私のスポンサーと、そして両親のためにこの選択をした。私はもし今努力をしなかったら、再びレースに戻れなくなる危険があることを自分に言い聞かせていた。もっと時間がたてばたつほど、より私の課題は厳しくなった」。
彼はフィジカルコンディションが昨年のような状態では無いことを認めているが、これは最初の1週間に限ってのことだろう。彼がそれを乗り切れば、彼が6月4日のミラノの表彰台に立つことも十分あり得る。
彼は過去のことについてはあまり語らず、未来について語りたいと思っている。信心深い訳ではないが、彼は法王に接見して「グレート・エモーション」を感じたと語った。「法王の手を握ったとき、彼は私に二つのことをおっしゃられた。それを明らかにはしないけど、とてもパーソナルな言葉だった。彼は私にエネルギーを与えてくれた」とパンターニは結んだ。
2000/05/12 パンターニ、ジロへ
(cyclingnews.com Mar.12,2000;"Pantani for Giro "より)
メルカトーネ・ウノのマルコ・パンターニは、チームメイトとメディアに対して、最後の最後なって意志を伝えた。今日、彼のチームは5月13日正午のバチカンのスタートメンバーに彼が加わることをアナウンスした。パンターニはヨハネパウロ2世が参列するジロの公式なオープニングセレモニーに今日参加する模様で、複数の情報筋によれば本当にレースを走るようだ。
彼はまだ昨日の時点では予約の状態で選手リストに名前が載っていたが、金曜日(5月12日)の夜までに登録を済ませる必要がある。メルカトーネ・ウノのチームマネージャーの一人、Felice Gimondi は今日(金曜日)の声明で"海賊"は本当にスタートするだろうと語った。これが彼にとって、最終日前日にレースから除外された昨年のジロ以降としては、今年の早くに行われたツアー・オブ・ヴァレンシアで2ステージだけ走って以来の、2度目のレース参加になる。
おそらく彼の精神状態はは競争的ではないだろうが、レースの最後ではそれでもトップ5にはいるに違いない。彼がゴールまで走ればという話だが。このことはさらに今年のツール・ド・フランスに重要な意味をもたらす。このレースに対して彼は以前興味がないと言っていた。彼はジロへは形だけの参加で、ツールに向けて調整し、このフランスで行われる超人達の為のレースの2000年大会の成功に協力することになるだろう。
2000/05/10 パンターニはジロを走れる
(bike-zone.com Mar.10,2000;"PANTANI COULD RIDE THE GIRO "より)
イタリアのマルコパンターニは、高いヘマトクリット値が検出され、リーダージャージを着ていた1999年のジロ・デ・イタリアから排除されたが、la Gazzetta dello Sportによれば、今期このレースに出場するかどうか考えている最中である。「パンターニはジロに向けてペダルをこいでいる」と題されたイタリアのスポーツ新聞によれば、パンターニは狂ったように練習していることに加え、金曜日にヨハネ・パウロ2世に接見したあと、近い内に出場を決意するだろうと言う。
2000/05/10 イタリアにとってのパンターニは?
(cyclingnews.com Mar.10,2000;"Pantani for Italy? "より)
信じがたいことに、イタリアのプレスは彼が土曜日にバチカンに出向いたことを黙殺した。リポートによれば、彼は良くトレーニングしており、コンディションに対するセオリーを守っている。彼は先週発表されたスタートリストに名を連ねてはいたが、質問に対してそのレースに出ることを否定した。二日間の間で、83回目のジロは彼不在で行われることが100%確実であることが分かった。
2000/05/5 ジロ?パンターニは"ノー"と言った。
(cyclingnews.com Mar.5,2000;"Giro? Pantani says no "より)
競技から長期に渡り離れていたことから予想されたことではあるが、マルコ・パンターニ(メルカトーネ・ウノ)は今日、公式に今年のジロ・デ・イタリアのスタートには立たないことを明らかにした。彼は昨年のジロ・デ・イタリアから排除されてからというもの、たったの2回しかレースをしておらず、さらにしばらくは競技からの撤退を表明していた。
ジャーナリストからの、スタートリストに彼の名が載っていたとの噂に対する答えとして「それは真実ではない。もし私がスタートリストに載っているとしたら、それは誰かが私にスタートして欲しいと思ったからという理由にすぎない」と語った。
しかしながら、雲をつかむようなこととは言え、ツールでのスタートはありうる。「私はまだいつになったらレースに戻れるか分からない。」と彼は3時間の会見での質問に答えた後、語った。「私は心の状態が見えてきたらレースに戻るつもりだ。私はなにも約束はできない。なぜなら、それを守れないと悲しいからだ。私は復帰へのトレーニングのために休息をとっているのだ」。
ツール・ド・フランスについては?「可能性はある...」と彼は付け加えた。
2000/05/4 パンターニはペダルをこぎ続ける
(bike-zone.com Mar.4,2000;"PANTANI KEEPS PEDALING"より)
マルコ・パンターニはCesenaticoにある彼の家の周囲でロード練習を再開していた。「マルコのベストなトレーニングはいつもCesenaticoの周りの道路でやってきた、彼のシーズンを再構築しようとしていた間。」とメルカトーネのチームマネージャー Manuela Ronchi は説明する。近い内、Ronchi はパンターニに会う予定だ。彼の様子を見るのと、仮定的に彼のレースへの復帰について話すために。いずれにせよ、パンターニはドクター Emilio Magni の立てたガイドラインに沿ってハードなトレーニングを続けている。
2000/04/21 パンターニ、トレーニングを続行
(bike-zone.com Apr.21,2000;"PANTANI CONTINUES TO TRAIN"より)
パンターニはどうなの?「チームの立場から言えば我々は彼の信号を待っている。私には、彼がトレーニングしていると言える。一人でするときもあればBrignoliとするときもあるし、遠征にも出ている。彼はまもなくイタリアかスイスのある土地に再び出かけるだろう。彼は最近とても落ち着いて見える。」とメルカトーネ・ウノの監督、Felice Gimondiは言う。「マルコはトレーニングをし、我々は彼の調子を理解しようと努める。そうすることで、我々は彼が再起の意思を持ったときを知ることができる。しかし、今のところは何の予定も発表してないがね。」とチームのジェネラルマネージャーManuela Ronchiは付け加えた。「彼がトレーニングをしていると言っているのは我々だけではない。路上の彼を見た人たちもそのことを確認できる。(とスポーツディレクターのBeppe Martinelliが最後を結び)すぐかどうかはわからないが、近日中に彼は戻ってくるだろう。ひとつだけ言えること、それはパンターニは決して自転車から降りたのではないということだ。」
2000/04/07 パンターニ関係者、ONCEとの接触を否定
(bike-zone.com Apr.7,2000;"PANTANI'S CLAN DENIES CONTACT WITH ONCE"より)
マルコ・パンターニはTuscanyでロードトレーニングを続行する。今後10日間のうちに"海賊"はトレーニング計画を立て、近いうちに再開されると見られる。その一方、ONCEチームとパンターニとの間で話し合いが合ったのではという件に関して、彼の関係者は否定している
2000/03/27 パンターニに関して,ジモンディ監督
(bike-zone.com Mar.27,2000;"GIMONDI ON PANTANI"より)
Felice Gimondi氏(パンターニの所属するメルカトーネ・ウノの監督で,イタリアの前チャンピオン)は,来るジロ・デ・イタリアをパンターニに走らせるために出来ることすべてをすると表明した.「パンターニをジロに呼び戻すために出来ることすべてをするのが,我々の義務だ.何が本当の問題なのかを彼が我々に話してくれさえすれば」Gimondi氏曰く,彼の感触では,パンターニは「まだ競争心を取り戻せる」
2000/03/23 パンターニ、引退か?
(bike-zone.com Mar.23,2000;"PANTANI GOODBYE FOREVER?"より)
「長い時間をかけ、深く考えた結果、結論を出す時が来たと考えました。それは、私やスポンサー、そして私のファンに対して誠実な結論ということです。サイクリングは私の世界です。私は熱意と誠意を持ってそれに報いたいと考えます。今現在、私は生理学的な意味では"走れ"ますが、内面的な葛藤に苦しめられるつらい時期に入ってしまいました。私を助けてくれる周りの人達に報いようとすることでしかそれに打ち克つことができません。そういった理由で、私には今回休養を取る必要があります。悩んだ末に、この結論に達しました。しかし私は、今困難に直面している事実を受け入れる屈辱を表明することは、新しい始まりであると解釈したいし、これが正しいやり方なんだと考えたい。じき戻ります」
これがマルコ・パンターニの手紙で、新たな休養についての声明である。
メルカトーネ・ウノでは、このニュースが爆弾のような衝撃で受けとめた。「驚いています。予想もできなかった。」とパンターニのマッサー、Paco Llunaは語る。「私は、Murcia以来彼と会っていないが、Martinelliに聞いたところでは、例の車の事故の後でも、彼はトレーニングをしていたし、復活してみんなに健在ぶりを示すことに心を集中していたと聞く。我々は驚いている。しかし、彼の決断を尊重している。」とLluna。いろんな憶測が流れ、ガールフレンドとの破局で、私生活に危機が、との話もある。
2000/03/11 パンターニ...ようやくカムバック?
(bike-zone.com Mar.11,2000;"PANTANI-THE COMEBACK AT LAST?"より)
パンターニに関する身体的、精神的な憶測が飛び交うなか、彼のスポンサー、メルカトーネ・ウノでは、所属のスター選手であるパンターニがミラノ-サンレモ(Milan-San Remo)のスタートに立つであろうと、静かに確信している。たとえ、パンターニに500km以下のレースの脚しかなくとも、彼のよき理解者でありチームの監督でもあるFelice Gimondi氏が主張するには、かつてののツールとジロの勝者は近いうち300kmクラスのクラシックレースのスタートリストに顔を出すことになるだろうとのこと。「ただし、彼はチームの中にいるだけになるだろう、たとえ今週彼が良い動きを見せたとしても」とGimondi氏は付け加えた。チームからの情報によれば、もしパンターニがこの新スタートを切れなかった場合、もっとも可能性のある次のレースは、Cecchi Gor(3月22-26)であろう。
2000/03/05 パンターニ、再度の自動車事故について
(bike-zone.com Mar.5,2000;"PANTANI IN ANOTHER CAR ACCIDENT"より)
マルコ・パンターニは、彼が運転する車が壁に衝突した事故で、怪我は無かったことがわかった。事故は土曜の午後、パンターニが一人、大きなエンジンを積んだ彼の車でドライブしているとき起こった。彼はコントロールを失い、壁に衝突し、弾んだ勢いで電柱にぶつかってから側溝に落ちた。地元の農夫の助けで彼は車から脱出した。彼の乗っていたメルセデスベンツ320のすべての安全装置は正常に作動し、彼は腕の小さな傷だけですんだ。
2000/03/01 スペイン人の注目がパンターニに
(bike-zone.com Mar.1,2000;"SPANISH EYES FOCUSSED ON PANTANI"より)
明日始まるTour of Murciaにおいて、マルコ・パンターニが再び注目を浴びることになるだろう。
2000/03/01 パンターニ、背中の不調
(bike-zone.com Mar.1,2000;"PANTANI'S BAD BACK"より)
ツアー・オブ・バレンシアのレースから去り、クラシカ・アルメリア(Clasica Almeria)への出走をスキップしたパルコパンターニは、腰痛に悩んでいると語った。
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