2000/05/13 そしてスプリンターは?
(cyclingnews.com May.13,2000;"And the sprinters?"より)
マリオ・チッポリーニ(サエコ):彼はまだスタートリストに載っており、呼吸障害を置いても、何回かステージ優勝する可能性もある。結局、先週のTour de Romandie でも彼の生涯150回目の優勝を含む2度のステージ優勝を誰も止めることが出来なかった。

2000/05/12 チッポ、ローマにて
(cyclingnews.com May.12,2000;"Cipo in Rome"より)
マリオ・チッポリーニは、昨日彼の呼吸器官のトラブルでジロへのスタートが懸念されていたが、彼は今日ローマに到着し、ついに発表する模様。サエコの選手である彼は、スタートするかどうかの結論を、呼吸の状態を見て、明日決めると語った。

2000/05/10 チッポリーニ、ジロ欠場の危機
(bike-zone.com May.10,2000;"CIPOLLINI IN DANGER OF MISSING THE GIRO"より)
マリオ・チッポリーニのジロ・デ・イタリアへの出場が危ぶまれている。ツアー・オブ・ロマンディーから帰った、このレース喘息を持ちながら2勝を挙げたサエコチームのこの選手。チームはチッポリーニがこのレース中に呼吸障害と両足の筋肉の痛みを起こしていたと報告した。今日、チッポリーニは喘息の診断を受けにCisanello病院を訪れた。「私は狼狽している」とこのスプリンターは告白した。「何ヶ月の準備の後、私はジロ・デ・イタリアを欠場するかもしれない」

2000/05/10 ミディはあたかもアームストロングのためにはじまった。
(bike-zone.com May.10,2000;"Midi start likely for Armstrong"より)
USポスタルのランス・アームストロングは、先週ピレネーでのトレーニング中に落車にあったが、大丈夫だとの報告があったが、軽い脳しんとうを起こしていた。ドイツのプレスDPAによると、彼は来週の水曜日5月16日にスタートするミディ・リブレには参加できるとのこと。

2000/05/10 チッポリーニ、ヌードに
(cyclingnews.com May.10,2000;"Cipo goes nude"より)
サエコのスーパー・スピードスター、マリオ・チッポリーニは、彼が身につける物は両足のシューズだけという2000年のキャンペーンの一部に合意した。イタリアの「ライオンキング」は衣料品メーカーの為にポーズをとるわけだが、その洋服を着ることは要求されていない。彼は「環境の一部」として、スプリントポジションでバイクにまたがる。それに関しては、当然シューズは必要になるわけだ。
「私はこの申し出に対し、感激を持って直ちに合意した。なぜなら、私は深刻ぶった世間を笑い飛ばすことが好きだから。」と彼はReuters newsagencyに対し語った。

2000/05/09 アームストロング、復調
(cyclingnews.com May.9,2000;"Armstrong recovering"より)
USポスタルのエース、ランス・アームストロングは先週ピレネー山脈でのトレーニング中に起こったシリアスな事故から復調中である。アームストロングは道ばたの鋭い石による前輪のパンクにより落車し、軽い脳しんとうを起こした。タイヤがパンクしたため、彼はカーブを曲がりきれなかった。アームストロングのサポートスタッフは、救急車に電話し、彼は当地の病院に運ばれ、その夜彼は、そこで一晩を過ごした。翌朝、アームストロングはニースの家、すなわち落車後の残りの期間を過ごす場所に帰宅した。
チームディレクターのヨハン・ブリュニールは、この落車が彼のツール・ド・フランスへの計画の腰を折ったばかりでなく、「もっと悪いことだと言える」と語った。ランスはミディ〜リブレ(5月16〜21日)にかれは完調では臨めないだろう。チームは彼の予定されているレーススケジュールまでにどう復帰するかに注目する事になるだろう。

2000/05/08 アームストロング、トレーニング中のクラッシュ
(bike-zone.com May.8,2000;"ARMSTRONG IN TRAINING CRASH"より)
USポスタルのランスアームストロングは金曜日、ピレネーでのトレーニング中に軽い脳しんとうを起こす落車事故を起こしたが、現在は実家のニースにおり、事故からは回復している。彼は、タイヤをパンクし、ハンドル操作を誤り、「ひどい落車」に至った。ライダーの後を追いかけていたチームのサポートは、救急車を呼んだ。彼は、その日の夜は当地の病院で過ごし、土曜日の朝に退院し、「残りの期間に過ごすべき場所」である我が家に戻った。「落車はツール・ド・フランスに向けて準備する彼にとって、衝撃ではあったが、よく状況を考えてみれば、もっと悪いことなのだ。」とUSポスタルのスポーツディレクター、ヨハン・ブリュウニールは言う。アームストロングは彼の予定に含まれていた、ミディ・リブレのステージレース(5月16日〜21日)を欠場するであろう。

2000/05/03 アームストロング、ツール・ド・フランスの優勝候補にウルリッヒを挙げる
(bike-zone.com May.3,2000;"Armstrong Picks Ullrich to Win Tour De France"より)
ツール・ド・フランスの優勝者ランス・アームストロングは火曜日、万全なヤン・ウルリッヒが今年のレースの優勝候補でであると語った。「ヤン・ウルリッヒが自転車競技における最大の才能であり、もし彼のフィットネスが戻り身体も絞れれば、彼がツール・ド・フランスの最有力選手であると私は考える」と、腫瘍への高精密放射線治療センター(a centre for high precision radiation treatment against tumours)を訪れた元ガン患者のアームストロングは語った。ドイツ人選手のウルリッヒは1997年のツールに優勝し、1998年にはイタリア人選手マルコ・パンターニに次ぐ2位に入った。彼は怪我により昨年のレースは棒に振ったが、今シーズンもその問題と闘っている「昨年彼がレースに出られなかかったことはとても残念だったが、今年は彼も準備万端の状態で会えることと信じている。」とこのアメリカ人は語った。彼の連覇の可能性についての質問に彼は答えて、「ちょっとスタートに出遅れたが、私はこの3週間の間で大きな進歩を獲得したと思っている。そして、1年前よりも良い身体が作れたという風に思う。」アームストロングは、睾丸のガンから復活したことで、難病を克服した勝者のシンボルとなった。「病気は私に"もっと中間をキープする"ことを教えてくれたと思う。大きな勝利の後はあまり興奮しすぎないように努め、大きな敗北や失望の後はあまり落ち込まないようにするんだ。」と彼は語った。

2000/05/02 計画を進めるアームストロング
(cyclingnews.com May.2,2000;"Armstrong on track"より)
この春はUSポスタルチームにとってはまったく静かな春だった。しかし先週のランス・アームストロングはその成績といい自信といい7月のビッグレースに向けての大きな躍進を見せた。先週火曜日のパリ〜カマンベールでの2位、日曜日のGP Gippingenでの4位と、アームストロングは着実に自分の脚を確認している。
日曜日のレースで彼はレース終盤にけいれんを起こしたこと、それにもちろん開幕から最強であるわけではないことを認めたが、しかし彼がそこで好調を感じることが出来たことは幸福であった。とりわけ彼に立ち向かう選手、Garzelli、Dufaux、そして Wesemann はいずれも好調、あるいは今後の週にねらいを定めている。アームストロングはしばらくの間レースから離れる。
「彼は自転車、心の両方でとてもストロングに見える。自信に満ちた彼の顔を見ればそれがよく分かる。」とUSポスタルチームの助監督 Dirk Demol はレース後語った。彼は監督 Johan Bruyneelからバックアップされている。「彼が良い日を過ごしているかどうかを知ることはレース結果を見るのと同様に大切だ。もし良いと感じるなら、良いことを知るだろう。でも時々はそれを確認するために結果も参考にするべきだ。」
アームストロング自身は彼が「すべてがパーフェクトだ」と言っているとおりハッピーだ。「どちらのレース(Grippingenとパリ〜カマンベール)もアムステルダム(ワールドカップレース)と同じくらいビッグなレースだが、私は去年よりも良い体が作れていると思う。私は1月から自転車とトレーニングの充実した3ヶ月間をハードに送ってきた。今度は2ヶ月かそれ以上の期間(ツール・ド・フランスのスタート前まで)ハードトレーニング生活を送る予定で、そのあと私は私が求められている場所にいることになるだろう。」

2000/04/26 アームストロング、ついに
(cyclingnews.com Apr.26,2000;"Armstrong at last"より)
今日のパリ〜カマンベールで2着に入り(勝者はDidier Rous)ランス・アームストロングは調子が戻ってきていることを見せつけた。このレースで2着というのは、昨年のアムステルゴールドレースでの2着とはもちろん意味が違うが、今年の場合は落車の影響で彼は先頭集団から離された。彼は実際パリ〜カマンベールの15km地点で落車したのだが、挽回し、見事2着に入った。
「今日のチームは本当に闘志があって、やってくれた。私はこのレースでこれだけのレベルを見せることが出来たのを満足に思う。ランスは土曜日にも素晴らしい走りをしていたが、ただこの時期のコンディションにしてはワールドカップレースの距離はちょっと長すぎた。今日のレースの最後の展開についても同様なのだが、距離が短かったのとランスのコンディションがすでにこのような展開にできる状態だったということだ」とBruyneelは語った。
「彼の体つきは、去年の今頃よりも良いと思う。彼はアムステルでとても良い日々を送った。今年も彼は去年と同じ計画で練習するだろう。しかし、今の彼はあまり余計なエネルギーを使う必要は無いだろう。彼は段階というものをわかっているし、Dauphine Libereで両方にトライするだろう。」
日曜日のGP Gippingen のあと、アームストロングはトレーニングに入るが、特別ツールに向けてのものではない。彼は5月のMidi Libre に出場すると思われるが、このレースはヤン・ウルリッヒが復帰するであろうレースで、この時期にいくつかのレースを走っておくべきだという必要性からである。

2000/04/25 カマンベールでのアームストロング
(bike-zone.com Apr.25,2000;"ARMSTRONG AT CAMEMBERT"より)
ランス・アームストロング(去年のツール・ド・フランス優勝者)はパリ〜カマンベールに参加の見込み。24のチームがマグナンビルからカマンベールの小さな村までの208kmを走るレースだが、ゴールにたどり着くためには"Champeauxの壁(斜度17%の坂)"というこのレース最大の難所を越えなければならない。
アームストロングに加え、1995年の勝者であるベルギー人Andrei Tchmil、フレンチカップ首位のエストニア人ヤン・キルシプ、Laurent Brochard等が参加の予定。

2000/04/20 エスカルティン、フォームをチェック
(bike-zone.com Apr.20,2000;"FERNANDO ESCARTIN CHECKING HIS FORM"より)
スペインのサイクリストフェルナンド・エスカルティン選手(ケルメ-コスタブランカ)が調整のためのテストライドを行った。それは、Zaragoza velodromeで行われ、彼のトレーナーであり、第二スポーツディレクターでもあるIgnacio Labartaを伴い、彼の現在のフォームがチェックされた。それが習慣であるかのようにエスカルティンはこのテストを毎年行う。アラゴンのスポーツ医学センターの指導のもと、自分の進歩をテストするために。結果は「とても良い」とエスカルティンは言い、昨シーズンよりも「少し良くなっている」とのこと。もっとも正式な結果はもう少し待たなければならないのだが。ツール・ド・フランスを目指す彼の今後のレースは、Amstel Gold Race, Vuelta a Asturias, Bicicleta Vasca とVolta a Catalunaの予定。

2000/04/09 パリ-ルーベ結果
(bike-zone.com Apr.9,2000;"PARIS-ROUBAIX RESULTS"より)
ヨハン・ムセウ(Johan Museeuw )が選手生命を脅かすほどの怪我から復活し、この日曜日、ワールドカップレース:パリ-ルーベで、この5年間で2度目となるで勝利を飾った。マペイチームに所属するこのベルギー人ライダーは、1996年にも優勝しているのだが、2年前に脚を失うことになるかもしれないほどのひどい事故に遭っている。「2年前のあの事故の後、私は再び自転車に乗れる希望をほとんど失ったのに。なにかほとんどあり得ないことが起こったみたいだ。」と語るムセウ選手は、今期のワールドカップ3レースを終えた時点でランキング2位に浮上した。1996年とそして今回の2000年の勝者であるベルギー人ムセウ選手は、2番手集団の追い上げを振り切り単独でのゴールを果たしたが、ゴールから1km以上手前からアタックしてのゴールだった。なぜそんなに早くアタックをかけたのかと質問すると、ムセウ選手は「自分が強く感じたからだ」と答えた。同国人のPeter Van Petegem選手(Farm Fritesチーム)が2位に入り、目下ワールドランク1位のエリック・ツァベル選手が3位に入った。

2000/03/02 ツアー・オブ・アルゼンチン、レース続行
(bike-zone.com Mar.2,2000;"TOUR OF ARGENTINA - THE RACE GOES ON"より)
ツアー・オブ・アルゼンチンは昨日(火曜日)、Saul Morales選手の死にもかかわらず、続行された。Fuenlabradaチーム所属の彼は25才、今週前半の事故で命を落とした。

2000/02/29 ツアー・オブ・アルゼンチン、スペイン選手が事故死
(bike-zone.com Feb.29,2000;"TOUR OF ARGENTINA - SPANISH RIDER KILLED IN ACCIDENT"より)
スペイン人ライダーのSaul Morales選手(Fuenlabrada team)がツアー・オブ・アルゼンチンの期間中にトラックに跳ねられ死亡した。