謎
例えば、ブロッコリー。
ブロッコリーの種はどうやってブロッコリーの種になったのだろう? 最初は似ても似つかない植物だったに、違いない。ひょっとしたら、つるつるしてたかも知れない、ブロッコリー。
ゆでられて、炒められて、塩を振りかけられて、彼は私達の口の中に消える。
「お前、他に食材使えないの?」
主人は一辺通りな私のメニューに、最近飽きて来たらしく、文句が多くなって来た。おかずの添え物、弁当の色合いに“取り敢えず”で使える最適食品なのだ、ブロッコリーは。私にとって。そして、親近感を感じてしまうのだ、ブロッコリーに。
添え物。色合い。取り敢えず。
私はあなたの人生の、色物。
そんな風に思うのは、オバさんよう、と、つい3年前までは、思っていた。自分が好きな事をして、自分の人生を輝かせる事が、一番大事なのよ。偉そうな説教を友人にぶった、昔が懐かしい。
違う、と思った。
自分だけが楽しんでも、それは満足にならないのだ。何かが空しいのだ。一緒に楽しんで欲しいと思っている自分に気付いてしまったのだ。一緒に楽しんでくれていた人が、一緒に楽しんでくれなくなってから、やっと、気付いた。
「ごちそうさま」
ちゃんと“いただきます”と“ごちそうさま”を言ってくれる、そんな当たり前の主人の言葉にすら感動出来た昔の自分が、どこかに消えてしまった。消えて、つまらない、ひからびた自分が残った。ひからびた私は、主人の皿の上に残った、ひからびたブロッコリーを見つめた。
◇
「タダの倦怠期よう」
ケラケラと笑う友人は、もうそれだけで、彼女の家庭の円満さを私に思い知らしめた。タダの、と言えてしまう人に、私のモヤモヤを晴らす事は出来ない。彼女にも同じモヤモヤ、同じ苦しみが訪れる日を期待するだけだ。
私は自己嫌悪した。
人の不幸を期待する自分がここにいる。円満なら、それに越した事はないのに。しかし、彼女に申し訳ないと思いつつも彼女より重い苦しみを抱えているかの様な、妙な優越感があるのを、私は消し去れなかった。
当然、悩みに付き合ってくれた礼を言ってみても、どこか空々しく聞こえた。我ながら、下手だな、と思った。彼女は気にせず、微笑んだ。
「そのうちまた、フィーリングが咬み合うわよ。また色々やったら良いじゃない、エステなんかも、気が晴れるわよ。綺麗になって、一石二鳥!」
「そんなお金ないも〜ん」
彼女に合わせて、拗ねた様な話し方をしてみた。
「体験やってる所に格安もしくはタダで行っちゃえば良いの! あとは知らないフリ」
彼女が笑うのに合わせて、声を出して笑ってみた。
少し心が軽くなる自分を、私は改めて戒めた。私の悩みはこんなモノではないのだ。
◇
家出してみたい、と言う欲求は理性と臆病さに遮られて、実行出来ずにいた。主人を慌て困らせてみたかった。それによって主人が私を一人の人間として、感情ある動物として再認識してくれるのではないかと思った。反面、何とも思われないかも知れない事が、怖かった。これ幸いとばかりに女の人を連れ込んだりなんかされたら、それこそ私は立ち直れない。
だから、今日も帰宅する。
少しばかり反抗的に、暗くなった空を見上げながら、食事が作ってないと言って怒っているに違いない主人が待つ家へと。
私は玄関の扉を開ける前に、深呼吸をした。主人の怒りに負けない為に。張りのある声で、ただいまを言う為に。
「ただい・・・」
「どこに行ってたんだ!」
私はただいますら、満足に言えないまま、玄関に立ち尽くした。これまでに見た事のない程、恐ろしい形相になった主人の口は、泣きそうな形をしていた。
友達とお茶してて、遅くなっちゃった。
軽く言うつもりで用意した言葉は、とうとう言えずじまいになった。主人が自分の肩に、私の口を押し付けてしまったからだ。つぶされそうな力で私を抱きしめてくれる主人に目を見開いて、私の愚かな猜疑心は溶けて行った。
「ごめんなさい」
「心配かけるな」
もしかしたら、と私は思った。私が主人にすれ違いを感じたのと同様、この人も、何か煮え切らない家庭生活に不審を抱いていたのではなかろうか、と。私を抱きしめてくれる腕の強さが、何かを物語っている気がした。
「お腹空いたでしょう。本当に、ごめんなさい」
そこでようやく買い物袋の存在に気付いた彼が私を離し、袋の中を覗き込んだ。私も一緒になって覗き込んだ。ブロッコリーを止めて、キュウリやアスパラガスを買った私に、主人は何も言わずに笑った。
Fin
ご紹介、感謝です。
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