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 第6回:【花見】をテーマとしたショートショートの競作

  苦悩の花咲君




 1.

 朝日と共に外に出ると、さすがにまだ体が冷える。
 花咲(はなさか)君は庭に立ち枯れる木々を見上げながら、泣きそうな顔をしていた。その彼の目前には、☆一徹よろしく腕を組んで仁王立ちな男が1人。
「どうした健一。お前が恥ずかしいからと言うから、早朝にしたんじゃないか。早く練習しないと、ご近所に迷惑だぞ」
 って言うか、練習自体したくないってば。
 そう思う花咲君だったが、生まれてこのかた十数年、まだ父親には反抗した事がない。誰かこのオヤジを殺してくれと思う時もあったが、自分で実行するだけの勢いはまだない。
「今日は早起きをしたから、特別だぞ」
 とオヤジはおもむろに、小さな茶巾袋を取りだし、中の灰を手の平に出すではないか。
 それを初めて見た花咲君は本物と思えず、怪訝な顔をした。ちょっと顔を近づける。
「爺さんが出発する前に、少しくすねておいたんだ。内緒だぞ」
「本物……?」
 オヤジはニンマリ頷いた。
「実際咲く所を見れば、お前も練習に身が入るだろう」
「え、でも練習中なのに。僕に出来るのかな」
「爺さんがお前は素質があると言っていた。何事もチャレンジだ」
 オヤジが袋を傾けるので、花咲君は一粒も残さないように、さらさらと落ちてくるそれを両手で大事に受け取った。
「爺ちゃんにバレないかな」
「爺さんは今、九州が終わって本土に入った頃だろう。これからが忙しい。しばらく帰って来んさ」
 そう言うと日を背に浴びてそびえ立ったオヤジは、びしっと高い木を指さした。
「さぁ、大声で叫ぶのだ! ちゃんと発声出来んと、花は咲かんぞ!」
 その大声ってのが恥ずかしいんだってば! と内心号泣する花咲君だったが、実際に自分の手で花を咲かせられるかも知れない興奮の方が大きく、心を決める事が出来た。オヤジが息子のやる気の為に手に入れてくれた、爺ちゃんの宝だ、ここでやらねば男がすたる。
 花咲君は胸いっぱいに息を吸い、
かれーきにー、はなをーさかーせーましょーー!!
 お伽噺でお馴染みの台詞を絶叫して、オヤジが指さした木に向かって灰をばっと投げつけた。
 しかし、投げてから彼は「おや?」と思った。
 お伽噺の言葉は「枯れ木」だ。
 オヤジの指さした木は、枯れてはいない様なのだ。オヤジが間違えたのか? とも思ったが、すぐに起き始めた変化に、それはわざと間違えたらしいとうすうす感づいた。
「よくやった!」
 オヤジが叫ぶ。
 木がにょきにょきと何かを生やし始め、それは白くさえある女のすらりとした足で、続いて眩しいほどの体としなやかな指先、どこかのグラビアで見た様な可愛らしい顔と緑の黒髪が生えそろい、枝にくっついていたのだ。

 まだまだ青少年。違う“花”を欲しても、文句は言えない所だろう。




 2.

 自分にはその能力がないもんだから、わざと僕にやらせたんじゃないの? とオヤジを睨め付ける花咲君だったが、しかしオヤジはただ彼女を眺めて愛でているだけで、特によじ登ってそれをもぎ取ろうと言うつもりはないらしい。
「彼女、あのままでも良いの?」
 あまりに生々しい彼女の色気に、庭が一気に華やいだ。そりゃもう、全裸である。枝にくっついてる部分が腰の辺りとまた微妙で、見えそうで見えない所が、またそそる。
 まー、無理矢理木から離そうとしてスプラッターになっても怖いので、手を出さない方が良いのかも知れないが。それより、灰の効果にこんなものもあるとは思ってもみなかったので、今はその驚きだけで頭がいっぱいだ。
 腕を組んでふーむと頷いていたオヤジは、
「熟したら落ちて来るから、良いのさ」
 と言った。

 オヤジ好みの熟女になる前に、自分がもぎ取った方が良いのか? と悩む所である。




 3.

 しばらくぼんやりと庭を彩ってくれる彼女を眺める日が続いたのだが、花咲君はふとある事に気付いて、試してみたくなり、わずかに残っていた灰を枯れ木にまく事にしてみた。
 本来は、枯れ木にまく代物である。
 それなら、ちゃんと花が咲いてくれるものなのかも知れないではないか。
 先日はオヤジに騙されたが、自分としてはやはり、ちゃんと花が咲く所も見てみたかった。
 早朝花咲君は、なるだけ心も清く保ってみようと思ってグラビアも見るのを止め、宿題もちゃんと終わらせ、ラジオ体操までして作業に望んだのであった(体操、何の意味があるねん)
 ちゃんと枯れてる木を選んで、深く息を吸う。
 視界の端に自分を誘惑するねーちゃんの姿が入って来たが、なるだけ脳裏からも追い出した。
かれーきにー、はなーをーーさかーせーましょーーー!!
 ばっと灰を投げる。
 成功だった。
 だが、オヤジがわざわざ生木を指さした理由も、分かった。
 枯れ木から生えたのは枯れた女、婆さんに他ならない。

 煩悩を捨て去り、真の“花咲爺”となるには、あと50年はかかるらしい。




                                     FIN

2001.8.15



 この作品は、Creater's Synopsis様に投稿させて頂いた物を若干修正した物です。
 私的には好きな1品なんですが(爆)

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