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9. 俺とミネアしかいないはずの室内に、第三者の声がしたのだ。 「まったく、なげかわしい」 安モーテルだけに覗きかと思ったが、それにしちゃあ変すぎる。覗き魔が呟くようなセリフじゃねぇし甲高い声だし、やけに近いところで聞こえた。そう思って部屋を見渡し、俺はぎょっとしたのだった。 近すぎっ! テーブル上のウィッシュが俺を睨んだまま喋っていたのである。 「体だけかと思ったら、脳味噌まで筋肉馬鹿だったようじゃな、お前は」 ピンク毛の可愛らしい外見に似合わない陰険な喋り方が、外見通りの甲高い声色でくり出されたのだ。うわー思わず萎えちまった。 俺は0.5秒で近づくやいなや、ピンクマウスの首を絞めていた。手の中で暴れているのを感じながら、もっと早くゴミ箱に捨てておかなかったことを後悔した。こんな怪しげな代物だったと知ってたら直しもしなかったものを。 するとウィッシュの中から叫ぶ声は、ひいこら言いながらシホの名をつむぐではないか。伝家の宝刀みてぇに。 「待て待て待て! 志穂が死んでもいいのか?!」 俺がカタコトで発音するより、その名は馴染んで聞こえた。シホの父親とかいうオッサンが口にした時と同じぐらい。でも、今こいつの中から聞こえてくる声は親父のものじゃない……と、思う。イントネーションが微妙に違う。 なぜかよく分からないが、シホと呼ぶ声に込められている感情が違うように思えたのだ。 俺の手が止まったことに安堵したらしいウィッシュの大きな耳が、へにゃんと垂れさがった。 安心すると、こいつは「わしは志穂の祖父だ」と名乗りやがった。外見が結びつかないが、声のトーンから地球で死んだとかいう変態爺を想像するのは、まぁまぁ簡単だ。話に聞いたあの爺ならやりそうだと思えたのだ。 ペットロボットに自分の記憶を移植して、シホにくっついて来た爺。 ……思わず、また手に力がこもってしまった。 「こら待て! 待たんか!」 「いいから死んでおけ」 「わしが死んだら志穂を助けられん!」 「知ったこっちゃねぇ」 俺は低くうなった。 そもそも手前が勝手についてきたんであって、俺には手前から何かを聞いたり、ましてや命令される筋合いなんざ、これっぽっちもないんだ。 だが、そんな俺の手が止まったのは、ミネアが手を添えてきたせいだった。赤いキャミソール一枚を身につけて、俺の腕にしなだれかかってピンクマウスを撫でている。ウィッシュの鼻の下が伸びたように見えたのは、気のせいじゃないに違いない。 「意地にならなくても、ちょっと話を聞いてあげればいいだけじゃん」 大人の余裕ってな笑みを見せてきやがる。俺が焦ってるみたいに見えたのか? シホの名前を盾にされて? 「お前さんは物わかりがよいのう、筋肉馬鹿と違っ……待てっつーにっ」 こいつが機械じゃなければ、毛をむしって焼いて食う。 ◇ かくして俺は、グロースマーヤーコロニー内のセンタービル前に立っている。 間違っても俺なんかが入れる場所じゃない。コロニーにまでなら何とか侵入できたとしても、センターゾーンにはさらに特別な許可証が必要で、ビルへの入場には指紋と声紋まで必要だ。 目前にそびえ立つ、天にまで届くんじゃねぇかと思えるモニュメントじみた巨大な銀色の円柱を見あげて、俺はアホみたいに口を開けたのだった。壊して下さいと言わんばかりの繊細な作りでよく建ってるな、このセンタービルは。 周囲を歩く上流人間どもが、いぶかしげに俺を見た。 だろうなぁ。身なりだけ整えても、こんな化けモン筋肉を持ったインテリなんざいねぇ。ムーンの環境に自分を合わせるよりも、理想とする自分の姿に周囲を変えようとする方が、傲慢な上流社会にゃお似合いだ。 俺サイズのタキシードなんてものがよくあったなと誉めたくなる。 「本当に大丈夫なんだろうな?」 俺は前を向いたまま胸ポケットを意識して、ささやいた。 同じく小さなささやきが返ってきた。 「わしを信じろ」 どうやって? と、聞きたくなるのも無理がない声色である。爺の声はあいかわらず甲高く可愛らしい。年寄りの世迷い事につき合う俺も俺だが、シホを助けろと言われれば動かざるを得ないではないか。 あの日、爺は信じられないことを俺に命令したのだ。命令だろう。大上段から「お願いする」って言われても全然へりくだってるように思えない。 信じられないこと。 あの父親がシホを殺そうとしてるから、助けだしてくれ、と。 「馬鹿な。後生大事に連れてったぞ、あのオッサン」 俺がウィッシュ爺に抗議すると、爺は「当然じゃろうな」と机の上でふんぞりかえった。ベッドに座ってピンクマウスと会話し続ける俺は、はたから見たら怪しい男に違いない。バービー人形を相手に喋るより不気味だろう。関係ないが、ミネアはバービー人形に似てるな。 あ? 何でバービーを知ってるかって? 婆が持ってたんだ。 で、爺が言うことにゃ、こうだ。 オヤジさんはシホをチンピラに襲わせて殺すつもりだった。だが俺が保護しちまったので殺せなくなった。だから取り返した。俺が発信器の電波に気づいたのは、偶然じゃなかったのだ。 ところが殺そうと思ったら、なんと遺産の受けとりはウィッシュが必須だった……と分かったために殺せなくなり、現在も生かさざるを得ない状況になっているというのである。当然、爺がオヤジ殿にそう言って脅したんだろう。無線か何かか? こんなピンクマウスが必須だなんて、ホントか嘘か分かったもんじゃない。もんじゃないが、だが今もまだシホが生きてるってんなら、きっと本当に遺産とやらの鍵は開かなかったのだろう。 「で、俺は、父親が財産管理の権利を手にしてシホを用済みにする前に、助けに行けばいいわけだな?」 話をまとめて、俺は肩を竦めた。口で言うのは簡単だが、やるとなったら大変だ。 「もちろん報酬は金と、グロースマーヤーコロニー永住権じゃ。ただし志穂の体はやらんぞ」 「いらねぇよ」 俺は自嘲的に笑った。助けだして一発で殺すなんざ悪趣味すぎる。 どんな助け方をすればいいのか、まったく想像がつかない。だが断る気はなかった。報酬の美味しさというよりは、この展開の方が俺のモヤモヤした気分をスカッとさせてくれそうだったからだ。ここでお姫さまを見捨てるナイトはいねぇしな。 俺が承諾するのを知っていたかのように、ピンクマウスは平然と救出劇の全容を俺に話しだす。拍子抜けするほど安直かつ乱暴な計画に、ミネアも俺も顎をはずすばかりだった。 この爺……シホのためだけに、そんな無茶をする気なのだ。 そもそも、こいつが自分の記憶をウィッシュに植えこんでシホと一緒にいること自体、充分クレイジーである。聞けばシホが手術の間にウィッシュに乗り移ったのだとか。俺はシホが「祖父は入れ違いに亡くなって」と言っていたのを思いだした。 ピンクマウスは話しおえると「電池がなくなる。志穂に会えるまで、わしはなるだけ寝ることにする」と言って目からの光を消してしまった。動かなくなり、つつくとコテンと転がった。 「……狂ってるな」 俺はぼそりと呟いてしまった。寝たように見えるピンク野郎には、実は聞こえているのだろうか。まぁ聞こえててもいいや。爺さん、狂ってるよ。 なんてぇ狂った愛情だ。 でも愛なんだ。 「ミネア」 そのクレイジー計画につき合うことにした俺もやっぱり、どっか狂ってるのかも知れない。俺はウィッシュをジャケットのポケットに戻してやりながら、背後の女に声をかけた。 ミネアはまだ商売女の笑顔を崩さず、俺の申し出を快諾してくれたのだった。 「ケリがついたら、また買っていいか?」 ──かくして俺はセンタービルの頂上を目指してコロニーに侵入した次第である。 next back index |