8.

 グロースマーヤーは俺が知っているコロニーん中でも一番でかい。人口も高いし文化も高いし、ここに付着する町や村も多い。
 だから、混沌とした暗い場所も多い。
 俺みたいなのがもぐり込める町だ。くれた金貨を使える場所に来たかったのがグロースマーヤー近くに来た目的だったんだが、もう一つの理由が別にある。
「きゅっ」
 と、俺のポケットから顔を覗かせやがる厄介な生き物。あ、生きてねぇか。ロボット。ピンクの皮はいだろか、こいつ。ウィッシュである。俺はウィッシュをこづいて、またポケットに押しもどす。さっきから、このくり返しだ。モーテルに置いてこようとしても、俺から離れようとしないのである。
 シホの鞄ん中でなく、俺の方に入ってやがったのだ。何とか返せるものなら返してしまいたいのだが……というのがあって、ここまで来てしまった。
 ──と、言い訳する自分の内心が気持ち悪い。
 俺は安酒をあおって、グラスを空にした。
「ハイ。いい飲みっぷりね」
 カウンターに貼りついて飲んだくれる俺の耳元に、艶のある声が忍びよってきた。ちらっとだけ見て、こういう店にしちゃいい体してるな、と値踏みする。コロニー製の強化剤と一口に言っても、筋肉ムキムキにするだけが能じゃない薬がどんと揃っているのだ。シホみたいな青っちろいのは例外だが、凹凸激しいフェロモン出まくりってな女に出会うことは、ままある。
 が、そんな気分じゃない。俺は視線をそらした。彼女の憤慨する呼吸が耳をくすぐった。
「私を無視するなんて、いい度胸ね。よそ者? でかいナリして、女をあしらうすべも知らないなんて」
 わざと侮蔑を込めた声。気が強い売春女は嫌いじゃない。買った途端に身をくねらせて奴隷に堕ちる、そのギャップを楽しんだりもする。
「おう。でかいからな、そこらの女に用はない」
 ちょっと自虐的に断れば、大抵の女は「あら」と意味ありげな笑みを浮かべて去る。それに今はポケットに余計なモンまで入っているから何かと面倒だし……と思ったのに女は去らず、それどころかウィッシュに気づいてしまったのだった。
「あら」
 狙った言葉だが、全然ニュアンスが違う。
「似合わないわねぇ、可愛い! コロニーの? 見たことないけど」
「さてね」
「ねぇ、あんた、もしかして金持ち? 身分を隠してるとか。こんなペットロボットを無造作に持ってるなんて普通じゃないわ」
 うるせー、いい加減にしやがれ。
 という目で見ても、こういうヤツに限って、たじろいでくれない。ウィッシュが触られてキュイキュイと鳴きだしてしまったので、面倒になった俺は帰ることにした。カウンターに金を置いて、さっさと店を出る。すると女も、当然のようについて来た。
 ゲスで汚いモーテルを見りゃあ逃げだすかと思ったが、まったく女はしり込みしなかった。金の匂いにはとことん敏感らしい。事実上「お持ち帰り」になっちまった女を、俺は部屋に入れた。
 あー。畜生。
 男の本能にゃ勝てねぇ。

           ◇

 女はミネアと名のった。
「商売女を甘く見ないでね」と語尾を可愛らしく上げて言い、ミネアは物怖じせず俺に抱かれてしまった。甘く見るなと言う彼女は、俺がヤりながら目を閉じてしまったのもお見通しなんだろうか。
 どんな女も終わったら大抵ぐったり死んだようになるのに、彼女は俺に気を遣う余裕を持っていた。横になり頭を撫でてきやがるさまは、母親か姉貴かって雰囲気だ。もっとも、そのどっちもを俺は知らないんだが。
 気持ちいいんだか不愉快なんだか分からねぇ。
「誰?」
 ミネアが急に聞いてきた。質問の意味が分からない。顔をしかめると、ミネアは「ばぁか」と耳に息を吹きかけてきた。こりゃあ俺の年齢バレちまったか? 完全に子ども扱いだ。
「あんたの好きな子。私に似てる? その子を思いだしながら私を抱いたんでしょ?」
 やっぱり、お見通しだったらしい。
「似てねぇよ」
 俺は吐きすてた。
 吐きすててから、ちょっと考えて一言つけ足す。
「お前の方がいい女だ」
「ばぁか」
 また言って、ミネアは俺をこづいた。
「ペットロボット、その子の持ち物だったんでしょ? 後生大事に持ってる男が言うセリフじゃないわよ。見てみな、悲しそうな顔して、あんたのこと見てるわよ」
 言われて、俺はテーブルに放りだしたジャケットからウィッシュが首を出してこっちを見ていることに気が付いた。
 げ。本当だ。
 気持ち悪いぐらい情感たっぷりな目をしてやがる。まるでシホに見られてるみたいな気分になってしまった。あいつなら、こういう目をするだろう。怒るんでもなく軽蔑するでなく……自分が見捨てられたように感じるんだろうな。
 見捨てられたように。
 俺は──あいつを見捨てたわけじゃない。
 親と一緒の方が幸せに暮らせるだろうから、俺なんかと一緒にいない方がいいから、どう考えても俺は不釣り合いだから。
「ねぇ、あんた」
 黙りこむ俺の肩を、ミネアがポンと叩いた。
「人の恋愛沙汰になんて口出すモンじゃないけどさ。あのペットに向かってそんな顔するんだったら、捨てるか持ち主に会いに行くかしたら?」
 そんなに感情を吐露しちまってたんだろうか。苦いものを呑みこみながら俺はミネアに背を向けたまま憮然とした。すると彼女はそんな俺の背中にぴとっと貼りつくではないか。
「それで気が済んだら、また私を買いなさい。リピーターなら一度はタダにしてやるよ」
 ミネアが微笑んでいるのが分かる。肩胛骨を撫でる柔らかい唇。やべーなー。いい買い物だったかも知れん。
 取りあえず、もっぺんヤっとくかと思いなおした俺の下心を打ち崩すように、その時、事態は急展開したのだった。


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