4.

「ケヴィンってぇっ」
 と、シホは風に負けないように、俺の耳元で大声を出した。
 一台きり砂漠を疾走するバイクの周囲には、何もない。逆に言えば、砂をさえぎってくれるものが何もないってことだ。
「黙ってろ」
 俺は先ほどのヤツらからゴーグルとマスクまで失敬したので大丈夫だが、シホの小さな顔に合うマスクなどがなかったので、彼女は口に布を巻いてるだけである。それを、俺と喋るために取りたがるのだから我が侭な嬢ちゃんだ。
 チンピラどもをノックアウトしてバイクを奪ってから、シホははしゃぎっぱなしである。バイクが大型で改造しまくってあって祭みたいなチャラい乗り物になっちまってるのも、気分が高揚する原因かも知れない。
 一週間ほどで、俺たちは互いに慣れた。こんなにきゃいきゃい喋るヤツだとは思わなかった。おかげで道中がうるせぇうるせぇ。ただでさえ15時間しかない短い一日が、光速で過ぎる。
 俺は彼女が言いかけた言葉をつないだ。反重力で走るバイクを操りながら、少しだけ顔を後ろに向ける。
「俺が何だ?」
 俺の声もでかくなる。
 シホがくすくすと笑って背中に貼りついてきた。うーむ、ぴったり貼りつかれても谷間を感じないのが悲しいが、これはこれで悪くない。自然と俺の顔もゆるんだ。
「かなり無口だし見た目が怖いけど、本当はすっごく優しいよね」
 あいかわらず歯に衣を着せない。俺は返答に困ってしまった。一瞬、運転を誤りそうにまでなっちまったじゃねぇか。この外見とこの生活から、そんな言葉は言われ慣れてないんだ。
 シホはいい買い物をしたと言って俺を雇ったことを喜ぶが、俺は俺でいい拾い物をしたのかも知れない。彼女との旅はそう思えるぐらい、気分が良かった。
 楽しく生きて行ければ、この世は勝ちだ。そこへプラスして自分を価値ある者にしてくれる者がいた日には、これ以上望むべくもない幸福だろう。
 なんて。
 テツガクじみたモノの考えをしちまうのは、婆さんの影響だな。俺が生きてていい者だと口酸っぱく諭してくれた人だったので、小言が体に染みついちまっている。
「あ」
 そうこう言っているうちに雨が降ってきた。シホが小さく呟くと同時に、俺の拳に雫が当たってきた。こんな何もない場所で降られても、対処のしようがない。俺はゴーグルを少し直した。
「マントをかぶってろ。山に入る」
 俺は地平線にくっつくように見えていた隆起に向かって、進路を変えた。バイクは平らな、元々はアスファルトを走る用に開発された乗り物で、今はオフロードも可能なように改造してあるが、それでも山などは走りにくい。そう思って避けていたのだ。
 本格的に降る前に雨宿りできればいいが……と思ったが、そういう時の願いはつくづく聞きとどけられない。山の中腹へたどり着いた頃には、2人ともぐしょ濡れになっていた。一応は精密機械らしいペットのウィッシュちゃんは、とっくに鞄の中である。
 木々のほとんどない禿げた山を慎重に走りぬけ、雨をしのげる場所を探す。空が緑になっている。今日はこのまま野宿だな。
 運良く見つけた木のうろは、2人が体をすり寄せて入れるかどうかというほど小さい窪みでしかなかった。だがシホだけなら、充分広い。俺は濡れても消えない簡易ランタンを灯して鞄をうろへ入れると、彼女にそこを指し示した。
「入れ」
 ずぶ濡れのシホは今にも倒れそうなほど青い顔をしていた。風邪をひいたらしい。この星の雨は体に悪い。
 俺はホバーにビニールをかぶせつつ、その中から濡れていない毛布を取りだして彼女をぐるぐる巻きにしてやった。手荒く扱われ、シホが「きゃあ」とはしゃぐ。だが、その声も弱々しい。
 地球での手術は完璧じゃなかったのか、風邪ぐらいなら誰でもひいちまうってことなのか。
「ほれ」
 と無理矢理シホを、窪みに押しこむ。転がるように、彼女はそこに納まった。小さくしゃがみこんで、毛布の中から不安げに俺を見つめてくる。
「ケヴィンは?」
「俺は平気だ」
 木の前に立って窪みに背中を向け、雨が入らないようにしながらバイクを寄せた。風が逆方向らしいのを確認してから、うろを離れる。俺の髪からも背中からも、滝のように雨が流れ落ちていた。一度濡れたら同じだ。俺は勢いよく服を脱ぎ、上半身裸になってみせた。
「濡れた服は良くない」
 言いながらも俺はふり返らない。今さらという気もしたが、あの時にシホの裸を見たことと今の状況はまるで違うのだ。今の俺には彼女の姿を見ることができない。契約が成立するまで誠実でいてやるためだと薄っぺらな思考で自分に言いきかせてみるが、そろそろごまかしが効かなくなってきたようだ。
「ケヴィン」
 彼女の声が帯びている熱は、風邪のせいだけじゃないだろう。
 ふり返るには、少々ためらった。シホの声はうろの中から聞こえたものではなかった。入ってろっていうのに聞かない、このお姫さんは、まったく。
 舌打ちしながら、ふり向いた。
 俺にどうしろっていうんだ。
 俺は全部脱いでしまってあるシホの白い肢体から、目をそらした。


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