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3. もちろん彼女は俺を雇う。断れない。そう分かっていて突きつけた要求だ。撤回はしてないが「無事に送り届けたら、だ」と、うそぶき、俺とシホは出発したのだった。 俺は廃墟を漁りながら点々と移動して暮らす根無し草だったが、住みかを持っていないわけではない。ウォルクスへは物資調達のつもりで来たのだ。ホバーかバイクを手に入れたかったのに、手元に残ったのは変な少女一人だけである。そんなワケで、この辺りの地理には自信がある。地図も道具も揃っている。 廃墟を出ると、すぐに荒野が広がっている。装備なしでは渡っていけない砂漠も多い。俺たちは正確に時間を計りながら、45分歩いては15分休憩して進んだ。 ホバーがぶっ壊れていて歩きになっちまったので、背負える分しか荷物が持って来られなかったが、水と食糧が充分あるので少し安心している。着替えやらオンナノコ用品、当然ペットだって本人に持たせた。観光旅行じゃねーっての。 幸いこの地域は赤道から離れていて、ほどよく温かい。 星は小さいが、コアの運動が激しいのだろう。赤道付近はすべてがレアには焼きあがる灼熱の世界だが、その割に極地ではバナナで釘が打てる。グロースマーヤーが同じ北半球同士だから歩きの旅でも行けるかと思えたが、そうでなかったら南半球など人間の足では到底たどり着けない。 しかも南はすでにウイルスに犯されきっている、なんて噂もある。行き先が南だなんて言ったら、問答無用でシホを放置したさ。 「ウイルス?」 嘘の下手な子だなぁと思いながら、俺はシホを斜めから見おろした。とぼけた言い方が完全に浮いている。 俺は彼女に水筒を渡し、一口目を含んだところで取りあげた。俺も一口だけ、口にする。眉をひそめてシホが何か言いかけたが、俺は無視した。間接キスとかいう前世紀の遺物みたいなセリフを吐きそうだったからだ。 「どうもしねぇよ。ただ、そういう噂があるからグロースマーヤーが南じゃなくて良かったなってだけの話さ」 「……そう」 よっぽど言ってやろうかと思ったが、それも意地悪になるから言わなかった。『嘘つく時は左を見るな』ってな。目がさまよってる。 上等だ。 彼女が本当にただの移民なのか、グロースマーヤーにどんな連中が集まっているのか、ムーンの未来がどうなっていくのか見てやろうじゃないか。俺はそのうち真実を掴んでやろうと決意した。 未来のためにじゃない。 興味があるからだ。 しょせん俺は俺の子孫が残せるとは思っていない。 ──そう言ったら、シホは悲しそうな顔をした。 「決めつけちゃ駄目よ。未来は未確定だわ」 いちいち聖女のようなお方である。 だが旅の連れとして、彼女は悪くない相手だった。シホの口調は柔らかいながらも軽快で、話し方にブレがない。何が言いたいのか簡潔に明瞭に伝えてくる。そこらの女より、当然俺よりよほど頭がいい。 移民に選ばれ、キャラバン内でも守られていた娘だ。でなきゃチンピラに襲われて最後まで無傷でいられなかっただろう。おそらく本当に「お姫さま」に近い立場なのに違いない。 「何か?」 「いいや」 妙なところで妙に人を疑わない素直さは、コロニー製に近い。肝心なところに嘘をついて、はぐらかすもののバレてるワケだから、いかにそうした汚いものとかかわらずに暮らしていたかというのが、うかがい知れる。 彼女の目は、純粋無垢って言葉がぴったりだ。 「最適な体を開発しても、星が最適な環境じゃない。近いうちにムーンは滅びる」 「でも、まだ滅ぶと決まってはいないもの。私のひ孫は滅ぶかも知れないけど、私の子供は生きられるかも知れないわ」 「じゃあ、あんたはひ孫を滅ぼすために子供を産むわけだ」 シホはぐっと詰まったが、そこには俺への侮蔑が含まれているように見えた。分からず屋の俺とは問答を続けたくないという気持ちなのだろう。俺は俺で、小娘ちゃんになんぞ言いくるめられたくないわい。 「ケヴィンはさっき私のことを頭がいいって誉めたけど……」 シホがペットを撫でながら、とぼとぼと歩調を落とした。 「あなたも、チンピラにしては悪くないわよね。ウィッシュも直してくれたし。ちゃんとした教育を受けていたか、それに相当する大人があなたを育てたってことだわ。ケヴィン、どうしてならずものになったの?」 本当に言いたいことをズバズバ言う女だ。脅して黙らせるか喉をつぶしてやろうかと思ったが、まだ我慢できないほどではない。気が付けば、俺もずいぶん口数が増えている。 俺はまた前を向いて、シホを置き去りにして歩きだした。シホが慌ててついてくる気配が読める。ふり向かずに俺は言った。 「楽しく暮らしてたら、こうなった」 言ってから後ろを見ると、シホが睨んできた。俺の人生なんか聞いて面白いのかね。 「俺を産んだショックで母親が死んで、母親のヒモだった父親は、コロニーにいた道楽婆ぁに俺を売った。婆ぁは色々教えてくれたが、寿命でぽっくり。コロニーも天災で消えちまった。俺は正式な養子縁組をしてなかったんで受け入れ先がなく、親父も死んでたので今にいたる。OK?」 「……ごめんなさい」 シホはしゅんとしてしまった。彼女に同調したように、ウィッシュまできゅっと悲しげに泣きやがった。俺は別に何とも思ってないんだが、怒っているように聞こえちまったらしい。ここじゃ天涯孤独なんてのは、ありきたりの代名詞だ。 「シホだって似たようなもんだろ」 キャラバンでたった一人生き残った新移民だ、しかも女の子なんだしな。 と思ってから、そういえば……と俺は気づいた。彼女が全滅したキャラバンに取りすがって泣いたのは、最初の一度きりだ。それに壊れたペットを発見したら、そっちの修理に気を取られていた。今もあまり心を残しているようには見えない。 「あのキャラバンに肉親はいなかったのか」 シホが首を横に振った。 「父が。……でも、ムーンに降りたって冷凍睡眠から覚めて、その時に初めて顔を合わせた人だったの。だから実感がなくて……」 シホは急に悲しそうな顔をした。今までずっと父親のことを忘れていたのか、それを悔やむかのように、申し訳なさそうに顔を歪めている。 こういう表情は、理解できないでもない。親父が死んでると知った時、俺も複雑な気分になったものだ。 やっぱり似たようなもんだ。 「グロースマーヤーに、ちゃんとあてはあるんだろうな?」 この問いには、シホはしっかりと頷いた。 「祖父の遺産を、あちらのセンターが保管してくれてます。移住先でも苦労がないようにって、地球で私を育ててくれてたお爺ちゃんが手配してたそうです」 「間違いなく?」 「はい。着陸した時に、父が確認してました」 「その爺さんってのは?」 「私が手術を受けるぐらいの時に、入れ違いで」 亡くなった。 なるほど、シホの体はやはりムーン用に作りかえられているらしい。移住船の中で調整するのでなく地球で手術を施したってことは、相当な新型なのだろう。薬の投与なんてのは目じゃないに違いない。 だが、そんな新人類もいざ降りたってみたら、ムーンの過酷さと先住民の暴力には勝てなかったってことか。まぁあれだけ弱々しいキャラバンを組んでりゃ、狙われて当然だったがなぁ……。 シホは、5人乗りのホバーが4機しかない団体にいた。一機ずつ潰されてなぶり殺しにされかけていたところを、俺が助けたのだ。チンピラどもは10人ほどだった。けれどコロニー制の強化剤を前にして勝てると思ったあいつらはアホだった。加えて俺は強化剤にばかり頼らず、自分で自分を鍛えている。 婆ぁの言葉だけは、今も忘れられない。 『力は与えられるものでなく、自分で生みだすものよ』 他人から運良く得られるものなんて何もない。それが金でも、薬でも、だ。 得るに相当する努力を払わなければならない。お前が自分を鍛えたならば、あたしはそれに相当する強い薬をあげられる。お前が怠惰になったなら、たちまち薬はお前をむしばむことだろう。 婆ぁの口癖だった。 あれぞ鬼婆だと思ったもんだった。 どこまでサボっても大丈夫なのかなと思ったこともあったが、自分の間抜けが原因で死ぬのは嫌だし、何より鬼婆が怖かった。以来、俺は婆ぁの組んだ悪魔的トレーニングメニューを欠かしたことがない。今じゃ寝ることや食うことと変わりない。 俺の手首には、リストウエイトが着いている。強すぎる筋肉を生活用に制限している。手錠のようだと思ったこともあったが、これも今じゃあ慣れた。 俺クラスにまで強化剤を服用しているヤツは、まれだ。 「こらぁ、そこのお前らっ」 どこからともなく、下衆な声が飛んできた。 話しながら歩いていたら、ちょうどいい具合に数台のバイクが走ってきた。その上には皮ジャン着て鎖を振りまわす、おかしなヤツが乗ってるが、なぁに、どうってことはない。 降りてもらえばいいのだ。 next back index |