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2. 俺はここで生まれた人間だ。だから「地球」なんてものは知らない。 しぶとく生き残ってる年寄りはまだ地球を覚えていて、「帰りたい」と洩らしているらしい。辛気くせぇ。 赤い夕陽なんてヤツの方が、よっぽど血のようで気味悪い。ここでの空は紺に近いほど青いのが日中で、ポツンと小さな夕陽が黄色をしている。 無人探査機で恒星プロキシマ・ケンタウリを探索して見つけた星が、今俺が立っている衛星「ダークアフラシン・ムーンダスト」通称「ムーン」である。 プロキシマ・ケンタウリは地球から見えてる一番近い恒星だとか。 見つかった惑星はプロキシマ・アフラシンと名づけられている。アフラシンってのは何の名前を取ったんだったっけな……忘れちまったわ。 俺らが住んでるのは、アフラシンを回ってる衛星になる。月ってヤツだな。地球の衛星「月」が崩壊したのを偲んで、ムーンって名前がついたとか何とか。 調査団が降りたち、開発団がテラ・フォーミングをして移住団が住んでみる──その涙ぐましい努力に匹敵する星にならなかったことは、人類最大の失敗と言っていいかも知れない。増えすぎた人口をプロキシマに移して、人はここで第2の故郷を作りあげるつもりだったのだから。 OKと判断されて本格的に数千人を冷凍睡眠にして送りこんで、さぁここが楽園だよと宣言した途端に天災が続き、疫病が蔓延。創世一日目からいきなり裁かれ、安息日には世紀末だ。20年耐え忍んで星が落ちついた頃には、すべてが無茶苦茶になっていた。 40億年かけて育んだ地球環境をたかだか400年でやっちまおーってのが、そもそも、おこがましいっつーの。 とか言いながらも送りこまれた俺たちは、ここで暮らすしか選択肢がない現状なんだがな。送りこまれた人間は、くそ重てぇ重力に耐えるために筋肉強化剤を打ちこまれている。紫外線に耐えるためにメラニンを作りだす薬を飲んでいる。それにともない、体も変化してるって話だ。詳しいことはよく知らんが、平たく言えば地球へ戻れない体になっちまったってことらしい。地球には存在してない新型ウイルスの影響もあるとか何とか。疫病の原因だ。 時折、政府のお偉いさんが要人だけを手術して地球に送りかえしてるなんて、しみったれた噂も飛びかうが、しょせん雲を掴むような話だ。文字通り雲の上にいるヤツらの話だしな。 地球に戻れる船があるなんてぇ話は、ついぞ聞いたことがない。下手すりゃ船を飛ばして帰っても、地球のヤツらに撃ち殺されるんじゃないか? コロニーと呼ばれている高級な地域は、一握り。それもお偉い方々の住居に占領されている。 ってワケで地面を這いつくばって生きるしかない俺たちは、少ない物資を強奪しつつ、たくましく暮らしてるような次第である。 「食べるためには農業じゃないんですか? どうして奪うの?」 俺の生き方にシホが小首をかしげて見せる。 よくできました、優等生。実りの少ない痩せた土地を汗して耕すキャラに見えるか? 俺が。 キャラバンにあった服に着替えて、帽子の中に髪を入れたシホは、一見すると少年だった。さらしなしでも目立たない胸が可愛らしいというか哀れというか。 年を聞いてしまったので、余計、哀れに思ってしまった。16歳かー。それでこのチビっこさと貧乳は泣けるだろうな。……なのに襲われかけたことは、もっと泣けるかもなー。いやむしろ女としての格付けアップ? なワケねぇか。 しかし同い年とは思えん。どう考えても2人のサイズは同じ人間ではない。シホは俺の腰ぐらいまでしかない小ささだ。俺の腕一本と彼女の腰回りが同じぐらいじゃないか? とはいえ、同い年といっても、その辺りは定かではない。惑星アフラシンは恒星の周囲を15630日で回っているらしい。そして衛星ムーンダストはアフラシンの周囲を42日かけて回っている。さらに15時間自転である。地球を懐かしんだ先人が残した暦で、年を数えさせられているだけだ。いい加減に忘れろっつーの。 惑星年齢に換算すると222歳。恒星で言えばまだ一歳にもなってないっていうのは想像しにくい世界なので、今じゃ誰も年なんて気にしてない次第である。一年なる概念はないに等しい。覚えてられるか。 地球って星に行ってみたくないでもないが、俺にはおとぎの国である。 今は、とっつかまえた小動物の肉をいかに調理して腹におさめるかだけが、俺の現実なのだ。シホに「ペットのウィッシュに似てるから食べられない」と言われたソイツは、確かにGマウスと呼ばれていて、ふさふさの毛を全部むしり取ったら非常にネズミに似ている。Gに耐えるよう筋肉が発達していて堅いので、歯ごたえ抜群である。 だが今夜はこれしか食うものがない。 俺は言葉少なに、シホへ焼き肉を差しだす。 「いやなら餓死しろ」 お姫さんが行きたがっている道中は、ずっとこんなだ。 シホは泣きそうな顔をして、助けを求めるかのように周囲を見回したが、誰もいるわけがない。機能しなくなった高層ビルは、いつ崩れ落ちるか分からない。危険な場所に住むアホは俺みたいなチンピラどもか、本当のアホだろう。 さっき、お姫さまが自分で言ったんだぜ。まずは農業。分厚いアスファルトで固めた土地は耕せない。 彼女の可愛いウィッシュちゃんは電子音らしからぬ声できゅっと鳴くだけである。確かに外見がマウスくさいペットだが、ピンクの皮をはいで焼いたってうまくないだろう。さっきまで、壊れたコイツを修理させられていたおかげで出発できなかったのだ。もっぺん壊してやろうかと思うふざけた鳴き声だったが、仲間を全滅させられた失意のシホに迫らせて、やむなく直したものである。足の主軸が折れたていどの簡単な故障でなかったら、放りすてただろうが。神経線やらIDチップやら、何かと複雑怪奇なおもちゃだ。 シンとしたビル内に、パチパチと火のはぜる音が響く。俺はたき火に、わけの分からん書類の束をくべていく。シホは不安げな目で天井も見るが、実際には廃墟と言っても滅多に崩れるものではない。 まぁ死んだら死んださ。 「抱かれるのは覚悟できてもネズミは食えんか、お姫さん」 揶揄が効いたのか、シホは肉を受けとった。 「お姫さんなんて呼ぶの、止めて下さい。それに、食べ物だったら私たちが携帯していたものがあるはずよ。あの男たちをやっつけて、あなた、荷物を奪ったでしょう?」 当たり前だ。俺はシホの非難めいた険しい視線を受け流した。 「携帯食は非常用だ」 「近隣のコロニーに連れていってくれれば、数日でグロースマーヤーに行けるわ」 「この付近にコロニーはない」 「嘘。ウォルクス・コロニーがあるはずです。地図で確認したのよ」 「ようこそ、ウォルクスへ」 いい加減うんざりしながら、俺は大袈裟に両手を開いてやった。俺のオーバーアクションに一瞬きょとんとしてから、シホは意味に気づいて目を見開いていった。 「……嘘」 「入り口の看板とセンターのビルも確認するか?」 なかなか呑みこみのいいお姫さんだ。 目ざしていた地域にそびえ立つ、高層ビルの廃墟。崩れかけていて誰もいないのは、崩れたばかりに他ならない。そこをチンピラがたむろするのは、金目のものを探すからだ。 まだ壊れたガラスも散乱している、廃墟なりたてのビル街である。こんなことは日常茶飯事だ。天災は突然やってきて、何年分もの努力を砂のように崩していく。シホは首を竦めた。 「一度大きな地震が来たら、しばらく安泰だ」 微震は残るが、それも近頃はなくなった。シホたちが入手した情報は着陸する前、数週間は前のものだろう。 おそるおそる立ちあがって窓際から、しばらく辺りを眺めまわすシホ。後ろを、マウス型ペットがちぃちぃとついて跳びはねた。 やがて眺めるのに飽きたのか、彼女がふり向いてピンクのペットを抱きあげた。惑星が夜空に輝いていて、シホの横顔を明るく照らした。白い光が似合う、透けるような肌が際だっていた。そこに浮かぶ決意を秘めた顔も、凛としていて綺麗なものだ。 「ここからグロースマーヤーまで、どれぐらいかかりますか?」 「歩いて3ヶ月。ホバーがあれば半分」 「ケヴィンさん……あなたはここで、何もせずにいるんですよね?」 俺は彼女の言葉を予想して、ふっと笑ってしまった。 「何がおかしいの?」 「いや」 俺は肩を竦めた。面白い旅ができそうだと思ってな。 「報酬は金の他に、俺にグロースマーヤー住民権をくれることと、あんたの体だ。送り届けたら、楽しませてもらうぜ」 俺を雇うつもりだったのだろう彼女は、鼻白んでいた。 next back index |