外伝『荒野の一輪』

 それは、シホと出会って旅を始めた、最初の頃だった。
 崩壊したウォルクス・コロニーの周囲にも町や村があった。それらも潰れて、ほとんどの者は死にたえ、または土地を捨てて廃墟となっていた。そうした家屋も俺にとっては宝の山である。シホが眉をひそめるのなんか気にせずに、使えるもの探しをしていた時だった。
「……」
 何やら声が聞こえてきたのは、錯覚だと思った。
「ケヴィン、人よ! 人がいるわ」
 シホがそう言わなければ、いっそ聞こえなかったことにした。
 だが言われてしまっては仕方がない。俺は影で舌打ちしながら、声がした方を調べることになったのだった。
 少し離れた場所に、その家屋はあった。丸いドーム型の家だったが、地震の影響で壊れている。今でも新しい場所が崩れているのか、破片は新しい。その家の奥から、今度ははっきりと男の声がした。
「助けてくれ!」
 バンバンと何かを叩く音。床か、壁か。弱々しい声ではない。まだ昨日今日に助けを呼び始めたばかりのような元気のよさである。
 奥に行ってみると、子供の一人や2人はいそうな年したオッサンが床と機械に挟まれて、もがいていた。その目は俺が入ってきた扉を見ていた。ばっちり目が合っちまった。
 俺という人間の気配を察して、助けを呼ぶ声を強くしたのか、それとも本当に昨日今日に挟まれたところなのか。動けないでいるオッサンを後目に、俺は室内を観察してみた。なかなかいいモンがある部屋だ。
「お、これいいねぇ」
 わめくオッサンを無視して荒れた室内を物色する俺の後ろに、シホが追いついた。
「何やってるのよ、ケヴィン!」
 シホの声はそのまま俺を素通りして、オッサンを押しつぶしている物体に向かっていく。直後、声は「うーん」とうなる可愛らしいものに変わった。うなりながら、シホの声が微妙に俺に向いているのが分かる。なにげにシホのペットロボットのウィッシュまでが俺の側に立ち、俺を非難しているようである。ピンク色で迫力ねぇくせに、ふーっとうなりそうな顔してやがる。
 仕方がない。
 俺はオッサンの側に近づき、ひょいと片手で機械をどかしてやった。
 シホは、軽く立ちあがれるわりに腕力はないらしい。それが分かっただけでもメリットだった。俺はまだまだ、この少女のことを知らない。
「おぉ、ありがとう。……くっ」
 するとオッサンは謝辞もそこそこに、どこかへ向かおうとするではないか。けれど足が折れているようで、立ちあがりもできていない。這いつくばったまま部屋の出口を目指している。
「お、おじさん?」
 シホが慌ててひざまずいて、彼を止めようとする。と、オッサンが言った。
「すまんが今は急ぐ。地下へ……地下へ行かねばならんのだ」
 ならんのは分かるが、まったく動けていない。それを見たお姫さんの目が俺に向くのだから、たちが悪い。そんなでっかい目をうるうるさせて俺を見るな。畜生。
「どっちだ?」
 さすがにオッサンをお姫様抱っこなんぞしたくない俺は、彼を背負った。ムキムキ男の背中に乗るはめになるとは思ってなかったのだろうオッサンは、多少ビビったようだったが、すぐに、
「こっちだ」
 と道を示してくれた。
「あ、ありがとう。君たちは一体……?」
「通りすがりの者です」
 ピンクの小動物を抱いて、シホがあでやかに微笑む。
 こんな天使が通りすがった日には、思わず自分は死んだのかと錯覚しても仕方がないことだろう。俺はオッサンの呟きを聞き流した。

          ◇

 パチンと音がして、地下室に光が入った。
 途端に上がったのは、歓声と落胆の声だった。
 歓声がシホ。落胆はオッサンだ。
 地下への道中、オッサンは植物研究者だと名乗った。シンソダティーナントカカントカと名前も言われたが、覚えられなかったのでオッサンと呼ぶ。彼は俺たちの微妙な関係を察したのか、「旅するシホに俺が雇われている」と説明すると、それ以上は訊いてこなかった。
 そして地下室の植物が心配だからという理由で、急いでいた次第である。
 なぜならオッサンを押しつぶしていた機械というのが、植物を生かしていた装置そのものだったからだった。
 一見、普通の植物園だった。
 というか想像以上に広かった。
 本当に地下かと思える明るさと天井の高さが、そこを別世界にしていた。シホが歓声を上げても無理はなかった。彼女はオッサンの落胆を聞いて気まずそうに口を閉ざしたが、この光景なら落胆場所を探す方が難しい。
 緑が満載である。
 どれも、すべてが瑞々しくて、全部の植物が「私を食べて」と言っているように見える。っていうか、こういう景色を見てもやっぱり俺には全部食いもんにしか見えない。腰丈でさわさわと揺れる葉っぱは、こりゃ大根だっけか?
 シホのような愛で方はできない。彼女は草木の側にしゃがみ込み、ゆっくりと丁寧に葉を撫でるのだ。そんなことをして植物がどうにかなるのかねぇと思う。
 そんなシホを見ながら、俺の背から降りたオッサンが言った。
「パンニャが死んでしまった」
 オッサンが足を引きずってヨロヨロと近づいた一角には、確かに枯れた草が一本、立っていた。他の草木に隠れて見えなくなりそうだったが、その草だけは特別なシートがかぶせてあり、土の盛りも他とは違った。大事にされていたらしいことは、一目で分かる。
「一粒しか残っていない花だったんだ。育てて増やして、この荒野を花で埋めつくしてあげようと、死んだ妻に約束したものだった。この星のGに耐える花は、私の手元にこれしか残っていなかったんだ。妻が……妻が死んだも同じなんだ、私には」
 どっかで聞いたような話だなぁと俺が聞き流しているそばで、感動屋のシホはオッサンに抱きつかんばかりの目をしている。代わりにぎゅうっと抱きしめられてしまっているウィッシュが心なしか苦しそうだった。
 植物自体を見ることが少ない土地だ、こんな地下室を守っていたオッサンの存在も希有なら、食えもしない花なるエピソードもさらに希有というモンである。
 そんなモンの研究に命を張るヤツの気が知れない。
 俺は「なら」とばかりに、そこに実っていた大根らしき物体を引き抜いた。中からはひょろっとした赤黒い根っこが出てきたが、皮を剥いて火を通せば行けそうである。
「何するの?!」
 シホがぎょっとした声を出す。
 何するって……食うんだろうが。
「食糧を調達して、ここを離れる」
「ああ、いいさ。勝手に持っていけ。……どのみち私は、長くないからな」
 大の男が、はらはらと涙をこぼしながら、自分に酔ってるような言葉を吐いた。
「おじさん、何言ってって、ケヴィン!」
 途端、聖女の金切り声が地下に響きわたった。オッサンを怒ろうとしたシホの声は、後半、俺に向けられた。俺がオッサンを殴ったからだ。
 重力をものともせずに吹っ飛んだオッサンは、俺が手加減していなければ一撃で死んでいたに違いない。殺さなかったのは一言オッサンに言いたかったからであって、決して慈悲などではない。
 生きる気のないヤツには死んでもらった方が、食いぶちも増えるのだから。
 ぐぐと身を起こしたオッサンは、吹き飛んだ自分の体が今度こそ完全にパンニャなる花を潰してしまったことを悟り、号泣しだした。そこまで計算して殴ったワケじゃなかったんだが、オッサンにゃ効果的だったようだ。
 オッサンは「この野郎!」と俺に殴りかかってきやがった。
 ぱつんと大した音もさせずに、オッサンの拳を握りしめる。彼の顔が苦痛に歪む。利き手のようだったので骨は折らないでいてやるが、力を緩めるワケには行かない。俺はオッサンを見おろして嘲笑した。
「一撃で殺してやれなくて悪かったな」
「ケヴィン!」
 華奢な妖精が俺の腕にしがみつく。それと同時にオッサンの拳からも力が抜けていた。俺も手を放してやると、オッサンはへたり込み、俺に殴られて切れた唇から、血をぬぐった。シホとペットロボットが駆け寄り、オッサンの手当てを始めた。そういや骨折してたんだっけか。
 俺はまた黙々と食えそうな草を引き抜く作業に戻った。
「駄目よ、待って。やめてケヴィン」
 シホが手当てをしながら弱々しく俺を引き止めるが、彼女だって俺の言いたいことは分かるのだろう。消極的な止め方である。
 俺の手を止めたのは、オッサンの手だった。
 小さな実を摘もうとした手を、がっと掴まれたのである。
 オッサンの腫れ上がった頬は湿布に隠れてよく分からなかったが、ちょっと笑っているように見えた。いや怒ってるのかも知れない。声は憮然としたものである。
「それはまだ、これから育つんだ。こっちにしてくれ」
 オッサンは俺の手から小さな実を救い、枝葉をわけた中から太った実をもぎだしてきた。俺が痩せた草を引き抜きかけると、それも制されて、少し離れた土くれから立派な根菜を選りだしてくれる。シホもしばらく「わけが分からない」という顔で俺たちを眺めていたが、そのうちオッサンが引き抜こうとして苦心している姿に寄りそい、一緒に収穫を始めた。
 その時ふとシホが手を止めた。
「ねぇ、おじさん」
「?」
 オッサンが顔を上げると、シホは地下室の奥に向かうではないか。
「あそこに何か咲いてるわ」
 まるで子供のようにはしゃいだ声を出して、シホは彼の足をいたわりつつ、その場所へと向かう。気遣ってくれるシホに微笑みながら歩くオッサンの顔には、もう涙の跡がなかった。
「これ、何て花?」
「ああ、それはこれから実る野菜に咲いた花だね。カボチャかな?」
 温室育ちの野菜どもには、季節感というものがないらしい。もっとも“季節”なんてものすらも俺は知らないのだが。
 だが、その小さな黄色い花の背景には、どこか何か懐かしいものが感じられた。子供の頃、無理矢理食わせられたオートミールの味やら、コロニーの公園で遊んだ時の天然芝の匂いが思い出された気がした。
 それから、ふいに気付いて俺は少し笑ってしまった。
「この花、Gに耐えてるな」
「本当だわ」
 つられてシホまでくすりと笑う。気付いたらしい間抜けなオッサンは、とうとう声を上げてしまった。しばらく地下に、ほがらかな爆笑が響いた。
 ほどなく、俺たちの前に食糧の山ができた。
「どうするよ?」
 俺はオッサンを見ずに、声をかけた。
 オッサンも俺を見ずに、返事をする。
「また来い」
 俺は笑いそうになる口元を引き締めて、俺が持っている筋肉強化剤をオッサンに差し出した。俺が使っている強烈な方でなく、シホのキャラバンで拾った一般向けのものだ。これで2年は保つだろう。

          ◇

 そのまま担げる野菜もあったが、全部は持ちきれないし、道中ではすぐ痛んでしまう。そういってオッサンは野菜をシチューにして、真空パック加工をして持たせてくれたのだった。
 シチューだけではない。
 彼は自分の持てる料理の知識をすべて披露してくれたのだ。パンニャが死んだのを悼むように、オッサンは自分が育てた野菜を丁寧に調理していった。直したバッテリーを持ち去ることができないのは残念だったが、そのために調理台の諸々が使えずこの世からうまい料理が去るのは、もっと残念だ。
 その作業が終わった時、俺は思わず言ってしまったものだった。
「またパンニャは生まれるさ」
 まったく俺らしくない。
 そうだね、とオッサンは頷いた。
 表層は死んだが根っこが生きかえるかも知れないし、もうパンニャが死に絶えたとしても私には他の花々があるから……と、オッサンは言葉を続けてシホに微笑んだ。聖女ははにかんだ笑みを返しただけだった。自分の存在が人一人を救ったってことに気付いてないヤツは恐ろしい。
 オッサンはそんなシホの頭を撫でかけたが、なぜか俺の方をちらっと見て、その手を止めてしまった。それから俺にちゃんと顔を向けて、笑ったのだった。
「カボチャはうまいぞ」
「また来る」
「来い」
 カボチャという意味以外の何かを感じたのは、気のせいだろうか。何をどう訊くすべもなかったので、そのまま玄関を出た。シホも続いて、オッサンの家を後にする。見える限り、オッサンはずっと手を振っていた。
 しばらく歩いてから、シホが言ったものだった。
「私も、また来たいわ」
 そうだな、と言おうとして、それが軽薄な同意に思えて口を閉ざした。グロースマーヤーに向かうシホがここに戻る可能性など、今はゼロなのだ。俺が連れて来てやれるという保障もない。浮かんでしまったイメージはあまりに鮮明すぎて、俺を戸惑わせたほどだったが。
 イメージ。
 あのドームを中心に、周辺がすべて食えもしない綺麗な花で覆いつくされている光景だった。花の色は想像がつかない。だが、とにかく綺麗で、そこでシホがくるくると舞っているのだ。
 その中ではきっと、あのオッサンがカボチャをケーキか何かにしていることだろう。


fin



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