13.

 瞳の奥が暗くなっていくのを感じながら、言葉を思考の表面に出すのさえ億劫になってきて、俺は焦るシホに呼びとめられた。かすかに重みを感じる。仰向けに寝る俺の胸に、シホが乗ったのだろう。心地よい重みだった。
「駄目、待って、行かないで! お爺さんもいなくなって、お父さんも死んじゃったのよ。ケヴィンまで私を置いて行かないで」
 お爺さん? ウィッシュが爺だったんだぜ、そこにいるんだろ?
 そう思った俺の意見に、シホは否定のイメージを送ってきた。何と爺、最後の最後になって壊れやがったらしいのだ。シホをかばって銃弾を浴びて。
 精密機械は一発で粉々になった。
 何て呆気ない。
 あんなに俺を振りまわして好き勝手しやがった挙げ句に殉死か、この野郎。ピンクマウスのくせに格好いいことしやがって。俺がこの手でバラしてやると思ってたのに、できなくなっちまったとは。
 俺はシホの胸中を考えて、思考を途中で止めた。と言っても、ここまで考えたら今さら止めても一緒か。おもちゃみてぇにシホをもてあそんでいた張本人を、そうとは知らず可愛がっていたんだ。相当複雑な気分に違いない。
 できれば起きて、抱きしめてやりたいところだった。……なんて、またもや不用意に思っちまったせいで、俺の方が逆にシホに抱きつかれてしまった。
「大丈夫。お爺さんの満足そうなヴィジョンが見えたから。人間だった時より優しいお爺さんが感じられたから、私、幸せです」
 その言葉通り、シホの声音に曇りは感じられない。あれだけのことをされて、相手が改心したからといって許せるとは強者だ。
 爺、ロボットに乗り移ったせいで色々と考えることが増えたのかね。自分の思うようにできない俺の存在やら、今のシホやらを見て、考えを改めたりもしたのかも知れねぇ。だが今となっちゃ分からん。
 きっと死んだからこそ、そう考えるようにして許しを与えることで、シホ自身も救われるのかも知れない。しかし、親父殿も死んだというのが分からない。あいつはどうひいき目に見ても改心なんざしねぇだろ。
 そう思った時、シホからの思念が苦く暗いものになった。思念は言葉をなしていなかった。が、代わりに俺の脳味噌へ、ダイレクトに親父殿が死ぬ瞬間を伝えてきた。
 それは、タガの外れたシホが親父殿を殺した瞬間だったのだ。
 あの一瞬の間に沢山のことが起こったのだ。
 俺の撃たれた姿を見て発狂しかけたシホが、撃たれそうになって爺にかばわれ、その爺が殺されたために、さらに絶叫して力を開花させた──。
 シホの能力は普通、テレパシーと呼べるヤツのようだ。相手と意志の疎通をするということは、それだけ大きな負荷を相手の脳に与えているということらしい。普通なら力を調節して、そっと送るようにする波長を、嵐のような強さで相手の脳に叩き込んだら……。
 親父殿の最期は無惨だった。けれどシホはしっかりと、彼の姿を目に焼き付けていた。送られてくるヴィジョンが鮮明だ。自分の罪を胸に刻むように、シホは彼の最期を見届けていた。
 頭中の血液が沸騰したのか、穴という穴から吹きだして顔中を赤く染めて風船のように腫れ上がって死んだのだ。そんな死体が今まだ俺たちの側に転がっているのだ。シホは父親を手にかけた恐怖と後悔から震えているのだろう。恐ろしい姿にしてしまった屍がシホを睨んでいて怖いのかも知れない。それとも自分の能力に怯えているのか。
 どうやったって許せる相手ではなかったが、どう考えたって殺したこと自体は犯罪だ。正当防衛だろと思うが、シホにはそう思えないだろう。俺が親父殿を殺してやれれば良かったのに。
 ふいにシホから、言葉が束になって降りかかってきた。
「私は新人類です。ウイルスをはねのける力でなく、取り込める体になってるの。筋肉細胞が作りかえられてるの。人を殺すのをやめた新型ウイルスは私の脳に影響して、新しい力をくれた。お爺さんは移住計画の責任者だったから、私がこうなることを知ってたの。私は新型ウイルス適応者の第一弾なの。モルモットだったの。植えつけられたウイルスが私から髪の色を奪ったの。強い感情が能力を引きだす鍵になってたの。こんな能力、無駄よね。どうしてウイルスの影響がこんな形になって現れるのかの原因は分かってない。欲しくなかった。なのに引きずり出されて、私は……」
 とめどない告白の思念が、嗚咽と共に送られてきた。
 一気に暴かれた真相は、俺の小さい脳味噌にゃ処理しきれん。俺が分かるのは、喋り続けるシホが辛そうだっていう、それだけだ。俺は腕を上げられない代わりに、言葉だけでなく心全部で一生懸命、伝えてみた。
 大丈夫だ。大丈夫だ。大丈夫だ。
 呪文のように繰り返す。命が尽きる寸前まで、ずっと言い続けてやる。こんな一言でシホの人生が軽くなるとも思えんが、少しでも楽になれそうなら今の俺が言える言葉はこれしかないんだ。マジで親父殿は俺が殺してやりたかった。頼むから、もうシホを苦しめるな。
 俺は祈るように、ただアホみてぇに言い続ける。
 大丈夫だ。シホは生きてる。悔いている。これから先、いい風に変われる。今この場で死んだとしたら、悲しいままで終わってしまう。どうせなら生きてる限り時間はあるのだ、悲しみを払拭する方法を探して足掻いて生きのびて、少しでも楽しいことを味わって、笑ってから死ぬ方がいい。
 今すでに、いいことが起きてるんだ。シホの能力のおかげで、俺は今シホと会話ができているのだから。
「本当だ」
 今さら気付いたらしく、ようやくシホがくすりと微笑んだ。見えはしなかったが、感じられた。聖女がはにかむ、とびきりの笑顔だ。戦いなんて生臭いモンを終えて、さっさとシャワーを浴びて寝て、明日、もっといい顔で笑えばいい。
 死んだヤツの分まで笑うことが、生き延びた者に架せられた使命だと、俺は思う。
 使命なんて重苦しいモン自体が嫌いだがな。
「ケヴィンらしい」
 とりとめのないことをグダグダと考えていたら、お姫さんの顔色が良くなってきたようである。伝わってくる思念が明るく暖かい色になってきた。そうさ、その能力のいいところをもう一つ見つけた。シホの柔らかい思念で、俺の腐った脳味噌が暖かくなるって効果だ。これは大きい。
「いくらでも。ケヴィン」
 動かない俺の頭に、手が置かれたようだ。感触がひどく遠い。でもシホが顔を寄せてきたのは分かった。俺は唇に神経を集中した。ちったぁ味わっておきたい。
 ほんのわずかな熱が乗せられた後、俺の体はコトンと止まった。弱かった心臓の最後の鼓動が聞こえたような気がした。血の流れが止まる。思考が止まる。あまりにもおだやかすぎるこんな死は、俺には勿体ないご褒美に思えた。
 ケヴィンと叫ぶシホの思考も遠のいた。
 私も好きだと何度も聞こえた。過去形じゃない辺りがありがたいね。
 来世があるならシホの子供に生まれたいもんだ。
 むしゃぶりついてやる。


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