|
12. 「エラーが起こりました。藤波ジーゴ様の指紋と声紋を受け付けましたが、検視と脳波検知に異常が発生いたしました。最初から登録をやりなおして下さい」 そんな言葉が柱の中から聞こえてきた。落ちついた大人の女が喋っているような声だ。賢そうで少し冷たそうで……けれど、どこか懐かしい響きを持っている。 何が起こったってんだろう? 一瞬の後には、やけに静かになっていた。その、静かな空間の中に凛としたシホの言葉も響いてきた。さっきの声が聖母なら、シホの声が天使だろう。やっぱり彼女は聖女だ。 「マザー。たった今、藤波ジーゴは死去しました。藤波菅次郎の養女、藤波志穂がその権限において命じます。ムーンにおけるフジナミコーポレーションの全権限と無制限クレジットを凍結し、次回アクセスまでコロニーの現状維持に務めなさい」 一瞬シホも死んじまったのかと思ったが、そうじゃなかった。俺がまだ死んでないだけだった。 「承認いたしました。ようこそ藤波志穂様。所定の検知を受け付け、データとの一致を確認いたしました。登録完了です。これよりコロニーの運営はオートメーションシステムに移行、有権者の運営アクセスを一切拒否いたします」 天国で聞く神様の説教にしちゃあ、ドロドロしすぎで難しい。俺はぼんやりした頭で承認なる言葉について考えた。仮にもコロニーに住んでいたのだ、有権者の意味は知っている。要するにコロニー在住権だ。どうやって貰える権利なんだかを知らなかったんだが、どうやらグロースマーヤーでは、この柱に指紋や声紋なんかを登録して居住権を得るようになってるってことだろう。 シホの場合は、その権利と一緒にフジナミコーポレーションとやらのクレジットが無制限で与えられる仕組みになっていた……と思って間違いないだろうな。コロニーのどこに行っても何を買っても、彼女の声と指紋ですべてが手に入れられるのだ。それをジーゴとかいう親父殿が欲しがったのだ。 何か、考えてたら気持ち悪くなってきた。 無制限ってアリかよ。 しかもシホが権限を凍結したらコロニーの運営がそれに従うって。スケールでかすぎます。 「ケヴィン」 俺の意識に気付いたらしいシホが、俺の側にひざまづいた。ような気がした。目が開けられない。 もう体は痛くない。意識もあっちに行きかけている。ここでこの意識を手放したら、おそらく永久にさようならだ。何か喋らなければならない。でも声すら出ない。せっかく会えたのに、シホが無事だったのに、ねぎらいの一言もかけられないとは。 感謝の一言も。 好きだの一言も。 「ケヴィン。ありがとう」 シホの声が脳裏に響く。よせやい、と俺は思った。お前に感謝されるいわれはない。俺が言いたいんだ。俺がお前に、救われたんだ。 「そんなことない。私はあなたに救ってもらったもの」 シホからの返答に、思わず体が動いたような気がした。動けん。目も開かないし、口も動かない。 でも今、確かに意志の疎通があったよな? 「あったよ。ごめんね、ケヴィン。私があなたの脳に話しかけて、直接、読ませてもらってます」 ?! 2度、驚いた。 でもやっぱり動けない。 俺は確かに死にかけてる。 でも脳味噌だけは結構元気ってか俺。 ってゆーか、そしたら今まで俺が考えた恥ずかしい告解も全部聞いたのか、お前?! 「あ、ううん。この能力が使えるようになったのは、ついさっきよ。神経が高ぶってギリギリにならないと私は、こうなれなかった。ケヴィンの心は今聞いてる分だけよ。その……好きだの一言も、とか」 そこを抜き出すかよ。 「ごめん」 まぁいいさ。この方が素直に言えるってぇ話もあるしな。爺が言ってたシホの能力ってのは、これだったんだ。 そう思いながら俺は、シホから照れの脳波が送られてくるまで好きを連発してやった。中途半端に聞かれるよりは、開きなおった方が楽だ。 心残りもなくなる。 next back index |