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11. 俺はシホを小脇に抱えたまま、すぐに向きを変えて親父殿に突っこもうとした。ヤツらを蹴散らして、シホだけ逃がそうと考えたのだ。 けれどウィッシュの拍子抜けしそうに甲高い声が、俺の猛進を邪魔した。 「待て、こっちじゃ!」 「うわ」 マウスに鼻を引っかかれた。俺、主人公だろ。鼻ってどーよ。 「お前はヤツらを足止めせい! 志穂、来い!」 どうやら爺は「ウィッシュが喋れたなんて」というシホの驚愕に気づいてないらしい。俺は小脇のシホを放して、背を叩いた。力の開花とやらが何なのかは知らないが、それがシホの生きる道になるのなら何でもいい。 「行け!」 俺は物影に隠れて応戦しようとした。 が、その瞬間、最悪のジョークを突きつけられた。嘘だろ。レーザーが切れた。引き金を引いても、何も出て来ないのだ。ってゆーか最後のペチョって水鉄砲みたいな一発は何なのよ。レーザーらしい終わり方しろよ。 一か八かで俺は敵前に姿を現し、頭上の扉に手をかけた。 「うがあぁっ!」 叫んだが、なかなか動かない。上から下にかける力だ、案外すんなり閉じるかと思ったんだが……そうも行かないモンだな。 という、この間にも何やら色々飛んでくる。 けれど俺は爺の言葉を守って、そこから動かなかった。結局、俺はまだ爺を信じているのだ。 ピンクロボットが「志穂」と名を呼ぶ時に見せた目つきを、信じているのだ。ロボットだってのになぁ。 「いやぁっ、ケヴィン! ケヴィン!」 久しぶりに会ったってのに心のこもった、いい声で呼んでくれるもんだ。俺は血まみれになりながらシホにふり返って微笑んだ。俺の胸や足、腹などをどんどんと光線が切り刻んでいるようだったが、そんなことじゃあ俺は殺せん。爆弾とかグレネードランチャーぐらい持って来い。 シホは決意した顔で部屋の奥へと走った。今なら遺産だって開くだろうな。そういう意味では確かに俺の傷ついた姿ってのは効果的だった。 ドレスをひるがえして走る彼女の姿は、どこまでも見えた。ここはモニュメントの他には何もない、ガラスばりのドームだったのだ。外は180度パノラマ大絶景で、コロニーに林立するビル群と、その向こうの荒野まで見渡せる。さすが、一番高いビルなだけはある。 天井までもすべてガラスで、中央のモニュメントはガラスを突きぬけて天にそびえ立っている。水晶ってヤツだろうか。完全な円柱でなく岩のような肌をしていて、それでいて透明感があるが、どこか生々しく寂しげに見えた。まるでシホみたいに。 このムーンにあり得ないほど華奢で繊細な作りをしている水色の少女は、旅の頃とは違って、まさしく姫さまのような格好になっている。青いリボンをあしらった白いドレス。あいにく俺の血が着いてしまって台なしだったが、彼女の可愛さがそれを凌駕してありあまるってモンだろう。フリルとレースがたっぷりで、親父殿の趣味がいいこと、この上ない。着せられている本人は、ちっとも嬉しくないだろうが。 ドレスがひるがえった下に見えた彼女の足には、赤いミミズ腫れが何本も見えた。襟も詰まっているし長袖の洋服なので分からないが、体中に傷跡があるんじゃないかと思う。彼女の顔は、やつれていた。 そんな表情が記憶の最後になるのは残念だ。まだ死ねない。 「このおっ!」 俺は渾身の力で頭上の扉を引っぱった。 ドォンと重いものが落ちた。扉である。配線がどこか切れてくれたのか、急に軽く感じられた瞬間に閉まったのだ。おまけを少し入れて、お土産を扉の外に残して閉じた。 おまけは敵。お土産は、俺の爪先である。 「ぎゃあぁっ!」 断末魔の悲鳴が俺の側で幾つか上がった。俺は叫ばない。爪先が一つなくなったぐらいで男の子が泣いてられるかってんだ。だが扉に挟まれて切断された者は叫ばずにいられない。グロい光景に、俺はシホがあっちに行ってしまっていて良かったと思った。 が、生きのこって転がる者がいる。俺はすぐ、こいつらに飛びかかった。重い体がズンと揺れた。さすがに力尽きてくると、この星のGはちょっとキツい。 「貴様っ!」 転がった親父殿はまっさきに飛びこんできていたので無傷だ。傷は、俺に殴られた顎の赤みだけである。蹴飛ばしてやろうとした俺の足を避けて、親父は転がりながら撃ってきやがった。 レーザーじゃない。何かの本で読んだ。弾丸だ。切り裂くのでなく、俺の胸に一粒、何かが埋まったのだ。続いて腹に一発。容赦ねーな。 「早く……っ」 遠くなるシホを、目を細めて眺める。 ウィッシュ爺がシホに何をさせるつもりなのかは知らなかったが、どうやら俺はクライマックスシーンに不要な男だったようだ。視界から何もかも遠くなるのが感じられた。 「やべ」 俺の側を、親父殿が走りぬけた。待て、この野郎……と言ったつもりだったが、声になったのかどうか。次の瞬間には、俺は銀の床を舐めていた。頭が一瞬、鐘になった気がした。顔から落ちるかよ。マジ主人公じゃねーな。 が、その時。 「きゃあっ」 可愛らしい声が上がった。 シホが撃たれたのだ。俺は再び奮い立った。ヒーローがヒロインを守りきらんでどうする、畜生。 暴れだした俺におののくオヤジどもの声と、ウィッシュ爺の悲鳴が混じる。爺は肩を赤く染めたシホに、「早く開けろ!」と叫んでいた。それをシホの親父が「させるか」とうなりながら追っている。ここまで来ても、やっぱり遺産なのか。 「指揮権は俺のものだ、こんな……こんな小娘に託すなど」 シホが柱に手を突こうとしていた。 「柱が、金庫?」 名無しの皆さんを片づけて駆け寄りながら呟いた俺に向かって、水晶の柱は、頷いたかのようにキラリと光った。光の加減だろうか。 すると俺の足を制すように親父殿が銃を向けてきて、唐突に悠然と言いだしたのだ。 「あまりに言うことを聞かない娘をしつけるのは大変なものだね。パパがいいようにしてあげるよと言っているのに、駄々をこねてしまって、困ったものだ」 どこで学んだジェスチャーなんだろうか、親父殿は大袈裟に肩を竦めたオーバーアクションで俺に向かって苦笑した。同意を求められても困る。殺すつもりなんだろうがってぇ訴えを目線に込めながら殴りかかった。が、代わりに親父からは俺に対して、弾丸が一発。 至近距離のデカい弾丸に、不覚にも俺は崩れ落ちた。今度はどこが撃たれたのかも分からないほど、体中が痛い。 「次は頭だ」 「あああああっ!」 やけに落ちついた親父の声と、シホの絶叫が混じった。すると頭を撃たれたのではなかったようだ。 かすれる視界に、シホが柱に手を突いたのが見えた。がむしゃらである。俺が撃たれて興奮している。駄目だ落ちつけと言ってやりたかったが、情けねぇ、もう声が出ない。開くのだろうか。呑気にも、中には何が入ってるんだろうというのが気になった。漫画ちっくに金銀財宝か? でもさっき指揮権って言ったよな。何だそりゃ。 すると急に、モニュメントが輝きだした。 「?!」 ドーム型の室内いっぱいに光が満ちた。すかさず親父が反転して、モニュメントへ手を突いたのが見えた。 「俺だ、マザー! 俺を承認しろ、有権者は藤波ジーゴだっ」 狂ったように、割れた声。 と同時に、シホの胸におさまるウィッシュが、きーっとガラスを引っ掻いたような叫び声を上げた。 親父が銃をシホのこめかみに突きつけたのだ。引き金が動いた。スローモーションのようだったが、コンマ何秒の光景だったことだろう。親父殿の手は片方がモニュメントをしっかりと掴んでいる。水晶の柱は光りながら声を発したようだった。 何を言ったのか知らない。 俺は自分が起きあがれたのか叫べたのか、それともこの瞬間に死んだのかも分からなかった。 next back index |