10.

 コロニーへもセンターゾーンへの入場も、爺の権力で入ることができた。偽造なんかじゃない立派な許可証が俺名義になっているのだ。どこまで金持ちなんだか、ぞっとする。
 ビルへ入るのは、ウィッシュの記憶チップに印刷されていた爺の指紋と、録音されていた声紋で通過。このペットがやたら複雑なIDを持ってたわけは、これで分かった。ガードマンのいない玄関を通るのは赤信号を渡るよりも簡単で、かえって気味が悪かった。
 エレベーターに乗りこむ。
 ここまで、OKだ。
「おい」
 俺はピンクマウスに話しかけた。エレベーターに設置されている監視カメラを気にして爺と呼ぶのをやめたが、実際このカメラはどれほど役に立っているのだろうか。コロニー内は何重ものセキュリティに包まれていて、ここまで来ることができる犯罪者など皆無に等しいはずなのだ。
「何じゃ」
 あまり電池を使いたくないらしいウィッシュが、面倒そうな声を出した。
「なぜ俺を選んだ? 最初から狙ってたろ?」
 ウィッシュが「馬鹿じゃなかったか」とか何とか呟いた気がした。
「あの子がお前にだけは心を開いていたので、賭けた。テレパシーじゃな」
 それを聞いた俺は、内心で「やっぱクレイジーだ」と呆れた。
 が、今はその狂った愛に感謝すべきなのだろう。俺はシホを見殺しにしなくて済んだのだ。
 爺はこうも付け足した。
「お前も志穂を好いてくれとる」
 俺は天井を仰いだ。あの監視カメラをちゃんと見張ってるガードマンが存在しないと思いたい。今、俺はかなり所在ない顔をしているだろうから。
 俺が返答しないのを気にせず、
「それに、」
 と爺は続けた。
 同時にエレベーターが止まった。
 最上階だ。
 爺はここにシホがいる、と言った。
 危険信号を発している状態が続いているらしい。
 遺産が管理されている最上階に閉じこめられたままになっているというのだ。ウィッシュをおびき出すために、親父どもがシホを閉じこめたようだ……と爺は言っている。
 鼻で笑っちまう。
 俺たちを怒らせるだけなのに。
 エレベーターが止まり、扉が開いていくのを見ながら、俺はタキシードの襟を正した。
 爺が言葉の続きを吐きだした。
「お前なら犯罪者にしても心が痛まん」

          ◇

 彼女の居場所が分かるというウィッシュ爺が「こっちじゃ」と指さす方向に、俺はなるだけ平然と歩いた。でかく美しいドラム缶の中みたいな通路は、荒野を見なれた俺には気持ち悪くてたまらない。俺は閉塞感に顔をしかめた。殴ったらベッコリとへこんでしまいそうに脆く見える金属壁だが、実際には強靱な作りをしている。天災に耐えるように造られたビルだ。
 だが順調だったのは、そこまでだった。
 シホの父親が姿を現したのである。
「ようこそ。レイバー君だったかな?」
 えげつない間違え方しやがる。ケヴィンって名前にゃ労働者って意味があるらしい。無視して、俺は通路の角から姿を見せた親父殿に強烈な一発をご挨拶させて頂こうと、走り寄った。
 だが腕が届く直前で俺の動きは止められてしまい、オヤジ殿の悠然とした表情は崩れないままに終わってしまった。周囲から出てきた警備員たちが麻酔だろう怪光線を俺に打ちこんできたのである。せっかく用意された演出──俺のタキシードは、その役割を果たしたんだかどうかも分からねぇうちにボロ布になりやがった。
 待ち受けていたのか。だとしたら、これは爺の罠だったのか?!
「この!」
 俺は吼えて、雑魚を蹴散らした。廊下の角に隠れて、銃を取りだす。路地裏購入の銃がどこまで効くんだか頼りないことこの上ないが、至近距離に近づけないんじゃ仕方がない。あいにく俺の腕はロケットパンチじゃない。だが王子様ってなぁ役どころでもなかったことだけは確かだ。
 俺は服の袖を破って腕を動きやすくして、応戦しながらウィッシュを睨んだ。頭がふらつく。多分さっきのは麻酔だ。
「素敵な計画だな」
「お前とて乗ったじゃろうが」
 迎撃があるなんざ思わなかったからだ! 爺は『正面から堂々と乗りこめば、奴らは何もできん』と俺に説明した。あまりにも大胆すぎて顎が外れそうになった計画だった。だが爺が自信たっぷりに言うし、実際、途中まではまったく疑われなかったので、そんなモンかなと思っていたのだ。
 俺を生け贄にすることに、何の意味があるのだろうか。
「どうする?」
「知らん」
 ……このくそ爺、無事にことが終わったら、まっ先にスクラップにしてやる。
「ウィッシュはここだ! 遺産の鍵を開けたいんだろうが。こいつが壊れてもいいのか?」
 オヤジ殿に向かって叫ぶが、光のシャワーは一向にやまない。本当に壊れてもいいのか?
「ちっ」
 俺は迫ってくる人波を待たず、自分から飛びだした。爺に真相を問いただして活路を見いだすような余裕も頭もない。駆け引きなんざ、くそくらえだ。飛んで火にいる夏の虫だってんなら、火に入っても燃えない俺の力を思い知れ。
 俺はレーザーの舞い飛ぶ廊下を、実を低くして走りぬけ、爺が言う場所へ向かった。爺は変わらず、俺の肩に乗ったままである。
 ワケ分からん。
 分からんままにも、俺はせめて親父殿を一発ぶん殴りたかった。
 うまくあいつをクリアして扉を開けられたなら、その向こうにシホがいるはずなのだ。爺の言葉が確かなら。シホを腕の中へ入れれば、彼女を盾にしてオッサンたちを退けることもできる。……ってな思考はゲスだがなぁ。
 いらんことを考えてしまった俺の足に、激痛が走った。
「?!」
 何てこった、殺しに来たか。
 太股から吹きだす赤い液体を手で固く押さえて、俺はシホの親父を睨んだ。一目で悪役と分かる笑みが、むしろ見ていて気持ちいい。世間的にゃあビルに単身で乗りこむ筋肉馬鹿の方が、見るからに悪役だろう。だがアクション映画なら、傷ついても敵に向かう阿呆がヒーローに見えたりするんだ。たまにゃ格好悪ぃ不細工なヒーローもアリだろ。
 オヤジ殿の目は俺を哀れんでいた。
「可哀相に。その不気味なペットに何を吹きこまれたのか知らないが、我々に必要なのは君が傷(・・・・)ついた姿(・・・・)なのだよ」
「何……?」
「遺産を開ける本当の鍵は、志穂本人の開けようとする気力だ。お前を殺すぞとでも脅さなければ、志穂はわしに遺産をくれないんだよ。分かるかね?」
 じゃあ爺は、最初から俺をこいつらに引き渡すつもりで、こんな無茶な計画を立てやがったのか……?
 やばい。そう考えると、爺の不可思議な言動に納得が行ってしまう。まだ「そうじゃない」と信じたい俺がいるのに。
「違うぞ、ケヴィン! 確かにお前さんには死にかけて欲しいんじゃが、それはあの男のためじゃない。志穂のために必要なんじゃ、あの子の力を開花させるために……!」
 ちょっと待てーっ!
 肯定してどうする爺! まったく容赦がねぇ、いきなり本音大暴露かよ。
 足を止めてしまった一瞬の間にも、俺の体には次々にレーザーのようなものが打ちこまれているようだった。朦朧となる。視界が効かなくなる。俺は怪獣か? かも知れないな。
 いいように利用されて、それでエンドになってたまるか、この野郎。
 俺は目を見開き、怪獣らしく吼えながらオヤジ殿の顎にパンチを入れて、走りぬけた。ヤツが守っていた奥の扉がゴールインだ。
 ウィッシュが扉に飛びついて何やら操作をしたらしい。すぐにシャッと音がして、扉が上がった。考えてる暇はない。俺は転がりこんだ。起きあがったら、そこにシホが……本当にいた。
「いた」
 思わず呟いてしまった。爺を信じてたんだか疑ってたんだか。爺のことそのものを信じていたことと、シホがここにいると信じていたかどうかは別物だ。シホの存在感は、信じられないほど、薄い。
 現実かどうかも分からなくなりそうな儚げな少女だった。
 一緒にいるうちに段々とリアルになった。実在してる少女になった。可哀相で可愛い強くて弱い女になった。けれど親元に帰って姿を見なくなって時間がたってみると、俺にはシホの思い出がやけに薄っぺらい透明で綺麗なものになっていたんだ。
 こんなにはっきりと目の前にいるってのに。
 シホの方も信じられないと言いたそうな顔で俺を凝視していた。ちょっと眉をひそめているのは、俺の顔が怖いせいだろうか。服が破れて血だらけのためだろうか。俺は彼女に近寄るのをためらった。俺の体が彼女を汚す。
 まさしく姫と呼びたくなる格好をした、透明な少女が穢れる。
 が、すぐに我に返った。俺たちの視線が絡まったのは一瞬だった。耳に爆音が入ってきて、継いでウィッシュが「閉まらん!」と叫ぶのが聞こえた。扉が開いたままだ。
 せっかく感動の再会だってのに、あと2〜30秒ぐらいはくれないモンかね。
「ちっ」
 舌打ちして、俺は駆けこんだ。
「ケヴィン?!」
 ──汚してごめんな。
 俺は心中で呟きながらドレス姿のシホを小脇に抱え、部屋の奥に走ろうとした。だが足は2歩以上、動かすことができなかった。撃たれたからじゃない。走りかけてから、気づいたのだ。
 この部屋が巨大な袋小路だったことに。


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