1.

 少女は服を引き裂かれても、悲鳴を上げなかった。
 俺の手の中にあると、彼女のワンピースだったものはハンカチみたいに見えた。フリルとレースのついた上等な布の、上品なハンカチ。舐めてんじゃねぇぞ、このガキ。
 こっちは腐った街ん中で明日食うもんにも困ってんだ。チンピラどもから助けてやった礼に体ぐらい差し出しやがれ……ってのが、ことの経緯である。むろん食いもんも金もすべて頂くが。救いの主もチンピラだったってだけの話だ。
 辺りには、のし終わったチンピラどもの死骸以外には何もない荒野が広がっているばかりである。逃げた残りはもう見えなくなっちまった。いや、人工のものも、ちゃんとある。それも50階建てのビル街だ。広間のど真ん中、俺は噴水のそばで小娘を組みしいている最中である。
 ビルはすべて倒れかけた廃墟で、水のない噴水だがな。
 ドンとついた俺の拳で、アスファルトが砕けた。それを耳元で聞いて硬直しないヤツはいない。
 俺には特別製の筋肉強化剤が打ってある。それがために体つきも尋常じゃないほどデカイが、こんな街で暮らすには便利な体だと言える。怖れられている方が何かと都合がいい。逃げようったって無駄だ。
 悲鳴を上げない少女を、俺は恐怖で口が利けなくなったのかと思った。襲われたキャラバンで生き残ったのは、この子一人だった。その惨劇と俺の戦闘ぶりが彼女を怯えさせたのかと思っていた。怯えるなら、ちょうどいい。強姦されて嘆かない女なんぞ、つまらない。
 だが。
 この可憐な美少女は素っ裸にされても怯えないどころか、慈愛すら感じさせる深い眼差しで、まっすぐ俺を見つめてきやがった。
 華奢で白く、かすかな膨らみしか持たない肢体。色が抜けて水色になっている、まっすぐな長髪。二重の大きな瞳はまだ10代のいいトコ半ばにしか見えない。ガラスのように透明で海みたいに深い藍色をした目玉が、俺を捕らえて放さない。ふと俺は、海ってのはこんな色なのか? などと思った。
 すっかり手が止まってしまった。
「憐れみか?」
「いいえ」
 ガキは、聖女のように言った。
「この星に降りた時から、覚悟はしていました。行為一つで死なずに済むなら、幸せなことですから」
 清涼な言葉。
 ……とでも、言うのだろうか。
 事実には違いないのだが、やけにくっせぇドラマティックな言葉に聞こえた。少女の口から出たせいだろう。死なずに済むとは限らない。体が壊れるほどヤりまくられて捨てられるか、済んだらさっさと始末されるか。ヤったからって生きのびるとは限らない。
 生きのびたいなら、もう一つ。
 気に入られることだ。
 俺は身をずらしてあぐらをかき、彼女にハンカチを返した。と言ってもボロ雑巾になった布切れは、せいぜい大事なところを隠すことにしか使えなかったが。
 後で新しい服を調達せにゃならん。
「キャラバンを組んで、どこへ行く気だったんだ? この星は移住に向いてないって、地球政府のお達しが出たと聞いたがな」
 だから最新で揃えられたビル街も発展することなく廃墟と化したんだ。今さら新顔が来ると思ってなかった新星の開拓民は、年々悪くなる出生率を上げることも女を増やすこともできないまま、静かに滅びに向かっている。
 劣悪な環境は、女の生理を狂わせて体を弱らせる。
「はい……」
 彼女は少し目をさまよわせた。
「でも、この星が衰退している原因を突きとめたんです。解決法を持って、新しい移住者が到着しました。私もその一人なのですが、私たちは本船が到着したと連絡を受けて、西のグロースマーヤー・コロニーに向かうところでした」
 そんな話は聞いてない。噂にものぼってない。この生活から這い上がりたいヤツは沢山いる。新しい船が来たなどと分かれば、たちまち話が広がるはずなのだ。この星から出られるかも知れないという期待も持っちまう。
 少女は俺の顔色を察してか、うつむいてしまった。
「内緒だったってか」
「……」
 返事がないってことは肯定だ。先住民の俺たちに秘密ってことは、なかなか素敵な解決法なのかも知れないな、原因ってヤツは。
 この筋肉強化剤がいらないってことかも知れない。
 こんな華奢な少女が、苦もなく立ちあがれるのだから。
 俺は彼女の名を聞いた。
「シホ?」
 あまり聞かない名前にうろたえると、シホは「(こころざし)に稲穂の穂という漢字を当てます」と説明してくれた。チャイニーズかと訊きかけた俺に、シホは日本名ですと追加した。
 日本どころか地球についての知識ですら薄い俺だが、水色の髪なんて人種はあったっけ? ぐらいは疑問に思う。だが、さして問題でもない気がして、その質問は反古にした。副作用か何かだろう。
 今のご時世、生きるためなら副作用の一つや二つは誰もが持っているもんだ。
「行くぞ」
 当たり前のように彼女をうながした俺に、当然シホは戸惑った。だが、ようやく自分が助かったと悟ったらしい。当たり前だ、俺なんかがぶち込んだら一発で壊れちまわぁ。まだ殺さない方が面白そうだと判断してやったんだ。
「俺はケヴィン。もう、どこの国が混ざってる血だか分かんねぇけどな」
 俺はぶっくり膨れあがって隆々としている筋肉を覆う褐色の肌を叩き、くすんだ金髪をかきあげた。
 1.32Gという重力を持つ星ダークアフラシン・ムーンダストの地面を、シホが軽やかに歩きだした。


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