7(不安)
すっぽりと茂みに覆われている洞窟の出入り口は、見るからに「いかにも」だ。
さすがに2人は身を隠して、遠目から様子をうかがった。男たちが運んでいる荷物の何かがグールの気に障るのか、2頭がうなってしまってどうしようもなかったので、とりあえず少し離れた木の枝に縄をくくって、グールが寒くないように上着をかけてやってある。
船から荷物の積みおろしをしている男たちは、この洞窟の側に馬車を用意していて、そこから荷物を出したり入れたりしていた。洞窟の奥に例の船があるものと思われる、ここが隠れ港の入り口というわけだろう。
今クリフたちの目の前にある馬車は、船の怪しさに比べてずいぶん地味な商人風の車だった。車の御者席に座ってゴーナの手綱を握っている男もおとなしい格好をしていて、船の男たちの汚い服とは相当違う。
それらの様子にクリフは嫌な単語を思い浮かべ、否定してもらえると良いなぁと思いながら、オルセイにささやいた。
「海賊か?」
「嫌なこと言うね、お前」
オルセイが顔をしかめた。どうやら、彼もそう思ったらしい。2人が見てそう思ったのだから、あながち気のせいではない。
2人は“海賊”という言葉を、言葉だけ知っているものであって、どういった格好などとは見たことがない。日頃狩人で鍛えた勘が、彼らの雰囲気を「怪しい」と判断したのだ。冬服ではあれど、布の下に隆々たる筋肉が詰まっていることがうかがえる。そんな男たちが何人も寄り集まっていて、ただの商船と思う方がおかしい。
クリフはオルセイの服の裾を引っ張り、後退した。
「退散」
短く言う。言うまでもない、と思ったが。
国へ行くかどうかどころの話ではない。こちらは護身用のナイフを買っただけで、他に武器を持っていないのだ。見つかればどうなるか分かったものではない。
ところがオルセイは後方のクリフを掴み、
「待て!」
と引き止めるではないか。
まさか海賊相手に、船に乗せろと言い出すのではあるまいなとクリフが怪訝な顔をすると、オルセイは洞窟を指さした。
「見ろよ」
「?」
もう一度同じ葉陰に顔を寄せて、目を凝らす。クリフは黙って驚いた。
その後ゆっくりと、名を呟く。
「ルイサ」
「間違いない」
オルセイが頷いた。
荷物が一杯になった馬車と入れ違いに、新しいゴーナが車を引いてやってきた、その車から降りてきた人影がルイサだったのだ。腰までなびく金の髪と、あでやかな雰囲気。彼女が持つ独特の『華やかさ』は、洋服を地味にしても、なおにじみ出る。一度見た「踊り子」の姿は、脳裏から消そうとしても消せるものではない。彼女に対して男たちがへりくだっていた。
この森に入るなと忠告した当人がここにいる。あの女も一味だったのだ。様子からすると頭領なのかも知れない。船の存在を知られないように、クリフたちに「来るな」と言ったのに違いない。クリフは険しい顔をした。
「行こうぜ」
クリフが声を出した瞬間だった。
「?!」
景色から目を離したクリフと違い、食い入るようにルイサを見ていたオルセイは、ぎょっとして茂みから顔を引いた。
「どうした?」
「ルイサがこっち見た」
「え?」
クリフもぎょっとした。まさか、見つかるはずのない距離だった。クリフたちのように研ぎ澄まされた感覚を持っているなら、その気配を読むこともできるかも知れない。しかしクリフたちは動物を相手にする稼業のため、ある程度気配も消せる。それを分かるとは、到底思えない。
「気のせいさ」
「──あれでもか?」
とオルセイが言うので、再度クリフが茂みから洞窟を見ると、何とルイサがこちらに向かって歩いて来るではないか。男たちの誰かがというのでなく、ルイサ自身が歩いてくる。しかも不審な物音を聞きつけて、という感じでなく、優雅に、微笑みを浮かべているのだ。
どうやら、気のせいではないらしい。
どうする? という顔でオルセイがクリフを見た。クリフも同じ顔をして、肩を竦めた。
茂みをかき分けられて、しゃがんでいるところを発見されるのでは、格好が悪すぎる。2人は観念して立ち上がった。
ルイサはまったく驚かず、2人に笑いかけた。
「来たわね」
いつかの時と同じ言葉だ。自分たちの行動は彼女に筒抜けなのかと思うと、気分が悪かった。それはモロに顔に出たらしく、ルイサはクリフにウインクして見せたのだった。
「怒らないの。面倒な女に目をつけられたと思って、諦めなさい」
自分のことを「面倒な女」と言ってしまう辺りが憎めない。クリフの不機嫌は持続せず、オルセイも苦笑したのだった。
◇
「それで、どうすれば良いんだ?」
「交渉しましょ。洞窟の向こうにある船は見た?」
クリフが頷いた。見なかったことにしても、それで退場できるとは思えない。それにどうせ、ポーカーフェイスは通用しないのだ。もっとも、そんな特技もないが。
「あの船が何か、想像していて?」
ルイサが腕を組んだ。
洞窟の入り口に立ったクリフとオルセイの2人を男たちが取り囲み、どうにも落ち着かない。腕一つ動かせない雰囲気なのだ。男たちは一様に面白くない顔をしていたが、その顔に怖じ気づくのも嫌なので、クリフはなるだけ平然とした。見るとオルセイもそう思っているのだろうか、表情は穏やかだ。
いや、こいつはこの状況を楽しんでいるかも知れないな。
クリフは内心そう思った。
オルセイが言った。
「想像でしかないから、変なことを言ったら気を悪くするだろう?」
「こいつ!」
周囲の男が気色ばんだ。彼らを鎮めて、ルイサが振り返った。
「まあ良いわ。あなたたちがこの船に乗る気なら、追々分かることだから」
「乗る気なら?」
クリフが眉をひそめた。まさかとは思ったが、どうやらそのまさからしい。
「この船は、ヤフリナ国に行くの」
「ほう」
オルセイの声は素っ気ないが、クリフには分かった。オルセイは喜んでいる。港をさんざん歩いて探して、なかった船だ。今これに乗れるなら、海賊になりかねない。
「それだけじゃないわ。その後、ネロウェン国に行く予定なのよ」
決定的だった。
クリフは観念した。
「どんな交渉だ?」
「それは秘密」
「おい!」
思わずクリフは一歩足を踏み出した。その彼の肩に手がかけられる。気配は分かっていたので、クリフは振り向きもしなかった。自分の後ろに立っていた男だ。肩から感じる手の大きさや力加減などで、男の体格や実力は、ある程度想像がつく。クリフはその手を振り払った。
明らかなケンカの売り方に、周囲も色めきだった。クリフは、ずっとルイサを睨んだままだ。オルセイも展開を予知しかねて顔をこわばらせた。
するとクリフに手を払われた男が、
「やるか?」
拳を握った。
ルイサが「うふん」と笑って、顎を触った。けしかけたのだ。
「まず条件として、ギムに勝ったら船に乗せてあげるわよ」
ルイサの横にひかえていた大柄な男が、ずいと前に出た。クリフたちの一回りは大きい体を持ち、濃い髭を生やし、いかにもという風体だ。ケンカ好きそうな顔をしている。
そっちの展開かぁと思ったオルセイは肩を回して体を整えた。
クリフは直感的に、オルセイにギムという男を譲った。
「どうぞ」
どう考えても、自分の後ろにいる男の方が、このギムより小柄で楽そうだった。
「げ。怒ってたのはお前じゃん!」
「あ、汚ねぇ。オルセイが船に乗りたいんだろ?」
周囲を男たちに囲まれて険悪なムードの中で、突然言い争いを始めた2人に、皆が呆気にとられた。
ギムと呼ばれた男が、短く刈り込んだ灰色の髪の間に手を入れて、ぐしゃぐしゃと掻いた。
「どっちでも良いぞ。何なら2人いっぺんでもな」
がははと下卑た笑いが飛び交った。
クリフとオルセイはかばんを肩から下ろし、腰のナイフも下に置いた。
「でもこのケンカに勝つだけで、他に条件がないとは思えんのだがな」
「ええ、そうね」
クリフの問いに、ルイサはしれっと答えた。
しかしクリフの怒りを遮って、その後に続く台詞を言う時のルイサの顔は険しく厳しかった。今までに見たことのない、冷淡な顔だった。ただの脅しに聞こえなかった。
「けれど、ここに来た時点で、あなたたちに決定権はないのよ。あなたたちを見つけたのが私でなければ、殺されていたことを覚えておきなさい」
クリフはあんたでなかったら見つからなかったよと思ったが、その言葉は呑み込んだ。ルイサは遠回しに、断れば殺すと言っている。選択権も何も、自分たちにはない。
「まずは勝ちなさい。そしたら命が延びるわよ」
ルイサは、また先ほどの軽い調子に戻り、恐いことを言ってのけた。そんなルイサに、ギムが振り返る。
「ルイサ。こいつらが勝つと思ってんのか?」
「思ってるわよ」
ルイサは大きく3歩さがり、他の皆にも退くように手で指図した。場の中央にクリフとオルセイ、ギムとクリフに手をかけた男の4人が残った。
ギムが上着を脱ぎ捨て、拳を固める。後ろの男も剣を外す音が聞こえた。
クリフがオルセイの背中に回り、2人は背中合わせになって前後の敵と向かい合った。
かけ声はなかった。
助走もないのに、ギムは速かった。見た目より機敏だ。
オルセイはすかさず身を伏せ、クリフも、背中の感触でそれを理解し、同時にしゃがんだ。互いに自分の右側に、バッと飛ぶ。突然散った敵に、ギムが戸惑った。髪の黒い方、つまりオルセイを狙う。出遅れたが、もう一人の男もクリフに殴りかかった。クリフはそれを左腕で受けて、右拳を突き出した。
「ぐっ」
クリフに殴られた男が、体をくの時にした。
「そういや、自己紹介がまだだったな!」
言いながら、ギムが腕をぶんと振った。オルセイはそれを間一髪で避ける。汗が舞った。
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