継続 9.


 冬がすぐ目前の、雲の高い寒空であったが、夕暮れは今のガルダンの心を移しているかのように赤く燃え上がっていた。
 マハ家の屋根をも赤く染め上げ、まるで暖かく出迎えてくれるサーリャを、ガルダンに想像させた。胸を張り、玄関をくぐる。ガルダンは、ただいま、と思った。ボーンに引き取られ、今、違和感なくこの屋敷を自分の家であると感じたのである。
 玄関に立つ人間は、想像と違っていた。
「え?」
 召使い長のメリレルである。サーリャではなかった。執事も一緒に出迎えていたが、召使いは食事の用意に忙しいのだ、普通は玄関に出て来ない。
 まして、今日は特別である。忙しいはずなのだ。
 少ししわの入り初めているメリレルの顔に、いつもより深く険しいしわが刻まれている。不吉な予感がしてガルダンとボーンも、眉間にしわを寄せた。
「どうした?」
 口火を切ったのはボーンだった。馬を降り執事に渡し、メリレルの側に近付く。ガルダンも馬を降りた。
「彼女が、出て行きました」
 堅い口調で出された「彼女」と言うのが誰のことを差しているのかは、すぐに分かる。ボーンが目を見開いた。
 ガルダンは呆けた口をしてしまい、思いもよらないサーリャの行動に声が出せなかった。
 なぜ、という疑問もさることながら、気持ちが通じ合ったと思っていたサーリャの心が、まだガルダンに対して開かれてはいなかったのか、という悲しみの方が強かった。
 その胸中を察したのか、メリレルがガルダンに対して一歩進み出た。
「女性の立場として、彼女の気持ち、私には分かる気がするんです」
「どう分かると言うんですか」
 ガルダンは、ガルダン・マハに名を変えてもなおメリレルには、敬語で接していた。彼に礼儀を教えてくれた最初の教師でもあるのだ、そこに階級を感じたことは、ガルダンは、ない。
 しかし女性にしてみれば、そこには明らかに越えられない壁があるのだとメリレルは言うのである。
「ましてサーリャは……他国の人間。あなたの将来を考えるなればこその、決断だったと思うのです」
「行き先は言わなかったんですか?」
 言わなかっただろう確信があるものの、つい聞いてしまった。予想通り、メリレルは首を振った。
 ガルダンは悔しさに、歯を食いしばった。それは決断でなく逃げだ、と思った。
 他国の者だから――奴隷だからガルダンとは釣り合わない、などという理由で身を引くのでは、何の意味もないのだ。そう思っているのは自分だけで、ガルダンは、それらのことを乗り越える覚悟が出来ているというのに。本当に奴隷という立場を改善して行きたいなら、その程度のことはまず乗り越えるべきなのに。
 いくらファバムやガルダンが解放をうたっても、当の本人たちであるクグライバル人がやる気になってくれないと、話は進まない。奴隷でも充分生きて行けるから良い、と思うのであれば、それはすでに戦わずして負けているのである。
 逃げては、現状維持どころか事態を悪化させるのだ。
 サーリャには、力がある。
 そう思っていたのは、自分の独りよがりな思い過ごしだったのだろうか?
「サーリャ」
 呟いたガルダンの声があまりにも情けなかったので、ボーンは彼の背中をバンと叩いたのだった。
「しっかりせんか!」
 怒声を上げる。
「ボーン様」
 ガルダンとメリレルの声が重なった。
「歩きであろう? まだ、そう遠くには行っとらん。行くとすれば、クグライバルに戻る方向だろう」
 ボーンの言わんとするところを察したガルダンは、その言葉の意味に驚きを隠しきれなかった。
「良いのですか……?」
「すぐ帰って来い。2人でな」
 ボーンは笑顔で頷いた。
 執事が、一旦馬小屋に戻したガルダンの馬を引き連れて、そばに立っていた。
「悔いを残すな」
「はい!」
 勢い良く頷き返して、ガルダンは執事から手綱を受け取り、再び馬に飛び乗った。
 いつも、ずっと変わらずにいてくれたボーンの存在が嬉しかった。初めて出逢った時は訳も分からず拾われて、何を考えているのか分からない男だった。とにかく利用して自分を磨こうと思ったが、自分が利用しているのか彼に利用されているのかも分からず、居心地が悪かった。不明な点が多かった。
 しかし、ボーンは変わらなかった。
 ただの1度も嘘をつかず、ガルダンの悩みをも成長に変えて、大きくなることを見守ってくれていたのだ。ガルダンが少しずつ飲み込んで理解して行くことを、待ってくれていたのだ。信じてくれていたのだ。
「行って来ます! 父さん!」
 ガルダンはそう叫び満面の笑みをボーンに残してから、馬の腹を蹴って走り出した。





                                      FIN





   あとがき

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