|
継続 8.
ガルダンが持っていた分も、トマジに渡した分と合わせて、全部の証拠がボーンの手から王に手渡された。 その開封は全ての諸侯らが集まった大広間で行われ、その朗読が終わった時、ルガイヤはその死を当然のものとして皆に蔑まれることとなってしまったのだった。 すでにこの世にいないことは、幸福だったのか不幸だったのか。 少なくとも生きながらにして罪を言い渡され、恥辱を味わわされることになってしまった大司教らにとっては、ルガイヤの死は上手い逃亡に見えたことだっただろう。彼らには到底自害する勇気などなく、国を追い出されさすらう日々が待っているのだ。 手紙の概要は、誰もがにわかには信じられないような計画だった。 『バルドナット国の“危険分子”を排除し、第1王子イスクを抱き込み、エルアルバ国にこれを全面的に引き渡す』 と言った内容のものが。 誰もが一度には意味が分かりかねて、朗読係はそれらを3度読み上げたほどだった。 つまり、 まずルガイヤと大司教らが、エルアルバ国と密通していた、というのがそもそもの始まりだった。 そして、 国土を広げたがったエルアルバ国の欲望と、 国教を広げたがった大司教らの欲望と、 この国を何とかしたいと思うルガイヤの欲望とが、一致したのだった。 ルガイヤは、この国を何とかしたいと願っていたのだ。 少なくともボーンは、そう思った。彼は“国”という小をつぶして、“人”という大を取ろうとしたのではないか、と。 「ルガイヤ殿は、いつも、いつでもこの国のことを考えている、と言った」 ボーンは呟くように静かに言った。 そのボーンがいる生成り色のカーペットにはもう、先日の生々しい血の跡は影もなく、以前と同じ落ち着きを取り戻した部屋になっていた。あの騒動から、もう2週間が経とうとしていた。 ガルダンが最初に緊張して入室した時と違い、ファバムの部屋の空気は、驚くほど穏やかだった。部屋の主人のファバム自身が、穏やかなせいであろう。机を囲んで彼の向かいに、若干回復したガルダンとボーンが座り、3人はことのあらましについてポツリポツリと言葉を交わしていた。 ボーンが続けて言った。 「エルアルバ国と開戦になれば、多くの血が流れる。かの国は我が国より大きい。戦うのは得策でないと思っていたのだろう」 将軍であるボーンを捕らえ、頭の切れるファバムを封じ、国王を亡き者にしてしまえば――後には烏合の衆が残るだけで、実質バルドナットは滅んだと同じ状態になる。と言うのが、ルガイヤのもくろみだったらしい。 二分していた“国境の盗賊”の一方は、ボーンがエルアルバ国に牽制をかける為に使っていた勢力だったのだが、もう一方をルガイヤが掌握し、エルアルバとの密通や、自分の私兵として良いように活用していたのだ。いや、ひょっとしてルガイヤが使う一派はもう、エルアルバが派遣して来た正規の軍だったのかも知れないが。 そして無傷で領土を明け渡し奴隷を捧げ、その報酬に、大司教はエルアルバへも布教出来るようになり、ルガイヤは、属国となったバルドナットを収める役目を貰う、と言うのが密約の全てだった。 「全く……」 ファバムは言葉もなく額に手を当てた。 しかしガルダンは、複雑な気持ちだった。そのように聞いてしまっては、どちらが正しかったのだろうかと言う気分に陥るからだ。 国を守り戦えば、人が死に、土地が傷つくのだ。もし負ければ、ルガイヤが成そうとしていた属国と言う立場より、もっとひどいことになりかねない。 「俺は――私たちは、ルガイヤ卿に従うべきだったのでしょうか?」 「いや。ルガイヤは、大きな過ちを犯している」 力ないガルダンの言葉に応えたのは、ファバムだった。俯き加減だった顔を上げると、清々しくまっすぐなファバムの顔がそこにあった。 「奴隷のことだ。クグライバル人たち。ルガイヤは、彼らを道具として扱った。それは、計画が実行された後も変わらず、やはりエルアルバ国も奴隷として彼らを使う気だっただろう。私たちバルドナット人を奴隷に差しだしはしない代わりに、彼らを犠牲にしようとしたのだ」 そのファバムの説明に、ガルダンはようやく自分がファバムのことを誤解していた点に気付いたのだった。 「ファバム様……。あなたはもしや、クグライバル人のことを、大切に思ってらっしゃるのですか?」 身も蓋もなく露骨に尋ねたガルダンの問いにファバムは照れたのか、少し明後日を向いた。しかしすぐ真顔に戻り、ガルダンとボーンに向き直った。 「ルガイヤの消えた今だから、ここでこの話が出来るが……。奴隷解放をすべきだと最初に言ったのは、私だったんだ。5年前に提唱した。だがそんな考えは危険だとして、私はルガイヤに暗殺されそうになったのだよ」 「え……?!」 ガルダンだけでなく、ボーンの驚きも重なった。5年前の暗殺未遂事件について、実のところ詳しいことは誰も知らなかったのである。 「今にして思えば、あれは暗殺でなく、脅しだったのかも知れないが。確証がないのでね、終わった今でも実際そうとは言い切れないことなのだが。――あの時、乳母や侍女も全て殺した犯人は、外部から侵入して来たものと思われていた。そしてその者と、その頃私の側近をしていた者が戦った、とね」 「そう聞いております」 ボーンが頷いた。 ファバムは机の上で手を組み、その上に顎を乗せた。 「ところが、あれは本当は側近と私が戦ったものだったんだ」 「何ですと?!」 これは心底驚愕だったらしく、ボーンは机に拳をドンと置いて叫んだのだった。咳払いをして、乗り出した身を椅子に戻す。ガルダンも座り直した。その様子に、ファバムは苦笑した。 「無理はない。彼は私の、その頃一番大切な親友だったからな」 その台詞に、ガルダンはかつてルガイヤと話をした時のことを思い出した。側近を失って以後、特定の従者も誰もそばに近づけさせなくなった、ファバム。 「ショックは大きかったよ。信じていた友に裏切られたのだからな。彼は最後まで、黒幕が誰かを言わなかった。その代わりに言ったんだ。『誰が味方で誰が敵か、分かりませんよ』と。言われるまでもない、もうすっかり混乱していたさ」 ファバムは肩を竦め、少し笑ってから続けた。 「彼はルガイヤの甥だった。だから密かに、ルガイヤではないかと思っていたんだ。けれど仮に敵が誰かが分かっても、私には戦う術が分からなかった。どこで誰に見張られているかも分からない。私の余計な言動で、父上や兄上に危険が降りかかることも、怖かった。愚かなフリをして自分を守る臆病者になったのだよ、私は」 最後には自嘲するような口振りになったファバムに、ガルダンは緩く首を振った。 そんなことはない。 そんなことはないと思うが、そうだと言い切る彼の気持ちが、ガルダンには痛いほど理解出来た。 具体的にこうした話を聞かずとも、どこか似ていると感じられていたファバムの性格は、ガルダンがそう感じた通りの性格だったのだ。非常に似た2人だったのだ。 人を信じたいのに、信じられない。 近づきたいのに、近づけない。 防御をした、自分の心。 ガルダンは今この時、ファバムの本当の友人になりたいと願った。 完全に心を開き、許し、ファバムの心を受けとめたいと思った。 「ファバム様は、ご立派です」 言った自分の声が震えていたので、ガルダンは口を引き結んだ。涙が出そうになっていたのである。ぐっと堪えた。 「お強いです」 「ガルダン。ボーン卿」 ファバムが立ち上がったので、ガルダンもボーンも席を立った。 ファバムが手を差し出した。 「これからが、もっと大変になる。戦争になるだろう。私は出来ればクグライバル人の力を戦争に借り、勝利した暁には彼らを奴隷から解放する、という提言を、父上に通したい。そう簡単ではないと思うし、我が国が勝つかどうかも分からぬのだが……手伝ってくれ」 熱く語るファバムの右手を、ガルダンは力強く握りしめた。その2人の手の上にボーンが手を乗せ、頷いた。 考えてみればこの時、ガルダンは握手というものを生まれて初めてしたのだった。 それぞれの手の平がじんわりと熱を伝え合い、心までをも伝え合うような、生涯記憶に残る暖かさだった。 |