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継続 6.
「馬鹿!」 飛んで来た怒声は、彼女のものである。 開いた扉から見えた女性はどう見てもクグライバル人であり、トマジの脳裏には「奴隷だ」としか浮かばなかった。しかしこれだけの怒りを見せるガルダンが、迷いもせず彼女をサーリャと呼んだのだ、ただの知り合いではないだろう。 トマジは扉の影に身を隠し、ガルダンに預けられた手紙を服の中に押し込むと、息を殺し、寝室の様子を見守った。本当は逃げた方が良いと頭では分かっているのだが、感情が、トマジの足を止めたのだ。 「どうして出て来るのよ、逃げれば良かったのに!」 「まさか、灯台もと暗しだとはなぁ」 泣き叫ぶサーリャの手を後ろに捕らえ、ルガイヤは彼女の首に剣をあてがった。いつの間に出したのか、大ぶりの長剣である。剣が出て来ると思っていなかったガルダンは自分の浅はかさを呪ったが、それを言うなら飛び出すこと自体が浅はかなのだ、同じと言えば同じである。内心、苦笑した。 優位に立ったと確信したルガイヤは、満足の笑みを浮かべた。しかも彼が書斎から出て来た為、寝室の手紙は無事だったのだと思い、その笑みが安堵に変わった。 「命を捨てて、女を助けるか。良い男だな、ガルダン」 ルガイヤが余裕の揶揄を放つ。 「サーリャを放せ」 「剣を捨てろ」 「彼女が先だ」 「なら、同時と行こう」 ルガイヤは彼女を盾にしたまま、ゆっくりとベッドから離れ、窓を背にした。一瞬ルガイヤの顔が逆光で見えにくくなったが、月の光は弱い。眩しいほどではない。 自然にガルダンもすり足でフロアの真ん中へと移動し、廊下への出口扉を後方にした。剣を持つ向きを変え、前に差し出す。投げる素振りをした。ルガイヤも剣を少し下げる。 「離すぞ。……1、2、3!」 2組の真ん中にガルダンの剣が投げ出され、同時に飛ぶようにサーリャも走った。 しかしそれらは、時間稼ぎだった。 「ルガイヤ様!」 サーリャが走った直後にガルダンの後方の扉が開き、廊下から、異変を聞きつけた兵らがわらわらと入って来たのである。ルガイヤが叫んだ。 「賊だ、捕らえろ!」 驚いたガルダンは思わず振り向いてしまい、その間にも兵の剣が襲って来る。慌てて避けた。しかし2度目はない。 「ガルダン!」 その叫びは、女性のものだったか男性のものだったのか。 気付けば、見るに耐えなくなったトマジが飛び出してガルダンにせまった剣を受け止めているところであり、サーリャはガルダンの投げた剣を拾って、ガルダンに向かって投げているところだった。 「こしゃくな!」 ルガイヤがサーリャの背中に向かって、斬りかかろうとした。 サーリャの投げてくれた剣が、スローモーションのように遅い。 ガルダンはトマジの厚意に甘えて、自分の剣を受けとめに走った。 サーリャも走りながら剣を拾って投げてくれたので、体勢を崩してしまい、転んだ。 ガルダンが剣の柄に手を伸ばす。 転んだ彼女の上に、ルガイヤの剣が振り上げられた。 柄を、掴んだ。 金属音が鳴り響いた。 ガルダンはルガイヤの剣をはねのけ、サーリャをかばった。 サーリャが立ち上がり、ガルダンの背に隠れた。とは言ってもその後ろにはまだ兵が3人もひかえていて、トマジが一手に相手をしてくれている状態だったが。 だから悠長にそれを見物はしていられない。サーリャが悲鳴を上げ、襲いかかって来た兵の気配に反応してガルダンが剣を振った。 兵が飛び退く。ガルダンは剣の舞を止めず、1人を突き殺した。 「お前ら!」 トマジが叫んだ。 「ガルダン、こいつら“国境の盗賊”だ!」 「何だと!」 その顔形の微妙な違いに、気付いたらしい。かつてトマジが同僚として仕事をした者がいたのかも知れない。ルガイヤの私兵がやたら多いのは、この為だったのだ。 その事実から今問題なのは、彼らが戦いのエキスパートだということだった。 トマジは壁を背にし、身動きの取れない代わりに背後から襲われないようにして2人と戦っている。腕前は互角以下のようで、トマジは寝室内を逃げながら戦った。ガルダンが1人殺してくれたおかげで2人のうち1人がガルダンに向き、少し楽になった。 「サーリャ、隠れてろ!」 背中に張りつかれていては、思うように動けない。そう思ったガルダンはルガイヤを攻め、もう一方の兵からの攻撃をかわしつつ、2人をサーリャから引き離した。剣技では勝てそうにないと悟っているルガイヤは、何とかもう1度サーリャを人質に取ろうとするが、ガルダンの剣がそれを阻んで思うように動けない。 「強くなったものだな、ガルダン。あのボーンに育てられただけのことがある」 ルガイヤが笑いながら言ったが、ガルダンは相手にしなかった。気を抜くと負けなのだ。 「知りたくないか? どうして奴がお前を拾ったのか」 無視しようとした。 「あの頃、奴は自暴自棄だった。試合でたまたま見つけたお前を育て、気を紛らわせようとしただけなのさ。無理もない、妻があんな状態になってはなぁ」 「うるさい!」 つい、口が出た。ルガイヤがニヤと笑う。ガルダンの手元が狂った。腕を、誰かの剣がかすめて行った。 「お前はただのおもちゃ、ペットで、それ以上の意味なんてない!」 「黙れー!!」 ガルダンの怒りが剣にこめられる。怒りを乗せた剣はうなり、兵の1人の腹へとめり込んだ。だがめり込んだ剣が、相手の腹筋に邪魔をされて、抜けない。そこにルガイヤが襲いかかった。 ガルダンは潔く剣を捨て、今刺したばかりの男の背後に回り、ルガイヤの剣を避けた。 「っ!」 ルガイヤの剣が、兵の胸を傷つける。最後の命がついえ、兵が絶命した。その彼が倒れる前にガルダンは彼の右手に手を伸ばし、剣を掴むと、彼を捨ててルガイヤに向かった。 男の影になっていたガルダンの動作を見切れず、ルガイヤが不利になった。 今や1対1。ルガイヤは焦った。 彼を動揺させる言葉が思いつかない。 剣を交える。瞬間、鼻先が突くほどの間近にルガイヤと顔を付き合わせ、ガルダンは思い切り彼を睨んだ。 「ボーン様が俺のことをどう思ってくれてるかは、分かってる。貴様に言われる筋合いはない」 ルガイヤが飛び退く。ガルダンは彼を追いつめようとした。 しかし状況はガルダンたちにとって悪化した。 援軍が来たのである。 屋敷にいた他の兵らが入室して来て、ガルダンとトマジに剣を向けて来た。 1対3。1対5。 まだ増えるだろう。 「この野郎!」 もはやまともな戦いではない。 トマジは戦い、傷を負いながら、心のどこかでやっぱり逃げれば良かったなー、と思っていた。しかしガルダンの性格の何かが彼に乗り移ったかのようで、逃げられなかったのだ。ガルダンを見殺しに出来なかったのだ。 ガルダンの方は何も考える暇などなく、ただ隅に隠れたサーリャをかばうだけで精一杯である。 トマジは走ってベッドの上に逃げ、毛布を広げて敵の上にかぶせて目隠しをしたりなどして、工夫して戦った。 「ぎゃあ!」 運良く1人倒せた。 「ぐわ!」 ガルダンも、一瞬の隙をついて剣を兵の首に叩きつけた。そのスピード、身のこなしは、ボーンに勝るとも劣らない。明らかにまだルガイヤたちの方が有利だと言うのに、恐怖で背筋が凍るほどだった。 「ガルダン!」 隠れていたサーリャに、兵の1人が襲いかかっていた。 「サーリャ!」 チェストの影から転がり出て、何とか剣を避けた。転がった先に死体があったので、サーリャはその死体が持つ剣をはぎ取って立ち上がった。 だが剣は重く、彼女の細腕では思うように動かない。遠心力で2度ほど振り回し兵を威嚇するが、それは到底何とかなる腕前ではなかった。 ガルダンが剣を振りながら、サーリャの元に走る。 彼女をなぶっていた兵に、こん身の力で剣を振り下ろした。 サーリャの目の前で、兵の頭がすいかのように割れた。その向こうに、ガルダンの血みどろの顔が見えた。必死の形相。これだけの敵を目の前にして、一歩も退かない強い目に、サーリャは釘付けになった。 嫌いだと。あなたを利用しただけだと、あれほど散々にののしったにも関わらず、ガルダンは6年前と変わらないまっすぐな目を、自分に向けてくれるのだ。ひたむきに愛しい目を。 いつか俺はサーリャを守りたいのだ、と言うのがガルダンの――いや、コルチェだった頃の彼の、口癖だった。理不尽な大人たちに対抗し得るだけの力が欲しい、という願望もあっただろう。その理不尽さがコルチェにだけでなく、サーリャにだって及んでいるのを、彼は気付いていた。コルチェはことあるごとにサーリャをかばい、そして力が欲しいと嘆いた。 今ガルダンは昔になかった、残忍なほどの強さを身につけていた。サーリャは降り注いで来る血に目を細めた。残酷な強さだがしかし、根底は変わらない。サーリャをかばい、守る、その為の剣なのだ。 サーリャの心に暖かいものが広がり、目にじわりと涙が湧いた。これでもう敵兵が全ていなければ、お疲れ様と、ありがとうと言って彼にしがみつきたいところだった。彼に手を伸ばし、ガルダンもその手を取ってくれて、抱きとめようとしてくれている気がした。 それは、ほんのわずかな短い時間だったが、確かに2人の瞳がしっかりと互いの意志を伝え合い、むすばれた瞬間でもあった。 そのサーリャの瞳に、ガルダンの背後に忍ぶ影が映った。 押し寄せる兵。 剣を構えるルガイヤ。 はっとしてガルダンも振り向き、剣を振ろうとした。 しかし剣先が間に合わず、体も避けきれない。 身をねじったガルダンの脇腹にルガイヤの剣が叩き込まれるのを、サーリャは涙目で呆然と見つめた。 しかも。 追い打ちに、別の兵がガルダンの腕を斬りつけ、血が飛んだ。 ガルダンががくりと体勢を崩す。 「い……」 完全に崩れ落ちそうになる彼の体を、サーリャは夢でも見ているような思いで、首を振って眺めた。夢だと思っているはずなのに、もう視界が涙で曇って何も見えなくなった。 「嫌あああぁぁぁ!!」 サーリャの絶叫が響く。 トマジも振り向いた。 サーリャはもう無我夢中で、ガルダンの体を抱きとめ――ようとした。 ガルダンは倒れなかった。 それどころか、走り出していた。 文字通り捨て身だった。 剣を構え、ルガイヤに突進したのだ! 「うおおおあああぁぁ!!!」 その捨て身の攻撃が、ルガイヤにかわせるはずがない。 ガルダンの、どんなにか辛く厳しかっただろう修行の日々は、きっと誰にも負けていない。むろん、ルガイヤなどの想像の及ぶところではないだろう。 それだけの過酷な試練を与えた張本人の1人は、ルガイヤである。 世間の非情さを知り、人を疑うようになった要因の1つだった。最初に知ったこの疑惑から全てが始まり、この憎しみがガルダンを強くしたと言っても過言ではないかも知れない。 そうした意味では、ガルダンはルガイヤに対してもまた、奇妙な感情を持っていた。 感謝の念である。 ルガイヤがいて、性格が歪んだ。臆病になった。 ルガイヤがいて、強くなった。負けたくないと思った。 相反した2つの感情が生まれ、不思議に融合しながらガルダンの中で成長して行ったのだ。 ああそうそう、もう1つ感謝しなきゃな。とガルダンは、サーリャの声を聞きながら思った。ルガイヤの策略があってようやく、ガルダンは彼女と会えたのである。この6年を取り戻せたのである。 やっと帰って来たような安堵感が、ガルダンの胸に広がった。 心臓を貫通されたルガイヤの上に、折り重なるようにしてガルダンは、体を倒して行った。 ルガイヤを貫いたその感触に、達成感を感じた。 サーリャの声に、ガルダンは微笑んだ。 ずっと走り続けて来た人生だった。 やっとこれで立ち止まれる、と思った。 ちょっと休ませてもらうね。 そんな呟きは、声になったのかどうか、自分の中で思っただけだったのか。 ガルダンはどこか遠くで、なぜかボーンの声を聞いた気がした。 |