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継続 4.
長い夜が始まろうとしていた。 城の一角の小さな窓に、日が落ちると共に明かりが灯る。 ボーンは、城に常勤してガルダンの到着を待っていた。 ガルダンは謹慎処分になっているが、ボーンはなっていないし、仕事もある。裏口の兵を説得し、ガルダンが来れば入城させるようにも頼んでおいた。ルガイヤ邸で仕事を終えた彼がすぐに王に謁見出来るようにしておいたのである。ルガイヤ本人に見つかって捕らえられる前に。 嫌な予感がした為でもあった。 結果的にはそうしておいて良かったとボーンが胸を撫で下ろすのは、「ガルダン軟禁」の報を聞いた為であった。行動は一層、早ければ早いに越したことはない。軟禁を決定させた時のルガイヤの剣幕と言ったらなかった、とボーンに報告をした兵は苦々しく言ったものだった。別に彼らにルガイヤがどうのとは言った覚えもないのに、やはり伝わってしまうのだろう、ボーンは苦笑した。 今、同じ屋根の下にいると聞いてさえ、もう顔を見たら何をするかも分からないほどに、憎んでしまった自分の弱い心が、情けない。 ルガイヤも今日は城に泊まり、明日正規の兵を連れてマハ家に行くのだ、と聞いてある。 ならば明日、出城する前に自分に会いに来るはずである。来なければこちらから捕まえに行って、奴の鼻先に謀反の証拠をつきつけてやる、と思っていた。 今日来るかとも思ったのだが、来なかった。来なくて良かったが。ボーンの方が、自分の中の鬼を鎮められる自信がなかったからだ。かつての友だったのに。そのように憎んでしまう、自分の心がふがいない。 しかし、それほどの怒りを培わせた原因はルガイヤにもある。ガルダンと共に相談した「ルガイヤが黒幕であろう」と言う憶測は、まだ憶測の域を出ていない。だが確定だろうと言って良いほど、確信はある。大司教とルガイヤにはつながりがあるからだ。ガルダンに接触して来たことも、今にして考えてみればこの為だったのだろう。ガルダンが、ルガイヤの思うように操れる男かどうかを見る為に。そう考えれば、変に友だったからと言って情けをかけることが命取りにもなりかねないのだ、今は憎んで良いのだと、ボーンは自分に言い聞かせるのだった。 とは言え肝心の、ルガイヤの謀反の証拠を探しに行ったガルダンが戻らない。 すっかり夜が更けてずいぶんになる。“作業”がまだ終わらないのか捕らえられたのかと思うと、気が気でなかったが、ボーン自らがルガイヤ邸におもむく訳には行かない。ガルダンが忍び込んでますとおおっぴらに言うようなものだ。 ……もし……。 もしも、ルガイヤが黒幕でなければ? そう思った瞬間背筋が凍り、ボーンは首を振った。自分の思いこみだとは思いたくなかった。状況や背景を考え、冷静に判断した結果である。決して、私怨ではない。 ガルダンに、早く来てくれと願った。 証拠になるものが見つからないと言う可能性もあったが、探せば必ず出るとボーンは信じていた。ボーンはルガイヤが、そう言った類のものならばなおのこと保管を怠らない、几帳面な性格であることを誰より知っているのだ。そしてもしも彼が犯人でないのならば、身の潔白を証明するような証拠が出て欲しい、と、ボーンは奇妙な考えをふっと頭によぎらせたのだった。 ボーンは廊下に出ると巡回していた兵を捕まえ、同じく常駐している自分の隊の兵を呼んでくれるように頼んだ。ガルダンの様子を確かめに行かせる為である。 「はっ」 兵士が威勢の良い返答を放ち、ボーンの側を離れる。 その後ろ姿を見送ってから、ボーンは部屋に戻ろうと反転した。 「?!」 バッ、と振り向く。 兵が去った後の冷たい石の廊下には、ランプの薄明るい光がボンヤリと落ちているだけで、誰の影も気配も見当たらない。ボーンに聞こえるのは、自身の呼吸音と、ランプのロウソクが燃える時のジリジリと言う小さな音だけだった。 気のせいか? 普通なら、ここで部屋に戻るところである。しかし城内に広がる不穏な空気が、ボーンの長年培ってきた戦闘の勘を刺激し、異常を感知させた。 「む!」 方向を察知し、走り出す。無意識のうちに、左手は剣に添えられていた。 その方向には王の寝室がある。ボーンは躊躇しなかった。まっすぐ寝室へと疾走した。 王の間の扉を守る2人が、ボーンの形相を見てうろたえた。 「ボーン様?!」 「ボーン様!」 「どけ!」 兵をはねのけ、扉を蹴り開ける! 「王様!」 叫びながらボーンは剣を抜き、走り込んでいた。 眠る王の首に、今にも短剣を突き立てんとしていた人物へと! 影が、思わぬ侵入者に驚いて体勢を崩した。 「ぬん!」 力任せに剣を振る。恐ろしいスピードと風圧だった。触れれば、確実に首が落ちてなくなる、という恐怖を相手に植え付けるほどの剛剣である。 当然だろう。戦斧すらも剣のように楽々と振り回す強椀の戦士、ボーン・マハなのだ。 黒装束の侵入者はその一撃におののき、王のベッドから飛び降りた。風が流れて来る。窓から侵入したらしい。ボーンはすかさず窓に走り、侵入者の退路を断った。王が驚いて上体を起こす。 「何ごとだ!」 「ボーン様!」 「扉を閉めろ!」 慌てて入って来た兵らは、おろおろしながらも扉を閉めた。 その間にもボーンは暗殺者を追い込み、鬼の顔で剣を構えていた。暗殺者は短剣の他に小ぶりの剣も構え、隙を見て左右の手を持ち替えると、踊るような早さと身軽さで反撃を始めた。彼の目に、2人の兵の姿はない。ボーンだけに集中して倒さねば、倒せないことを肌で感じているのだろう。 ボーンは逆に、どっしりとただ立っているかのような重厚感で彼を威圧し、ほんのわずかに体をずらすだけで剣の全てを避けた。 苛立って踏み込み、真横に振られた剣を剣で受け止め、ガンと止める。直後、ボーンは大きく振りかざし、勢い良く剣を振り下ろした! 「ぎゃああ!」 「ボーン!」 暗殺者の絶叫が響き、ベッドの上で固まっていた王もさすがに声を荒らげた。 足踏みをしていた兵もようやく動き、室内の何カ所かへのランプに灯を入れ出した。ろくに視界の効かなかった暗闇に、ぽわりぽわりと光の玉が生まれた。 ボーンの右横顔にも、光が入る。その足下に崩れ落ちた男は長い方の剣を投げ出し、手首を掴んでうめいていた。投げ出されたと思われた剣の持ち手には、男の手が残っていた。手首を切り落とされたのである。兵の1人がランプを持って近寄ると、血の海が出来つつあった。 「短剣を渡せ」 侵入者にすでに戦意はなく、立ち上がる気配も見られない。しかし手首を握っているその手に持ったままの短剣がピクリと動いた時、ボーンはすかさず男の顎をぐっと掴んだのだった。 「はう!」 いきなり顔を掴まれた男は驚き、足をじたばたさせた。間抜けなほどに口を縦に開けさせられ、唇を突きだした状態になっている。短剣も取り上げられ、これでは自害出来ない。 「ボーン様」 突然男の動きを封じたボーンの行動に、兵がうろたえる。ボーンは静かに言った。 「猿ぐつわと縄を持って来い。それから、ルガイヤ殿を呼んで来るんだ」 先日ファバムの部屋を襲った者と同じだ、と直感したのである。敵に捕まる前に舌をかみ切ろうとする、その行動を防いだボーンは瞬時に、彼がルガイヤの手先ではないかと考えた。 「ファバムの短剣じゃ」 床に落ちて血塗れになった短剣を拾い上げ、王が言った。疑いの目つきで暗殺者を見下ろす。黒装束の男は当然、見たこともない顔だ。 王の胸中を察して、ボーンが言った。 「王様。ファバム様があなたを暗殺したいなら、ご自分の短剣など使われません」 その言葉にはっとした王の息づかいと、ボーンの手の中で男の顔がびくっとこわばったのは、同時だった。ボーンが男に視線を戻した。少ない光量の中で男を睨むボーンの顔は、一層凄みが効いていた。 「素直に吐くなら良し。嘘を言ったり黙秘するなら、お前を死なない程度の熱湯に浸けてやる」 男の目が恐怖に開いた。 湯になど浸かれば手首の出血は止まらないし、熱湯で体もただれる。何より熱いと言うより多分、それは痛いはずだ。針のむしろに寝かされていると同じである。 追い打ちに、ボーンは男を掴んだまま、手のない方の手首を踏みつけた。 「!!!!!」 兵や、王すらも顔をそむけるほどのくぐもった絶叫が部屋に充満した。だが、男は気絶出来なかった。 その時ファバムが飛び込んで来た。続いてイスクも入室する。 「父上!」 2人の声が重なり、そして室内の様子に同時に絶句した。しかしファバムは先日同じ光景を見てあったのですぐに気を取り直し、ボーンの名を呼んだのだった。 「暗殺者でございます」 「誰の差し金だと言うんだ?!」 その本人を待っているところである。ボーンは兵が持って来た猿ぐつわを男に噛ませ、喋りたそうに身をよじってうなっている男に言った。 「頷くだけで良い。誰に頼まれた? ファバムか?」 わざと「様」を付けずにボーンは言った。男は必死で首を縦に振った。 「何?!」 叫んだのは、イスクだった。ファバムは、ボーンがそんな訳がないと知っていることを知っている。策があるのだなと思い、黙って立っていた。 「ファバム様。まさかあなたが……」 そう言いながらボーンは、イスクを見る。 当然イスクは何のことか分からずに狼狽したが、暗殺者が顔を動かさずにそれを見守った為、ボーンは再度、体重をかけて彼の手首を踏みつけたのだった。 言葉にならない絶叫がこだまする。 「小細工は通用せんぞ」 男の全身から、ぶわりと汗があふれ出した。 男がファバムとイスクの顔を知らないで良かったと思いながら、ボーンは言ったのだった。 「……ルガイヤだな?」 小細工は通用しない。この男は知っているのだ。今度嘘をつけば、自分は今度こそ生き地獄を味わうだろう。そう思う男は、懇願の目で首を縦に動かした。 これ以上ないほどに一生懸命首を振る男の姿に、ボーンは少し悲しみを感じた。やはり、という一言が頭をぐるぐると回った。王は言葉も出せず、呆然としているようだった。王も老いたな、とボーンはふと思った。ルガイヤの、王を暗殺してしまえと言う気持ちが分からないでもない気がしてしまったのだ。 もうすぐルガイヤが来る。彼は、どういった反応をするものだろうか。兵と一緒に男を縄で縛りながら、ボーンは複雑な思いを味わっていた。やはりまず否定をし、王にかしずくのだろうか。 そう思いながらもボーンは、険しい顔を崩さずにルガイヤを待った。 しかし。 「お見えになられません!」 「何?!」 部屋に飛び込んで来たのは、先ほどの兵1人だった。 「探したのか?!」 「聞いたところですと、急きょお帰りになられたと……!」 やられた、と思わずボーンは呟いた。ルガイヤのせせら笑いが脳裏に響き、ボーンは首を振った。もしやルガイヤは、ガルダンを殺してしまうつもりなのかも知れない、と思った。死人に口なしである、王暗殺も彼のせいにしてしまう算段があるのかも知れない。考え出すと、きりがなかった。 ガルダンがはち合わせせずに逃げ延びれば良いが、もし出逢ってしまった時ガルダンが、彼を追い込む証拠を掴んでいれば、間違いなく逆にその場で処刑される! 「ガルダン!」 ボーンは思わず叫び、窓を見た。 月明かりのない、薄暗い空だった。自分の感じた不吉な予感はこっちのことだったのか?! そう思いながら、ボーンは慌てて立ち上がった。 「どうしたのじゃ!」 「王様、兵をお貸し下さい! 大変なことになるかも知れないのです!」 「何?」 急に言われて事態が飲み込めないで返答に詰まった王の代わりに、ファバムが、 「許す!」 と言った。 「私の親衛隊を出す! 私も行くぞ」 ファバムは、ボーンにそれを拒ませない強さで言い切った。ここで問答を始める余裕はない。 「では、ただし私に従って下さい」 ボーンはすぐにファバムに対して感謝の意として、軽く膝を突いた。ファバムが笑みを見せた。 王とイスクにも礼儀を見せると、ボーンはその場にいる兵2人に暗殺者を任せ、退室した。ばっと腕を伸ばし、怒号を発する。 「準備をしろ! 出陣する! 目指すはルガイヤの屋敷だ!!」 |