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継続 3.
3日もかかってしまった。 ファバムの部屋の様子はひどく生々しかったにも関わらず、何の手がかりにもならなかった。死体の身元すら割り出せない足踏みした状態に、城内が険悪な空気で包まれていた。 その険悪さをそのまま顔にしたかのように苦い顔をしたまま、城内をガンガンと歩いているのはルガイヤだった。もしくは彼が城内に瘴気を振りまいている原因かも知れないが。城の廊下は足音がするように、石がむき出しである。彼の足音は響いた。 しかし苦み走りながらも、その顔にはどこか邪悪な喜びが含まれていた。やもすれば笑いそうになる顔を、無理に引き締めているかの口元である。 ようやくだった。 「ガルダン・マハが疑わしいことに違いはない! 謹慎などと生ぬるいことを言っておらず、まずは捕らえて尋問すべきでしょう!」 今までに何度、声を荒らげて王に進言したことか。 状況からして、もっとも怪しいのはガルダンなのである。ルガイヤの読みからすれば、ガルダン軟禁は容易いはずだったのに、思わぬ反対に遭ってしまい、3日もかかったのだった。 口をへの字にして歩くルガイヤの前方から、同じ廊下を自分に向かって歩いてくる一団がいた。その中心がファバムであることを確認すると、つい我慢していた笑みがこぼれてしまい、ルガイヤは見咎められてしまったのだった。 「左大臣。楽しそうだな」 “思わぬ反対”を堅固に続けていた張本人、ファバムは不愉快さを隠しもせずに言った。 ファバムは2人の兵士にかばわれるようにして歩いていた。 ルガイヤは廊下の隅に寄って、腰を折った。 「これでようやく王子様を襲った犯人が分かるかと思うと、嬉しいのでございます。城の中だと言うのに、お1人でご自由に動き回ることも出来ない王子様が不憫でございましたゆえ」 「上手いことを言うな」 ファバムがふんと鼻で笑い、思わずルガイヤは下げた頭を上げてしまった。しかし怒りを露わにするのは、当然自滅である。ルガイヤはすかさず、悲しげな表情を作った。 「心外でございます」 それ以上の言い訳は見苦しい。そこで言葉を切る。 「まだ犯人が分かるなどと言う段階ではあるまい。それではガルダンが犯人であると決めつけているようではないか。何度も言うようだが、あ奴が私を襲う道理などない」 「どうでございましょうか?」 「……私を愚弄する気か?」 「滅相もございません」 ファバムは銀髪の隙間から、射るように双眸を光らせ、ルガイヤの目を追った。だが顔の動きは終始変わらず、へりくだったままである。 城内の者全員が、ファバムとガルダンに対して好意的であってくれたなら、ガルダン軟禁の決定をくつがえすことも出来ただろう。しかしいかんせん、味方が少なかった。2人が行った真剣での練習試合の様子を知っている一部の者はガルダン弁護に務めてくれたが、それを知らない他の者らにとってはファバムはただの「暴君」であり、ガルダンのことは「偏屈」だった。無口で誰とも相容れない、ボーン・マハの七光りで騎士になった男だと陰口を叩く者が、少なくないのだ。 そんな「偏屈」が「暴君」に腹を立て、襲ったのであろう。と言うのが、城内の一致した見解だった。 それを、ルガイヤからだけでなく、大司教らまでが率先して「ガルダンが怪しい」と言い続けられては、到底ファバムの力などで抑えきれるものではない。 ぎりと苦虫をかみつぶしたファバムは、ルガイヤの顔を見ているのも嫌になり、反転しようとした。しかしふと思い当たることがあり、足を止めて、 「左大臣」 振り向いた。 「何でございましょうか」 「お前、ボーン・マハとは昵懇の中ではなかったか? その息子のガルダンを捕らえることに、罪悪感はないのか」 「親友であればこそで、ございます」 ルガイヤは深く腰を折って、表情を見せないようにした。 そのまま顔を上げようとしないので、ファバムもそこを立ち去ることにした。何か煮え切らないものを感じながら。自分がガルダンに対して感じた友情と、ルガイヤがボーンに対して思う友情とが、どこかずれている気がした。確かに友人が道を誤っていると感じれば、進言をするだろう。ファバムも、した。だがそれは、充分に相手の言い分を聞いてからの話だ。ファバムはガルダンと話すことによって、それを学んだ。相手の心を掴まずに、自分の心は伝えられない。 ルガイヤには、それがない気がした。 「ガルダン」 歩きながら、ボソリと呟く。 「このままで良いのですか?」 ファバムに付いている側近役の兵の1人、親衛隊の騎士がコソリと言った。 「良い訳はない」 とにかく、明日だ。 明日、ガルダンが捕らえられてしまう。それに対し何らかの手を打たなければ、ガルダンはそのまま罪人にされてしまうだろう。根拠のない推測だが、今の城内の雰囲気ならあり得ない話ではない。 心なしか、ファバムの足取りが速まった。 その足音を聞きながら、深く頭を下げたままのルガイヤは、笑っていた。 とにかく、明日だ。 せいぜい今のうちだけ、大きな顔をしているが良い、と。 ルガイヤの目的は、ガルダンを使ってボーン・マハを陥れる、それだけに止まらない。ゆくゆくはファバムのことも本当に消してしまうか追放するかを、念頭に置いてあるのだ。それまではただの暴君としてせいぜい城内に不穏な空気を蒔いてもらう役者でしかなかった。 「くっ」 笑いが漏れる。若いファバムの心が手に取るように分かるので、おかしくなってしまったのだ。 人を操ることに愉しみを覚えてしまった男は、この上なく歪んだ笑みをした。 姿勢を正し、歩き出す。 「今度こそ、信頼に足ると思った者に死なれては、ファバム様も不憫でございますからね。すぐ同じところに送ってさし上げますよ」 笑いをかみ殺しながら呟くルガイヤの元に、その時、すっと影が忍び寄った。気配はない。足音もない。 「ルガイヤ様」 ルガイヤ以外誰もいなくなったはずの廊下に、ひっそりと声だけが浮かんだ。ルガイヤの耳にしか届かないほどの、響かない、糸のように細く小さな声である。 「例の反乱一派が、鎮圧されたそうです」 「いつだ?」 「一週間ほど前かと」 「そうか。ボーンは、まだ知らないな?」 「多分」 舌打ちする。 「まあ良い。すぐ計画に入れ」 ルガイヤは歩く速度を変えず、前を向いたまま言った。 「それと」 「何だ」 「昼間トマジがお屋敷に訪れ、すぐ帰って行ったそうでございます」 「……?」 「ルガイヤ様をお待ちしようかと思ったが、戻られないと聞いたので出直す、とかで」 ルガイヤは腕を組んで立ち止まった。確かに今日は戻らないつもりだったから、それを侍女か誰かが伝えたのだろう。おかしなことはない。だが、眉をひそめた。 「兵どもを集めろ。決行だ。ガルダンを捕らえる」 そして再び歩き出した。ルガイヤの勘が、何かを彼に告げたらしい。 「計画は?」 「実行しろ。ファバムの短剣を使えよ」 「は」 吐息のような承諾の言葉がささやかれ、影が消えた。 もしファバムが――いや、誰でも良い。誰かがこの奇妙な「計画」を聞いていれば、明日牢獄に入るのは、あるいはルガイヤであったかも知れないのに。 しかし誰の耳にも、入らなかった。 |