|
転落 6.
飛び込んで来た兵士たち。 2人がガルダンの腕を掴みねじ上げようとする一方、後の2人がガルダンから離れ、突如ファバムに向かって剣を抜いたのだ! ファバムとの距離など、何メートルもない。一秒が数分にも感じられそうな混乱がガルダンの頭を駆けめぐったが、考えるより先に大きく鋭く、叫んでいた。 「剣を抜け!!」 自分より階級が上の者に会う場合、手ぶらとなる。騎士でもだ。まして相手は王族。しかし当然その逆のファバムは、常に剣を携帯しているのだ。 ファバムは目前に起きた不可思議な出来事に驚愕したがしかし、反応は早かった。ガルダンの声を聞くとすかさず剣を振り、兵の一刀を受け流したのだ。またガルダンが叫ぶ。 「なぎはらえ!」 うろたえたのは兵の方だ。 よもやファバムが迅速に剣で対応して来ると思っていなかったらしく、隙だらけである。横にぶんと振られた剣に気圧され、手が出せなかった。 「こいつ!」 「うわ!」 叫びは、ガルダンの腕を抱えていた2人が起こした。 ガルダンを斬ってしまえとばかりに2人が同時に腰の剣に手をかけた為、拘束の緩くなったガルダンが暴れ、彼らの手から逃れた。しかもただ走り逃げるのでなく、きっちりと片方には肘打ちを、片方からは剣を奪い取って斬りつけることも忘れない。もはや本能と言って良い戦闘能力だった。 「ファバム様!」 自分を羽交い締めにしていた2人には目もくれず、ガルダンはファバムの方に走って、背中から1人を斬りつけた。無論卑怯だし、騎士にあるまじき行為である。 だが突然、何の脈絡もなく襲って来たのは彼らだし、何より、ファバムを斬らせる訳には行かないのだ。まだ話が終わっていないのだから。 と言うのは、斬ってから崩れる男の背を見て、後から思ったことであり、実際は何も考えていなかった。 「引け!」 ガルダンを自由にしてしまい、しかも剣を取られては、数では3対2でも分が悪すぎる。そう判断したのであろう兵らが叫び、ファバムと斬り結んでいる仲間を見捨ててすぐに走り出していた。 「待て!」 ファバムと剣をやり取りしていた男も、逃げようとした。それをガルダンは、剣を振って止めた。 「ぎゃああぁぁぁ!」 男の足を1本、切り落として。 苦悶の顔でのたうち回る兵を見もせずに、後の2人は走り去った。 時間にして何分もなかっただろう、一瞬の出来事だった。 そのすぐ後に、2,3の見知った顔がどやどやと流れ込んで来たのだった。 「何ごとでございますか?!」 「あっ?! い、一体……」 ガルダンの持つ血塗れの剣と、血の海の中にうずくまる男たち2人に交互に目を移し、親衛隊の騎士たちは絶句した。 「2人逃がした! そこで見なかったか?」 ファバムが剣を収めながら言った。しかし彼らはここに入ることに気を取られて、周りを見ていなかったらしく、困惑した表情だった。 ガルダンが足を斬った男の側にしゃがみ、剣を床に置き――ドン、と片手で男の肩を押さえつけた。 「何が目的だ。首謀者は誰だ?」 先ほどの激しさとは打って変わって、恐ろしく低い冷静な声を出すガルダンに、皆がぞっとした。彼が本気で怒っているのが分かるからだ。返り血もこれ以上ないほどに浴びており、鬼さながらだった。 男はそんなガルダンに戦いたが、突然かっと目と口をいっぱいにまで開くと、 「!!」 思い切り、閉じた。 ぶちっと言う舌の切れる音が聞こえそうな勢いだった。 血だまりの中に、ピンクがかった赤い肉片がびちゃっと落ちた。 途端に男の全ての力がなくなる。 計ったかのように、もう1人も絶命した。 ガルダンも押さえつける理由がなくなったので、諦めたように立ち上がった。膝から下の前面が真っ赤に染まっており、髪や顔、胸にも血の飛んだ跡が残る。室内に漂う空気には、むせるほどの血の匂いが充満していた。 だがファバムだけが戦慄していなかった。 「申し訳ありません。何も聞かないうちに……」 「仕方がない」 ファバムは溜め息をつきながら歩き、どっと椅子に体を投げ出した。 そして困惑している騎士たちに、 「突然襲いかかられた」 とだけ言うと、机の端に手を伸ばした。が、すぐに目的のものがないことに気付き、 「誰か、水を持って来てくれ」 手を引っ込めて苦笑した。 3人は一瞬ぽかんとしたが、1人が反応し、はいただいまとか何とか言いながら駆け出して行った。ガルダンも、3人のこの反応は頷ける。ファバムが「持って来てくれ」などと言うとは、誰も想像出来ないことだろうからだ。 何か言おうと思ったが、ファバムの沙汰を待った。残った2人の騎士もガルダンに何かを聞きたそうなそぶりを示したが、ファバムの前なので黙っていた。 待たれていることを知って、また少しファバムは苦笑した。 「首謀者の心当たりはあるか?」 「いいえ。……明確には」 「憶測でも構わん。引っ捕らえはせん」 ガルダンは司教の名を出そうか否か、迷った。 だが司教はガルダンに暗殺をほのめかしたのだし、城内の人間でもない。兵などを動かせる立場にはないだろう。 「お前が指示したのではないか?」 騎士の1人がたまりかねたようにガルダンに言った。嫌な言い方だった。 親衛隊の仲間全てが、仲間な訳ではない。現に、ボーンのことを噂した張本人が隊長だと言う話も聞いているのだ。 4人(正確には2人と2体になってしまったが)は、知らない顔だった。だが城を警護する兵の服を着ている。騎士の1人が言ったように、彼らがガルダンの手駒なのだとすれば、ガルダンはどうやってその服を調達して、彼らをファバムの元まで入れて来ることが出来たのだと言うことになる。ガルダン自身がここまで来るのも簡単ではないと言うのに。 それに、その自分の手駒と応戦してファバムを救い、まして斬りつけて殺しているのに何の意味があるのだと言うことになる。正直、ただの言いがかりだ。 だがその言いがかりをつけた騎士は、言うではないか。 「人を斬って、自分の強さをファバム様に誇示したかったのだろう」 「それは問題だな」 その声がなければ、ガルダンは怒りで反論していたかも知れない。だが良いタイミングの横槍が、ガルダンの気を削いだ。声は固く、怒気を含んでいた。 騎士の荒唐無稽な推測に反応したのは、ファバムではない。 部屋にはいなかった別の声はドアの影から聞こえ、皆は一斉にそちらに顔を向けた。 ボーンだった。 大股に歩いてくる彼の背にマントが翻えっていると言うことは、どこからか帰って来たばかりなのだろう。 「殿下の一大事に間に合いませんでしたこと、深くお詫び申し上げます」 「良い。そなたは私の配下ではない」 ボーンがうなだれた頭を上げさせて、ファバムは言った。戦闘で脱力した為か、逆に清々しささえ感じられる顔をしていた。 ボーンの後ろから、先ほどの兵が水を運んで来た。血だまりを避けながら、ファバムの机の端にカップと水差しを置く。 「概要は先ほど、この者に聞きました」 ボーンにこの者と言われた水を運んだ騎士が、少し頭を下げた。ボーンはその者が後ろに引いてから、先ほどと同じ怒りを含んだ声を張り上げた。 「ガルダン! お前が入室している最中にこのような奇妙な襲撃が起これば、疑われるのは必然! そして騎士でありながら、敵とは言え背中を斬るとは、何たる行為! 身の潔白を証明するもいとわぬ、今ここで自害しろ!」 突然ボーンがはなった思いもよらない言葉に、その場にいた誰もが驚いた。口答えを許さない強い口調に、誰の声も出なかった。 |