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転落 5.
計ったかのような。 まるで誰かに操られているような嫌な感じを憶えつつ、ガルダンは呼ばれたファバムの部屋の扉をノックしたのだった。 本当なら、自分からここに訪れるつもりだったのだ。無論、ただの一兵士にすぎないガルダンがここまで来る為には、途方もない許可を必要とする。だから逆にファバムに呼ばれてすんなり上がって来られたのは、幸運なのだ。何も裏を考えなければ。 「――え?」 入室を許されたガルダンへ最初にファバムが浴びせた言葉は、意外でもあり必然でもあり、氷のように冷たかった。 「クグライバル人となぞ、会うな」 心のこもらない言い方に、ガルダンは自分の顔色がすっと変わったのを感じた。すぐに言葉は出なかった。 ボーンが告げ口をしたとは思わない。だがサーリャと共に歩いている所を誰かが見つけ、ファバムに上告したのは、間違いない。 誰が。 「そのようなこと、誰が言ったのですか?」 「無礼な物言いの多い奴だ。事実かどうかだけ、答えろ」 溜め息を飲み込んで、ガルダンは胸を張った。 「後ろめたい行為は、ありません」 「本当なのだな」 ファバムは苦い顔をして、椅子を転かしそうなほど深くもたれた。ボーンの書斎の5倍はありそうな広い部屋に、今は2人だけだ。ガルダンはふと昨日の司教たちの言葉を脳裏に浮かべ、振り払った。 「なぜ会ってるか、じゃない。会うことが問題になるのだ」 納得出来ない。 「……奴隷だからですか?」 「質問をするな!」 ただ命令を下すだけの、一方的な言葉しか持たないファバムは「会話」を嫌う。知らない訳ではないだろう、時々ポツリと本音らしきものを洩らすのだから。だがそれを相手に受け入れられると思っていない。ガルダンもそれは同じなので良く分かったし、だから今はファバムを見てサーリャに会い、自分が変わって行けたと感じている。 だからファバムにも親近感を感じていた。 今までは。 「話はそれだけだ。行け」 「……行きません」 「何?」 怪訝なファバムの目が、ガルダンの顔を捕らえる。まっすぐ立った彼の手は太股の横で強く握りしめられており、ファバムを見る目は今までにない感情を映していた。 「納得出来る理由がなければ、退室しません」 我々バルドナット国の民と、彼らクグライバルの人間にどれほど違いがあると言うのだ、とガルダンは考えている。バルドナット人でありながら奴隷の立場に落とされ虐げられて、サーリャを好きになった自分だからこそ。 今までは自分だけに備わった特殊な思想だと思っていたが、この城内にすらそれを自覚する者がいるのだ。ファバムがそれを分からない男だとは思いたくない。だがボーンほどの者でも、ああなのだ。サーリャにしてみても、ああなのだ。まだ身分を感じる、自分を卑下した物の言い方。他のクグライバル人の考え方は知らないが、もっと卑下した考えをしている可能性もあろう。そんな心を彼らに植え付けたのも、自分たちだ。だが、彼らにはもっと堂々として欲しかった。 上の者と下の者の、考え方の歩み寄り。 そんなことを願う自分は、甘いのだろうか? 「相手がクグライバル人だからだ。それ以上、言えん」 またも冷たく荒々しい言葉が、鉄槌のようにガルダンに打ち下ろされた。まるで彼の願いをあざけるかのように。 「クグライバル人を蔑むのは、間違いです!」 顔が上気しているのを感じながらも、ガルダンはつい声が大きくなるのを止められなかった。 「質問の次は、私に意見か?」 「意見ではありません!」 「では命令か」 「違う!」 語気が荒くなりすぎた自分の声に驚いて、ガルダンは一旦つばを飲み込んだ。 「ここでこの話を始めたのは、間違いだった」 ファバムは独り言のように呟いた。 「お前の考え方は、危険だ」 座って彼を見上げていたファバムだったが、落ち着かない様子で立ち上がった。だが毛の柔らかな生成り色の絨毯が敷き詰められており、かかとを打ち鳴らすかのように歩いても、音は全て吸収された。 「お前が今の政策に不満を持っていると言うことに、違いはない」 「ええ不満ですね」 はっきり“不満”が自分の中で形になってしまっているのだ、それを偽ることは出来ない。 ガルダンは、ファバムが口を開く前にまくしたてた。 「このままじゃ良くないんです! エルアルバも我が国を狙っている、そんな中で! クグライバル人を奴隷にし続けることに疑問を抱いているのは、私だけではありません!」 「エルアルバとクグライバルは関係なかろう!」 「あるんです、俺なんかよりよっぽど危険だ!」 「昔からの常識だ、簡単には変えられん!」 「そんな常識なんか!」 ガルダンの声につられて、最初は冷静であろうとしたはずのファバムも、心に余裕がなくなっていた。頭に血が上り、声が荒くなっている。 「ファバム様だけじゃない、ボーン様も! バルドナット人にだって限りなく黒に近い髪や黒みたいな目をした人間だっているのに!」 「顔つきが違うではないか! お前に何が分かるか!」 ファバムも怒鳴り声になっていた。 掴み合いの乱闘にならないだけが若干ましと言った様子である。 「ああ分からないね、俺には。昔戦争で勝った? だから負けた国を奴隷にして良い、と? じゃあ今度エルアルバに負けたら、俺たちが家畜だ! 俺は奴隷だった。自分の親に家畜扱いされ、こき使われた! そんなのは間違ってるんだ、俺がクグライバル人じゃないからじゃない! 同じ人間なんだ! 平等なんだ!」 「止めろ、黙れ! 王族愚弄だぞ! 誰か!!」 ガルダンの声に重なって金切り声を上げたファバムの、一番最後の台詞に反応した兵らが、待ってましたと言わんばかりに飛び込んで来た。 バタン! と扉を蹴破るかのような大きな音に、一瞬2人はびくりとなり声を奪われた。 「連れて行け! 謹慎だ!」 だがすぐにファバムが叫び、ガルダンの両腕が掴み上げられた。入って来た兵士は1人や2人ではない。4人ほどがドヤドヤと入って来て、よってたかってガルダンをはがいじめにしたのだ。 「離せ! 離してくれ! まだ話は終わってない!」 部屋の外に引きずり出されそうになるのを抵抗して呼びかける自分の声が、やけに空しかった。 「ファバム様!」 しかしこの後、奇妙なことが起こった。 |