頂点 5.


「これはこれは。ボーン卿」
 わざとらしい笑みと高慢な態度が、見せかけの敬意の隙間から、見え隠れしている。
 左大臣ルガイヤの何がそんなに受け付けないのかと言われれば、生理的にとしか言いようがないだろう。
 だが頭は切れるのだ。ゆえに、左大臣の地位を今なお確保している。
 ルガイヤの屋敷に来るのは3年ぶりか。そんなことを思いながらもボーンは、懐かしい居間の風情に懐かしい目をすることなく儀礼的に言った。
「“卿”は結構。ガルダンには“殿”と私のことを言っておられたようですからな」
 なるだけ嫌味にならない言い方を務めながら、ボーンはルガイヤがすすめてくれる椅子に着座した。装飾の少ない、質素な木の椅子だ。ボーンはゆっくり腰を落ち着け、同じく質素なテーブルに手をかけた。
 着座してから見上げたルガイヤの笑みは、若干ひきつっていた。やはりどうしたって、嫌味に聞こえるらしい。ルガイヤもどっかりと向かいの椅子に腰を落ち着けながら、言った。
「私と彼の話は、貴殿に筒抜けらしいですな。よく手懐けてらっしゃる」
 ルガイヤは、不快感を隠しもしないで反撃して来た。どうしたって温厚な話し合いにはならないことを予期しながら、自分から出向いて来たのだから、仕方がない。
 ボーンもルガイヤを睨んだ。人払いはしてある、2人だけだ。斬りつけられるのではなかろうかと、ぞっとさせられるボーンの眼光に、ルガイヤは思わず彼の手元を見てしまった。剣に手を伸ばしていないか、確認したのだ。
 ボーンは彼に見えるように、机の上で手を組んだ。
「あれを手懐けるなど、出来ぬこと」
「弱気な発言ですな。年を召されましたかな?」
 ルガイヤが揶揄したが、そう言う彼とて50歳近い。ルガイヤは遠い目をした。
 先に侍女に用意させておいた果実酒を、2つのグラスに注ぎ込む。乾杯の前に、ルガイヤ自らがまず1口飲んで見せた。
「毒はない」
「貴殿に私を殺す理由はなかろう」
「どうかな?」
 ルガイヤの口調が少しだけ崩れた。それはかつての友を見る目。ボーンは返事の代わりに、彼が手渡してくれたグラスに、口を浸けた。
 それから改めて、互いのグラスを合わせる。コンと鈍い音がした。ルガイヤの身分になってもまだ、ガラスのコップは高級品であり、透明度の高い良質なものは得られない。得ようと思えば出来ない訳でもなかっただろうが、彼がそこまで執拗に財を集めている訳ではないことが見えて来る象徴でもあった。
 ルガイヤの望みは、財ではない。
 それは、彼と働きを共にするようになった時から、ずっと分かっていたことだ。
 なのにルガイヤの奸計は、尽きない。
「私に話があって、お越し下さったのだろう?」
 ボーンははっと顔を上げ、自分が段々俯いてしまったことに気付いた。ルガイヤの笑みは、また他人を見るような、もしくは蔑むようなものになっていた。
「大事な息子殿に近付くなとでも言いに来たか?」
 あからさまに言われ、ボーンは黙した。浮き足だった発言を控えた為でもある。
「ルガイヤ殿」
 低く言い、ボーンは鼻でゆっくりと深く呼吸をした。
「聞いて、貴殿が答えてくれようはずもないだろうが……何を、考えている?」
「5年前から変わっとらんさ」
 ルガイヤの返答は素っ気ない。彼は酒で口を湿らせた。
「私はいつも、いつでも、この国、バルドナットの未来を憂いておる」
 ボーンもそうだな、と呟いて、赤い液体に目を落とした。少しどす黒く見える、深い赤だ。血の色を彷彿とさせる。血はボーンの深い部分にまで浸み込んで、もうどんなもので心を洗っても、拭い落とせる日はないだろう。ルガイヤもまた。
「貴殿は、手段を選ばなさすぎる」
「選んでおるさ、慎重にな」
 ルガイヤの即答に、ボーンは再度言葉を切った。
「私のすることに、今更口出しはさせん。貴殿とて同罪だからな」
 喉の奥でルガイヤは、クッと笑った。嬉しそうな、邪な、憎しみのこもった、それでいて悲しい笑みである。ボーンはその笑みに同情しないよう、心を冷静に保った。彼を睨むことで。
「ガルダンも騎士になった。死ぬこととて務めの1つだが……あれが不当な死に方をするようなら、必ず貴殿を殺す」
「大した力の入れようだな。そんなに大事か?」
 ルガイヤは少しおどけて見せた。そうすることで、彼の怒りを受け流したかったのだ。だがボーンの目はルガイヤを真っ直ぐ捕らえて離さない。ルガイヤはやれやれと肩を竦めた。
「私が彼を殺すことはあり得んよ。私の下に引き抜きたいと言う旨を、ガルダンから聞いたろう? 本当にそれだけさ。国王はもう老いた。貴殿より私の方がイスク様に近いからな、私の下の方が良かろうと思ったのだ。それとも何か、貴殿の許可を得てからガルダンに会わねばならなかったか? 安心したまえ、天下のボーン殿が盗賊と密通しているなどとは、彼に言っとらんよ」
 雄弁に言葉を紡ぎだしそこまで言うと、ルガイヤはぐっと果実酒を飲み干した。溜め息をつき、挑戦するような顔でボーンを見上げる。
 見上げる。
 ボーンは思わず、立っていた。
 その怒りは尋常ではない、爆発的に立ち上がっていた。
 ルガイヤは内心冷や汗を出していたが、ここが勝負所なのだ、悠然とした態度は崩さなかった。だが居心地が悪くじっとしていられなかったので、彼はなるだけゆっくりと足を組んで時間稼ぎをした。
 だがボーンに言葉はなく、拳を振り上げもせず彼は、ルガイヤに背を向けた。
 一瞬ルガイヤは勝ったと思って、笑みを洩らした。
 しかしその次の瞬間、笑みは凍りつく。
 今まで、どんなに対立していても自分には向けられなかったはずの、獣にも似たむき出しの敵意が……いや、はっきりとした殺意である、むき出しの殺意が、自分を捕らえていたのだ。
「言いたければ、言え」
 恐ろしく低く、地に響くかのような声でボーンが呟いた。
 国1番と噂される彼の腕前は決して美しいものでなく、血が血を洗って織りなした地位であることを裏付けるかのような、凄みのある横顔が、肩越しに見えた。
「ガルダンは私の息子ではない。私に脅しは効かん」
 そう言いながら、ボーンはそれ以上振り返ることなく退室した。後には呪縛から解かれたかのように脱力するルガイヤが1人、室内に取り残されるだけだった。
 額の汗を拭いながら再び果実酒をあおる、そんなルガイヤの耳に、扉を閉めてからボーンが洩らした小さな小さな呟きは、聞こえようはずもない。
「そしてわしも、ガルダンの父ではない」





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