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頂点 4.
「至急、来いとのおおせです」 まだ日も昇らない朝早くに城から来る伝令にも、ガルダンはまたかと思っただけだった。ベッドから起き上がったばかりだったが、既にガルダンの身なりは整っている。むしろ、朝から走らされている伝令を気の毒に思ったほどだった。 どんな理不尽に思える命令にも、ガルダンはこれを仕事と割り切って、特にファバムにこびるでもなく無感情に徹してこなした。無論、ルガイヤに、ひいてはイスクに取り入る為ではない。 ファバムの隊の殆どは、イスクの隊に移りたがっていることが、あれから徐々に分かって来た。イスクの方が性格も優しく温厚で、しかもやはり第一継承者である点が魅力らしい。どう見てもイスクの下の方が、将来が明るそうなのだ。 なのになぜ、俺はファバム様に惹かれる? 馬を走らせるガルダンは、ごまかしようのなくなって来た自分の思いについて考えた。 誰も信用しないと決めた幼少時代。同じようにより所をなくした銀髪の少年の寂しい気持ちが、ガルダンには分かる気がするのである。相変わらずファバムは、誰に対しても心を開かないが。しかし人に対して閉ざすばかりだった自分が、分身を見るような気持ちで心を閉ざした人間に出会えたことは、今までにない感情を芽生えさせていた。 ルガイヤと会ったことは、ボーンに伝えた。 その時話した内容だけを取り上げれば、何と言うことのない話だ。 自分が騎士になったことに目を付けて、ルガイヤが接触に来た。それだけのことである。ガルダンとしてはルガイヤの名を出すことで、ボーンの反応を試そうとしたのだが、 「お前さえしっかり分かっていれば、それで良い」 と、動じることがない。 やはりルガイヤとボーンには、何の関係もないのだろうかと思ったが、トマジの謎の言葉はまだ脳に刻まれている。現実逃避だと言われればそうだとしか答えられないが、そこに触れる問いを避けてガルダンは言葉を模索するのだった。 「その行動に至る理由、動機を理解していなければ、自分の取るべき行動とて決められないはずです」 「なるほど」 ボーンはひげをなでながら、ゆっくり頷いた。 「だが今の話から、ルガイヤ殿の考えは読めんな。お前自身は、どう思うのだ?」 ――と言う問いによって結果、ガルダンはファバムの為に馬を走らせている今に至る。 ルガイヤが自分を何に利用したいにしろ、ボーンが何か企んでいるにしろ、「騎士」を持続したければ、自分の行動は1つしかないのだ。 ファバムに仕え続けること。 例えどんな命令であっても。 「今から遠出する。供をしろ」 到着したガルダンを出迎えたのは、外出着に着替えたファバムだった。マントをはおり、すっぽりとフードもかぶっている。まだ空が白み始めた所だ。今日の要求は一段と強引だなと思ったが、ガルダンに断る理由はない。 王家の人間が散歩をしたり遠出をしたりするのも、ない訳ではない。ただし供を数人から十数人控え、彼の為だけの特殊な空間を作り上げた状態での遠出となるので、庶民が王子を目にすることはないのだが。 今は、隣国エルアルバとの緊張状態が続いている。あれほど、一触即発だすぐ開戦だと言われて来た戦争はまだ起きておらず、しかし確実にバルドナットの民の精神を衰えさせていた。誰かが裏で外交を操って、開戦を引き延ばしているのだと言う噂もあったが、定かではない。そう言った噂の類は、従士だった頃よりはるかに耳に入るようになったが、その分眉唾な情報も増えた。 城内にスパイや暗殺者がいるとかいないとかの噂も、日常茶飯事だ。だから供を連れてさえ、外出するなどもっての他なのだ。皆が総出でファバムを止めにかかるのは、目に見えていた。このような、まだ鶏すら起きていない白んだ空の下でなければ。 ガルダンがこっそりとファバムの分の馬を裏口に用意して来た時、逆にファバムの方が、 「さすがに今日ばかりは、この命令を断ると思ったぞ」 と言うほど、ガルダンの顔が清々しかったのだ。 馬に乗りながら、ガルダンが言う。 「それが王子のしたいことなら」 「だから従うのか?」 「はい」 2つの影が霧に紛れつつ、裏口から飛び出し疾走を始める。無論裏口にも門番がいるのだが、ガルダンが丸め込んだ。ガルダンの心に後ろ暗い気持ちはなかった。 むしろ少し寒い秋の風が、胸の中までもすっきりとさせてくれるような気持ち良さだった。 風にあおられてフードのめくれたファバムは、銀の髪をなびかせた。意地悪そうに冷たく、ガルダンの横顔を眺める。 「じゃあ私が“死ね”って言ったら、死ぬのか? お前は」 「お望みなら」 ガルダンは即答した。本当は不当な命令には断る権利があると考えているが、今は即答出来たし、もしそう命じられたら彼はすぐに剣を抜いて、自分の首をはねただろう。 ファバムは疾走させていた馬をしずめさせた。周りにはまだ霧の晴れない、静かな林が広がっていた。地面が赤く見える。もう紅葉が落ち始めているらしい。 「……止めた」 投げやりにファバムは吐き捨て、肩を竦めた。 「冗談でも口に出したら、本当に死にそうだ」 そう呟いて膝の内側に力を入れ、ファバムの馬がまた歩き出すその後ろについて、ガルダンは鼻の頭を掻いた。 林が途切れ、草原らしき場所が見えてくると同時にもやも晴れて来た。ぱあっと朝日が花畑を照らした。目を細める。 野生の、薄いピンクがかった全体的には白っぽい小さな花が、所狭しと草原を埋めているのだ。先ほどまでの霧が露になって花に降りかかり、きらきらと輝いている。この土と埃の土地に草原が広がっていることも珍しいと言えるのに、そこに更にこんな花畑が存在したとは。 ガルダンは思わず驚きに息を吸い込んでしまい、ファバムに聞かれてしまった。ガルダンに見えないように、ファバムが満足げな顔をした。 馬から降りたファバムが太めの枝に馬のたづなを結わえると、彼は数歩進み、その花園に入る3歩手前に座ってしまった。更に仰向けに寝転がる。マントがあるから露が浸み込むのは平気なのだろうか、とガルダンは一瞬思ったが、元々そんな細かいことを気にする質でないのは分かっている。 腕枕をして、 「昼寝する。見張れ」 と目を閉じてしまうファバムに、ガルダンはもう、呆気には取られなかった。 ファバムに仕えると決めた時点でガルダンは、“仕える”と言うことの覚悟をしていた。どこまでも従い、どこまでも守り抜く覚悟である。それは誰の為でもなく、“騎士”である自分に課した誇りだった。自分には何もない。守るものも追うものも目標も、明確ではない。 だからせめて、自分が憧れ焦がれた“騎士”を全うしたいと思ったのだ。 そこまでの思いを、全てファバムが分かったかどうかは、定かではない。 だが昼寝と称して体を倒してしまったファバムの顔は、城内で見て来たどの顔より安らいでいた。花を手折ったりしない優しさが彼の中にあることが分かる顔だった。憶測だが、彼は花を踏まない為に、手前で止まったのだろうと思われる。ガルダンは王子の少し斜め後ろに胡座を掻き、伸びをした。 「おい」 「はい」 身を固くする。まだ寝ていた訳ではなかったらしい。 だがもう立ち上がるのもタイミングを逃し、ファバムも動く様子がなかったので、ガルダンは座ったままでいた。ファバムはそれを咎めなかった。 「お前の望みは、何だ?」 思いもよらなかった問いに、ガルダンはついきょとんとなってしまった。肩の力が抜け、17歳の顔がうっかり出てしまう。 ガルダンは咳払いをした。 「なぜですか?」 固く答えたガルダンの声に、ファバムは目を開け、顔をガルダンに向けた。目を開けた途端に、先ほどまでの優しさは消えていた。 「私がお前に問うているのだ。ただ答えれば良い」 内心溜め息をつくガルダン。ほんの少し心が溶けたかと思えば、一言ですぐに凍り付く。何を言えば相手がどうなるのか、分からないのがもどかしい。 「……今はまだ、分かりません。望みがないんです」 「ない? ない訳がないだろう」 「第一の望みが消えてしまいましたので」 いささか腑に落ちかねる様子だったが、ガルダンの顔に影が出てしまったのだろう、ファバムは口を閉じた。納得したらしいなと思い目をそらすと、やがてファバムがポツリと言った。 「1日だけの自由ってのは、過ぎた望みなのだろうな」 沢山の思いが裏に隠れた言葉だった。簡単な、だが重い、自由と言う言葉。急にファバムは“王子”なのだと思い出させる言葉に、腹を割って話すことが出来るのかなとガルダンに錯覚させた。 しかしガルダンが返答するより先に、 「忘れろ」 と冷ややかに言い、ファバムは目を閉じてしまった。 どこからか聞こえる小鳥の声が、ガルダンの心を慰めた。 |