|
頂点 3.
「お前も大変だな」 とは、およそ一番言われたくないと思っていた人物に、言われた台詞だった。 「私を憶えているか?」 人払いをした謁見室の中、椅子にふんぞり返ってニヤニヤと左大臣ルガイヤは言った。親密な笑顔のつもりだろうかと思ったが、嫌悪感しか感じない。彼への怒りがガルダンを騎士にのし上げたのだ、忘れようはずがない。 ええ、憶えていますとも。そう言いたい心を抑えて、ガルダンは敬礼した。 「あの時は、お世話になりました」 ルガイヤから満足したらしい鼻息が聞こえ、ガルダンは笑顔が作れない理由を緊張の為であるかのように振る舞った。 「苦労して騎士にしてやった甲斐があった」 「え」 感慨を込めたふうなルガイヤの言い方は、嘘に聞こえない。一瞬驚きを顔に出してしまった。 だが本当のような嘘を言えるのが、ルガイヤだ。確かにあの討伐隊の件について、ガルダンが不利になることを言わなかったから、今騎士になれた部分もあろうかと思う。しかし彼のおかげで昇進したとはどうしても思えない、3年もかかったのだ。 どういうことですかとも自分からは聞き難いし、ありがとうございましたとも言い辛い。ガルダンは口を引き結び、再度敬礼をした。無言であっても、敬礼さえしていれば何となく格好がつく。 ルガイヤそれ以上は言わずに、話題を変えた。 「ファバム様は、幼くあられるだろう?」 最初に言った「大変だな」は、ここにかかっていたらしい。内心は同意だったが、迂闊に話してどう思われるかが定かではなかったので、ガルダンはこれにも返答しなかった。 しかし表情は、口ほどにも物を言ってしまったらしい。ガルダンの困惑の顔を見て、ルガイヤはそうだろうそうだろうと言いた気だった。 「城内でも有名な新人いびりだ、と誰かに教えてもらったか?」 「はい」 ガルダンは、まだ従士だった頃の方が騎士らしい仕事だったのではなかろうかと思えるほど、雑用を言いつけられて奔走する毎日を送っていた。殆ど行事と化していると聞いたが、他の面々に比べるとガルダンにだけいびり方が丁寧らしいとも聞かされている。やはり最初の印象が尾を引いているらしいと思い、これにはさすがに彼も溜め息を洩らしてしまうのだった。 ルガイヤが急に立ち上がって、自分の肩をポンと叩いて来た。 ぞわりと寒気が走る。 走ってから、そういえばボーンは自分の体に触れて来ないなと、ふと思った。ファリィの葬儀で背を押してくれた、あれが最後ではないだろうか。人に触れられることがなかった為、慣れていなくて体を堅くしてしまった。それが具体的に感じる今のボーンとの距離なのかな、と思えた。 ルガイヤが耳元でささやく。 「今はまだ無理だが……働き次第で、ファバム様の下から引き上げてやれる。お前には酷だが、もう少し頑張ってファバム様に食らいつけ」 一瞬言葉の意味が分からず、ガルダンはきょとんとしてしまった。そしてすぐに気付く。今日ルガイヤが自分を呼びつけた理由は、これだったのだ。 彼の下に所属を変えてもらえる……そんな甘言を餌に、ガルダンを操ろうとしている。 確かにルガイヤの誘いには、魅力があった。 彼の下なら、行っても良いなと思えるのだ。なぜなら、ガルダンが知りたい情報が今より多いはずだからである。多分最も早い道である、今すぐに移動出来るなら。 「そもそも、たかが次男坊の遊び相手にしかならん地位にお前がすえられるのを、黙ってボーン殿が見過ごしたというのが、私には腹立たしい」 ルガイヤはいかにも落胆したような表情で、はぁと溜め息をつく。 「何か考えがあるとも思えない。城内での彼の働きも……と、これは余計だったな」 手に口を当てて、ゴホンとせき込む。ガルダンは何となく彼の狙いが見えて、失笑しそうになった。 ボーンのことを悪く言うルガイヤの顔は、醜かった。ボーンが若く見えルガイヤが老けて見えると、2人は20歳も30歳も離れて見えてしまう。何となくそこに、ルガイヤのさもしさを感じた。 「ボーン殿は王直属の騎士団長だ、それは素晴らしいことと思う。だが全般的に権限を持っておられる訳ではないし、私の方が第一継承者であるイスク様に近い」 「イスク様」 「まだ、お会いしたことはないか」 ある訳がない。何しろファバムに翻弄される日々だし、王子など本来はおいそれと近づけない存在のはずなのだ。名乗りもせずに王宮の庭をうろうろとしているなど、どういう事情だったのかと最初は思ったものだったが、ファバムはあれが普通だった。 イスク様はさぞかしまっとうな方なんだろうなぁとガルダンは思ったが、興味はさほど沸かなかった。 むしろ今は、ファバムの方が気にかかる。どこか憎めないのだ……嫌な性格なのだが。 「だがファバム様は、誰も信用なさらない。今までも、これからもな。それは憶えておくが良い。じきに私がお前を拾ってやる」 ああここに1人、もっと嫌な性格がいたっけ、とガルダンは思ったが、もはや怒りは通り過ぎて、呆れるだけだった。今更“拾って”など欲しくない。 とは言え味方のふりをしておけば色々と分かることがあるかも知れないと判断し、ガルダンは話に乗っておくことにした。ファバムに食らいついて離れないことは、命令されずとも出来るだろう。彼に興味があるのだから。 なぜ誰も信用しないのかが、気になるほどに。 「誰も信用なさらない、とはどういうことですか?」 「気になるか?」 ルガイヤの口調が冷たくなったので、ガルダンはしまったと思った。本当にきちんと忠誠心があるのかどうか、言葉尻を捕らえて試されていたのだ。 はいとだけ答えるのは得策ではないなとガルダンはすかさず言葉を呑み込み、ルガイヤの気を良くする返答を考えた。 「勿論。知らないままでは、あざむくことも出来ません」 ルガイヤはニヤリと笑った。多少露骨すぎたかと思ったが、 「正直なのだな」 ルガイヤは額面通りに受け取ったらしく、ガルダンは内心ホッとした。何と言ってもまだ17歳の若僧だ。剣技だけを叩き込まれた七光り者だとでも思われているのだろう。いや、ルガイヤの言葉を信じるなら、自分はルガイヤの力で成り上がれたらしいが……。 ルガイヤは再び椅子に腰を下ろし、足を組んだ。 「5年ほど前だ。ファバム様にはちゃんとファバム様専用の乳母と側近がいた。親衛隊隊長を務めていた男だったが、賊が押し入り、ファバム様の身代わりになって殺されたのだと言う、もっぱらの噂なのだ」 「真意は明らかでないのですか?」 「事件は場内、しかもファバム様の寝室で起こった。乳母まで惨殺されておってな。血の海だったと言う話だ。目撃者もおらず、犯人はいまだに分からん」 初めて聞いた話だ。そこまでの惨劇なら、城内で有名なはずだ。有名すぎて皆、今では口を閉ざしているのだろうなとガルダンは推測した。 「それからだ、あの方が特定の従者も側に置かず、ああした、我の強いお方になられたのは。……ボーン殿は、お前に話したことがなかったのだな」 あくまでボーンへの不信感を募らせたいらしい。今まで逆に、ルガイヤが望むような不信感不安感をボーンに抱いて来たと言うのに、彼に言われて返ってボーンへの気持ちが少し和らいだのがおかしかった。やはり根本的に、自分は天の邪鬼らしい。 「かしこまりました」 笑いそうになる顔を引き締める為に、ガルダンは堅い声を作って敬礼した。 |