頂点 1.


「開門」
 よく響く門番のかけ声に反応して、大きな扉がいかにも重そうな音を立て、左右に開いた。装飾の随を施されたこの城が建てられたのは、3代前の女王即位の時だった。レンガ造りの四角い建物が主流の街で、丸さを強調した建物は珍しい。女性的な優しさに満ちている城だった。
 この中で醜い権力争いが行われているとは、思えないほどである。
「ボーン様は、西の庭においでかと」
「ありがとう」
 衛兵に軽く手を揚げてから、城を迂回してガルダンは、庭と言うにはあまりにも広いそこを見渡しながらボーンの姿を探した。
「おい、邪魔だろ?」
 唐突に、すぐ近くで声がした。
 え、と思い周りを見渡す。すると、自分の真後ろに青年が立っていた。
「俺のことか?」
「他に誰が?」
 腰に手を当てて青年は、ふんと小さく言った。青年と言っても、ガルダンとそう大差ない年齢のようである。ただ、ここ3年でぐんと背が伸びたので、ガルダンの方が頭1つ分は高いが。
 青年は体格もきゃしゃで肌が白く、少し長めの銀髪が肩の辺りで軽く波打っており、首も細い。意志の強そうな太い眉と青い目だったが、それでも軽装で体の線が露わになっていなければ、女性と言っても通じそうな顔立ちだった。
 軽装だが、その服の質は一般市民のものとは明らかに違う。上流階級だ。貴族の息子か何かだな、とガルダンは思ったが、道を譲る為に3歩ずれただけで、彼は頭を下げなかった。
 銀髪の男は、眉をひそめた。
「おい」
 と、彼はガルダンに近付いた。
「なぜ、頭を下げないんだ?」
「なぜ、下げなきゃいけないんだ?」
 第一これだけ広い庭で、どけも何もあったものではない。ガルダンにしてみれば、譲ることが既に最大限相手を立てての行為だったのだ、これ以上何を譲歩しろと言うのだという気持ちでいる。だが男には、ここはガルダンが頭を下げて当然の場所だったのだ。
 怒りを持って睨もうとしたが、自分の方が低い。男は顎を上げて、なるだけ見下すような視線を作った。
「お前、名は?」
「ガルダン・マハ」
「階級は?」
「まだ従士だが……」
「抜け」
 どうしてそうなるのだ。
 剣を構えて来る男に、ガルダンは呆れた。何か深い思慮があっての行為でなければ、ただの我が儘だ。
“マハ”の名を聞いても顔色1つ変わらないと言うことは、ボーン・マハを知らない、城外の人間なのだろうかと思った。別にボーンの威光を笠に着る気はなかったが、近衛騎士団長を務める王直属騎士の名を知らないことが意外だっただけだ。
「それは飾りか?」
 剣先で、ガルダンの腰を指し示す。ガルダンは渋々、抜いた。
「自分は名乗らないのか?」
「ふん」
 鼻で笑ったのか、気合いを入れた為出た言葉だったのか。男はすかさず斬りかかって来た。余裕で受け流したとは言い切れない男の鋭い剣さばきに、ガルダンは身を引き締めた。殺気はなかったが、気を抜くと怪我をする。
 ガルダンは自分からは絶対に剣を振らなかった。全て避け、受け流すだけである。相手の自滅を計った為もあるし、嫌な予感を覚えたせいでもあった。
 具体的に何がどう「嫌な感じ」だと思ったのかは、分からない。男に関してはむしろ、どことなく好感を覚えさせられる雰囲気もあるのだ。
 剣の当たる音を聞いて、西の庭で兵の訓練をしていたボーンが、
「ガルダンか?」
 と、小走りに寄ってきた。
 すると急に、その姿を見て銀髪の男は反転し、走り去ってしまったのだった。訝しげに思うガルダンにボーンが辿り着いた時には、もう男の後ろ姿は木に隠れて見えなくなっていた。ボーンは男の消えた方向を見た。
「どうした?」
「若い男が斬りかかって来ました」
「名乗らなかったのか?」
「はい」
 若干ためらったが、
「殺気はなかったので、刺客ではないと思うのですが」
 と付け加えてすぐ、ガルダンは自分の台詞の愚かさに、内心ほぞをかんだ。白昼堂々とケンカを売る刺客もない。だが一応城の中だ、名乗らなければ不審者と見なされる。
「まぁ良い。では行こうか」
 ガルダンは剣を納め、ボーンの後ろに付いて歩いた。
 ボーンは、先ほど遠目に見た男の背格好に心当たりを感じたが、敢えて黙った。ガルダンが驚きに顔を崩したところが見られるかも知れない、と意地悪なことを思った為だった。
 ガルダンは、これからボーンと共に謁見し、そこで騎士の称号を受けることになっている。その為に入城したのだ。
 夢にまで見た、と言うと、言い過ぎだろうか。
 いや、実際ガルダンは、夢に見たこともあったのだ。叶わない夢だと思ったことは、一度もなかった。そう、あの事件以来。ただ前だけを見る。そう決めたのだ。
 夢の中の城はガルダンの想像でしかなかったので、なぜか昔の自分の家を思い出していた。見たこともない王の顔は、なぜか領主、本当の父親の顔をしていた。そこに笑顔はなかった。淡々と、ガルダンが騎士になる手続きをする父。それは小さな書状1つだった。目覚めた時、やけに寂しかったのを覚えている。本当に騎士になる時も、あのような書状1つなのだろうか、と思い。
 だが実際の城はとてつもなく大きく、ガルダンを圧倒した。
 王の間はひときわ絢爛豪華で、マハ家にさえ幾つも見ないガラスがふんだんに使われたシャンデリアや、金細工の施された柱などがまばゆく輝いていた。無論、昔「コルチェ」が住んでいた屋敷など、比べるも馬鹿馬鹿しい兎小屋でしかない。
 今後ここが自分の人生に関わって来るのかと思うと緊張で体が震えかけたが、姿を現した王らしき人物はただの初老の男で、ガルダンの緊張は少しほぐれたのだった。
 ただの。室内の装飾に引けを取らない豪華な身なりをした、ただの老人だ。
 壇上に置かれた、これもまた見たことがないほど立派な椅子に彼がよいしょと腰かけると、ガルダンはお辞儀をしようとして――ぎくりと、止まった。
 ボーンの意地悪い思惑が的中し、ガルダンの嫌な予感もあたり、顔が驚きに崩れた。
 王の斜め後ろに、銀髪の男が立ったのである。





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