進出 7.


 まだ、ボーンは“敵”ではない。
 と思う自分の気持ちは、冷静な判断に見えて、事実、感情のものだろうと思われる。3年もの間、無条件に自分を助け守ってくれる存在であったから。トマジなぞが洩らしたただの一言に、自分の3年間をくつがえされるのが、腹立たしいのだ。
 だが、ただの一言だからこそ。
 あまりにふいに言われたからこそ、この重みは尋常ではない。また、それまでの暮らしに何の疑いもなく、ただ1人の味方だと思っていたからこそ、その痛みは大きい。
 そう思ってから、ガルダンは苦い笑みをかみ殺した。出会った最初は、警戒していたではないか。
 結局ガルダンは、夜の間にすれ違っていたらしいと印象付ける為に倒れていた山に少し戻ると、街道をそれた。そして道に迷っていたふりをして街道に戻り、捜索隊と合流したのだった。丸1日、かかった。
 わざとらしくはなかったはずだと思いながらも、初めてついた本格的な“嘘”に、ガルダンの胸は高鳴った。
「よく戻ったな」
 左大臣ルガイヤは厚みのある暖かい笑みで、ガルダンを迎えた。奇しくもそこは、彼とトマジが会話をしていたあの部屋だった。彼の顔を見た途端、不安が怒りに打ち消され、今度は別の意味で高鳴る胸を抑えなければならなくなった。
 自分の演技を完璧にする為だろうか、ルガイヤはガルダンの嘘には気付いていなかった。だが、だからと言って彼の嘘が空々しかったかと言えば、そうではない。
「良かった」
 言葉少なに言う調子は、知らない者が見れば演技と思えないだろう。トマジに「口裏を合わせろ」と言った架空の設定を口にはせず、聞かれればごく少なく答えると言った程度で、全てをさらけ出さない。言い訳がましくないし、言葉を重ねて行けば露出しかねない矛盾が見えてしまわないように、上手く隠している。
 これが、嘘のつき方なのだな。
 と、ガルダンは薄ら寒いものを感じた。
 それと同時に。
 自分には「嘘をつくな」と教えたボーンが、もしかするといかにも本当の気持ちであるかのように、自分に接しているのかも知れない可能性に気付くのだ。
 その場限りの簡単な嘘は、ボロが出る。なら、その場に限らない複雑な嘘をつけたなら? ボーンがそこまでの偽りを駆使出来るのなら、それを見破る術はない。
「ボーン様」
 約2ヶ月ぶりに会ったボーンは、何も変わらず立っていた。故人ファリィを想う影は、どこにもない。
 だが、彼の帰還をわざわざ玄関を出てまで迎えてくれた姿勢には、いつもより優しさを感じさせる。彼に引き取られて以来、長く離れていたことがなかった為かも知れない。ボーンの微笑みは、ルガイヤのそれがただの作り笑いだったのだと分かるほど……とても薄っぺらだったのだと思えるほど、厚い。
「よく戻ったな」
 計らずも出た、ルガイヤと全く同じ言葉。感情の入れ方が、まるで違って聞こえる。だから、それが真実なのだと思いたい。思いたかった。
「どうした?」
 なのに、なぜ。
 ガルダンは表情を堅くし、上官に行う形の敬礼を行った。
「偵察の途中、偶然盗賊と出くわし……何の働きも出来ないまま、おめおめと帰って来ました」
 自分の顔が暗い訳を、盗賊のせいにした。
「盗賊は、その後……?」
「俺が気絶して隊とはぐれている間に、ルガイヤ様が討伐なさってしまわれた、と」
「……」
 ボーンがふむ、と言った気がしたが、その険しい横顔に、それ以上話しかけは出来ない。ボーンは何を考えているのか何を企んでいるのか、分かりたい反面、怖かった。
 自分は、ボーンを利用して来た。
 悲しくて悔しくて。自分の境遇、奴隷と言う制度、人が勝手に付けた、優劣。
 勝てなくて、自分の力ではどうしようもなくて、ボーンの力を借りた。それを彼は百も承知だろう。だが彼の方は、ガルダンを利用していないのか? 自分は、ただ息子の代わりに愛でるだけの存在なのか?
 ――何の為に。
 そう思うガルダンは、自分の中にあるボーンへの問いが微妙に変わっていることに、気付いていない。
 左大臣ルガイヤに抱いた、はっきりした“憎しみ”とは、全く別の感情だ。だが、ガルダンは違うものであると認識していない。自分で自分の心を、持て余していた。
「そうか」
 重い沈黙の後、ボーンがポツリと呟いた。そこから、ガルダンが望む彼の感情を見いだすことは出来ない。それ以上の言葉もない。
 ただ真っ直ぐと自分を見つめるボーンの視線が痛くて息苦しくて、ガルダンは俯いた。
「活躍出来なかったから、騎士にはなれないと思って、落ち込んでいるのか?」
 ボーンの口調が柔らかくなった。そうか彼には、自分の態度がそう見えるのかと思った。
 頷いたら嘘になるし、かと言って全てを話す勇気もまだなく、ガルダンはやはり俯いたまま、唇をかんだ。
「それとも、もう騎士になるのは、どうでも良くなったか?」
 これには慌てて、首を振った。
 そんな訳はない、むしろ騎士にならなければ前進はないと思ったのだ。騎士を目指す気持ちに変わりはない。……純粋な気持ちでなくなっただけで。
「ならば、目指し続けろ。人に惑わされるな。よそ見をしている暇はない」
 そう言うとボーンはきびすを返し、家に入って行く。
 ガルダンは、また目前に広がる背中が広く大きくなっていることに気付いた。まだまだ追い越すどころか、追いつけもしないと痛感させられる。
 ボーンの言葉。もしかしたらボーンは、ルガイヤの所業を知っている。とすれば、ボーンもトマジが言ったように、ルガイヤと同類であると言うことだろうか。
 そういうことか、とガルダンはボーンの背を睨んだ。
 何を知っているのか、何を考えているのか、今は聞いても仕方がないのだ。聞いた所でどうしようもないから、ボーンもそれ以上言わないのだ。
 ルガイヤと戦う為に。
 ボーンを知る為に。
 ガルダンはボーンの後を追って、一歩踏み出した。





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